第22話 第一功でした
論功行賞への出席のため、夜風に吹かれながら、俺とリンスはグレスト男爵邸へと歩を進めていた。
街の中心からやや南、木造の大きな屋敷が目的地だ。
煌々と魔石灯がともり、静かな緊張感が街路を包んでいる。
「まさか、こんな時間から始まるとは思いませんでしたよ」
俺が思わずぼやくと、隣のリンスが肩をすくめて微笑む。
「まあ、冒険者にとっては、論功行賞は早いほどいい。中には、今日の飯すら口にできていない者もいるだろう――先日までの、私のようにな」
フードの奥ではきっと微笑んでいるのだろう。
リンスの笑顔を思い浮かべながら、グレスト男爵邸の門前に足を止める。
ちょうどそのとき、見張りに立っていた騎士団員の一人が俺たちに気付き、慌てて駆け寄ってきた。
「お二人とも、お待ちしておりました! どうぞ、こちらへ!」
案内に従い、広い屋敷の敷地を横切る。
母屋の正面を過ぎ、辿り着いたのは、屋敷裏手に設けられた修験場のような場所だった。
訓練用の木剣や稽古人形が片隅にまとめられ、床には既にきれいな絨毯が敷かれている。
そこに、今回の大規模討伐に参加した冒険者たちがすでに腰を下ろし、静かに時を待っていた。
俺とリンスも控えめに部屋の隅へと陣取るが、彼らの視線が否応なくこちらに注がれるのが分かる。
どこか探るような、あるいは羨望とも警戒ともつかぬ目つき。
その沈黙を破ったのは、堂々とした足取りで姿を現した、一人の貴族だった。
「諸君!」
よく通る、張りのある声が場内に響く。
「この度は、本当によくやってくれた! 街を、民を――守ってくれたこと、心より感謝する!」
男は胸に手を当て、満足そうに周囲を見渡す。
歳は四十代ほどか。威厳と気品を備えた男であり、立ち姿ひとつ取っても只者ではないことが分かる。
「私はグレスト男爵家の当主、エドルフ・グレスト。早速だが、これより順次、皆にしかるべき褒美を授けよう!」
「「「おぉぉぉおおお!!!」」」
歓声が湧き上がる。
「《尖鼠団》の頭目こそ捕えることはできなかったが、迅速かつ見事な討伐に対する感謝の証として参加者全員に、銀貨二枚を与える!」
冒険者たちから再び歓声があがる。
だが、エドルフはひと呼吸置き、さらに声を張った。
「まずは――第一功! レオン、前へ!」
その名が告げられた瞬間、一瞬、時が止まったように感じた。
まさか、俺が最初に呼ばれるとは――。
思わず隣に座るリンスへと視線を向けると、彼女は穏やかな微笑みを浮かべて、優しく背を押してくれた。
「ほら、呼ばれているぞ――胸を張れ。レオンは、それだけのことをやってきたんだ。行ってこい」
背中を押されるように立ち上がり、冒険者たちの視線を一身に浴びながら、グレスト男爵の前へと歩む。
……とはいえ、こういう場に出るのは初めてだ。
堂々と振る舞いたい気持ちはある。けれど、格式ある場では何が正解なのか分からない。
片膝をつくのか、深く頭を下げるべきか。いや、いっそ直立不動か――?
