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玉響(たまゆら)の群像  作者: 唐橋遠海
第四章 戻れぬ橋
133/161

四十一 立身国七草郷・刀祢匡七郎 主従

 匡七郎(きょうしちろう)兵庫(ひょうご)に腹を立てていた。

 さらば、のひと言だけで行ってしまおうとするなんて。何の説明もなしに、おれを残して――。

 鉢呂(はちろ)砦の襲撃事件から四日が経ったが、胸の中のもやもやした気持ちは未だに晴れていない。だが七草(さえくさ)(ごう)への航空騎行のあいだ、ふたりきりなのをいいことにさんざんちくちくと恨み言を言わせてもらったので、これ以上しつこくするとさすがに(いや)がられるだろうという気もする。

 七草へ到着後しばらくは旧知の人々への挨拶回りで多忙になり、話を蒸し返す暇などなくなってしまった、今ごろ兵庫は、もうほとぼりは冷めたものと思っているに違いない。

 しかし匡七郎は、このまま有耶無耶(うやむや)にしてしまうつもりはなかった。十年以上も待ってやっと再会し、必死に食らいついてようやく相方の座をつかみ取ったというのに、その矢先にお払い箱にされるなどあんまりではないか。

 彼が立天隊を去るなら引き留めることはできないし、どこへ行こうとそれは本人の自由だが、ならば自分にもついて行くことを選択する自由があると思う。我ながら小回りも気も人並み以上に利くつもりだし、べつに雇って賃金を払ってくれと言うわけではないのだから、傍に置いたとしても決して兵庫の損にはならないはずだ。

 よし、この線で押し通して、なんとかうまく丸め込んでしまおう――。

 霧雨のかかる縁側で爪を切りながらそんなことを考えていた匡七郎は、最後のひと切りを終えて室内に目をやった。

 居間では父方の叔父で養父でもある刀祢(とね)貞吉郎(さだきちろう)が、将棋の盤面をはさんで兵庫と向かい合っている。長考型の叔父に対して兵庫は早指し。叔父がパシ、パシと鋭い駒音を立てているのに対し、兵庫のほうはまったく音をさせずにふわりふわりと駒を動かしている。対照的なふたりだが、勝負は拮抗しているようだ。

 その光景を目に映していても、久しぶりに帰ってきた実家で兵庫も一緒に寝泊まりしているという実感がいまひとつ湧かないのはなぜだろう。お泊まりはぜひ我が家へと誘ったのは自分なのだから、彼がここにいても何ら不思議はないわけだが、なんとなく己に都合のいい夢を見ているような気がする。

 兵庫と匡七郎は水月(すいげつ)十二日の夜半に天隼(てんしゅん)に騎乗して鉢呂砦を()ち、翌夕刻に七草郷へ着いて城山の頂上に下り立った。天翔(てんしょう)隊とのつながりが強い七草城ならではのことだが、天守曲輪(ぐるわ)の中に(とり)を収容できる小規模な禽籠(とりかご)が設けられており、滞在中は常駐の籠番(ろうばん)が乗騎の世話をしてくれるのだ。

 禽を預けて山を下りたふたりは、(ふもと)の詰め所にしばらく留め置かれたのちに、唐木田(からきだ)智次(ともつぐ)と名乗る若い侍の案内で表御殿のひと間へと通された。彼は黒葛(つづら)貴之(たかゆき)公の小姓頭で、多忙な城主との連絡役を務めてくれるという。そこで兵庫は智次にこれまでの経緯を説明し、今後の連携について二、三打ち合わせたあと、石動(いするぎ)博武(ひろたけ)から預かってきた貴之公への親書を託して城を出た。

 叔父からの手紙で事情を知った貴之は、事態を非常に重く見たらしい。その翌日には、早くも城下に「凶悪人鷹啄(たかはし)寅三郎(とらさぶろう)を目撃したる者は、速やかに城へ届け出るべし」という布令(ふれ)が、寅三郎の詳細な特徴書き付きで出されていた。郷内に点在する番所にもすでに通達が回り、今では七草郷全体に警戒網が張り巡らされている状況だ。その網のどこかに(くだん)の人物が引っかかれば、すぐさま兵庫の元に一報が届く手はずとなっている。

 匡七郎は寅三郎が到着するのは、二十日を過ぎてからだろうと予想していた。ここまで一直線に禽で飛んできた自分たちとは違い、陸路を来る寅三郎は長い旅をすることになる。(すね)に傷を持つ者が堂々と表街道を歩くとも思えないので、裏道へ回り関所を避けながらやって来るはずだ。

 彼の背後からは真境名(まきな)(りょう)由解(ゆげ)虎嗣(とらつぐ)率いる捜索隊が猛然と追っているので、七草へたどり着く前に捕縛誅殺(ちゅうさつ)される可能性もかなり高い。

