第82話 異変
「くっ! もう一回勝負っす!」
「ああ! 何度でも相手になるさ!」
魔力回復薬を麓へ運ぶ道中、俺とヤンフィルは何度も木剣を交えていた。
ヤンフィルは元々、冒険者を志していたという。だが、北カリ村の未来のためにその夢を胸に仕舞い、村に留まったのだ。
そのため、なかなかに手ごわい。
が、現役で剣を振るい続けている俺の方が、力も技術も上だった。
「レオ! また手打ちになってる! 腕だけじゃなく腰を使え!」
「ヤンフィル殿! その太刀筋、村で薪でも割ってるのか!? 脇を締めて、遠心力を意識しろ! 剣はお主の一部だと思え!」
俺たちの剣戯を見守りながら、リンの指導にもどんどん熱が入っていく。
「なんで魔法師のレオが、剣までオイラより強いんっすか!?」
「毎日、リンに鍛えられてますからね。嫌でも強くなりますよ!」
「だったらオイラも、リンがいる間は毎日稽古っす! ぜったいに負けたままじゃ終われないっす!」
俺たちのやり取りに、カタリナとミザリー、そして隊商護衛の仲間たちが笑みを浮かべながら、魔力回復薬の入った箱を慎重に運んでいく。時折足を止めては、楽しそうに模擬戦を見守っていた。
「レオ、本当に逞しくなったのね」
「ヤンフィルもあんなに生き生きとしているの久しぶりね」
そんな言葉を受け、思わず調子に乗って剣を軽やかに振るったそのとき――
「レオ! 魅せる剣なんて十年早い!」
鋭い声が飛び、思わず身がすくむ。もちろん、言ったのはリンだ。
「くっそー、結局一度も攻撃を当てられなかったっす! でも明日こそは、絶対に勝ってみせるっす!」
滝のような汗を流し、息を切らしながらも悔しさを滲ませるヤンフィル。
俺たちが麓の集落に到着した頃には、ちょうど西日が山の稜線を赤く染めはじめていた。
その夕陽の中で、リンが優しく声をかける。
「ヤンフィル殿は実戦からしばらく遠ざかっていたのだろう? それでレオとあれだけ渡り合えたのは、誇っていいことだ」
その言葉に、ヤンフィルの顔がふっと緩む。
悔しさの奥に、どこか嬉しさと誇らしさが混じる、そんな表情だった。
ふと、気になっていたことを俺は口にする。
「そういえば、村のために冒険者の夢を諦めたと聞きましたが……本当に、それほどの理由があったのですか?」
問いかけに、ヤンフィルはわずかにうつむき、ぽつりと語り始めた。
「……仕方なかったっす。オイラには兄弟が五人いるんすけど、オイラだけ、母ちゃんと同じギフトを授かってしまったんす」
少しだけ苦い諦念。
ギフトとは、本来、祝福のはずだ。
それが一人の進む道を縛る鎖にもなるのだろうか――。
「ちなみに、そのギフトとは?」
俺の問いに、ヤンフィルは胸を張って、けれどどこか照れくさそうに答えた。
「【植賢】っす! 植物に関する知識や成長のコントロールができるんすよ! このギフトのおかげで、カリの苗木を作ることができるようになったり、カリハニー用の専用種を作ることにも成功したっす!」
「品種改良まで……?」
「はいっす! 普通のカリの木の蜜を蜂が吸っちゃうと、魔蟲になっちゃう個体も出てくるんすよ。でも、それを弱めた専用の木を作って、そういう事故をなくしたっす!」
なるほど……。
北カリ村にとって、【植賢】はまさに生命線ともいえるギフトなのだろう。
【龍賜】と並び、村の存続を左右するほどの力――まさに双璧だ。
「じゃあ、今度はオイラからも質問していいっすか?」
ヤンフィルがにこやかに訊ねてくる。
「その背中のクレイモア……まさかレオが使うんすか?」
「はい。まだ使いこなせてはいませんが……あと二十日くらいでなんとか使えるようにはなりたいのですが……」
あくまでも願望だ。
だが、それくらいの覚悟と意気込みがなければ、前に進めない。
そんな他愛のない会話を交わしているうちに、荷台への魔力回復薬の積み込みが完了したようだった。
俺たちは麓に残っていた冒険者たちと合流し、ささやかながら焚き火を囲んで食事を取る。
そのとき、ふと話題が村長――イシュバルへと移る。
「イシュバルさんって、元宮廷魔法師なんですよね? やっぱり、相当強かったんでしょうか?」
