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玉響(たまゆら)の群像  作者: 唐橋遠海
第三章 新たな火種
126/161

三十四 別役国酒匂郷・街風一眞 ひと足違い

 城を攻めるには大手から当たるか、あるいは搦手(からめて)から崩すかの見極めが重要だ。それは人を攻落する際にも当てはまると言える。

 一眞(かずま)は旅の途中で追い()ぎから助けた油問屋〈(ます)屋〉の隠居(ぬい)を、慎重に搦手から攻め落とすことに決めた。年は取っているが賢そうな女なので、事を焦って正面から力押しをすると、腹に一物あることを見破られるかもしれない。

 負傷した護衛と下男を道願(どうがん)宿(しゅく)旅籠(はたご)に運び入れたあと、一眞は宿代を持つという縫の申し出を断り、自腹で〈枡屋〉一行とは別に部屋を取った。敢えて身銭を切ったのは、たかり目的でつきまとっていると思われないためだ。

 滞留中も縫本人には極力近づかず、代わりに病室へ足しげく出入りして、(とこ)を並べて寝込んでいる男たちを細やかに気づかった。ふたりの傷は重かったが、怪我人というのはひとたび死線を抜ければ、あとはただ寝て快復を待つしかない身を次第に持て余し始めるものだ。命を救ってくれた恩人であり、嫌な顔ひとつせず無駄話につき合って痛みと退屈から気を逸らせてくれる一眞を、彼らはいつでも大歓迎した。

 そのふたりから詮索されるまで自分のことを何も話さなかったのも、しっかりと計算を働かせた上でのことだ。

 しつこく訊ねられたあとで一眞が小出しに語った身の上は、目論見(もくろみ)どおり彼らの口からすぐさま主人の縫に伝えられた。

 東峽(とうかい)の武門の出であること。半年前までは御山(みやま)の奉職者であり、衛士として蓮水宮(れんすいぐう)で仕えていたこと。盗賊団にさらわれた姪を取り戻すためにやむなく降山(こうざん)したが、首尾よく捜索行を終えられたら山へ戻って再び奉職したいと思っていること。

 一眞自身ではなく奉公人たちからもたらされたそれらの情報は、縫の中に残っていたかもしれない一片の警戒心すらも完全に消し去ったようだった。はるばる御山へ巡拝するほど信心深い彼女の心証に、内宮(ないぐう)衛士を務めた一眞の経歴や同じ天門信教(てんもんしんきょう)の信徒であることが響かないはずはない。

〈枡屋〉一行の中で、数日経ってもまだ一眞に胡乱な眼差しを向けていたのは丁稚(でっち)仁吉(にきち)だけだった。彼は一眞に脅されて〈二頭(にとう)団〉の(ねぐら)に関する情報を吐いたが、それを聞いたらすぐに去るという約束をあっさり反故(ほご)にされて腹を立てている様子だ。何とかして追い払いたがっているのは明らかだが、こちらは弱みを握っているので問題はない。身内が〈二頭団〉にいるという秘密を主人にばらされるよりも、仁吉は一眞の存在に目をつぶるほうを選ぶだろう。

 宿場へ落ち着いてから四日目、縫は翌朝宿場を()って(さと)へ戻る旅を再開する旨を告げに、ひとりで一眞の部屋を訪れた。怪我人たちは歩けるようになるまで預かってもらう取り決めを旅籠の主人と交わし、女中のひとりに話をつけて身の回りの世話を任せることにしたという。むろん手当ては気前よく先払いだ。

「一眞どのは奇禍(きか)()うたわたしどもが気がかりで、ここに留まっていてくださったのでしょう」

 彼女は形をあらためて謝意を述べると、袱紗(ふくさ)に包んだ大金を「せめてものお礼に」と渡そうとした。

「行きずりに助けたのも何かの縁と思い、様子見で留まっていたまでだ」

 一眞がそう(うそぶ)いて礼金の包みを押し戻すと、縫は彼の反応を見越していたような表情になった。

「これから、一眞どのはどうされるのですか」

「〈二頭団〉が出没するとあんたに教えてもらった、酒匂(さかい)(ごう)へ向かおうと思う。どこかに拠点を見つけて腰を据え、日雇い仕事でもしながら辛抱強く姪の行方を捜すつもりだ」

「それならば、ぜひ当家へおいでください」

 打てば響くように言って、縫は皺顔に晴れやかな笑みを浮かべた。

「いま見世(みせ)は息子が仕切っておりますが、わたしの恩人とあらば喜んでお迎えいたすでしょう。姪御さまが見つかるまで、好きなだけご逗留いただいてかまいません」

 一眞はひそかに快哉を叫んだ。よし、向こうから言わせたぞ。

「ただ居候を決め込むというわけには」彼は低くつぶやき、殊勝な顔で縫を見た。「滞在費代わりに、何か仕事をさせてもらえるとありがたい。御山での修行時代には清掃から飯炊き風呂焚きまで、下働きのするようなことを何でもやっていた。それに腕に覚えはあるので、(たな)の夜警や掛け取りの護衛なども務まるだろう」

