表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/109

第89話 第四位階迷宮2

「リン! 行くぞ!」


 八本の触手が一斉に海面を割って襲いかかる。

 俺は即座に魔法を詠唱。


「**【魔力増強マジックアップ】**!」

「**【風絨毯エアリアル】**!」


 風が足元を巻き上げ、俺たちを乗せた風の絨毯が桟橋から宙へと跳ね上がる。

 【魔力増強マジックアップ】で延長された飛行時間は五分――その間に仕留める!


「**【闇魔腕カイナ】**!」


 背中から漆黒の巨腕が二本、蛇のようにのたうちながら伸びる。

 迫る触手をクレイモアで叩き斬り、もう一方でクラーケンの頭部を鷲掴みにする。


 さらに詠唱を止めない――


「**【火鞭ファイアウィップ】**!」

「【火鞭ファイアウィップ】!」


 最初に発現させた魔法陣をそのままに、左右の手に紅蓮の鞭が現れる。

 火花が海水を弾けさせ、蒸気が白い霧を立ち上らせた。


 炎の鞭を振り下ろす――が、クラーケンも黙ってはいない。

 別の触手が、まるで盾のように前に出て、その攻撃を阻もうとする。


 しかし――俺にもまだ手はある。


「**【闇鎖シャドウバインド】**!」

「【闇鎖シャドウバインド】!」


 空中に漆黒の魔法陣が二重に重なり、鎖が渦を巻きながら射出される。

 盾のように構えたクラーケンの触手が、一瞬で絡め取られた。


 続けざまにリンへ――


「**【風纏衣シルフィード】**!」

「**【石纏衣ノームディア】**!」

「**【水纏衣ウィンディーア】**!」


 風が羽衣のようにリンを包み、石の力が肌の上に形成される。

 さらに、水の膜が薄く輝き、海の凶暴な抱擁すら拒む守護膜となる。


 ここまでわずか二十秒弱――息をつく間すらない。


 クレイモアを鞘に納め、二本の黒腕がクラーケンを拘束。

 さらに【火鞭ファイアウィップ】が紅の軌跡を描き、触手を灼き切っていく。

 焦げた海水が白い蒸気となり、戦場を覆い隠した。


 それでも、残った触手が鞭のように俺たちを襲いかかる。

 だが――【魔力増強マジックアップ】で加速した【風絨毯エアリアル】の速度に、クラーケンの一撃が届くはずもない。


「水魔法師の皆さん! 海面に【氷結アイスバーン】を! 絶対に海中へ逃がさないように!」


 俺の言葉と同時に、四人の銀証魔法師が一斉に詠唱を重ねる。

 蒼白い魔法陣が海面に咲き、瞬く間に氷の花が広がっていく。

 クラーケンの足元の波が凍りつき、海の呼吸を奪うように張り詰めた。


 もちろん、重みで割れるのは時間の問題だ。

 だが、そのわずかな隙を――雷魔法師の稲妻と、俺たちの刃が埋める。


 リンの翼竜剣が桜光を纏い、斬撃のたびにピンクの閃光と残滓を海霧に刻む。

 俺も【毒矢ポイズン】、【雷撃ライトニング】、【火弾ファイアバレット】と連射し、巨体を削り取っていく。


 たまらずクラーケンが海へ逃げ込もうと身をくねらせた瞬間――

 氷の床がその進路を塞ぐ。

 さらに俺の二本の【闇魔腕カイナ】が黒い杭のように海獣を引き上げ、炎の【火鞭ファイアウィップ】が肉を焦がす。

 そして【闇鎖シャドウバインド】が、蛇のように絡み合い、巨体をがんじがらめに拘束した。


 あとは冒険者を含めた総攻撃。

 斬られた触手はしばらくすると再生するが、その強度は明らかに落ちている。

 それを各々が叩き斬り、焼き尽くし、雷を穿つ――気づけば、クラーケンは魔石を残して蒸発していた。


 あっという間の勝利に皆が見合わせ、しばしの沈黙――

 それを破ったのは、雷魔法師のかすれた声だった。


「……もう数年、この迷宮のクエストを受けているが……こんなにも圧倒したのは今日が初めてだ。いくつ魔法を覚えている……? しかも、すべてが超一流……俺は何人も金証魔法師を見てきたが、お前みたいなやつ……いなかったぞ……」


 驚愕と畏怖の入り混じった視線がこちらに注がれる。

 続いたのはフリードだった。


「お、おい……たった一年でこれほどまで……? しかも、そのクレイモア……ザンクのじゃないか……どうしてレオが……?」


 どうやらフリードは、ずっとこの階層に籠もりきりで地上の情報を知らないらしい。

 そこで、俺はザンクのことや盗賊団の末路をかいつまんで話す。


 話を聞いていたゲルドが、どこか残念そうな顔を見せた。


「……まぁ、あのオッサン……危なっかしかったからな。這い上がるためにはどんな手段も厭わない。そんな気概は感じていた」


 ここにいる者たちの多くがザンクを知っていたようで、皆が無言でうなずき合う。

 だが、湿った空気を振り払うように俺は口を開いた。


「まぁザンクはもう死にましたし、湿っぽい話はやめましょう。で、魔法陣はどこに描かれているのですか? どこにも壁のようなものは見当たらないのですが?」


「……この下だ」


 フリードが足元へと視線を落とす。しかし、桟橋の板には何の刻印もない。


「え? どこにも……ありませんけど?」


「いや、ある――この桟橋の真下、およそ百メートルの海底にな」


「えっ――!?」


 百メートル……!?

