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第51話 【鈍化】迷宮

 【鈍化スロー】迷宮に足を踏み入れた瞬間、湿った空気が肌にまとわりつく。

 壁の表面は、どこか【拘束バインド】迷宮に似て、水晶のように鈍く光を反射している。

 足元には無数の水滴が浮かび、ぬめる苔が点在。


 遠くから響くのは、低く湿った鳴き声――


「ケェェェ……グォォ……」


 リンがすぐさま剣を抜き、前方に身を滑らせるように出る。


 「さっきも言ったけど、ここはカエル系の魔物が多いよ。跳躍力が高くて、舌と粘液が厄介」


 言葉の直後、水飛沫が弾ける音。

 視界の端から、異形のカエルがこちらに飛びかかってきた。


 巨体が宙を舞う。

 鈍重なはずの動きが、一瞬で視界を埋め尽くした。


 全長一メートルを超える巨大なカエル――ビッグフロッグ。


 カタリナからの前情報からすると、舌の射程は五メートル以上。

 その舌に絡めとられると、丸呑みされるという。

 ただ、丸呑みされても中から攻撃すれば倒せるとは聞いたが、さすがに食べられたくはない。


 長い舌が伸びるのを寸前で躱し、踏み込んでから一閃。

 リンは一振りで倒せるが、俺はそんな芸当はできない。

 何度も突き刺し、魔石に変わる。


 「っふ……」


 湿った空気が肺に張りつくようで、息が重い。

 奥に進めば、迷宮核の力を得たカエルの魔物が変異し、徐々に強くなっていく。

 肉体が変わり、体色が変わり、能力まで変わっていく。


 ボス部屋には二体のカエル。

 一体目は、紫と緑の紋様がどろりと浮き出た体表を持つカエル。

 ――ポイズンフロッグ。


 二体目は、赤と白の縞模様に染まり、口先には常に火を灯すカエル。

 ――ファイアフロッグ。


 距離を詰めれば舌で絡め取り、距離を空ければ毒か火球を吐く。

 しかし、毒や火球の速度は速くはない。準備をしていれば反応できる。

 厄介なのは跳ぶ速度だが、ずっと動き回っているというわけではない。

 これも落ち着いて対処。

 俺がポイズンフロッグを、リンがファイアフロッグを倒し、魔法陣が現れた。


 ボス討伐後の動きも、もう手慣れたものだ。

 三度目ともなれば、段取りは自然と体に染みついてくる。


 俺が魔法陣を解析している間に、リンが手早くテントを設営。

 終われば【洗濯ウォッシュ】で全員の疲れを癒しつつ、ボスの再出現まで壁を睨む静かな時間が始まる。


 ただ、この前の【拘束バインド】迷宮と違う点が二つ。


 一つ目。

 カタリナはどうやら【鈍化スロー】の適性がないらしい。

 早々に諦め、俺と交換した【治癒ヒール】の魔法書に集中していた。

 その代わり、今回ミザリーは習得できそうだという。


 そして二つ目は――匂いだ。

 どうにも、この迷宮に漂うカエル特有の生臭さが、俺の鼻には合わない。

 慣れるには、まだ時間がかかりそうだ。

 当分は【洗濯ウォッシュ】を唱えるときと、テントで寝る時が唯一の安らぎの時間となる。



 数日が過ぎ、ミザリーと並んで魔法陣を読み解いているとき、ずっと気になっていたことを、ふと口にしてみた。


「ここの魔法師って、他の都市ほど嫌われてる印象はないんですけど……選民思想みたいなの、ないんですか?」


 ミザリーはくすっと笑い、視線を魔法陣から外さずに答える。


「あるわよ、ちゃんと。けどね、他の都市に比べればマシかも? ここの魔法師たちは、冒険者を敵に回したら詰むってわかってるから」


 すると、後ろで【治癒ヒール】の魔法書を読んでいたカタリナが顔を上げ、会話に加わってくる。


「バックスだと、魔法師も冒険者も関係なく、上の人間はみんな見下してくるって感じかな~。ほら、ギルドの建物もランクで階層分かれてるじゃない? 一階が銅証、二階が銀証、三階が金証って感じで」


 なるほど。悪意がなくても、上から下を見れば自然とそうなるってわけか。


「ところで……銀証魔法師って、実際どのくらい強いんですか?」


「んー、一概には言えないけど……私たちを置いてった、あいつは本当にすごかったよ。同じ魔法なのに、まるで別物って感じだった」


 カタリナが淡々と語る。

 その口ぶりからして、彼女にとって、辛かったであろう出来事とは過去のものとなったらしい。


「それって、魔法陣の大きさとか精度で威力が変わるってやつではなくて?」


 俺の言葉に、カタリナがむっと頬を膨らませた。


「馬鹿にしないでくれる!? そのくらい、私だって分かってるわよ。でも、あいつは誰かに教わったとかで、水魔法の魔方陣を弄って、水の球を浮かべたりしてたの。普通じゃないでしょ」


 魔方陣を……弄る、だと?