宮士(ぐうし)まで務められたかたに、まさかそのような仕事を……」

 縫が思案げに眉をひそめる。

「いや、捜索で出歩いていない時には遠慮なく使って欲しい。そのほうがおれも気兼ねなく世話になれる」

 しばらく相談をしたのち、頼める仕事がある時には声をかけるということで話がまとまった。一眞は〈枡屋〉に入り込む算段がついた時点でほぼ目的は達成できているので、滞在にどんな条件がつくかなど、そもそもたいして気にしていない。

 万事思い通りに運んだことに満足感をおぼえながら、一眞は翌早朝、縫と不機嫌そうな仁吉を伴って道願宿を後にした。


 別役(わかえ)国を南北に貫く遊馬(あすま)川に沿って、街道を北上すること六日。たどり着いた酒匂(さかい)(ごう)は、曽良(かつら)国との国境(くにざかい)にほど近い緑豊かなこぢんまりとした郷だった。

 気候は冷涼で、もう星月(せいげつ)も半ばだというのに日陰にいると薄ら寒い。日の高い時分でもそうなので、夜は防寒が必須だった。

 南の街道沿いには小規模ながらも小ぎれいな商人町があり、油問屋〈(ます)屋〉もその一角に見世(みせ)を構えている。西はすぐ海で、少し小高い場所に上がれば湾岸の風景や内水に点々と浮かぶ小島を望むことができた。町を抜けた先は東から北にかけてずっと山がちで、その谷間(たにあい)に百姓の集落が集まっているという。

 商人町に入る木戸を通って間もなく、(ぬい)の案内で目指す〈枡屋〉に行き着いた一眞(かずま)は、その豪壮さに思わず息を呑んだ。

 広い道が交差する角地にどっしりと佇む見世は重厚な蔵造りで、大通りに面した間口九間ほどの店蔵(たなぐら)は二階建て。外壁は黒漆喰塗りで、二階の窓は厚みのある観音開きの扉を備えている。店に隣接して縦長の(そえ)蔵があり、この二棟の裏側に住居、さらに敷地を囲む塀に沿って二棟の土蔵が建てられているということだった。

 隠居である縫の様子からして、ちんけな見世ではあるまいと思ってはいたが、ここまでの豪商だったとは予想外だ。

「このすごい見世を、あんたが仕切っていたのか」

 一眞が感心すると、隣に立つ縫が卯建(うだつ)を上げた屋根を一緒に見ながら、少し寂しげな声で言った。

「はい、五年前までですが。わたしは家つきの娘でしたので、婿取りした主人が亡くなってからは、やむを得ず女主(おんなあるじ)を務めました」

「たいしたもんだ」皮肉ではなく、素直な感想だった。「こんな大店(おおだな)を、女手で切り盛りするのは容易じゃなかっただろう」

「先々代のころから勤めていた番頭が、よく助けてくれました。年も年なので、今はもう代替わりをしておりますが」

 それは好都合――と、一眞は腹の中で独りごちた。見世や主人への愛着がことさら深そうな、目端の利く古参の奉公人などいないに越したことはない。警戒心の強い年寄りの番頭に目をつけられ、あれこれつつかれるのはまっぴらだ。

 一眞が店構えを堪能し終えると、縫は彼を敷地の裏手に案内した。住居側の入り口がそちらにあるのだという。表の大戸から営業中の店に乗り込んで〝長旅から戻った先代〟風を吹かしたりしないあたり、やはり心映えのいい、よく出来た人物だと言えるだろう。

 招かれるままに小さな門をくぐり、玄関から家の中へ入った一眞は、店と比べて住居が質素にまとめられていることに少し驚いた。材はいいものを使っているようで部屋数も多いが、透かし欄間や雪見障子などの装飾類はほとんど見受けられない。

 質実なのか、吝嗇(けち)なのか――。

 縫の居間だという六畳間に通されると、すぐに女中がふたりぶんの茶菓を運んできた。

 香り高く滋味の豊かな緑茶と、砂糖漬けの甘夏が入った(とろ)けるようになめらかな舌触りの錦玉羹(きんぎょくかん)。ひと口すするだけで極上の茶葉だとわかるし、茶の子は蓮水宮(れんすいぐう)で供されるのにもふさわしい逸品だ。どうやら、吝嗇というわけではないらしい。金を使うべきところと、そうでないところをきっちりと線引きしているのだろう。

 結構。じつに結構。このぶんなら、金蔵にはそうとうのものが貯えられているに違いない。たとえば〈二頭(にとう)団〉のような荒くれ集団が目の色を変え、(よだれ)をだらだら垂らずにいられなくなるような大量の金品が。