 兵庫と匡七郎は博武の命令で七草へ先回りしたが、寅三郎が来るまでは特にすることもないので、諸々の手配をすませたあとは比較的のんびりと過ごしている。やがて訪れるであろう戦いに向けて緊張感こそ切らしてはいないものの、匡七郎は自分の中にこの時を少し楽しんでいる部分があることを感じていた。


「む、九四歩とくるか。ううむ――」

 貞吉郎(さだきちろう)が盤面を睨みつつ首を振り、長いため息をついてからこちらを見た。

「なんだ匡七郎(きょうしちろう)。にやけ(づら)をしおって」眉間に皺が寄っている。「兵庫(ひょうご)どのが勝ちそうで嬉しいのか。養父(おやじ)を応援するのが筋というものだろう」

 とんだ言いがかりだ。

「違いますよ。だいたい、おれは将棋のことなどさっぱりわかりゃしないんですから」

 縁側を片づけてから覗きに行ってみたが、言葉に(たが)わず、どちらがどう攻めているのやらまるで見当もつかない。匡七郎は昔から盤上の遊びにはまったく興味が持てず、子どものころに仲間がよくやっていたまわり将棋や五目並べにすら加わったことがなかった。

「負けているんですか、貞叔父」

「なんの、ここからよ」

 むすっと言い返す彼に肩をすくめてみせ、匡七郎は苦笑いしながら腰を下ろした。

「兵庫さま、律儀(りちぎ)に相手をなさらなくていいんですよ。叔父は負けず嫌いで、勝てるまで延々と勝負を続けようとしますから」

「いや、貞吉郎どのと指すのは楽しい。勝ち気のある相手だと、遊びといえど熱が入るからな」

 どこに熱が入っているのか読みがたい淡々とした調子で言って、兵庫は次の手を指した。貞吉郎が腹の底から呻いて唇をゆがめる。いよいよ手がなくなってきたようだ。もうあきらめて投了してしまえばいいものを。

「ときに兵庫どの――」腕組みをして盤上を見つめながら、貞吉郎がふと思い出したように訊いた。「匡七郎は部隊でお役に立っておりますかな」

 兵庫を会話のほうに集中させて、その隙にうまい手をひねりだそうという腹に違いない。

「隊に引き入れた当初はいささか癖の強い乗り手でしたが、近ごろはだいぶ(むら)もなくなりましたし、骨惜しみせずによく働いておりますよ」

 珍しく褒められて、匡七郎はぱっと顔を輝かせた。どうだ、と得意げに視線を送れば、叔父が横目にちらりと見て鼻を鳴らす。

「身内の前だからといって遠慮せず、忌憚(きたん)のないところを述べてもらってかまわんのですぞ」

「無理に持ち上げているわけでは」

 兵庫が笑うと、貞吉郎は疑わしげに眉を上げた。

「こいつは手が焼けるでしょう。餓鬼のころから地元では評判の腕白小僧でありましたからな」

「喧嘩っ早いのはたしかだが、その性情を抑えるべく努めているようです」

「ほんとか?」

 叔父にじろりと睨まれ、匡七郎はむっと唇を尖らせた。

「ほんとですよ。もう昔みたいに、やたらと喧嘩を買ったりはしません。騒ぎを起こして、上役の兵庫さまにご面倒をかけたくないですからね」

 貞吉郎があきれたように、目をぐるりと回す。

「相変わらずだのう、おまえは。ま、兵庫どのを追っかけていくためにわしの養子にまでなったのだから、それぐらいして当然といえば当然か」

 匡七郎が止める間もなく、叔父はぺらぺらとしゃべってしまった。兵庫が訝しげな顔をしている。

「おれを追いかけて?」

「おや、聞いておられなんだか。こやつは江州(こうしゅう)の商家の跡取りになる話を蹴り、七草に留まるためにわしの家へ養子に来たのですぞ。それもこれも師範から槍術を学び続けて、同じ武の道をゆく兵庫どのといつか再会したい一心でな」

 くそ、なんで言ってしまうんだ。こういうことは口に出すと途端に野暮になるのに。

 匡七郎が尖った視線を向けても、叔父は素知らぬ顔だ。

「そういえば、おかしな願かけもどきもしておったなあ。再び兵庫どのに巡り会うまでは、名前を――」

 言葉にならない叫び声を上げて匡七郎は横から彼に組みつき、がくがくと揺さぶった。

「貞叔父! いい加減にしないと怒りますよ」

「なんだ、照れおって。いてて、おい、馬鹿力で引っ掴むな」

 貞吉郎は肩を鷲掴んでいる匡七郎を押しやり、乱れた襟元を直した。

「そんなに動揺することでもなかろう。秘密だったのか」

「べつに秘密というわけでは……」

 頬が熱いのを感じて、匡七郎は顔を伏せた。きっと耳まで真っ赤になっているに違いない。

 再会を夢見て願かけまでしていたのは事実だが、我ながら少々度を超した執着心であるのは自覚しているし、兵庫にしてみればそんなことを聞かされても気が重くなるだけだろう。

「連絡先を教えてもらえなかったので、人知を超えた力にでも頼らなければ二度と会えないかもしれないと……考えたのです。子供っぽいと思われるでしょうが、あのころは実際に、まだほんの子供でしたから」

 言い訳がましくつぶやきながら、おそるおそる兵庫の反応を窺ってみる。

 あきれた顔をしているか、あるいは少し引き気味になっているかと思ったが、彼はしごく真面目な表情で話を聞いていた。

「では、あの燃える砦で巡り会ったのは偶然などではなく、おぬしの一念を(もっ)てそうなるべくして再会したのだな」

 おや、これは――もしかすると案外、印象が良かったか?

