第48話 指名クエスト
「えっ!? もう【治癒】の魔法書ができたの!?」
迷宮に潜って二週間。
俺は完成したばかりの【治癒】の魔法書を、カタリナに渡す。
「はい。中を確認してみてください」
彼女は受け取った魔法書を丁寧にめくる。
数ページを進めたところで、ぱっと目を見開いた。
「……なに、この魔方陣……信じられないくらい綺麗……ねえ、本当にこれ、【光矢】と交換でいいの? あの魔法、攻撃力が低くて有名なのよ?」
「ええ。約束ですから。条件を守っていただければ、それで構いません」
「もちろん守るわ! 【拘束】迷宮から帰って一週間後に、【鈍化】の迷宮に挑めばいいんでしょう?」
「はい。そのときは、僕とリンも一緒に連れて行ってくださいね」
この迷宮を攻略しても、俺の冒険者ランクはまだ銅証四級から三級へ上がる程度だという。
リンと二人きりで迷宮に挑めるのは、もう少し先の話だ。
だからこそ、カタリナたちの協力が必要だった。
興奮を抑えきれない様子で魔法書を握りしめるカタリナの隣から、ひょこっとミザリーが顔を覗かせる。
「わ、私も……いいのよね? 金貨一枚で……」
「もちろんです。ちゃんと用意してくださったなら、問題ありません。ただ――」
少し声を落とす。
「このことは、あまり他の人には言わないでください。噂が広まって、魔道具屋の耳にでも入ったら、取り引きを断られるかもしれないので……」
そう念を押すと、ミザリーはふっと微笑み、俺の頭に手を伸ばした。
まるで年の離れた弟か、よくできた子どもにするように、優しく撫でてくる。
まぁ、見た目は子供だしな。
それゆえに、男性恐怖症だった二人がこんなにも早く気を許してくれたのだろう。
魔法の習得も順調に進み、【拘束】を覚えた俺は現在、【水纏衣】の魔法書の精読に移っている。
……けれど、それ以外にも日々で変わったことがあった。
それは、寝る前の儀式だ。
俺が寝る準備を終え、両手を真上に掲げる。
すると、リンが正面に、左右にカタリナとミザリーが近づく。
それを見て、唱えるはこの魔法――
「**【拘束】**!」
無色透明の輪が、俺たち四人をきつく拘束する。
正面と左右から寄せられる女体の香りと温もりに包まれながら、詠唱した。
「**【洗濯】**!」
この方法なら、誰一人漏れることなく【洗濯】の効果を受けられる。今や、寝る前の定番となった儀式だ。
もっとも【拘束】は俺に幸せを運んでくれる、ただのくっつき魔法ではない。
俺は毎晩の儀式を利用して、その性質の検証も並行して行っていた。
発動からおよそ一分。
最初はしっかりと体をきつく締め付けるが、次第に緩み始める。
二分もすれば、俺のような者でも十分に抜け出せる程度まで弱まる。
まぁ第一位階魔法だからこんなものなのだろう。
拘束系の魔法は他にもあるようで、位階が上がるほど、拘束時間も強度も上がるようだ。
こんな穏やか? な日々を過ごし、カタリナが【拘束】を覚えたのは、迷宮に潜って三十八日目のこと。
彼女の唱える【拘束】は四人を拘束できるほど輪が大きくなく、拘束時間も少なかった。ただ、一人を無力化するには十分の大きさ。これが普通らしい。
そして、奇しくもその日は、俺が【水纏衣】を習得した日でもあった。
魔法を覚えてしまえば、もうここには用はない。
すぐに脱出した俺たちは、まっすぐ冒険者ギルドへと向かい、収集した魔石を換金する。
俺たちの取り分は大銀貨二枚――なかなかの収穫だ。
案の定、俺とリンの冒険者ランクは四級から三級へと昇格した。
とはいえ、徽章に刻まれた紋章の外縁には、まだ二つの空白が残っている。
けれど、それもいつか埋まるだろう。俺たちは、少しずつだが確実に前へと進んでいる。
帰ろうとしたその時、受付嬢に引き留められる。
「レオ様。少しお時間、よろしいでしょうか?」
振り返ると、彼女は手元の記録を確認しながら、微笑を浮かべて告げた。
「以前、クエストをお受けいただいたネール武具店のネル様より、指名クエストをお願いしたいとの伝言を預かっております。お引き受けになりますか?」
