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第94話 達磨

 二日後――


 夜明け前。魔石灯に照らされた冷たい石畳を、リンと二人で並んで歩く。

 正直、いくらなんでも早すぎるだろうとは思ったが、「なるべく早く来てくれ」と言われた以上、怠るわけにはいかない。朝三時には起きて支度を整え、宿を出発した。


 貴族街を守る騎士たちは、最初こそ訝しげな視線を向けてきたものの、顔が判別できる距離になると、何も言わずに道を開ける。

 同じようにバックス辺境伯邸を護衛する騎士たちの脇を通り、重厚な扉をくぐると、すぐに執事が声をかけてきた。


「旦那様がお呼びです」


 執事の案内で部屋に入ると、辺境伯はすでにグラスを片手にしていた。琥珀色の液体が魔石灯の光を受け、妖しく輝く。


「随分早いな。殊勝なことだ」


 口元をゆるめ、辺境伯はニヤリと笑う。


「おはようございます。『早く来てくれ』とだけ仰られていたので、加減が分からず……」


 丁寧に頭を下げると、バックス辺境伯は本題へと入る。


「準備を急がせたから、一人一人と面通しをする暇もなかっただろう? 潜る前に、短い時間だが顔を合わせ、言葉を交わす場を設ける。踏み込んだ質問をするなら、俺が立ち会っているうちがいい。だいたいの人となりを見極めておけ」


 なるほど――ありがたい提案だ。

 面識がないまま、迷宮に潜りたくはないからな。

 誰に注意を払うべきか、少しでも目星をつけておきたいところだ。


 辺境伯はそう告げると、すぐさま執事にセカルズたちのパーティを呼び寄せた。

 この時間帯にもう全員が起きていることにも驚かされたが、呼びかけに応じる速度の早さには、さらに目を丸くした。


 部屋へと入ってきたのは、セカルズと、昨日あいさつを交わした雷魔法の金証魔法師ライゼル。そして、屈強な体つきをした金証冒険者の男が二人。

 いずれもセカルズが雇った腕利きで、どちらも三段――この場に集う冒険者の中では最高位の実力者だという。


 バックス辺境伯が耳をそばだて、俺たちの会話を見守る中、俺はセカルズへ問いを投げかけた。


「セカルズ様は、【闇玉アビス】迷宮に潜ってどれほどになるのですか?」


「ちょうど一月一日で三年……サーディスとフォルランも同じだ」


「あと半年ほどで習得の可能性があると耳にしましたが?」


「……あくまで経験則だ。だいたいそのくらいだと思う。だが、もっと早くてもおかしくはないし、逆に遅くなる可能性もある」


 ――なるほど。

 早すぎるのは困る。俺が【闇玉アビス】を習得する時間が削られてしまう。


「長男のファスク様を殺した人物に、心当たりはありますか? あるいは、恨みを抱いていた者などは?」


「……皆目、見当がつかない」


「では、犯人は再び動くとお考えですか?」


「……思う」


「理由を、お聞かせください」


「客観的に見て、ファスクが死んで最も得をするのは、この俺だ。だが、俺は犯人ではない。ならば、犯人は次に俺を狙う――そう踏んでいる」


 セカルズは、別の後継者を疑っている――そう見える。

 ライゼルや二人の冒険者はどう思っているのか? この場で問い詰めても、真意を口にするはずがなかった。


 会話をひとまず切り上げると、今度はバックス辺境伯がサーディスたちを呼び寄せた。サーディスが連れてきたのは、中肉中背の魔法師と、冒険者二人。


 そのうち一人――黒く艶やかなショートヘアの若い女性は、整った顔立ちが目を引く。そういえば昨日、セカルズが言っていた。【解毒キュア】を使える女性――確か、シャルロットだ。


「サーディスと、その金証魔法師で土魔法師ロックだ。ロックも第四位階の土魔法を習得している……というか、ここにいる魔法師は全員、第四位階だ」


 辺境伯が軽薄そうな後継者と魔法師を紹介すると、二人はどこか気だるげな表情を浮かべた。


 俺は、セカルズに投げかけたのと同じ質問をサーディスに向ける。


「長男のファスク様を殺した人物に、心当たりはありますか? あるいは恨みを抱いていた者は?」


「……さぁな」


 淡々とした返答。協力する気など毛頭ない、と言わんばかりの口調だ。


「では、犯人は再び犯行に及ぶと思いますか?」


「……どうだかな」


 これ以上は時間の無駄か――そう思いかけた瞬間、彼は続けた。


「……ただ、次があるなら、俺を狙うんじゃねぇか?」


「理由を、お聞かせください」


「俺の顔と才能に嫉妬して……ってとこだろ?」


 口の端を上げ、サーディスはおどけてみせる。そして、リンへと視線を這わせ――まるで舐め回すかのように、いやらしい光を宿した目で見た。

 ――やはり、第一印象は間違っていなかった。


 サージェスの次に呼ばれたのは、フォルラン。

 彼の背後には、澄んだ瞳を持つ女性魔法師――聖魔法師セイラの姿があった。護衛として控える冒険者二人はいずれも男で、どちらも実直そうな雰囲気を漂わせている。


 フォルランは落ち着き払った態度で、犯人の心当たりは「ない」と短く答え、次の標的は誰かという問いには、躊躇いなく「セカルズだろう」と言い切った。それ以上の無駄話はなく、淡々とした足取りで部屋を後にする。