 俄然、気持ちが浮き気味になった匡七郎は、あまり嬉しそうにしすぎないよう注意しながら神妙にうなずいた。

「もしそうなら、意地を張り通した甲斐があったというものです」

「ま、虚仮(こけ)の一念岩をも通すと言うしな」

 また叔父がしれっと余計なことを言う。

「ところで兵庫どのは仕官はなさらぬのか。天翔(てんしょう)隊での相方に取り立てていただいたのはむろんありがたいが、いっそ侍になって、こやつを郎党ということにしてくれればなおよいのに」

 どきりとして顔を上げ、匡七郎は貞吉郎をじっと見つめた。

 貞叔父――まさか兵庫さまにこんなことを言ってくれるなんて……。おれが言い出せずにいたことを知っているわけでもないだろうに。

「わしは養父になってくれと頼まれた時に、こやつは己の(あるじ)たるべき人に巡り会ったのだと思うたのです。心を奪われてしまい、もはや出会う以前の自分には戻れぬのだと」

 貞吉郎は昔を懐かしむような目をしながら、しみじみと言った。

「家同士の(しがらみ)を外れたところで結ばれる主従などというのは、結局のところそれに尽きましょう。要は、生き死にを共にしたいと思えるほど、相手に心を掴まれるかどうかだ。一度(ひとたび)そうなってしまった以上、もはやこの一途な甥っ子を留めるすべはなかろうと思いました。古い言葉の通り、こやつと兵庫どのには三世にわたるほどの深い(えにし)があるのやもしれぬと」

 いいぞもっと言ってくれと思いながら聞いていたが、途中から何となく胸がいっぱいになってしまった。江州へ行かされるぐらいなら家を出ると宣言してこっぴどく叱りつけられたあの時に、叔父がそんなことを考えていたというのは初耳だ。

「兵庫どのは黒葛(つづら)さまの御陣で、もう十年以上も働いておいでとか。雇い兵の身で部隊長にまで出世されたのだから、その手腕を欲しがる家々からの引き合いも多いのでは」

「たしかに、召し抱えたいという誘いはちらほらとあります」

 兵庫は静かに言って駒を置き、また叔父に顔をしかめさせた。会話にはちゃんと加わっているが、貞吉郎の目論見(もくろみ)は完全に外れ、勝負への集中力も切らしてはいないようだ。

「だが、おれは仕官はしません。実家への遠慮というか――義理のようなものがあり、他家には仕えることができぬのです」

 貞吉郎の瞳にかすかな好奇心が宿る。

「そういえばご実家は……六車(むぐるま)家というのは、どちらの?」

「六車は、じつはおれの剣術の師匠から借りている便宜上の名前です。生家とはずっと昔に縁を切っており、その家名を名乗るわけにはいかぬので、一時的に貸してもらうことにしました」

「ほう、なるほど」

 叔父は得心した様子でうなずいているが、匡七郎はさらに先を聞きたかった。今の名が仮名だというなら、元の名前はなんというのだろう。十二年前に出会った時にはすでに六車を名乗っていたが、それ以前にいったい何があって実家と疎遠になったのだろうか。

 だが詮索しても、きっと教えてはくれないに違いない。兵庫には昔から、そういう秘密主義なところが少しある。匡七郎が十の質問を並べても、答えてくれるのはひとつかふたつがせいぜいといったところだ。

 貞叔父、もっといろいろ訊いてくださいよ――という思いを込めて目くばせすると、貞吉郎は面倒くさそうに渋面をつくった。

「あー、それで兵庫どのは……」やむなく話を継ぎながら、ごほんとわざとらしい咳払いをする。「生国はどちらなのかな。我らと同じ南部人と推察するが」

 違う、それじゃない。匡七郎は地団駄を踏みたくなった。どうせ訊くならさっきの続きにしてくれればいいのに。やはり他人に質問を肩代わりしてもらおうとしても、うまくはいかないものだ。

