第75話 戦利品
盗賊団を制圧してから、二時間後。
サグマは隊商の護衛と数人の冒険者を引き連れ、ヤーラ村に到着した。
俺が空中に放った【火爆】が、合図だった。
「まさか、本当に二人だけで制圧するとはな……だが、なぜ生かしている? 生け捕りにしても、連れて帰るのは厄介だぞ」
サグマの言葉に呼応するように、護衛たちが盗賊たちに刃を向ける。
「はい。薬の流通ルートを知っている者がいるようなんです。ドラグラス王国のためにも、突き止めた方がいいと判断しました」
「……ふむ。確かに、こんな薬が蔓延すれば、国にとっても深刻な脅威だ。リンスの提案か?」
俺が頷くと、それまで厳しい表情を浮かべていたサグマの頬がわずかに緩む。
「さすが、フローラル伯爵家の若き剣……で、リンスはどこだ?」
俺が視線をリンの方へ向けると、サグマの表情が再び険しくなる。
「……なぜ、あんな場所に?」
草むらに身をかがめるリンを見つめながら、サグマが問いかける。
「ええ、実は……」
盗賊団との戦闘に入る前、謎の襲撃を受けたこと。
相手は正体を明かさぬまま、森の中とは思えないほどの速さで姿を消したこと。
伝え終えると、サグマの眉が深くひそめられ、口調が低くなる。
「この盗賊団の背後に、まだ何者かが潜んでいるというのか……頭目ザンクを討ったとはいえ、安心はできんな……残党か、それとも――」
何かを探るように目を細めながら、サグマは黙り込んだ。
俺はその隣をすり抜け、リンのもとへと歩を進める。
「レオ、これを見てくれ」
リンが指さした先には、奇妙な足跡が残っていた。
勾玉のようにねじれた、特徴的な靴跡――
「これ……さっきの、逃げた奴のか?」
「ああ。間違いないだろう」
逃げ去った者が何者なのか……様々な可能性はあるが、絞り切れない。
と、そこにサグマが号令をかける。
「エイガー、今すぐ冒険者を三名ほど連れて、バックスに戻れ。この者たちの身柄を確保するのにチグリ村へ応援を呼んで来い。我々はこいつらをチグリ村に連れて行き、予定通り明日チグリ村を出発し、北カリ村を目指す。なるべく早く合流するように」
「かしこまりました!」
エイガーが命を受けると、すぐに俺に向き直る。
「三名冒険者を貸してほしい。大丈夫か?」
「当然です。それと残党がいるのは間違いないと思った方がいいです。【風詠】を唱えられる者は一緒に連れて行ったほうがいいでしょう」
「恩にきる」
エイガーは簡潔にそう返すと、三名の冒険者を伴い、バックスの方角へと走り出した。
その背中を見送っていると、サグマが寄ってきて問いかける。
「で、レオ。この者たちは、どのくらい目を覚まさんのだ?」
サグマが視線を向けた先には、地面に転がる盗賊たち。
彼らのほとんどは、水球に第二位階魔法――【睡眠】を混ぜ込んだ【睡眠球】で眠りに落ちている。
本来、【睡眠】は単体対象だが、水球に混ぜて拡散することで、範囲効果に変えた。
もちろん効果は薄まるし、第二位階魔法以上を使える相手には無効。
第一位階がギリギリ、無力化できるかどうか。けれど――
こういう位階魔法が使えない相手にはまぁまぁの効果が期待できる。
「もうそろそろ、ぽつぽつ目を覚まし始める頃ですね。とはいえ、全員しっかり拘束済みですし、含魔薬も没収済みです」
「ふむ……用心深くて結構だ。起きたらチグリ村に連れて行く。ただ、これだけの人数だ。今、チグリ村に応援を頼んでいる」
サグマがこう述べたとき、村の調査をしていた隊商護衛の一人が、慌ただしく彼のもとへ駆け寄る。