 こういう大店の襲撃に成功すれば上がりはでかいが、そう容易(たやす)くは襲えないというのもまた事実だ。日が暮れれば見世の大戸は固く閉ざされ、店内には屈強な夜番の者たちが詰める。金蔵は厳重な造りで、二重あるいは三重の扉が設けられており、鍵そのものか錠前破りの卓抜した腕がなければ開けることはできない。

 また商人町は町内の連携が緊密なので、ぐずぐずしていて襲撃を周りに悟られたら最後、またたく間に捕り手や加勢の衆に囲まれてしまう。(さび)れた宿場で、場末の旅籠(はたご)娼楼(しょうろう)を襲うのとはわけが違うのだ。大仕事にはそれなりの準備と技量、資金、そして人手が必要となる。

 人手の中でも特に重要なのが、標的に事前に接近して内側に潜り込み、内部から仲間を手引きする〝引き込み役〟だろう。これは口で言うより難しい仕事で、誰にでもこなせるというものではない。

 まず、狙う(たな)の奉公人や出入り業者になったり、家の誰かと(ねんご)ろになったりすること自体が非常に困難だ。それがうまくいったとしても、標的の信頼を得られるまでには往々にして長い時間がかかる。内通者というのは一朝一夕に出来上がりはしない。

 一度の仕事で数年分の稼ぎを上げるような大盗賊は、この引き込み役を潜入させたり標的の内情を探ったりする〝仕込み〟に、時に何年もかけることがあるという。

〈二頭団〉は盗賊というよりむしろ兇賊で、〈ふぶき屋〉でのやり口を見るに、力任せの粗雑な仕事しかできない連中なのは明らかだ。〈枡屋〉のような豪商を標的とした大仕事には、これまで縁がなかっただろう。手勢自体はそこそこ揃っていそうだが、こういう格の高い見世にうまく入り込んで引き込み役を務められるような人材がいるとも思えない。

 一眞は〈二頭団〉と接触できたら、青藍(せいらん)の身柄と引き替えにその役を買って出てやるつもりだった。少しばかりの買い戻し金よりも、この申し出のほうが彼らの心を動かすであろうことは間違いない。賊を名乗って徒党を組んでいるのなら、一度ぐらいは大勝負に打って出てみたいだろう。

 茶碗から立ちのぼる香気あふれる湯気に鼻をくすぐられながら、一眞は対面に座る縫のほうを上目づかいに見た。

 老女はひさびさの自宅にくつろいだ様子で、ゆっくりと上品に菓子を食べている。一眞が腹の中で黒い考えを(もてあそ)んでいることに気づくそぶりもない。

 ふと、彼女が顔を上げた。

「店のほうがひと段落したら、主人の清之助(せいのすけ)がご挨拶をしにまいります」

「気づかいは無用に。用心棒か何かを雇ったと思って、奉公人同様に扱ってくれ」

「では、仕事をお頼みすることもあるお客さま、ということに」縫はさらりと言い、一眞と視線を合わせて穏やかに微笑んだ。「離れを用意させますので、どうぞ気兼ねなくお使いください。少々狭いですが、手入れは行き届いております。そのほか、ご不自由な点があれば、なんなりと女中にお申しつけください」

 一眞はことさらに真面目な顔をして、感謝のしるしに軽く会釈をした。

 結構。まったくもって、結構至極。


一眞(かずま)さん、また今日からお出かけですって?」

 早朝に旅支度をして母屋と(たな)をつなぐ廊下を歩いていると、(かわや)から出てきた手代の松五郎(まつごろう)と出くわした。〈(ます)屋〉よりはどこかの芝居小屋にでもいるほうが似合いの、愛嬌たっぷりの笑顔を持つ色男だ。少し小狡(こずる)いところがあり、年齢が近いこともあって、見世(みせ)の奉公人では一眞といちばん気が合っている。

 食客として〈枡屋〉に迎えられた一眞に、最初に仕事を頼んできたのもこの男だった。先々代からの馴染み客だが払いの渋い客がいるので、掛け売りの代金の取り立てに同行して欲しい――そう乞われて共に客先へ出向いた一眞は、松五郎を恫喝(どうかつ)して追い払おうとした先方の用心棒を片手でねじ伏せて大いに株を上げた。以来、松五郎はすっかり一眞に気を許し、秘かに抱いている野心を打ち明けたりするほどになっている。