 確か人間は五十メートルを超えただけでも、身体に深刻な異常をきたすと聞いたことがある。

 そんな場所にどうやって……と、思考が追いつくより早く、フリードが低く呟いた。


「【水撃ウォーター】」


 瞬間、空気を抱き込むようにして透明な水球ウォータースフィアが膨れ上がる。人の背丈を超えるほど巨大なその球体は、中が空洞になっており、フリードはためらいなくその中へと足を踏み入れた。


「まさか……その水球で身体を保護して潜るつもりですか!?」


 俺の問いに、フリードはにやりと口角を吊り上げると、迷いなく海へと身を躍らせた。

 続けざまに、他の水魔法師たちも次々と水球ウォータースフィアを纏い、白波を割って飛び込んでいく。


 ――フリードのオリジナル魔法かと思いきや、皆同じ魔法を使えるのか。

 だったら、俺もやるしかない。


 【収納ストレージ】からカリの苗木を取り出し、垂れ下がる果実をもぎ取る。

 濃厚な甘みと共に体に流れ込む魔力の奔流に息を吐き、すぐさま詠唱する。


「【魔力増強マジックアップ】」

「**【水撃ウォーター】**」


 強化した魔力を注ぎ込み、巨大な水球ウォータースフィアを生み出す。外殻を徹底的に厚く――水圧に押し潰されないように。さらに予備を四つ、周囲に浮かべて保険をかける。

 意を決して水球ウォータースフィアの中に体を入れると――うん、意外と悪くない。そのままフリードたちに続いて海にダイブ。


 泳ぐ必要はない。水球ウォータースフィアを操るだけで、海の底を滑るように進んでいける――皆の後を追うこと数分、目に飛び込んできたのは……

 暗い海底に刻まれた四重の魔法陣――【海嘯タイダルウェーブ】。


 しかし、そこは深海。疑似太陽の光は届かず、迷宮核の輝きも薄れ、視界は濁った闇に沈んでいた。

 俺は掌に光を宿す。


「【光明ライト】」


 淡い光が海底の紋様を浮かび上がらせる。


「……この迷宮、難易度が狂ってる。クラーケンを倒してからが本番ってわけか……」


 水魔法師たちは、水球ウォータースフィア内の酸素が尽きると、いったん海面まで浮上し、新たに空気を抱き込んだ水球を作り直してから再び潜らねばならない。


 つまり、戦闘が長引けば、その分だけ魔法陣を読む時間が削られる。

 逆に精読に集中すれば、今度は休息や魔力回復の時間が足りず、次のクラーケン戦を満足に迎えられなくなる。


 ――フリードが「習得に数年かかる」と言ったのも納得だ。


 だが、俺は二カ月で仕上げるつもりだ。

 そのために今回は運び屋の依頼を受けなかった。食料は自分たちの分だけ。

 計算上は余るほどある……が、余裕は多いに越したことはない。


「ふぅ……」


 約二時間、暗い海底で魔法陣を精読し終え、桟橋に上がる。

 水球ウォータースフィアの維持や海底での精読に、全身が鉛のように重いが、不思議と心地よい疲労感だった。


 ふと視線をやると、リンが静かに魔法書を読んでいる。

 俺に気づいたリンが本を閉じ、すっと近づいて耳元で囁いた。


「レオ……テントを張ったら、頼みたいことがあるのだが……」


「ん? なんだ?」


「私に……泳ぎを教えてほしい」


「え?」


 思わず間抜けな声が漏れる。

 泳げると聞いていたはずだが……?


 俺の疑問を察したのか、リンは恥ずかしそうに視線を逸らしながら言葉を継ぐ。


「帯刀していれば身体能力が底上げされて泳げるのだが……剣を手放した瞬間、私は沈んでしまう……」


 なるほど。【剣姫】の加護がなければ泳げない、というわけか。


「水泳は……スタミナ向上に良いと聞く。だが、私は未熟で……ダメか……?」


 ほんの少し不安げな声音。

 その姿が、いつも戦場で毅然と立つ彼女とは対照的で――胸がくすぐったくなる。


「ダメなわけないだろ。よし、テントを張ったらすぐ行くか!」


 俺の即答に、リンの表情がぱっと華やぐ。

 その笑顔は、戦場で見せるどんな剣閃よりもまぶしかった。


 桟橋の端――クラーケンの影響が及ばぬ場所にテントを張る。

 するとリンは外套を脱ぎ、ラッシュガードすらも地面にふわりと落とす。

 引き締まった肢体と、そこに宿る艶やかさに、冒険者たちの視線が一斉に吸い寄せられる。


「……リン、気が散るだろ。もっと沖に行ってやるか?」


「……うむ。頼む」


 わずかに頬を染め、こくりと頷くリン。

 その手を取って、俺たちは【風絨毯エアリアル】で波間を越え、沖へと飛び立つのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