第81話 相性抜群だったようです
翌朝――
「レオン、リンス。準備はいいか?」
サグマの問いに、俺とリンは同時にうなずき、隊商護衛のメンバー全員と宿を後にして村長の家へと向かう。
今日は、いよいよカリの木が群生する場所を案内してもらう日だ。
村長の家にはすでに昨日のメンバー――村長、ヤンフィル、カタリナ、ミザリーが揃っていた。
簡単な挨拶を交わしたあと、俺たちはカリの木が育つ場所へと向かう。
歩きながら、ふと気になっていたことをカタリナに聞いてみた。
「にしても、まさか洞窟の中に木が生えてるなんて思いませんでした」
すると、彼女は自慢げに胸を張る。
「そうでしょ、そうでしょ! カリの木っていうのはね、カリ山脈の内部にしか生えないのよ。鳳龍様がこの山の龍宮窟っていう場所で羽を休めてる証――なんて言われたりもしてるの」
もしかしたら――この木々は、鳳龍の魔力を蓄えるこの洞窟でしか育たないのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
村長に案内されてやってきたのは、北カリ村の外れ、岩肌が露出した山の斜面だった。
そこには、ぽっかりと開いた洞窟の入り口があり、中はひんやりとした空気が流れ込んできている。
村長が躊躇なく足を踏み入れたのを合図に、俺たちも後に続く。
足元の岩場はややぬかるんでいて、時折、水音が小さく反響する。
そして――歩くことおよそ十分。
不意に視界が開ける。
洞窟の奥に、ぽっかりと天井の高い空間が現れた。
そこで俺たちが目にしたのは、一本の巨大な木。
堂々と立つその幹は俺の身長の三倍はあろうかという太さで、樹皮は深くねじれ、うっすらと蒼く輝いているようにも見える。
まるで、樹そのものが呼吸をしているかのようだった。
そしてその巨木の根元を囲うようにして、五十センチほどの苗木のようなものが十本生えていた。それらは、まるで母樹を守るように等間隔に並ぶ。
「どうっすか!? これがカリの木っす!」
ヤンフィルが声を張りながら、母樹の方へと歩くと、母樹の枝に手を伸ばし、そこから垂れ下がる果実を一粒、丁寧に摘み取った。
果実はイチゴほどの大きさで、表面には薄い光沢があり、まるで朝露を含んだ宝石のようだった。赤くみずみずしいその実からは、ほのかに甘酸っぱい香りが漂ってくる。
「これがカリの実っす! 北カリ村で精製される魔力回復薬にはこの実が五粒ずつ使われているっす!」
なるほど、この実が毎日二百五十粒――?
「ここ以外にもカリの木は生えているんですか?」
思わず問いかけると、ヤンフィルは首を振る。
「魔力回復薬用のカリの木はここだけっす! ちょっと奥に行けば、カリハニー用の小さな木もあるっすけど……そっちはまた別っすね」
「だとしたら、ここだけで毎日二百五十粒の実を摘むのですか?」
俺の疑問に、サグマもリンも頷いていた。全員が同じことを考えていたようだ。
だが、ヤンフィルは待ってましたと言わんばかりに胸を張る。
「へへっ、実はっすね。カリの木って三時間に一度、必ず実をつけるんすよ! しかも、母樹だけじゃなくて、まわりの苗木もっす!」
「……苗木も?」
「ただし苗木の方は、一度に一粒しか実をつけないっすけどね! でもそれが、けっこうバカにならない量になるんすよ!」
つまり、苗木一本につき、一日で実をつける回数は最大八回。
苗木が十本あれば、それだけで八十粒になる。
残りの百七十粒は、中心にある母樹が補っているというわけか。
ヤンフィルの説明を受けながら、俺たちは自然とカリの木へと足を向けていた。
それぞれが興味深そうに枝ぶりや葉の形、実のつき方を眺めている。
俺も遅れて歩み寄ると、ふわりと鼻先をくすぐる、甘酸っぱく芳醇な香りが漂ってきた。
思わずその匂いに引き寄せられ、手が勝手に動いていた。目の前に垂れる、艶やかな赤瑪瑙色の果実――それをひと粒摘み、ためらいもなく口に運んでしまった。
果実が舌に触れた瞬間、濃密な甘みとほのかな酸味が弾ける。
とろりとした果肉が喉を滑り落ちると同時に、全身に熱のようなものが駆け抜けた。体の奥底から、魔力が噴き出すような感覚に襲われる。
「う、うめぇ……」
思わず、呟きが漏れた――その直後だった。
「――っ!? レオ! それ、食べちゃダメっす!!」
「なんということを……! カリの実は、人が直接摂ってはならぬ禁忌の果実! 七色の魔力に身を焼かれ、最悪、命を落とすのだ!」
ヤンフィルと村長が、顔色を変えて俺のもとへ駆け寄ってくる。
えっ――!?