「今度はどのあたりへ向かわれるのですか」

「北のほうへ行ってみようと思っている」一眞は廊下の途中で足を止め、自分よりも上背のある松五郎を見上げた。「榛名(はるな)村や羽衣石(ういし)村のあたりへ」

「あのへんは山ばかりですよ」

 つまらなさそうに言ってから、松五郎は片眉をちょっと上げた。

「ああ、でもお探しの盗賊の(ねぐら)は山の中にあるかもしれませんね。大所帯だと町中や小さな集落では目立ってしまいますから」

「そうだな」

 青藍(せいらん)が囚われていると思われる〈二頭(にとう)団〉の塒が、酒匂(さかい)(ごう)の北東に(そび)える巳扇(みおうぎ)山にあることはもうわかっている。丁稚(でっち)仁吉(にきち)から聞いた情報の裏を取るため、一眞は〈枡屋〉へ来てからのひと月ほどのあいだに二度、実際にその周辺へ足を運んでいた。山の裾野の集落では誰も盗賊のことなど話したがらなかったが、金をちらつかせてやれば舌がほぐれる者も中にはいる。

 慎重に聞き込みを繰り返した結果、一眞はついに〈二頭団〉の居場所を突き止めたと確信を得るに至った。仁吉が盗賊団の一味である〝八郎(はちろう)おいちゃん〟とやらに教えられた、塒への経路の目印だという〈弁疏(べんそ)の大岩〉もすでに見つけてある。

 今日こそ――。

 一眞は、巳扇山へ出向くのは今回で最後にすると心に決めていた。〈二頭団〉と談合して青藍を取り戻し、どこか安全な場所にいったん彼女を隠したら、一度〈枡屋〉へ戻って盗賊たちの引き込み役を務める。それで貸し借りなしになれば、あとは小娘をつれて御山(みやま)へ帰るだけだ。

 青藍はおれを警戒するだろうし憎んでもいるだろうが、あんなお人好しで単純な娘を言いくるめるのはそう難しくはない。半分程度真実を織り交ぜながら、すべてはおまえの命を守り陰謀から救い出すためにしたことだったのだとでも話せば、すぐに信じて感謝するだろう。

 御山に帰ったあとどう動くか、何を語るかはまだはっきりと決めていないが、それは帰路でゆっくり考えればいい。とにかく青藍さえ奪い返せば、事は(おの)ずと好転していくはずだ。

「戻られたら、また〈丁子(ちょうじ)屋〉で一杯やりましょうよ」と呑気な顔で行きつけの飲み屋に誘う松五郎に生返事をして別れ、一眞はまだ表の大戸を開けていない薄暗い(たな)へ入って行った。

 予想通り、通いの番頭の寅助(とらすけ)がもう来ており、帳場机について黙々と開店の用意をしている。太りじしの五十男で、瞼の厚ぼったい小さな目がどこか卑しそうな印象を与えるが、実際は品行方正謹厳実直、番頭の(かがみ)とも言えるような人物だ。

 一眞は板間を横切って近づき、机の脇に腰を下ろした。それを横目にちらりと見て、寅助が小さくうなずく。

「お早いですね。お出かけですか」

「姪を捜しに、また二、三日出てくる」

「さようですか。道中お気をつけて」

 にこりともしない。愛想は商売用であり、安売りはしないと決めているようだ。出会ったばかりのころはこの冷淡さに馴染めず、もしや危険視されているのかと神経を尖らせたりもしたが、今では単にそういう性分の男なのだと理解している。

「出かける前に――」一眞は懐に手を入れ、紙包みにした銭貨を取り出した。「これを渡しておきたい」

 差し出せば、寅助が困惑に眉をひそめながら膝をすべらせてこちらを向く。

「いけませんよ、一眞さん。あなたは先代がお招きしたお客さまですから、こんなことをされちゃ困ります」

「ここしばらくは頼まれ仕事もさほどなく、内でだらだらと住み暮らさせてもらっていた。そのぶんの掛かりとでも思って、家計に入れるなり何なり適当に処理してくれればいい」

「そのような心配は、どうぞご無用に」

 頑として受け取ろうとしない。一眞はさっと腕を伸ばして寅助の手首を掴むと、その手のひらに強引に紙包みを押しつけた。

「なら、これで若い連中と一緒に旨いものでも食ってくれ。いつも世話になっているから」

 今度は受け取らせることができた。しぶしぶとだが。

「では、お預かりします」

 請求されたわけでもない滞在費を払い、しかもそれを〈枡屋〉の主人である清之助(せいのすけ)や先代の(ぬい)ではなく番頭にこっそり渡すのは、短い期間に自身への信頼感を高めさせるための一眞の戦略のひとつだった。主人一家にはあまり接近しすぎず、その周囲――店で働く奉公人たちに好印象を与えるよう努めて、彼らの中からいい評判が立つように仕向ける。道願(どうがん)宿(しゅく)でうまくいったのと同じやり方で、手間はかかるがこのほうが確実だし、効果絶大なのは実証済みだ。

 だから一眞は客として遇されながらも決して尊大にならず、仕事を頼まれればいつも快く引き受け、ときおり女中や下男にそっと心づけを渡すなどして気を配ってきた。それが幸いして、松五郎から聞いたところによると、奉公人たちには「ぶっきらぼうだが、奥ゆかしい人」だと好感を持たれているらしい。そうした声は、すでに清之助らの耳にも届いているだろう。

