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第67話 隊商護衛との模擬戦

 三日後――


「諸君、クエストを受けてくれたことに感謝する。私が今回の依頼主、ムスク伯爵家のサグマ士爵だ。今回のクエストは極めて重要。我々はいくつかの街や村を回り、最終的には北カリ村から魔力回復薬マジックポーションを入手し、ここまで持ち帰ること。だが、その道中には盗賊団という大きな障害が立ちはだかっている……やつらは必ず排除する。各々、万全の準備をしておいてくれ!」


 その言葉に、集まった者たちは一様に背筋を正す。


 クエスト受注後の三日間、俺とリンはサグマを交え、選抜作業に追われていた。

 定員十名の枠に対して、なんと五十名を超える応募者。

 昨日ようやく選定を終え、ギルドから正式な合格通知を受けた者たちが、今このギルドの作戦室に顔をそろえている。


 内訳は魔法師三名、冒険者七名。

 いずれも銅証七段以上の高段位者ばかりだ。

 特に銅証十段の風魔法師は、探索用の【風詠〈サーチ〉】を扱えるらしく、偵察任務でも大いに期待できそうだった。


「では、僕たちはこれで――」


 今日は顔合わせだけの場だ。

 隊商の通るルートについては、今後サグマたちだけで決めるらしい。


 俺たちがその話し合いに加わらないのは、一見すれば、信頼されていないとも映るかもしれない。

 だが、正直、俺としてはむしろ都合がいい。


 地理には明るくないし、事前に知らされたところで何の役にも立たない。

 それよりも、下手に情報を握って疑われるほうが、よほど厄介だ。


 俺とリンが席を立ち、それに続いて他の冒険者たちもぞろぞろと退出し始めたときだった。


「待ってくれ、少し時間をもらえないか?」


 そう声をかけてきたのは、葉緑リーフグリーンの髪の毛を真ん中で分けた、好青年。礼儀正しくも、どこか鋭さを感じさせる男だった。


「俺はムスク騎士団のエイガー。この隊商のリーダーを務めている。レオ、リン――二人の力を見せてもらいたい」


 その声に一切の敵意はない。


「サグマ様が信頼できると太鼓判を押していた。疑っているわけじゃない。ただ、どのくらいの実力なのかは、護衛として一緒に動く以上、知っておきたいんだ」


 なるほど。

 この男、口ぶりこそ柔らかいが、要は俺たちを見極めようということか。

 