 とはいえ、この問いの答えにも興味がなくはなかった。兵庫の生まれ故郷についての話は、まだ聞いたことがない。

「おれは南海の島で産まれました」

 簡単に答えて終わらそうとしている。それに気づき、匡七郎はあわてて口を挟んだ。

「南海の島といっても、たくさんありますよね。久夛良木(くたらぎ)島ですか? それとも百鬼(なきり)島?」

丈州(じょうしゅう)の南の名もない小島だ」

 ()れったいほど口が重い。故郷の話はあまりしたくないのだろうか。

 丈州の南に位置する島となると、大陸寄りなら支配しているのは黒葛家、外海寄りだと雷土(いかづち)家である可能性が高い。黒葛領で産まれたから、その馴染みがあって黒葛家の軍備(いくさぞね)へ入軍したのだと考えるとしっくりくるが、実際のところはどうなのだろう。

「かつて椙野(すぎの)道場へご滞在中、旅を終えたら(そなえ)の兵員になるつもりだと話しておられたが、当初から黒葛さまの御陣へ身を寄せるおつもりだったのかな」

 貞吉郎が、今度はぴたりと匡七郎の知りたいことを訊いてくれた。

「いえ、どこと決めていたわけではありませんでした。ただ修行の旅の途中、さまざまな人と行き逢う中で、いつしかそういう心境になっていった――というところです」

 兵庫は苦笑混じりに言って、ふっと遠い目をした。昔の出来事か、あるいは懐かしい誰かを思い出しているようだ。

「黒葛軍を選んだというよりは、守笹貫(かみささぬき)軍には(くみ)したくなかったというほうが正しいかもしれません」

 珍しく、声に強く感情が出ている。だが彼は思いを断ち切るようにまばたきをひとつして、すぐ普段通りに戻ってしまった。

「最初の入軍先を石動(いするぎ)家の備に決めたのには、石動孝博(たかひろ)さま、博武(ひろたけ)さまご兄弟との出会いがかなり影響しました」

「ほう、石動さまですか。では、そこから続いたご縁で、のちに博武さま麾下(きか)の立天隊に?」

「ご縁というか、成り行きというか」

 兵庫はどことなく照れくさそうにしながら、立天隊へ入ることになった経緯を語った。

 彼が入軍して三年ほど経ったある夏の日。石動勢は津々路(つづろ)連峰の西端に位置する令泰(れいたい)山で、守笹貫家の支族である入木田(いりきだ)勢と戦っていた。合戦場は山の中腹の狭い盆地で、そこに六千もの人馬が入り乱れて戦うさまは、さながら芋の子を洗うようだったという。満足に刀槍を振り回すこともできず、組み討ちの真っ最中にも迫ってきた馬脚に踏みつぶされそうになる。

 兵庫は槍隊の先手組に混じって辛抱強く戦っていたが、半刻もするとさすがにうんざりしてきた。見通しがまったくきかず、動くたびに人か馬にぶつかり、舞い上がる砂塵のせいで息もろくにできない。

「その時、たまたま敵武将の馬がすぐ近くに来たので、(たてがみ)を掴んで跳び乗ったのです」

 彼は騎手を斬殺して突き落とし、馬上から戦場(いくさば)を一望した。馬を奪ったはいいが、駆けさせながら戦えるほどの空間はない。だが地上に降りれば、また押し合いへし合いの繰り返しだ。

 そこで兵庫は鞍の上に片膝立ちして敵を蹴散らしながら、少しずつ馬を進めて別の騎馬武者に近づき、届きそうな距離まで来たところでそちらの鞍へ跳び移って相手を倒した。合戦場が山腹で、弱いながらも浮昇(ふしょう)力があったからこそできた芸当だ。そうやって鞍から鞍へと跳びながら、武者ばかり六人ほども次々に仕留めたという。

「それは、ほとんど〈隼人(はやと)〉の戦い方ですね」

 匡七郎が感心しながら感想を述べると、兵庫は軽く肩をすくめた。

「陣所から見ていた大将の石動博嗣(ひろつぐ)さまも、そう思われたらしい」

 その話は博嗣公から息子の博武に伝わり、ふた月ほどして当人が直々に勧誘にやって来た。当時博武は立天隊の副将になったばかりで、慢性的な隊士不足を補うために、戦の合間を縫っては各陣所から有望な人材を引き抜いて回っていたのだ。

 江州西部の別の合戦場にいた兵庫は、七草城下での出会いから四年ぶりに思わぬ形で博武と再会を果たした。

「話に聞いた〝隼人さながらに戦う雇い兵〟がおれだとわかった途端、もう博武さまの中では隊に引き入れることが決定事項になってしまい、考えさせてくださいと言う余地すら与えられませんでした」

「旧友と再会した上に格好の人材を手に入れることもできて、()()ったりと思われたでしょうなあ」

 そう言って、貞吉郎は心から愉快そうに笑った。

「あのかたの押しの強さには、どうにも逆らえません」

 苦笑いしながら話す兵庫の口調に、匡七郎はそこはかとない親愛の情を聞き取った。彼は(さむらい)大将の博武を上役としていつも立てているが、それ以前にやはり友人同士なのだとあらためて感じさせられる。今回の件で、一度は去ろうとしながら立天隊に留まったのも、友である博武に慰留されたからというのが大きかったのだろう。