 ここへ来た当初は、物言いや振る舞いを常に誰かしらから見られている感覚があったが、今ではいっさい詮索をされることなく家や店を自由に出入りできるようになっていた。初めて夜番を頼まれたのは半月ほど前で、信頼が確固たるものになったのはそのあたりからだろうと考えている。お陰で普段は近づきづらい帳場や金蔵の周辺を好きなだけ探り回り、盗賊どもを手引きする際に役立ちそうな情報をたっぷりと仕入れることができた。

 入念にこしらえたこの化けの皮は、青藍を取り戻したあとに戻ってきてひと仕事済ませるまでぐらいは充分にもつだろう。

「夕刻までに目的地へ着きたいので、もう行く。では、これで」

 一眞は寅助と会釈を交わして腰を上げ、脇戸からまだ行き交う人も少ない往来へと出て行った。


 日暮れから急に強くなった風が、月明かりに照らされた木々の梢をざわざわとかき乱している。それと同じぐらい激しく、一眞(かずま)の胸もかき乱されていた。

 何かがおかしい。

 まだ明るいうちに羽衣石(ういし)村へ入り、南の登山口から巳扇(みおうぎ)山へ登り始めたところまでは特に問題はなかった。前回来た時よりも、集落で見かける人の数が少し減ったように感じた以外は。

 だが山の中腹に差しかかり、目印にしていた〈弁疏(べんそ)の大岩〉――松の根方から突き出た、大人の腕でふた抱えほどある白っぽい岩塊(がんかい)だが、なぜそんな大仰な通り名がついているのかは定かではない――が見えるあたりまで来ると、不作法な手で喉元を掴まれるような不快さが生じ始めた。傾斜のきつい登り道で息が上がっているのかと思ったが、どうもそういうわけではなさそうだ。

 ようやく青藍(せいらん)にたどり着けそうで、気が()いているせいか。いや、あの娘のことは今さら焦ったところでどうにもならないとわかっている。盗賊にさらわれてから、すでに三月(みつき)以上が経っているのだ。今もまだ無事でいるのなら、あとしばらく持ち(こた)えるぐらいはできるだろう。

 ならば、なぜこんなに神経が張り詰めているのか。山道を踏みしめる爪先に、妙に力が入るのはどうしてなのか。

 しばらくして、一眞は自分の体が警戒態勢に入っていることに気づいた。脅威に備え、いつでも戦えるよう無意識に身がまえている。だが、どんな脅威を想定しているのかはわからなかった。〈二頭(にとう)団〉の(ねぐら)に近づけば見張りに気づかれ、目的を明らかにするまでは足止めを食らうだろうが、その前にいきなり襲いかかられるとも思えない。

 盗賊が巣くうこの山で、ほかに警戒すべき相手がいるとしたら獣ぐらいか。だが何かいるとしても、せいぜい小型のクマかイノシシあたりだろう。そういうものをあしらうのに慣れているとは言えないが、いざとなれば対応できる自信はある。

 周囲に目を配りながら慎重に歩を進め、一眞は細い山道を登り詰めて〈弁疏の大岩〉にたどり着いた。そこで立ち止まり、岩壁を背にして少しだけ足を休める。

 相変わらず強い風が吹き続けており、夜の森はさまざまな音で満ちていた。木々の幹も、枝も、葉も、林床を覆う雑草や砂礫も、すべてが風になぶられ、揺らされ、かき立てられて音を発している。それらに取り巻かれながら、一眞はじっと耳を澄ませた。

 自然音とは異なる何かが、かすかに聞こえる。まだ遠いが、不規則に……じりじりと近づいてくる、これは――

 足音だ。

 全身が総毛立ち、はっと息を呑んだ時にはもう刀を抜いていた。その刹那、奇妙にねじれた物体が闇を()いて飛びかかってくる。

 本能的に退()こうとしたが、岩を背負っているので下がれない。一眞は両腕に力を込めて足をふんばり、ぶち当たってきた物体を刀で受け止めた。

 これは何だ。人間か。右の上半身がない。

 その時、樹間を抜けて月光が差し込み、一眞の眼前に迫る相手の白濁した瞳がぎらりと光った。

 死人の眼――漂魄(ひょうはく)だ。

 一眞は息を止め、渾身の力でそいつを突き返した。右腕を首の付け根から失っている漂魄が、体の平衡を失って反転しながら草むらに倒れ込む。痛みも何も感じない死人はすぐに立ち上がったが、その隙に一眞は足場を確保し、構えを取り直すことができた。