そんなことを言われても、もう遅い。
カリの実は俺の体に吸収されてしまっている。
「レオ、口を開けろ!」
隣にいたリンが、蒼ざめた顔で悲鳴のように叫ぶ。
その瞬間、彼女は反射的に俺の顎を掴み、口の中に手を突っ込もうとした。
ヘイゼルの瞳に浮かぶのは、焦りと祈り――そして、光を帯びた一粒の涙だった。
それでも、俺の体には一向に異変が現れない。
むしろ、さっきよりも調子がいい気すらする。芯から活力が湧き上がる感覚すらあった。
「り、リンっ――!? 本当に大丈夫、大丈夫だから!」
俺は必死に彼女の手首をつかみ、静かに揺さぶるようにして言葉をかける。
パニック寸前だったリンの呼吸が、ようやく少しずつ落ち着いていく。
そのやり取りを見守っていたカタリナが、ぽつりと呟く。
「もしかして……レオは、虹魔法師だから――鳳龍様の魔力に耐えられるのかもしれないわ」
「虹魔法師……?」
村長が眉をひそめ、問い返す。
「そう。レオはすべての魔法を扱えるの。しかも、その魔法陣は、私たちが見た中でも群を抜いて大きく、そして緻密」
「……だが、それでも鳳龍様の魔力を、直接体内に取り込んで何もないというのは、たとえヤンフィルでも……」
「でも現実に、レオはこうして何の異変もなく立っていますよ?」
村長はその場に立つ俺をじっと見つめ、蓄えた髭をゆっくりと指で撫でながら、思案に沈む。
やがて、低く唸るように口を開いた。
「……なるほど。確かに、現に無事であるのなら、それが答えということかもしれんな。だが――本当に、何ともないのか?」
「はい。むしろ……体の奥から魔力が湧き上がってくるような、不思議な感覚があります」
「そうか……ならば、今回の件は不問にしよう。が、今後、自分の行動にはしっかりと責任を持つことだ。少なくともお主に何かあると、悲しむ者がいるということは自覚することだな」
村長がリンに視線を向ける。
「はい。本当に申し訳ございませんでした。リンもすまなかったな」
そのとき初めて、リンの手がそっと俺の腕を離れた。
安堵の表情を浮かべながらも、まだ少し震える瞳で俺を見つめていた。
「じゃあ、この話はここまでっす! 次は、魔力回復薬の保管場所へ案内するっす! ……って言っても、すぐ隣なんすけどね!」
ヤンフィルの陽気な声が、重くなりかけていた空気をあっさりと吹き飛ばす。
そのまま彼が先導し、俺たちは母樹の根元から少し奥へ進む。
すぐ隣の小さな部屋――そこが保管庫だった。
十畳ほどの空間には、ぎっしりと木箱が積まれていた。どれも魔力回復薬で満たされており、運搬用の頑丈な台車も数台整然と並べられている。
「……にしても、この数か」
その箱の山を前に、サグマが思わずため息混じりに呟く。
「一箱には百本の魔力回復薬が詰められてるっす! 運ぶ前に、必ず中身をチェックして確認してほしいっすよ!」
ヤンフィルが指さす先には、丁寧に封をされた箱がいくつも並んでいる。
その量を目の当たりにして、サグマはやや難しい表情を浮かべた。
「……カタリナとミザリーに触れてもらうにしても、一度の運搬に四箱が限界か。全部で百箱……単純に考えても二十五往復。片道で一日――往復には二日かかるから……五十日かかるな……」
計算を口にし、眉間にしわを寄せるサグマ。
ここは、俺の出番。
少しでも先ほどの騒動の挽回をしなければ。
「サグマ様。実は、今回のために【収納】の中身をほぼ空にしてあります」
俺が一歩前に出て言うと、サグマの目がこちらに向く。
一呼吸置いて、俺はしっかりと前を見据えた。
「この程度の重さであれば、【収納】の中に六箱くらい入れることが可能です。【収納】の中は亜空間となっており、魔力回復薬が破損することはありません。ですから、僕が運搬に加われば、すべての運搬は、およそ二十日で完了できるはずです」
「おおっ……! それはありがたい!」
サグマが目を見開き、思わず声を上げる。
「であれば、レオ! この任、頼んでもいいか!」
「はい! もちろん、任せてください!」
こうして俺は、リンをはじめ、カタリナ、ミザリー、そして隊商護衛たちとともに、麓の集落へと魔力回復薬を運ぶ大仕事に取りかかるのであった。