 ちぇっ、おれだって――。

 匡七郎は少しいじけて、頭の中で不満をもらした。自分も兵庫には友人と位置づけられているはずなのに、博武と比べると扱いに差があるように思えて、なんとなく悔しい。

 とはいえ今日は叔父のお陰で、これまで知らなかった兵庫の過去話をたくさん聞くことができた。それでこそ、我が家に招待した意味もあったというものだ。

 こっそりとほくそ笑む匡七郎の前で、叔父がついに指し手を失って負けを認めた。会話で集中力を削ぐ作戦は、まったく功を奏さなかったようだ。

 勝ってもさほど嬉しそうでもない兵庫が、駒を片づけていた手をふと止めて玄関のほうを見た。

「外へ誰か来たようですよ」

 貞吉郎が小首を傾げる。

「はて、今日は客の予定はないが――」

 そこへ下男の忠吉(ちゅうきち)が、青いというよりはむしろ白い顔色をしてやって来た。昔からこの家で住み込みの飯炊き奉公をしている老人で、匡七郎にとっては爺やのような存在だ。

「お使いのかたがお見えになりました。お、お、お城から」声が震えている。

「城? どこの……」言いさして、貞吉郎ははっと息を呑んだ。「七草城か」

 忠吉が無言で何度もうなずく。

 貞吉郎と目を見交わし、兵庫は素早く腰を上げた。城から来た使いは、むろん彼に用があるのに違いない。まさか寅三郎が、こんなにも早く城下へ現れたというのだろうか。

 兵庫は厳しい顔つきをして玄関へ出て行き、しばらくやり取りをしてから戻ってきた。使いはもう帰ったという。普段どおりの表情に戻っているので、寅三郎(とらさぶろう)がらみの連絡ではなかったようだ。

「明日、登城するようにとのことです」

 彼は元の場所に座ると、貞吉郎にそう報告した。

貴之(たかゆき)公が会いたいとおっしゃっているとか」

「それはすごい」

 叔父が目を丸くする。

「謁見を願い出ておられたのか」

「いえ。博武さまからお預かりした親書は当地へ着いてすぐにお渡ししましたし、直接お目にかかることはないだろうと思っていました」

 ふたりのやり取りを聞きながら、匡七郎は前に兵庫が百武(ひゃくたけ)城で七草家の若君の命を救ったことを思い出していた。きっと貴之公もそれを覚えていて、あらためて恩人に礼を言いたいと思ったのだろう。

 何か恩賞が出たりするかも――などと考えながらにんまりしていた匡七郎に、兵庫がふいに視線を向けた。

「ともかく、そういうわけだ。昼八つごろに迎えがくるから、そのつもりで支度をしておけ」

 一瞬きょとんとして、匡七郎は眉根を寄せた。

「支度を……わたしがですか?」

「天翔隊士に会うとおおせなのだ。当然おぬしも行くに決まっているだろう」

「おい、名誉なことではないか」

 貞吉郎が満面の笑みで言い、匡七郎の背中を手のひらで叩いた。景気づけのつもりだろうが、力が入っていて痛い。

「ご城内では兵庫どのの相方として、また刀祢家の者として恥ずかしくない振る舞いをするのだぞ」

 嬉しそうな叔父とは裏腹に、匡七郎は悄然とうつむきながら、初めて心の底から兵庫に置き去りにされたいと願っていた。


 翌日も朝からぐずぐずと湿っぽい天気だったが、(ひる)を少し過ぎたところで雨が上がり、兵庫(ひょうご)匡七郎(きょうしちろう)七草(さえくさ)城の(ふもと)御殿へ入るころには弱いながらも陽が差し始めていた。

「御屋形さまは陳情者への応対が押しておりますので、広間でしばらくお待ちいただくことになります」

 案内役の唐木田(からきだ)智次(ともつぐ)が、ふたりを引き連れて廊下を歩きながら申し訳なさそうに言った。彼は元気溌剌(はつらつ)とした十代の若者で、好奇心旺盛な子栗鼠(りす)のような顔をしている。

「ここのところ、寝る間もないほどご多忙で」

「代替わりをされたばかりですからね」

 兵庫が穏やかに言い、ふと廊下の先を見て足を止めた。向こうから誰かが歩いてくる。智次もそれに気づき、さっと脇へ避けながら小声で教えた。

「ご先代さまの馬廻(うままわり)筆頭でいらした、玉県(たまかね)輝綱(てるつな)さまです」

 彼と兵庫に(なら)って道を譲りながら、匡七郎は上目づかいに輝綱の顔を覗き見て、見知った人物であることに気づいた。最終決戦に臨んだ百武(ひゃくたけ)城の大天守で兵庫が貴之(たかゆき)公を守った時に、何か当てこすりのようなことを言った武将だ。