 漂魄が残存する左腕を振り上げながら、危うい足取りながらも俊敏に駆け寄ってくる。一眞は正眼の構えから八双に変え、すうっと低く沈みながら左脚を斬った。太く手ごわい大腿骨ではなく、膝の下の頸骨と腓骨に狙いを定めて一刀両断する。

 片脚になった漂魄は、勢いのまま前につんのめった。どっと倒れ込んだ地面の上で海老反って跳ね回り、周囲の草や灌木を掴んで起きようともがいている。だが右腕と左脚がない状態では、うまく立ち上がれないようだ。

 一眞は大きく息を吐き、少し離れたところからそいつを観察した。

 二十代後半の男。暗い色合いの棒縞の小袖を着て、どこで盗んできたものか、不釣り合いに上等な絹の弓籠手(ゆごて)をつけている。生きている時には射手だったのかもしれない。

 盗賊の一味だろうか。おそらくは、そうだ。

 死人は〝新鮮〟に見えた。上半身をごっそり失っており、よく見ればあちこち傷だらけだが、それでもとりあえず腐敗はしていない。死んだのはここ一、二日のあいだと見て間違いないだろう。つまり、その間に盗賊団に何かが起きたのだ。死人が出て、そいつが漂魄になって(ねぐら)の周囲をさまよっていても、さしあたり放置せざるを得ないような事件が。

 一眞は草むらをもぞもぞと這っている漂魄に背を向け、抜き身を引っ提げたままで猛然と登山を再開した。(いや)な予感がする。

 二度と死人に強襲されたくなかったので、半ば駆けるように歩きながらも、周囲への警戒は怠らなかった。緊張感に息が詰まり、疲労がどんどん溜まっていく。しかし、決して足を止めることはしなかった。

〈弁疏の大岩〉はもうかなり後ろだ。道はこれで正しいのか。〈(ますや)屋〉の小僧は何と言っていた。岩を越えて滝の右側、だったか。いったいどこに滝がある。

 焦りを感じながら、一眞はほんのちょっと足を止めて、再び森の音に耳を傾けた。水音はしない。いや――かすかに。

 険しいつづら折りの道を難儀しながら登っていき、水流の音だけを頼りに竹林へ分け入る。意識していなければ見分けられないような細い踏み分け道を進むうちに、次第にあたりの空気がひんやりしてきた。水場が近いのだ。それに勇気づけられてさらに歩き続け、ついに一眞は(くだん)の滝を発見した。そして拍子抜けした。

 どんな瀑布を見いだすかと思えば、落差一間半ほどのほんの小滝だ。岩壁の途中に口を開けた亀裂から水が流れ落ち、銭湯の湯壺ほどの大きさの滝壺に浅く溜まっている。そこから小川が蛇行して、森の中へ流れ出していた。

 一眞は小川を渡り、滝を通り過ぎて右へ回り込んだ。なるほど、ここにも踏み分け道がある。暗い中で目を凝らしながらさらに行くと、ふいに竹林が途切れて視界の先が開けた。

 草地を挟んだ正面に、巨大な岩壁が立ちはだかっている。その途中、地面から手を伸ばせばどうにか届きそうなあたりに、楕円形をした大きな穴が空いていた。ついに見つけた、〈二頭団〉の塒だ。

 入り口に見張りの姿はなく、明かりらしきものも見えない。いま一味は中にいるのだろうか。

 そちらへ向かって歩き出そうとした瞬間、一眞は右手のほうに異様な闘気を感じて反射的に左へ飛び退(すさ)った。

 男がひとり佇んでいる。立ち木を背に、一眞と同じく抜き身を提げて。得物は脇差しのようだ。

 月明かりが白々と差す中、一眞は用心深く構えたままでじっと男を見つめた。

 体格はがっしりしているが、足が短く、背は決して高くはない。顔の半分は(こわ)い髭に覆われており、その表情は窺い知れなかった。歳は四十ほどだろうか。

 男が一歩前に出て、そろりと切っ先を上げた。一眞もまた構えを取り、斜め二歩前に出る。

 近づくと、男が負傷しているらしいことがわかった。正眼の構えがわずかにぶれている。腕か胴に傷を負っているのかもしれない。体が少し右に傾いているのは、片脚を傷めているせいだろう。よく見れば、 草摺(くさずり)の下から覗く左の腿に流れた血が縞模様を描いていた。

 重傷のようだ。しかも、明らかにくたびれ果てている。懸命に抑えてはいるが、かなり呼吸が荒い。

「おい」

 一眞はさらに一歩進み、右脇構えを取りながら声をかけた。

「おれは戦いに来たんじゃない。あんたが〈二頭団〉の一味なら、訊きたいことがある」

 男は無言だ。一眞の声が聞こえているのかどうかも定かではない。だが、かまわずに話し続けた。

「春ごろに、小浦方(こうらかた)(ごう)佛田(ふった)宿(しゅく)で〈ふぶき屋〉という娼楼(しょうろう)を襲っただろう」

 くそ、この野郎。うんともすんとも言いやしない。

見世(みせ)からさらってきた女たちの中に、下働きの小娘がいなかったか。(あい)という名で――」おれがつけてやった偽名を、あいつはまだ使っているんだろうか。「歳は十二だが、見た目はもっと餓鬼っぽい」