 あの美しい幾何学の丸い月に手を加えるなんて――


 許せん……ッ!


 と、思ったのも束の間。

 リンの冷静な声が、それを打ち砕く。


「であれば、レオもやっているな……毎日受けているうちに気づいた。他の者の【洗濯ウォッシュ】と、レオの【洗濯ウォッシュ】はまるで別物だ。レオのは、魔方陣が華やかで、より精微だ」


「……いや、そんなはずは」


 口では否定しながらも、思い返してみれば心当たりがある。


 【洗濯ウォッシュ】を覚えたのは、もう四年以上前の話。

 でも、当時は魔力が足りなくて、使うことすらできなかった。

 だから、時間のあるときに、頭の中で魔法陣を思い浮かべていた。


 魔法陣が多層になるたび、構造は自然と複雑になっていったし、

 『もっとこうしたら綺麗かも』『この配置の方が美しい』――そんな風に、無意識にアレンジを加えていた気もする。


 ……つまり、俺も魔方陣を弄っていた――ということか。


 もしかして、一度習得すれば魔法陣って、自分なりに改変できるのか?

 確かめたい。確かめてみたい……が、方法がない。

 【洗濯ウォッシュ】の魔法書でもどこかに売っていれば比較できるのだが……。


 いや、確かめる方法はあるじゃないか。

 そいつ本人に、直接聞けばいい!


 ……と、一瞬思ったが、そこで思考を止める。

 カタリナたちが自分の口でその名を出さない限り、こっちから聞くのは……なんか違う。


 だが、そんな気遣いは無用だった。


「ミザリー? えっと、あいつの名前なんだっけ……ブリトー……じゃなくて……」


 思い出そうとしているカタリナに、ミザリーが呆れ顔で返す。


「フリードでしょ。最近、銀証魔法師になったって噂の」


「あー、それそれ! ドラグラス王立学校出身の、フリードだ!」


 ……あいつか。

 ネール武具屋で、リンの手を取った、あの野郎。


 ……あいつに教わるのは、なんとなく……癪だ。

 だが、せめて魔法を唱える姿をこの目で見られれば――。

 そうすれば、何かが分かるかもしれない。



 ♢



 【鈍化スロー】迷宮に潜って二十日後――


 カタリナとミザリーがボス部屋から出て、雑魚敵の魔石を回収している合間を見て、俺はリンに訊ねた。


「なあリン、もし知ってたら教えてくれ。銀証魔法師のフリードって、どれくらいの実力なんだ? ドラグラス王立学校出身って言ってたけど……」


 この前はカタリナとミザリーに訊いたけど、二人の答えは曖昧。

 リンであれば、何か分かると思ったのだ。


「……魔法師のことは、私には分からないな」


 まぁ、そうだよな――と思った矢先、リンが言葉を継ぐ。


「ただ、ゲルドのことなら分かるぞ?」


「聞かせてくれ。参考までに」


「ゲルドは、ドラグラス王立学校を退学になっているはずだ。二人の関係性から見て、フリードも同じ道を辿った可能性が高い」


「……退学!?」


 思わず声が漏れる俺をよそに、リンは淡々と続ける。


「カタリナたちの話によれば、フリードとゲルドは共に十七歳。ドラグラス王立学校は三年制。普通なら、まだ在学中のはずだろう?」


 ――そういえば、あの二人、卒業したとは一言も言ってなかったな。


「ドラグラス王立学校では、魔法科も騎士科も、学年が上がるたびに人数が減っていく。落ちこぼれは切り捨てられ、生き残った者たちが最後に競うのは――名誉、地位、特権……誰もが喉から手が出るほどに欲しがる、甘く、時に毒にもなるご馳走だ」


 ……容赦ない。

 入学してからも、気を抜く暇はないということか。

 しかし、それだけの対価はあるということだな。


 結局、今の俺にできるのは、地道に魔法を覚えて魔力を鍛えることだけだ。

 そう思い直して、手元の魔法書に視線を落としかけた――。


 【鈍化スロー】の習得は済んだ。今は次の魔法――【水弾ウォーターバレット】の魔法書を精読している最中だ。


 ……と、そのときだった。


 扉が荒々しく開かれ、カタリナとミザリーの二人が息を切らしながら、ボス部屋へ駆け戻ってきた。

 その様子に、真っ先に反応したのはリンだった。


「どうした!? 敵か!? 何があった!」


 警戒する声に、カタリナが唇を震わせながら、ぽつりとつぶやく。


「来た……あいつが……あいつらが……」


 あいつら――。


 その一言で、胸がざわついた。

 まさか、と思いながらも、頭のどこかではすでに確信していた。


 ……そのまさかは、悪い意味で的中した。


 ボス部屋の入口に姿を現したのは、ネール武具店でリンに無遠慮に手を伸ばした、あいつ。

 今まさに、話題にあげていたあの二人――

 フリードと、ゲルドだった。

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