 輝綱は若い侍をふたり引き連れて悠々と歩いてくると、礼を取る兵庫の前で立ち止まった。

「おや、こんなところを〈隼人(はやと)〉がうろついているとは珍しい」

 彼の視線は、兵庫と匡七郎がまとっている黒絹の長袍(ちょうほう)に向けられていた。過日に石動(いするぎ)博武(ひろたけ)が戦闘用として考案し、いつしか立天隊の隊服のような扱いになっていった衣装で、隊士はこれを着用したまま儀式の場にも出ることを許されている。

「その猛々しい姿を見ると、遠く離れた江州(こうしゅう)から戦場(いくさば)が追いかけてきたかのように感じるな」

 おっとりした口調で感心したように言い、輝綱は肉づきのいい顔に笑みを浮かべた。

「城内ではくれぐれも振る舞いを抑え、目立つのはその袍だけにしておいてもらいたいものだ。派手好きの隼人たちがいるところでは、たいてい何かしら大仰な変事が起こりがちだが、我らはいま月並みの諸事だけで手一杯ゆえ」

 にこにこしながら冗談めかして言っているが、匡七郎は彼の言葉を口撃と受け取った。かっと頭に血が上り、反撃の言葉が瞬時に五十ほども浮かんでくる。だが喉元まで出かかったそれを、目を伏せながらぐっと呑み込んだ。こんなところで上士に噛みついて、兵庫と隊に迷惑をかけるわけにはいかない。

「おおせの通り身を慎み、貴之公のご用向きを承りましたら、我らはすぐにも退散いたします」

 兵庫が顔を上げ、まっすぐに相手を見つめる。身長差があるので、かなり上から見下ろす形だ。

「お手を煩わせることはいたしませぬので、どうぞご安心を」

 そう言って彼が微笑むと、輝綱は急に真顔になって半歩後ずさった。うしろのふたりも、にわかに落ち着きをなくしてそわついている。

「そうか。ならばよし」

 かろうじて笑顔を返したものの、輝綱の目はまったく笑っていなかった。そそくさと足を運び、角を曲がって消えていく。

 智次が小さくため息をつき、再び兵庫らを先導して歩き出した。べつに彼の過失ではないのだが、済まなそうな顔をしている。

 匡七郎は廊下を進みながら、隣の兵庫を横目に見て囁いた。

「威嚇を」

「まさか」

 前を向いたまま、兵庫が空とぼける。

「愛想をふりまいただけだ」

 相手を()()させる愛想など聞いたこともない。匡七郎は危うく吹き出しそうになったのを必死に(こら)えたが、代わりに前を行く智次が()き込むように笑いをもらした。小声のやり取りだったが聞こえていたらしい。

 彼は肩ごしに振り返り、照れ笑いをしてみせた。

「すみません」

「輝綱さまは、隼人がお嫌いのようだ」

 半分独り言のような兵庫の言葉に、智次が複雑な表情を浮かべる。

「玉県家のかたなので」

「というと」

聳城国(たかしろのくに)最強とも謳われる立天隊は我々立州(りっしゅう)人の誇りですが、それを率いているのは石動家のかただということです」

「対抗意識ですか」

「加えて、御屋形さまの母君も石動家のご出身でいらっしゃいますから。七草家は支族の中でも石動家とのつながりが特別に強いので、それがおもしろくないと思っておいでなのかもしれません」

 支族同士で張り合う気持ちから隼人に嫌味を言っているのだとしたら、いい歳をしてずいぶん子供っぽいことをする。匡七郎はそう思い、腹立ちよりもあきれを感じた。だが有力支族に目の敵にされるのは、立天隊にとって決していいこととはいえない。いつか時勢が変われば玉県家の力が増し、隊に何か影響が及ぶということもあるだろう。

 そんなことを考えているうちに大広間に到着して、玉県輝綱のことはたちまち彼の頭から消え失せた。

 足を踏み入れるのをためらわせるほど荘厳華麗で、ぞっとするほど広大な空間が目の前に広がっている。繊細な彫刻が施された透かし欄間や、右手の壁を飾る重厚な金碧(きんぺき)障壁画、床を埋め尽くす畳の(へり)が整然と列を成しているさまなどを見ていると軽く目が回り、頭がくらくらしてくるのを感じた。

「様子を見てまいりますので、少々お待ちください」

 智次はふたりを二の間に通して座らせたあと、そう言って内廊下を歩いていった。

 待つのはべつに苦にならないが、この場所の厳粛な雰囲気にはあまり長く耐えられそうにない。匡七郎は昔から、こういう畏まった席が大の苦手だ。なんとなく、年長者に叱られるのを待っているような(いや)な心持ちにさせられる。