 初めて男が反応を見せた。口をわずかに開き、また閉じ、むっつりとこちらを睨みつける。

「いるのか、ここに」

 重ねて訊くと、男はふんと鼻を鳴らした。

「いたらどうしようってんだ」

 ようやく発した声は半分つぶれており、ひどく聞き取りづらかった。

「取り戻したい。引き替えになるような、いい儲け話を持ってきた」

「てめえ、何者(なにもん)だ。あの娘を売った女衒(ぜげん)か」

〝あの娘〟と言った——一眞は激しい(たか)ぶりを感じ、しかしそれを表に出さないよう自制した。これまで苦心惨憺(さんたん)したが、ついに青藍(せいらん)にたどり着いたのだ。しかも、ありがたいことにまだ生きているらしい。ここは慎重に事を進めなければ。

「まあ、そんなところだ。あいつは無事か? ここで何があったんだ」

 男はその質問には答えず、太い眉を吊り上げた。

「甘ちょろいことを()かしてんじゃねえ。一度売ったもんを、てめえの腹づもりで簡単に取り返せると思ってんのか」

「代価次第だろう」

「買い戻して、どうする。また売るのか」

 おかしなことを訊く。一見たいして銭にもならなそうな平凡な小娘なのに、なぜ行く末を気にしたりするのだろう。あいつの価値を——御山(みやま)若巫女(わかみこ)だと知っているならともかく。まさか、あの頓馬(とんま)……出自を明かしたのか?

「売ろうがどうしようが、おれの勝手だ」

「そうかい」

 吐き捨てるようにつぶやき、ふいに男が動いた。意外なほど敏捷な足運びで、はっと思う間に距離を詰められる。

 二本の刀身が噛み合ってまばゆい火花が散り、双方同時にぱっと左右に離れた。

 立ち位置を変えた一眞が体勢を整える間もなく、再び男が斬りかかる。左下から袈裟にくると見せて、手前で右上段に切り替えた。腰が入っており、振りは鋭く速い。

 一眞は(しのぎ)で受けて流し、ふわりと膝を折って側面に回った。低めの斬撃で(くるぶし)を狙う、昔から得意の型だ。だが男は攻撃を読んで後方へ跳び、一眞が振り抜いた刃は空を斬った。初めて相対する者に、この一撃をかわされた経験は過去にもあまりない。

 男は離れたぶんの間合いをすぐに詰め、息つく間もないほどの猛攻を仕掛けてきた。しのいでもしのいでも、次から次へと斬撃が襲ってくる。強く弾き返してやっても、一歩もうしろに下がらない。獰猛な剣尖が一眞の肩先を突き破り、額をかすめ、どろりと流れた血が目尻にしみた。視界がかすむ。

 この太刀筋――一眞はぎりぎりの攻防の中で、ぼんやりと考えた。似ている。おれ自身の剣、いや、それ以上に……あの男の剣に。

 悪寒とも快感ともつかないものが、ぞくりと腰のあたりから()り上がってきて身震いが起きた。それを隙と見て繰り出した男の突きをかわし、素早く横に転がって、少し距離を空けながら立ち上がる。

 互いに構えを取ったまましばらく見合っていると、男が(あざけ)るように言った。

「てめえ、御山の衛士だな」

 一眞の胸の中で鼓動が早くなった。男が口をゆがめて笑う。

「もう気づいてんだろう。似たような剣筋だと」男は慎重な足さばきでじりじりと右へ回り込みながら、(しゃが)れ声で低く囁いた。「誰に技を教わった。いまはどいつが指南役だ」

 一眞は答えなかったが、彼が気にする様子はない。

「宮殿から若巫女をさらって娼楼に売るなんざ、まさに神をも恐れぬ所業ってやつだ。どうやらてめえの師匠には、弟子をまともに仕込めるだけの器量がなかったらしいな」

「黙れ」

 何も言うつもりはなかったのに、言葉が口を()いてほとばしり出た。

「もったいぶらずに、指南役が誰だか言ってみろよ。おれが山にいたころの兄弟弟子なら、名を聞きゃあ間抜けな(つら)を思い出すだろうぜ」

 男が言い終えるより早く、一眞は地を蹴った。最短距離を駆け抜け、一直線に男の刃圏へ飛び込む。待ち構えていた相手が、膝を狙って低く振り抜いた。それを跳び越え、大上段からありったけの力で振り下ろす。白刃が男の顔の右側を縦に断ち割り、まっすぐ鎖骨の下まで深く食い込んで止まった。

