第27話 魔法師レオと冒険者リン
俺の部屋での話し合いが終わると、俺とリンス、そしてグレスト男爵、さらに男爵付きの騎士団員二人を伴い、冒険者ギルドへと向かうこととなった。
ギルドの扉をくぐった瞬間、空気がピリリと引き締まる。
街を預かる貴族の姿に、受付嬢はもちろん、ギルド内にいた冒険者たちも一斉にこちらへと視線を向けた。
威張るような声を出していた奴も、グレスト男爵を見ると、借りてきた猫のように大人しくなる。
その中で、男爵は淡々と受付嬢へ声をかける。
「すまん。ギルドマスターを呼んでくれ」
受付嬢は一瞬たじろいだものの、すぐに奥へと走る。
そして数秒もたたぬ間に、やや青ざめた表情の男が現れた。恰幅の良い中年男性、間違いなくギルドマスターだろう。
「ぐ、グレスト男爵……まずはこちらにいらしてください」
ギルドマスターの部屋と思われる場所に通される。
「本日は、いったいどのようなご用件で……?」
男爵の顔色を伺いながら、慎重に言葉を選ぶギルドマスター。
その問いに、男爵はすぐに核心を突く。
「この少年――レオンだが、魔力量が足りず、正式な魔法師として登録できないと聞いた。だが、彼はこの街を救った英雄だ。《蛇咬団》の頭目を討ったのも、このレオンだ」
重々しい口調でそう告げ、男爵は身を乗り出す。
わざと圧を出しているのは明らかだった。
「私は彼を、魔法師として正式に認めたい。この件について、ギルドとして特例で登録を認めてくれ。もちろん、しかるべき便宜は図らせてもらうつもりだ」
「し、承知しました。バーバラで前例はありませんが、特殊な事例がいくつか存在することは聞いております。直ちに、登録手続きを開始いたします。ただ物流が止まっており、属性診断紙がギルドにはないので、その辺はご容赦を」
属性診断紙? 初めて聞くが、魔法師になれるのであればなくてもいい。
……にしてもまさか、こんなにもあっさりと話が通るとは。
リンスに目を向けると、彼女は優しく微笑む。
その後、ギルドマスター直々に登録のための質疑が始まる。
名前、年齢、そして使用可能な位階魔法を答える。
だが、ギルドマスターの手が止まった。
「……こ、これほどの魔法を……? 魔力量が『51』で、この数を扱えるなど……正直、信じがたい」
驚愕に眉をひそめながら、なおも続ける。
「唱えられなくとも、魔法師の登録は可能だ。しかし、虚偽の申告があれば、後に問題になる可能性も……本当に、間違いないか?」
まあ、疑われるのも無理はない。
そう思った俺は、第四位階魔法の【洗濯】は申告すらしていない。
グレスト男爵も僅かに疑惑の色を帯びた視線を俺に向けているのが分かる。
「……ですよね。じゃあ、第三位階魔法を二つ見せれば、納得していただけますか?」
「え? あ、ああ。もちろん……」
ギルドマスターの目には、まだ疑念の色が残っていた。
その視線に応え、俺は静かに魔法を紡ぐ。
「**【石纏衣】**」
灰色の三重魔法陣が一瞬で展開され、ギルドマスターの全身を包む。
「なっ……!? 魔法陣の展開が一瞬!? しかもこの大きさ、正確無比な真円だと……!? 硬質化して……力が……みなぎる――!」
「ひとつ目、完了です」
興奮するギルドマスターから、グレスト男爵に視線を向ける。
「グレスト男爵、よろしければ、僕の魔法を纏っていただけませんか?」
「あ、ああ……是非体験してみたいものだ」
「では、失礼します――**【風纏衣】**」
今度は緑の三重魔法陣が瞬時に男爵を包み込む。
「な、なんだ……この肌を伝う風の力は……」
興奮を隠しきれない様子でグレスト男爵はギルドの外へ出て、地を蹴る。
その跳躍――まるで重力を無視したかのように、男爵の体は屋根に届かんばかりの高さまで舞い上がった。
「し、信じられん……が、これは認めざるを得ないな……!」
「はい……二十年以上、数多の魔法師を見てきましたが、これほど精緻な魔法陣を描く者を見たのは初めてです。まさしく本物――こちらから魔法師になってくれと頭を下げたいほどですよ……」