 最後に現れたフィオージの傍らには、ワイバーン討伐で指揮を執ったフェイルの姿があった。さらに、二名の冒険者のうち一人は女性で、茶髪に整った顔立ち――多少、年齢を重ねてはいるように思えるが、非常に綺麗ということは付け加えておく。


 フィオージ自身は、外見そのままに快活で歯切れの良い性格だ。余計な言い回しをせず、核心だけを突く口ぶりには、不思議と信頼を抱かせるものがあった。

 継承権の資格を得たのはわずか一年前で、他の三人に比べれば明らかに遅れを取っている。それでも臆することなく、犯人の心当たりはないと答え、狙われるとすれば「セカルズだ」ときっぱり言い切った。


 そして、俺は後継者以外の人物に、初めて矛先を向けた。


「フェイルさん、お久しぶりです。あなたの意見も聞かせてください――ずばり、誰が犯人だと思いますか?」


 唐突な問いに、フェイルの目がわずかに揺れる。

 狼狽の色を隠しきれず、彼の口元が一瞬だけ強張った。

 俺はすかさず追撃する。


「もしかしたら、凶行が行われた瞬間……【風詠サーチ】を唱えていた、なんてことはありませんでしたか?」


「さ、さすがに……そんな都合よく詠唱してはいない!」


 即座に否定するフェイル。

 その声音には、意外を突かれた混乱と、ほんの僅かな苛立ちが混じっていた。


「そうですよね。ただ、もしかしたらと思っただけです。不快にさせたなら申し訳ありません。これからは、何かあれば【風詠サーチ】をお願いします」


 挑発ではない――純粋な確認だ。だが、いきなりこんな質問を投げられたら、動揺するのも無理はない。


「……ったく、久しぶりに会ったと思えば……随分な挨拶だな」


 フェイルはため息をつき、表情を緩めぬまま視線を俺の背に移す。


「レオ、一つ訊かせてくれ……その背負っている剣は?」


「はい。ザンクを倒したときに手に入れたクレイモアです。ギルドにも正式に許可を取っています」


「……そうか……あいつが、あんな末路を辿るとはな……」


 フェイルの声には、苦い哀惜がにじんでいた。その瞳には微かな陰が落ちる。


「かなり親しかったんですか?」


「……銀証時代は、よく一緒に行動していた。共に戦い、幾つもの修羅場をくぐった……あの頃の顔が、今も脳裏から離れない」


 苦労を共にすれば、情が生まれるのは当然だ。

 あとは迷宮内で話そう――そう思った矢先、フェイルが口を開いた。


「……犯人は分からない。だが、人物像には心当たりがある」


「人物像?」


 思わぬ言葉に、バックス辺境伯までもが身を乗り出す。


「ああ、【達磨だるま】だ」


 ……達磨? 祝い事で目を入れる、あの赤い置物のことか?

 フェイルは俺の顔色を見て、ゆっくりと説明を続ける。


「その反応……【達磨だるま】を知らないようだな――ヴィーレ勇国出身の傭兵、闇魔法師で【隠蔽コンソール】の達人だ。姿を見た者はごく僅か、依頼主ですら顔を知らないと言われている」


 脳裏に、北カリ村の村長イシュバルの言葉が蘇る。

 ――ブルホーンを手際よく操れるのは、ヴィーレ勇国の傭兵くらいだ。


「フェイルさん、その男を実際に見たことは?」


「ない。素性も年齢も、生死すら不明だ……いや、本当に実在するのかさえ分からん。顔が分からぬからこそ、目の描かれていない【達磨だるま】と呼ばれている」


 なるほど――目を入れる前の達磨、というわけか。

 まさか、地球だけでなく、アストラリアにも達磨という言葉が存在するとは……。


 フィオージと共にフェイルたちが退出した直後、バックス辺境伯が何かを言いかけた――その瞬間、扉をノックする硬い音が響き、執事の落ち着いた声が扉越しに届く。


「旦那様、お時間です」


「……分かった」


 短く答えた辺境伯は、わずかに目を伏せ、次いで俺とリンへと視線を移す。


「レオ、リン――息子たちを……セカルズを頼む」


 低く絞り出された声には、領主としての威厳よりも、一人の父親としての切実な願いがにじんでいた。

 その言葉で、彼自身もセカルズこそが狙われると確信していることが、痛いほど伝わってきた――

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