 刀でつながったまま静止したふたりの周囲で、森のざわめきがにわかに蘇る。勝負が続いているあいだ、なぜか風が止まっていたようだ。

 ぽたりと、血の雫が地面に落ちた。

 男の血ではなく、一眞のものだ。肩口の傷からあふれた鮮血が袖を浸し、ゆっくりと垂れて足下を濡らしている。

 彼は片足を上げて男の鼠蹊(そけい)部にしっかり宛がうと、疲労で震える手に力を込めて刀を引き抜いた。致命傷を負った男が支えを失い、たちまちぐにゃりと崩れる。うずくまるような形で倒れた時には、彼はもう完全に事切れていた。

 その体を見下ろしながら弾む息を整え、一眞は薄氷を踏むような勝利の余韻に浸った。相手がもともと傷を負っておらず、得物が短い脇差しではなかったなら、おそらくもっと手こずらされただろう。あるいは負けていたかもしれない。ひさびさに出会った、ほんとうに強い剣士だった。

 果たしてこいつは知っていたのだろうか、千手(せんじゅ)景英(かげひで)を――。

 胸が少しうずくのを感じながら黙然としていると、背後から手を打ち鳴らす音が聞こえてきた。

 はっと振り向いた一眞の目が、洞窟の入り口で燃える灯火(ともしび)を捉える。そこには松明(たいまつ)を持った若者と、隣で拍手をしている四十がらみの男がいた。小粒な眼をした丸顔で、どことなくイタチに似ている。

(つえ)え、強え。いやあ、見上げた腕前だぜ」

 男はそう言うと、拍手をやめて相好を崩した。

「殺してくれて助かった。そいつには往生してたんだ。(ほら)の真正面にどっかり腰を据えやがってよ、おれの手下(てか)を出ていく端から斬り殺しやがる。お陰でもう二日も外へ出るに出られずで、いい加減に干上がりそうだったんだ。返り討ちにしてやりてえと思っても、なにしろべらぼうに強くてなァ。おっと、こりゃ(じか)()り合ったあんたには言うまでもねえか」

 ぺらぺらと機嫌よさげにしゃべっている男は、妙に愛想のいいところがかえって胡散臭い。一眞は用心しながら話しかけた。

「やり取りを聞いていたなら、おれの目的もわかってるな。〈二頭団〉が佛田宿からさらった、藍という娘を買い戻したい」

 イタチ顔の男はにんまりして、感情を読み取りづらい謎かけのような表情をつくった。

「その前に名前ぐらい聞かせてくれや、剣術使いの兄さん」

街風(つむじ)一眞」

「ほう」男はすっと目を細め、それからまたにたりと笑った。「こりゃまた、ご立派な名前をお持ちだぜ。なァ〈(はまぐり)〉よ」

 おかしな名で呼ばれた若者が、松明を揺らしながら無言のまま何度もうなずく。

「おれは〈飯綱(いづな)〉てェ(もん)だ。〈二頭団〉の――」イタチ男はそう言いかけて、ぷっと吹き出した。「いや、あんたが頭を片方つぶしちまったから、もう〈二頭団〉じゃねえな。まァともかく、おれは残ったほうの(かしら)だよ」

 彼は奇妙に長い首を前に伸ばし、じっと一眞を見据えながら手招いた。

「こっち来な。梯子(はしご)を下ろすから、洞の中で飯でも食って休むといい。傷の手当てもしねえとな」

 ()らされるのはもうたくさんだ。一眞はその場を動かず、表情を引き締めて言った。

「藍に会わせてくれ。生きてるんだろうな」

「おお、そのことよ」飯綱は肩をすくめ、からかうような口調で答えた。「一昨日(おととい)の夜中にちょいともめ事があって……ま、仲間割れってやつだ。そのどさくさに紛れて、あの娘は煙みたいにどろんと消えちまったのさ。生きちゃいるだろうが、いまどこにいるかなんて誰も知りやしねえ」

 胸を反らせてカラカラと笑う。それを伝える役目ができて嬉しいと言わんばかりだ。

「惜しかったなあ、兄さん。あとちょっと早く来てりゃ、娘っ子を返してやれたのによ」

 消えた……。

 手に掴みかけていたものがすり抜けていったのを感じ、一眞は一気に脱力して血溜まりの中に膝をついた。敗北感と共に、重い疲労感がずしりと全身にのしかかってくる。

 もう万策尽きた。さすがに手詰まりだ。これ以上、広い世界のどこをどう捜せば、青藍を捕まえられるのか見当もつかない。つまり、おれが御山へ戻るすべは――もはやないということだ。

 ただそのためだけに、ここまでやってきたのに。

 悪態をつく気力すらも失い、一眞はしばし無言のままで血に黒ずんだ地面を凝然と見下ろしていた。

聳城国マップ https://13604.mitemin.net/i136505/

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