 それはエイガーだけではない。

 周囲にいた隊商の護衛たちも、同じように興味……いや、警戒心を宿していた。


 気持ちは分かる。

 この先、いざという場面では、互いに背中を預けることになるかもしれない。

 そのとき、背後を任せる相手の実力が不確かでは、守れる命も守れなくなる。


 だからこそ、今のうちに見極めておきたい――それが本音だろう。


「そうですね。じゃあ、お互いに力を測り合う場を設けましょうか」


 俺は静かに頷き、言葉を続けた。


「僕たちも皆さんの実力を知っておきたい。信頼は、一方通行じゃ成り立たないですから」


 ♢


 事情をリリアに説明すると、彼女は頷き、俺たちをギルドの地下へと案内した。


 そこは訓練や模擬戦用に整えられた広い地下広間。

 壁際には木剣や木槍がずらりと並び、床には衝撃を吸収する魔法陣が刻まれている。

 まさに実力を測るにはうってつけの場所だった。


 そして、リリアの立会いのもと、実力確認の模擬戦が始まる。


 隊商の護衛は、槍士四人に魔法師一人という編成。

 さすが槍の名門――ムスク伯爵家のサグマを守る護衛部隊なだけはある。


 先鋒を務めるのは、銅証冒険者十段の剣士と、隊商護衛の槍士。

 無言のまま木剣と木槍を構え、正面から対峙する二人。

 広間の空気が、わずかに張り詰めた。


 その頭上には、俺が展開した【治癒球ヒールスフィア】が静かに漂う。

 万一の事態にも即座に対応できるよう、念には念を――。

 もっとも、彼らにはなぜ頭上に水の塊が浮かんでいるのかは分からないようだが。


 そして、模擬戦が始まる。


 結果は――やや槍士が優勢。

 技の正確さと間合いの管理は見事だった。

 だが、実戦ならば……冒険者に軍配があがるのでは? という試合内容。


 二戦目、三戦目とこなし、すべて護衛側が有利な展開。

 皆、しっかりと訓練されているようで、動きが洗練されていた。


 続く四戦目。

 ついに俺の番が来た。

 対するは、隊商護衛の風魔法師。やはり護衛任務には風属性が重宝されるらしい。


 開始の合図と同時に、相手が詠唱を放つ。


「【火撃ファイア】!」


 ――火属性?


 てっきり風魔法で来ると思っていたが、描かれた魔法陣は赤。

 迷いなく、俺は背後に浮かべていた水球ウォータースフィアを操り、炎弾の軌道上へと滑り込ませた。


 結果――【火撃ファイア】は、水球ウォータースフィアに触れた瞬間、じゅっと音もなく霧散した。


 だが、水球ウォータースフィアはそのままそこに浮かび続けている。

 魔法陣の規模の差が、如実に表れた瞬間だった。


「やはり……サグマ様が太鼓判を押されるだけのことはありますね!」


 風魔法師がニヤリと笑い、指を鳴らす。


「では――ここからは本気でいきます! 【風刃ウィンドカッター】!」


 二重ダブルの魔法陣が展開された。

 先ほどの【火撃ファイア】とは段違い。陣は大きく、精緻。


 相手は本気、ならば俺も実力を示さなければならない。


「**【魔力障壁マジックバリア】**!」


 詠唱と同時に、俺の前に展開される第三位階魔法。

 相手の【風刃ウィンドカッター】よりも後に詠唱したが、先に完成したのは、俺の【魔力障壁マジックバリア】。

 魔法障壁が空間を歪ませるように揺らぎを放つ。


「い、一瞬で第三位階魔法!?」

「あんなに大きくて綺麗な魔法陣……」


 隊商護衛たちは一様に目を見開く。

 その中で、ひときわ驚いた声が響く。


「えっ!? レオ様!? いつの間に【魔力障壁マジックバリア】を――!?」


 驚愕するリリア。

 無理もない。まさか運び屋クエストの合間に、第三位階魔法を習得していたなど、彼女が知る由もないのだから。


 展開された【魔力障壁マジックバリア】が、飛来する【風刃ウィンドカッター】を次々と吸収していく。

 無音で、無機質に。それはまるで、空間そのものが魔法を呑み込んでいるかのようだった。


 この魔法の強みは、なんといっても追従性にある。

 【氷壁アイスウォール】や【石壁ストーンウォール】のように、その場に固定される障壁とは違い、【魔力障壁マジックバリア】は、術者の動きに合わせて、共に動く。


 ただし、万能ではない。


 最大の弱点は、魔法専用であること。

 物理攻撃――剣や槍、矢などには一切干渉できないのだ。

 つまり、近接型の敵に対しては、ただの空気と同じ。


 だが今の相手は、風魔法の使い手。

 この状況での【魔力障壁マジックバリア】は、最良の選択肢だった。


(このまま、相手の魔力が切れるまで防御に徹してもいいが、誰も納得しないよな)