最大級の賛辞に、自分でも頬が緩むのが分かる。
そのままギルド内へ戻り、正式な登録手続きに進んだ。
最初に手渡されたのは、魔法師の証となる徽章。
俺のものは、銅製の土台に魔法陣が刻まれていた。
一方、リンスの徽章には剣の意匠。こちらも同じく銅製だ。
それぞれ刻印の違いはあるが、大きさは共通していて、弁護士バッジや議員徽章よりも一回り、いや、二回りほど大きい。
そしてもう一つ、気になる特徴があった。
「この……徽章の外縁に空いた五つの穴、これは一体?」
そう、五つ。等間隔で並んだ小さな穴が、空いていたのだ。
「まずはその徽章の意味から説明しようか。見てのとおり、それは銅製。つまり、銅証魔法師の証だ」
まぁ、それくらいは見れば分かる。
「ただし、さらに階級がある。下から順に十級から初段まで。十段まであがると、次が銀証初段、銀証十段、さらに金証へとランクが上がっていく。階級に級があるのは銅証だけだな」
想像以上に細かくランク分けされているらしい。
「そして、その五つの穴――それは駆け出しの証。つまり、銅証十級から初級までの段階にあるという意味だ。二階級ごとに星がひとつ埋め込まれていき、すべて埋まれば初段。ようやく一人前として認められるというわけだ」
なるほど、それなら徽章を見るだけでルーキーかベテランか、ひと目で分かるってことか。
「ちなみに、初段以上になると見た目では等級が分からなくなるが、ちゃんと冒険者カードには記載される。ほら、これが君のだ」
そう言って、銅製の冒険者カードを手渡された。
きっとこれも、銀証になれば銀に、金証になれば金に変わっていくのだろう。
「あと、何か不明なことはあるか?」
ギルドマスターの問いかけに、ダメ元で切り出してみた。
「すみません。登録名って、レオンじゃなきゃダメですか?」
「ん? 別に構わんが……まさか、お尋ね者ってわけじゃないだろうな?」
まあ、そう思われるのも無理はない。
「いえ、違います。ただ……このレオンという名前には、少し重たい過去がありまして。心機一転、別の名前で新たに歩き出したいと思ったんです」
両親にもらった、大切な名前だ。
だが、あの街で、あいつらに、何度も蔑まれた名でもあった。
だからこそ、新しい自分として歩き出すために――ほんの少しだけ、名を変えたかった。
「そうか……事情は分かった。で、希望の名前は?」
「――レオでお願いします」
レオ。
父と母が、優しく、愛情を込めて呼んでくれていたあの愛称。
きっとこの名なら、レオンじゃなくても、二人は分かってくれるはずだ。
それに本名が変わるわけではない。活動名が変わるだけ。
「よし。分かった。では、魔法師レオとして正式に登録する」
よし! と、思わずガッツポーズを取った瞬間――
俺の隣からも、凛とした声が上がった。
「であれば、私の名も変えてもらいたい。リンス・フローラルではなく……リンで頼む」
「か、家名を捨てるということですか!?」
ギルドマスターが身を乗り出すほどの驚きようだったが、彼女は静かに首を振った。
「いや、そうではない。冒険者でいる間は、貴族ではなく冒険者として生きてみたいだけだ」
「わ、分かりました。では冒険者リンとして登録させていただきます」
こうして登録を終えた俺たちは、徽章と冒険者カードを手に、男爵に見送られながらギルドを後にする。
「レオン……いや、レオ。今日から私はリンスではない。リンだ」
「分かりました。リン」
そう返すと、彼女はきっぱりと首を振った。
「もう一度言う。リンだ。私はもう、フローラル伯爵家の三女でもなければ、ギースの婚約者でもない。だから、敬語もやめろ」
「さ、さすがにそれは――」
「……いいな?」
その瞳に宿る意志に、否とは言えなかった。
「ああ、分かったよ。リン。よろしくな」
俺の言葉に、リンス――いや、リンは口元に微かに笑みを浮かべた。
「こちらこそ。改めて頼む、レオ」
そう言い残して、リンはバーバラの街を跳ねるように歩き出す。
その背中からは、迷いも、ためらいも、一切感じられなかった。




