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第24話 アストラリアの魔法師

「レオン、ここは――私に任せてもらえないか?」


 コモンウルフの群れを見据えたまま、リンスが静かに言う。

 一人で、あの数を? 本気か……?


「分かりました。でも、不測の事態に備えて、準備だけはさせてください」


 恋に破れたからって、彼女を見捨てるような真似はできない。

 俺の言葉に、リンスはふっと微笑んだ。


 そして――ひとり、群れへと歩き出す。


 剣すら抜かず、無防備に見えるその姿。

 まるで、餌になりにいくような……そんな錯覚すら覚えた。


 そんなリンスを飢えた獣たちが見逃すわけがない。

 低く唸り声を上げながら、十体のコモンウルフが一斉に襲いかかってくる。

 土煙を巻き上げる足音、鋭く光る牙。


 だが、リンスは歩みを止めない。

 躊躇いもなく、群れへと歩く姿に狂気すら感じる。


 そんな彼女の肉を我先にと喰いちぎらんと、最前の一体が大きく跳びかかった。


 ――その瞬間。


 リンスの剣が一閃。


 風を裂くよりも速く、最初の一体の首が宙を舞った。


 すぐさま、二閃、三閃――音すら追いつかない。

 剣は舞い、獣は倒れ、鮮血の花が咲き乱れる。


 迫る牙より先に閃く剣が、次々と命を断っていく。


 わずか十秒足らず。

 それだけで、九体のコモンウルフが地に伏し、首と胴が分かたれていた。

 まるで斬られたことを分かっていない首が九つ並ぶ。


 残るは一体。

 生き残ったその獣は、自らの命運を悟ったのか、怯えた瞳で後退しようとした。

 が、それは叶わなかった。


「【花舞剣流・花風斬】!」


 またも、花びらのような魔力の残滓を散らしながら、リンスの剣から斬撃が放たれる。


 ズバッ――!


 風の刃が通り過ぎた直後、逃げ出そうとしたコモンウルフのでんが裂け、地面をのたうつ。

 だが、命までは奪えなかった。


 弱った獣が呻く中、リンスは変わらぬ速度でゆっくりと歩き続ける。

 その瞳は冷たく、剣は静かに構えたまま。

 そして、一振り。

 切っ先が弧を描いたとき、最後の一体が苦悶の叫びを上げる暇もなく、首を落とした。


「と、まぁこんな感じだ」


 リンスが外套の内ポケットから布を取り出し、刃に付着した血と脂を丁寧に拭いながらこちらへ戻ってくる。


「す、すごいです……」


 いつも通りの語彙力。だが、それしか言えないほど圧倒されていた。

 美しさではなく、剣技そのものに。


「あ、あのッ! 僕に……剣を教えていただくことは可能ですか!?」


「……魔法師が剣を?」


 リンスの瞳がじっと俺を見つめる。

 その問いには、ほんの少しの驚きと、僅かな興味が滲んでいた。


「僕は、昔から魔力量が低くて……魔法師として生きることを、半ば諦めてたんです。だから剣に望みを託して振ってきたんですが、どうしても上達しなくて……」


 すると、リンスの瞳に微かな納得の色が灯る。


「そうか……なるほどな。だから、レオンには剣だこがあるのか。私を抱きかかえた時、不思議に思っていたのだ……それにしても、魔法師が剣を握るなど、普通は忌避するはずなのに……」


「な、なぜですか? 魔法師が剣を握るのを嫌うのは……?」


 その問いに、リンスはわずかに眉を動かすと、少しだけ首を傾げた。


「……そういえば、レオンは基礎魔法も使っていたな。恥ずかしくはないのか? 魔法師が基礎魔法を使うことを」


 サグマが言っていたな。

 魔法師は基礎魔法を嫌うと。

 もしかして、同じように剣を扱うことも蔑んでいるのか?


「……もっと覚えたい。そう思うことはあっても、恥ずかしいなんて、一度も思ったことはありません」


 きっぱりと答えた俺に、リンスの瞳が細められる。


「なるほど……確かに。レオンは、私が知っている魔法師たちとはまったく違うな。いや、それには気づいていたが、まさかこれほどまでとは……」


 まるで独り言のように、ぽつりとつぶやく。


「分かった。レオン、お前に剣を教えよう……元より、大きな借りもあるしな」


「ありがとうございますっ! ではその前に、コモンウルフから魔石を取り出しますね」


 俺は両手を前に出し、死体を風で一か所に集める。


「【風掃エアダスト】」


 集まった死骸に向けて指を弾く。


「【着火イグニッション】」


 小さな火花が走り、獣の死体が一気に燃え上がる。

 残ったのは、いくつかの魔石と焼け焦げた骨だけ。


 それを見て、リンスが感嘆交じりに呟く。


「生活魔法……やはり、便利だな。私は魔石はいらない。かさばるし、持ち歩くには不便すぎる」


 確かに、小さな石とはいえ数が増えると重くなる。

 そういえば父さんと母さんも、腰にくくりつけた麻袋に詰めて帰ってたっけ。


「分かりました。では僕が保管しておきますね」


 そう言って、魔石を右手に集め、軽く息を吐く。


「【収納ストレージ】」


 俺にだけ見える魔法陣が一瞬展開され、魔石は空間にすっと消える。

 ……と、その様子を見ていたリンスが、目を丸くした。


「れ、レオン!? 今、どこに魔石をしまった!?」


 ――あ。しまった。気を許していたせいか無意識だった。

 まぁ身元もはっきりしているし、俺を利用するような人じゃないことくらい、もう分かっている。


「僕は特位階魔法の【収納ストレージ】も覚えているのです。魔力が少ないから、容量も限られてますけど、魔石くらいならいくらでも入りますよ」


 説明しながら、亜空間からパンを取り出して差し出す。


「中には基本、保存食ばかりですけど。よければどうぞ」


 しまった、手を洗ってない――!

 そう思って焦ったが、リンスは驚くほど自然にそれを受け取ると、ためらいもせずに齧った。


 えっ、食べるの……?

 いや、食べてくれるの……?


「レオン……それだけ魔法に愛されていて、本当に基礎魔法に何も感じないのか?」


 パンを口を呑み込むと、リンスが問う。


「誰でも使える魔法だぞ? 選ばれた者しか使えない位階魔法とは違う。誇りではなく、恥だと思わないのか?」


 ――ああ、そういうことか。

 だから、アストラリアの魔法師たちは基礎魔法を嫌うんだ。


 位階魔法を使えるということは、選ばれた証。

 そう考える者にとって、誰もが使える魔法は、もはや魔法とも認めたくないものなのだろう。


「それを言うなら、ギフトだって同じじゃないですか? 生まれ持った才能で、努力とは無関係に力を得る。花舞剣流だって、誰もが使いこなせるものじゃないのでは?僕は、そんな選民思想には与しませんよ」


 その一言に、リンスの瞳がぱちりと瞬く。

 次の瞬間、彼女はふっと微笑み、あっけらかんと笑った。


「そうか、ならば良し! 私の教えは厳しいがついてこい!」


 リンスのどこかご機嫌な声が、笑顔と共に、街の郊外に弾けた。

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