 額にうっすらと汗を浮かべて置物のようになっている彼に、隣から兵庫が低く囁きかけてきた。

「力を抜け。敵陣へ来たわけではないぞ」

「無理です」

 それだけ言うのがやっとだった。喉が詰まっている。

「なにも、そう硬くなることはなかろう」

 彼のほうは微塵も緊張しておらず、普段どおりに悠然とかまえていて憎たらしい。

「めったにない機会を楽しめ」

 たしかに、侍ではない自分が城主に直接目通りを許されるなど、そうそうあることではない。刀祢(とね)本家の父と兄は先代貴昭(たかあき)公の陪臣として一、二度は登城しているはずだが、当代の貴之公にはまだ拝謁していないだろう。家を出て分家の養子になった末っ子が、その彼らよりも先に若き城主に目通りしたと聞いたら、ふたりはどんな顔をするだろうか。

 その想像で少し気が楽になりかけたところで、にわかに人の気配が近づき、大勢が次々と部屋へ入ってきた。警護衆に違いない屈強そうな武将たちと、唐木田智次をはじめとする小姓たち。それらの先頭にいる凛々しい顔つきをした少年が、立州国主代に就任したばかりの黒葛貴之公だ。戦場にいた時にはもっと年長に見えたが、具足をつけていない姿はやはり若い。

 彼は大股に歩いてきて上段の間の中央に腰を下ろすと、手を上げて兵庫と匡七郎を差し招いた。

「もっと前へ」

 どのあたりまで接近していいかわからない匡七郎は、ただ兵庫に従うだけだ。ふたりが腰を上げようとすると、貴之は急に気を変えたらしく自らが先に立ち上がった。

「いや、外へ出ようか。ここで人に取り囲まれながら話すのでは、息が詰まるだろう」

 くだけた調子で言って、縁側からさっさと庭へ下りてしまう。彼のそういう振る舞いにはみな慣れているらしく、警護の人々も素早く後に続いた。数人が近からず遠からずの位置に散らばり、主人の傍には筋骨隆々とした長身の武将がひとりだけ残っている。

 兵庫と匡七郎が縁側へ出ていくと、外働きの小者がすぐに来て(くつ)脱ぎ石の上に履き物をそろえてくれた。

六車(むぐるま)兵庫どの」

 貴之はふたりが近づくのを待って、親しげに兵庫に微笑みかけた。

「百武以来だな」

「また、お目にかかれて光栄です。どうぞ兵庫とお呼び捨てください」

「叔父の手紙でおぬしが来ていると知って、どうしてももう一度会いたくなったのだ」

「このたびは、ご領内をお騒がせして申し訳ありません」

鉢呂(はちろ)砦を襲った男は、かなり手ごわいとか」

「は」

「おれに何かできることはあるか」

「ご城下に手配を行き渡らせてくださっただけで充分です。監視の目が多いので、いずれどこかで捕捉されるでしょう。姿を見せたと知らせがあれば即座に駆けつけ、わたしが一騎打ちにて必ず仕留めます」

「そうか。もし城方(しろかた)の手助けが必要になったら、遠慮なく申し出て欲しい。おれが城を空けていても、唐木田智次が万事希望に添うよう取りはからう」

 さすが名家の当主だと感じさせる堂々とした物腰の若者は、兵庫とひととおりやり取りをしたあとで、ふいに匡七郎へ目を向けた。

「ところで、そちらの隼人は?」

 気配を消して兵庫の影に溶け込んでいるつもりだったが、やはり気づかれていたらしい。

「わたしの相方を務める乗り手で、刀祢匡七郎と申します」

 兵庫がそう紹介して横によけたので、匡七郎の姿が貴之の真正面に出てしまった。興味深げに見つめられてにわかに緊張が蘇り、また少し喉が(せば)まってくる。

 おれはもともとあがり症じゃないはずなのに、今日はちょっとどうかしている――と思いながら、彼はそっと深呼吸をした。これは絶対、いらぬ重圧をかけた貞叔父のせいだ。

「拝顔の栄を賜り、恐悦至極に存じます」

 よし、なんとかつっかえずに言えたぞ。

 そんな匡七郎の心中の声を聞き取ったかのように、貴之は莞爾(かんじ)として笑った。

「刀祢という名には聞き覚えがある」

 意外なことを言われ、匡七郎は焦りながら兵庫を見た。だが彼はすっかり傍観者の顔をしており、助け船を出してくれる気はなさそうだ。

「あの――父の刀祢彦士郎(ひこしろう)と兄新九郎(しんくろう)が、五川(ごせん)奉行の馳平(はせひら)充明(みつあき)さまの配下として、北方(ほっぽう)地域の治水事業に長年携わっております」

 ああ、と小さく声を上げて貴之がうなずく。

「軍勢を引き揚げる途中で北方の武邑(たけむら)(ごう)に立ち寄り、堤防普請を視察したんだ。その現場で指揮をしていた者を、充明がたしか刀祢と呼んでいたと思う」

「それは、きっと兄でしょう」

「直接顔は合わせなかったが、普請場の誰よりもきびきびと動いており、遠目にもわかる精勤ぶりだった」

「そのお言葉を兄が聞きましたら、欣喜(きんき)雀躍(じゃくやく)いたすに違いありません」

 それどころか感激で卒倒するかもしれない。いつか機会があったら話してやろう。

 ついにやけそうになり、あわてて頬を引き締めた匡七郎のすぐ横を、背後から来た誰かがさっとすり抜けていった。止める間もなく貴之に駆け寄り、両腕を大きく広げて腰に抱きつく。