ああ、そういえば、ネルさんに「次は指名する」と言われていたっけ。
冒険者ランクの昇格にも、こういう信頼は大きな力になる。
何より、前回のようにジャンクを一本でも分けてくれたら、クエスト代よりも儲かるしな。
「はい。受けたいです。どうすればいいでしょうか?」
「承知いたしました。では本日中にネル様へギルドからご連絡いたします。明日、再度こちらにお越しいただけますか?」
「分かりました。明日また来ます」
軽く会釈を返し、ギルドを後にする。
その直後、カタリナたちが声をかけてくれた。
どうやら、今夜は同じ宿に泊まろうと考えてくれていたようだ。
ただ、その部屋というのが、シングルベッドが二台並ぶワンルーム。
セキュリティ面では申し分ないが――問題は、そう、リンと二人きりでそんな部屋に泊まれば……集中して魔法書を読み込むなんて、到底無理だ。
一週間後、再び合流することを約束し、俺たちはいったん別れることにした。
そして、向かったのは永楽荘。
幸い、前回と同じ部屋が空いていたため、今回も十日分の宿泊費を前払いして鍵を受け取る。
七日しか利用しないのに、十日分払ったのには理由がある。
それは、また迷宮に持っていく食事を頼んだからだ。
今度は事前に四人分の食事を用意することが分かっているからな。
「リン、【誘惑】の進み具合はどう?」
少し気になっていた。
俺やカタリナたちが次々と新しい魔法を覚えていく中で、もしかしたらリンだけが取り残されているように感じて、焦っているんじゃないかと。
だが、返ってきたのは、そんな心配を吹き飛ばすほどの晴れやかな笑顔だった。
「ああ、これまでどんな魔法書を読んでも、ちっとも頭に入ってこなかったが……最近、少しずつだけど内容がわかるようになってきた! これも、根気強く教えてくれるレオのおかげだな!」
言葉のひとつひとつに、感謝と前向きな意志がにじんでいる。
まずは一安心だ。
一生懸命に魔法書へと視線を注ぐリンの正面に座り、俺も【光矢】の魔法書を開く。
そうして、俺たちは寝るまで黙々と読書に打ち込んだ。
♢
翌朝――
早めに朝食を済ませた俺たちは、ギルドへと向かう。
昨日受付嬢が言っていた指名クエストの詳細を確認するためだ。
カウンターに顔を出すと、すぐに受付嬢が笑顔で応対してくれた。
「レオ様、リン様。ネル様からの伝言をお預かりしております」
丁寧に言いながら、彼女は一枚の封をされた紙を差し出してきた。
「依頼主のネル様は、明日の朝七時、前回と同じく東門前で待っているとのことです。なお、今回の報酬は、前回の《《すべて》》二倍とのことでした。こちらが正式なクエスト依頼書になります」
俺は受け取った依頼書をさっと確認し、内容に間違いがないことを確かめる。
すべて二倍――ということは、ジャンクも二倍分ということか。
「分かりました。明日、必ず行きます。ありがとうございました」
そう告げて、受付嬢に軽く会釈を返した。
♢
そして、さらに翌朝。
前回は九時集合だったが、今回は七時。
あのネルのことだ。きっと、今日は徹底的に稼ぐと心に決めているに違いない。
俺たちもその意気込みに応えるべく、三十分前には東門に到着するよう早めに宿を出た。
――が。
東門前に立っていたのは、当然のような顔をしたネルの姿だった。
「おはようございます! 指名クエスト、ありがとうございます!」
俺が元気よく声をかけると、ネルはちょっと驚いたようにこちらを見やった後、口元を緩めた。
「ネル殿、今日もよろしく頼む」
隣でリンが礼儀正しく頭を下げると、ネルはコクリとうなずく。
「随分早かったじゃないかい」
「はい。気合を入れてきました!」
「そうかい、そうかい……今日はね、仕入れも多めにしてあるし、事前に告知も打っといたからさ。開店からおそらく大忙しになると思うよ。よろしく頼むよ!」
そう言ってネルは、くしゃりと笑った。
――告知済みか。
「……了解です! 全力でサポートします!」
リンも隣で意気込みを見せる。
さあ、今日も一日、気を引き締めて――働こう!