 というわけで、俺からも仕掛ける。


 まずは布石。

 頭上に漂わせていた【治癒球ヒールスフィア】を、軽傷を負った冒険者や護衛たちの上から、雨のように降らせて消す。


 そして、次に唱えるのはこの魔法――


「**【火撃ファイア】**!」

「【火撃ファイア】!」


 これは単なる【火撃ファイア】ではない。

 事前に詠唱の発射工程を封じ、加筆した制御型。

 水球ウォータースフィアと同じように操れる、【火球ファイアスフィア】だ。


 二つの火球ファイアスフィアが風魔法師を左右から挟み込むように滑空する。

 慌てた彼が【風撃ウィンド】で相殺しようと視線を逸らした――その瞬間。


 俺は風魔法師の懐へと駆ける。

 【収納ストレージ】から長剣を抜き放ち、緑の魔法陣を展開しようとする彼の首筋へ、そっと刃を添える。


「――っ!?」


 風魔法師は完全に凍りついた。


 模擬戦で真剣を抜くことに眉をひそめる者もいるかもしれない。

 だがこれは、実戦で何ができるかを示す場。

 自分の武器を、戦術を、出し惜しみする理由はない。


 風魔法師も、俺のやり方に何も言わなかった。


「……まさか、三方向から同時に攻撃を仕掛けてくるとはな。【魔力障壁マジックバリア】で魔法を封じられ、あんな立ち回りをされたら……認めるしかない。さすが、サグマ様のお墨付きだ」


「ありがとうございます。一緒に、護衛任務を成功させましょう」


 言葉を交わし、しっかりと握手をかわす。

 そして元の位置へ戻ると――そこには、腕を組んだリリアが待っていた。


「レオ様? 習得した魔法はちゃんと申告してくださいね? その魔法が使えるからこそ、回せるクエストもあるんですよ? まったく、いつの間に……」


 小言じみた口ぶりだが、表情はにこやかだった。

 完全に嬉しい驚きって顔だ。


 第五位階魔法、【闇玉アビス】を覚えたタイミングでまとめて報告するつもりではある。

 ただ、やはり運び屋クエストをやりながら習得しているというのを知られたくないから今は申告をする気はない。


 そんなことを思っていると、最終戦――リン対エイガーの時間となる。


 リンは静かに木剣を手に取り、フードを外す。

 その瞬間、相手方からわずかなざわめきが起こる。

 美しい……その感想を抱いた者が何人いたか、数えるまでもなかった。


 剣と槍。

 構造上、槍は間合いにおいて圧倒的に有利だ。

 剣の間合いに入る前に、槍の穂先が先に届く。

 加えて、隊列戦を想定した槍術は、守りも隙がなく、迎撃にも秀でる。


 だが――それでも。


「……始め!」


 エイガーが踏み込みと同時に突きを放つ。迷いのない、鋭い直突き。

 だが、リンはそれをまるで見切っていたかのように、半身で回避。

 足を軸にくるりと回転しながら、槍の内側――エイガーの間合いへと、一瞬で潜り込む。


「速――っ!?」


 そのまま、彼女の木剣がエイガーの脇腹に止まる。

 軽く打ち込むわけでもなく、切り裂く素振りでもない。

 殺せる位置に、ただぴたりと止めただけ。


「もう一勝負……いいかな」


「うむ」


 リンが元の位置まで引き、構え直す。

 エイガーが小さく息を吐いた。


「……一瞬で懐に入られた。剣の不利を、真正面から打ち崩したな……が、次は負けない!」


 エイガーが槍を構えたところで、またもリンが動いた。


 まるで滑るような低姿勢のステップ。

 エイガーが槍を横に払うも、それすら読み切っていたかのようにしゃがみ込み、真下から木剣であごを狙う。


 寸前で止まる打ち上げ。剣は再び必殺の位置にあった。


「――!」


 エイガーは額から汗が流れ、木槍を手放す。

 すると、すぐに二人の間の緊張がほどける。

 エイガーが肩で息をしながら、笑った。


「……参った。間合いを潰されたら、何もできなかった」


 リンは木剣を鞘に収めるような仕草で下げ、一礼する。


「型通りのいい突きだった。ただ、これからは型から外れた戦い方もあるだろう。特に今回の相手は騎士道など持ち合わせておらぬ。目潰し、金的、なんでもござれ。乱戦にはくれぐれも注意が必要だ」


 そうか……俺が覚えていた違和感はこれか。

 銅証と彼らの模擬戦。見た目は彼らが優勢に映ったが、あまりにも戦い方がスマートすぎた。

 御前試合ならともかく、実戦ではそうはいかない。


 対して冒険者側は我流が故の粗さが仇となる。

 お互いの課題が見つかったいい模擬戦となったことには違いなかった。

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