前に誰かいれば真似もできたが、あいにく最初に呼ばれてしまった。
「……あ、あの……僕、こういう場は初めてで……」
思わず口をついて出た言葉に、周囲の空気が少し和む。
グレスト男爵も頬が少し緩む。
「その歳であれば仕方あるまい。魔法師と騎士では所作も違うが、頭を垂れ、利き手を胸に当て、武器を持たぬ姿を見せる。それだけで、レオンに敵意がないことは十分に伝わる」
視線を逸らすことなく、真っ直ぐ俺を見据える男爵。
その一言は、俺の緊張をふっと軽くしてくれるものだった。
「……ありがたく、心に留めておきます」
思わず、自然と口をついて出たその言葉に、グレスト男爵は満足げに頷いた。
そして、すぐに本題へと入る。
「では――レオン。貴様には今回の一番槍としての奮闘、《蛇咬団》の頭目を捕らえ、街の危機を救ったその功績に対し、金貨三枚を褒美として授けよう!」
男爵の言葉に冒険者たちがさらに沸く。
まさか、自分がこれほどまでの評価を受けるとは、思ってもいなかった。
「ありがとうございます!」
布に丁寧に包まれた金貨を受け取り、深々と頭を下げる。
すると男爵は、ふと目を細めて口元に笑みを浮かべると、もうひとつ言葉を重ねた。
「南の魔物たちも――頼んだぞ」
その声に、胸の奥が熱くなる。
「――はい! 謹んでお引き受けします!」
リンスの隣に戻ると、すぐに次の名前が呼ばれる。
「同じく第一功! リンス!」
全員の視線が、一斉に彼女へと注がれる。
しかしリンスは応えるでもなく、ただ静かに立ち上がり、音もなく男爵の前へと歩を進めた。
そして、そっとフードを外す。
その瞬間――グレスト男爵の目が驚きに大きく見開かれた。
まるで雷に打たれたかのような表情だ。
(……まぁ、あのフードの奥から、あの顔が出てくるとは思わないよな)
そう思いながら眺めていたが、男爵の驚きは単なる美貌だけではなさそうだった。 その目には、明確な戸惑いがあった。
そしてリンスが、静かに右手を胸に当て、片膝をつこうとした瞬間――
「お、お待ちを……!」
思わず男爵が制するように身を乗り出した。
それでもリンスは、静かに一言何かを囁くと、男爵は慌てた様子を取り繕いながらも、どうにか威厳を保って頷いた。
「――うむ、では……リンス殿!」
どこか、先ほどよりも丁寧な、いや――慎重な口調で、男爵が告げる。
「貴女はバーバラの東門にて、《蛇咬団》を阻み、二十名に及ぶ賊を討ち取り、街を救う大きな功績を挙げた。ゆえにここに、金貨三枚を褒美として授ける!」
冒険者たちからの拍手と歓声が、ふたたび場を包む。
だが男爵の視線だけは、リンスの背にどこか含みを帯びて残っていた。
「こういうのって初めてで……すごく緊張してしまいました。リンスさんは堂々としてましたけど、何度も経験されてるんですか?」
論功行賞を終え、夜風に吹かれながら宿へと戻る道すがら、ふとそう訊ねると、リンスは肩をすくめて小さく笑った。
「私も初めてだよ。褒美をもらう方ではな」
まるで、褒美を与える方であれば経験したことがあるという言い回し。
やはり、ただ者ではない。俺が想像していた以上に……。
と、その沈黙を断ち切るように、リンスがぽつりと口を開く。
「レオンはどうして南を目指しているのだ?」
「……最初は、僕を雇っていた主人から逃げるためでした」
言いながら、自分の過去がやけに遠く思えた。
「でも、今は違います。脅威はなくなって……今は、魔法を学びたいんです。もっと魔法陣を描けるようになりたくて。そのために、バックスの迷宮に潜って、できるだけ多くの魔法を――って思ってます」
リンスは黙って俺の言葉を聞いていた。そして、しばらくしてから、ぽつりと呟く。
「……そうか。レオンは、偉いんだな」
「え?」
唐突な言葉に驚いて顔を向けると、リンスの瞳はどこか遠くを見つめていた。
「私は、ただ……逃げているだけだから」
その声には、哀しみの色が混じっていた。
何から――いや、誰から逃げているのか。
訊ねようとした瞬間だった。
宿の灯りが視界に入る。
「……じゃあ、また明日な。おやすみ、レオン」
それだけを告げて、リンスは静かに階段を上がっていった。
俺は彼女の小さな背中を見つめることしかできなかった。