「サグマ様、略奪された馬車の一つを発見しました。馬は衰弱していますが、まだ生きています。荷はほとんど奪われており……おそらく、この連中が売り払ったか、もう一つの馬車に乗せてどこかへ運び去ったかと」
その報告に、すぐさまリンが一歩前に出る。
「馬はどこだ?」
「村の裏手側にて――」
護衛の言葉が終わるより早く、リンが駆け出す。
俺も遅れまいとその後を追った。
村の裏手――雑草の生い茂る小さな空き地に、ぐったりと倒れ込んだ一頭の馬。
その脚には明らかな外傷。
痛々しく腫れ上がった脚を見て、すぐに察した。
脚をやった馬の末路がどうなるか、誰もが知っている。
「ひどいな……」
思わず、声が漏れる。
リンは答えず、静かに馬へと近づいた。
馬はかすかに警戒の気配を見せたが、それも一瞬。
自分の運命を悟ったように、瞳から光が失われている。
「レオ、頼めるか?」
そのひと言だけを残し、リンは迷いなく馬の首筋に手を添える。
その手つきは穏やかで、揺るぎない。まるで馬に安心を与えるかのようだった。
俺も、もちろんそのつもりだ。
【治癒球】を馬の口元へそっと運び、
傷ついた脚には、確かな想いを込めて――
「【治癒】」
癒しの光が腫れた脚を優しく包み、
癒しの水を勢いよく飲む。
やがて馬は、自分の脚に力が戻ったことを悟ったのか、
ふらつきながらも立ち上がり――そっと、リンの首元に鼻先を寄せる。
リンは黙ったまま、馬のたてがみや体についた草や土埃を、優しく、丁寧に払い落としていく。
その仕草には、静かな慈しみが宿っていた。
「リン、馬を連れて……みんなのところに戻ろう」
俺がそう声をかけ、彼女の手を軽く取ると、
馬も何の迷いもなく、俺たちのすぐ後ろをついてくる。
まだ、出会ったばかりのはずなのに、長年使えた主人のようにリンを慕う。
そう感じさせるには、十分な信頼関係がそこにはあった。
♢
チグリ村からの応援が到着したのは、それからさらに二時間後のことだった。
ザンク以外の盗賊たちはすでに目を覚ましていたが――そのほとんどが錯乱状態。
含魔薬の副作用だろう、中には異様に痩せ細っている者もいる。
もっともザンクほどではないが。
そのザンクを、チグリ村の男が担いで村へと運んでいく。
道中、サグマが俺の背中をちらりと見て、ふと問いかけてきた。
「レオ。お前、その剣を使うつもりなのか?」
「はい。窃盗の罪に問われますか? だったら返そうかと思うのですが……」
「いや。私の方からギルドに説明はしておく。ザンクに持たせておくには、もったいない代物なのだろう?」
俺の背には、岩竜製のクレイモア――ザンクの遺した一振りがある。
「はい。いずれは、この剣を扱えるようになりたいと思っています。ただ……重いんです。成人しても、振り回されるかもしれません」
俺の手には持て余す剣というのは、自分でも理解できる。
しかし、あくまでも俺の手ではだ。
使える算段は付いている。
「銀証魔法師にもなったのに、まだ剣と向き合うと言うのか。やはりお前は少し変わっているな」
呆れたような――けれど、どこか優しい笑みがサグマの口元に浮かぶ。
まだ満足なんてできない。
何せ、俺の目標……いや、俺の夢は――
ふと視線を向ける。
馬の手綱を引くリンが、笑顔で馬の首筋を撫でていた。
柔らかく、優しい眼差し。
誰が見ても目を奪われる美しさ。
けれど、俺にとってはそれ以上の――特別な存在。
馬を労わる彼女の隣に、いつまでも立っていられるように。
リンに相応しい男になるために、これからも修行を積むことを誓い、そっと視線を明日へと向けた。