俺の問いに、答えたのはカタリナだった。
「ええ。昔はかなり名の知れた魔法師だったみたい。でも、七冠や百席には届かなかったって聞いたわ」
「七冠……?」
初めて耳にする言葉をつぶやくと、隣にいたリンが補足してくれる。
「宮廷魔法師は、およそ千人。その中でも上位百人に選ばれた者たちは百席と呼ばれ、席次が付く。さらに、その頂点――七位以内に入った魔法師は、特別に七冠の名で称えられるのだ」
七冠――
なんて格好いい称号なんだ。
その響きを胸の奥で繰り返しながら、俺は思わず口元をほころばせていた。
すると、すぐ傍らでミザリーが静かに口を開く。
「でも……村長はもう、魔力を練ることすらできないのよ。魔力欠乏症を患ってしまってね」
「魔力欠乏症……?」
またも初めて聞く言葉に、俺は眉をひそめた。
「魔力が体内から失われてしまう病よ。高齢になると発症する人が増えるけれど……それでも珍しい病気ではあるわ。魔力量が少ない人にはまず出ない病気だけど、多い人がなる傾向はあると聞くわ」
魔力量が多いとリスクが高まるのか。
ってことは俺にはあまり関係のなさそうな病気だな。
にしても、村長はもう魔法が使えないのか。
もしも叶うのであれば、魔法戦をして実力試しをしたかったのだが……。
♢
運搬作業は順調そのものだった。
ヤンフィルとの模擬戦、魔法書の精読と合間を縫っての執筆――
多忙な日々を過ごしながらも、予定通り二十日で魔力回復薬すべての積み込みが完了した。
俺たちは村で村長やヤンフィルと別れを告げ、麓へと向かった。
サグマと護衛隊商のメンバー、そしてカタリナとミザリーも同行する。
ふたりは魔力回復薬の瓶を王都まで無事に届けるため、【制震】のギフトをもって荷を守る任に就いていた。
「また来年、必ず来る。そのときはよろしく頼む」
麓の集落で、白装束に身を包んだ年配の男女にサグマが声をかける。
それに、ふたりは深々と頭を下げた。
「はい。お待ちしております」
俺たちは踵を返し、いよいよ麓の集落を後にしようとしていた――
そのときだった。
「えっ――!? 村が……ブルホーンに襲われているだと!?」
ふいに飛び込んできた、白装束を身に纏った男の動揺した声。
その言葉に真っ先に反応したのは、カタリナとミザリーだった。
「何ですって!? 村に魔物が現れたというの!?」
「詳細は――!?」
男は焦りに顔を強張らせながら、神経を研ぎ澄ます。
――【双共】。
彼の弟と感覚や意識を共有できる稀少なギフト。その力で、現地の状況を感知しているのだろう。
「ヤバい! ブルホーンが……! 洞窟内に入っていった!」
カタリナとミザリーが、同時に口元を押さえる。
「うそ……魔物がカリの実を食べて鳳龍様の力を得たら……」
「もし、鳳龍様の逆鱗に触れたら、この国は……」
張り詰めた緊張感の中、俺はすぐに叫んだ。
「サグマ様! 北カリ村に向かってもよろしいでしょうか!?」
「当然だ! 必ず、止めてこい!!」
その言葉を聞いた瞬間、右手を掲げる――が、その時だった。
「待って、レオ!!」
カタリナの鋭い声に思わず足を止める。
「放出系の魔法は――絶対に使用禁止! 風魔法なら【風纏衣】くらいにして。自己強化系や聖魔法は問題ないけど、魔力の余波が鳳龍様に届いたら……!」
あぶね……口を酸っぱくして言われていたことを忘れるところだった。
なんせ、【風絨毯】でかっ飛ばして行こうと思ったのだから。
「了解! ありがと、カタリナ!」
すぐに頭を切り替えると、振り向いて言った。
「リン! 少しだけ、我慢してくれよ!」
彼女はうなずき、俺に一歩近づく。
俺は右手を掲げたまま、魔法を発動させる。
「**【魔力増強】**!」
「**【風纏衣】**!」
そのままリンの腰に手を回し、ひょいとお姫様抱っこ。
彼女はなんの抵抗もなく、俺の首に腕を回す。
「全力で駆けるから絶対に振り落とされないようにしてくれよ!」
「当然だ、レオの行くところには必ずついて行くからな」
リンを抱え、風を纏った脚で大地を蹴り、再び北カリ村へと駆けだした。