(あに)さま!」

 満面の笑顔で言ったのは、まだ十にもならないような可愛らしい姫君だった。可憐な花文が染められた紫苑(しおん)色の小袖を着て、髪に衣装と同じ色合いの組紐を飾っている。

「申し訳ありません、御屋形さま」

 侍女らしい若い女が、息を切らしながらやって来て貴之に謝った。

「急に駆け出してしまわれて」

「いつものことだ」

 貴之は鷹揚に言い、少女の乱れた前髪を指で優しく直してからこちらを見た。

「このお転婆(てんば)は、妹の葉奈(はな)だ」屈み込んで肩に手を添え、妹の体を半回転させる。「葉奈、あちらにいるのは――」

博武(ひろたけ)叔父さまのところの隼人でしょう。葉奈にはすぐわかりました。だって、黒の袍を着けていらっしゃるもの」

 ちょっと得意げに言ってから、少女はふと真面目な顔になってまじまじと兵庫を見つめた。

「兄さま、あの背の高い人はどうして(あね)さまに似ているの?」

「やっぱり葉奈も似ていると思うか」

 貴之はそう言うと、兵庫に向かってにっこりした。

「妹が姉と言っているのは、おれの許婚(いいなずけ)三輪(みわ)姫のことだ。百鬼(なきり)島を支配する雷土(いかづち)家の姫君だが、面差しがどことなくおぬしと似通っていると思う。もしや、おぬしも百鬼島の出身なのか」

「いえ、島は島でも……わたしが産まれたのは南海の名もない小島です」

 兵庫の答えは、貞吉郎が昨日詮索した時とまったく同じだった。どうあっても、これ以上のことは話さないと決めているらしい。匡七郎はがっかりしたが、貴之は当然ながら何とも思っていないようだ。

「同郷ではないにしても、三輪どのと会わせてみたいな」

「またいずれ、機会がありましたら」

 控え目に兵庫が言い、それで匡七郎にとって気の張る対面はようやく終了となった。貴之公にはまだまだ仕事があり、いつまでものんびりしゃべってはいられないようだ。そんな多忙の中、わざわざ時間を割いてまで会ったのは、城下に悶着を持ち込んだ形の立天隊士が白い目で見られることのないよう、彼が全面支援していると端的に周囲に示すためもあったのかもしれない。

 城を出て叔父の家に帰っていくあいだ、匡七郎は何かと過去を隠そうとする兵庫について思いをめぐらせていた。彼が口を閉ざすほどに、こちらは知りたい気持ちがより高まっていく。

〝名もない〟と主張する生まれ故郷の島のことや、子供のころに縁を切ったという実家のこと。名前まで貸してもらっている剣術の師匠との出会い。七草の郷境で別れてから、戦場(いくさば)で再会するまでのこと。守笹貫(かみささぬき)家の陣では働きたくないと思うに至った理由。そういえば、部隊の中で兵庫の側近のような立場と見られている伊勢木(いせき)正信(まさのぶ)との関係についても、いずれ聞きたいと思いながらまだ訊けていない。

 今はいつも傍にいられるので知ったような気になっていたが、こうして多くの問いを並べてみると、じつは彼のことは何も知らないに等しいのだと改めて実感させられる。

「なにを難しい顔をしているのだ」

 声をかけられて目を上げると、兵庫が振り向いて見ていた。

「兵庫さまのことを考えていました。わたしが過去のことをあれこれお訊きしても、あまり答えてくださらないのはなぜだろうと」

「おぬしは、ほんとうに知りたがりだな」

 ことさら不快に感じた様子もなく、彼はそう言って朗らかに笑った。

()(かた)を語るほど、おれはまだ老いてはいないということだ」

 なんとなく、はぐらかされているような気がする。

「昔話は年寄りがするものですか」

「そうだ。いずれ互いに(じじい)になって持て余すほどの暇ができたら、茶飲み話になんでも語ってやる。それまで、せいぜい質問を溜め込んでおけ」

 それは――年寄りになるまで、お供していいということですか?

 にわかに沸き立つ高揚感に小さく身震いしながら、しかし匡七郎は敢えてその問いを呑み込み、胸の中にしまっておくことにした。

聳城国マップ https://13604.mitemin.net/i136505/

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― 新着の感想 ―
[良い点] どんどんワクワクします。 [一言] 天山の事件の知らせがいつ誰によってどうもたらされるのかドキドキ緊張しつつも、 兵庫の過去に想像を膨らませたり。 とにかく先が気になって気になってワクワク…
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