第17話 いざ、初陣
宿に戻ると、リンスが食堂で女将さんと何やら話をしていた。
「いや、ここまで情けをかけてもらうわけにはいかない」
「いいんだよ。あんた、ちょうど食べ盛りだろ? しっかり食べな!」
戸惑いを浮かべるリンスのもとに、俺は声をかけながら歩み寄る。
「どうしたんですか?」
すると彼女は、救われたようにふっと表情をゆるめた。
「女将が私に食事をくれようとしていてな……払えないと言っているのに……」
俺が来たことに気づいた女将さんが、俺に微笑みかける。
「あら、あんたも戻ったのかい? じゃあ、そこに座ってな」
俺が口を開く前に、厨房に行き、湯気が立ち上る料理を次々と運んでくる女将さん。
「あ、あの、僕たち食事代をまだ……」
「いいのさ。あんたたちは食べ盛りじゃないか。特にリンス、だったかい? あんたはしっかり食べなきゃダメだよ。私が診た患者なんだから、ちゃんと回復してもらわないとね」
……あれ? 俺はまぁ食べ盛りとして、リンスも? と一瞬疑問に思ったが、そんなことは今はどうでもいい。
ここは女将さんの好意に甘えることにする。
「では、ありがたくいただきます。リンスさんも、食べましょう」
「あ、ああ……なんだか、昨日今日でたくさんのものをもらいすぎている気もするが……女将、ありがたくいただこう」
テーブルには、焼きたてのパン、具だくさんの野菜スープ、そしてジビエのシチューが並ぶ。
肉はたぶん鹿だろう。じっくりと煮込まれたそれは、スプーンで崩れるほど柔らかく、口に運べば、濃厚な旨味が舌の上でほろほろとほどける。
――うめぇ……。
視線を向かいにやると、リンスも頬を少し染めながら、目を細めてシチューを味わっていた。
柔らかな笑みを浮かべながら、舌鼓を打っている。
……やっぱりこの人、めっちゃかわいいな。
今までだったら絶対に食べきれないような量を、気づけばあっという間に平らげていた。
誰かと一緒に食べる食事が、こんなにも美味しいなんて思いもしなかった。
「おかわりもあるよ。まだ食べられるかい?」
女将さんがにこにこしながら聞いてくる。正直、まだまだいけそうだ――けれど、このあと動けなくなるのも困る。
「僕はもうお腹いっぱいです。リンスさんは?」
「うむ、私も満足だ。女将、美味しかった。心から感謝する」
リンスは背筋をしゃんと伸ばし、礼儀正しく頭を下げた。その様子がどこか武人めいていて、またひとつ彼女の魅力に気づかされる。
そして、いよいよ本題に入る。
「リンスさん、体調はどうですか?」
「ああ、レオンと女将のおかげで、すこぶるいい。今から少し、身体を動かしておこうと思ってな」
それを聞いた女将さんが、使い終えた皿を下げながら、ふっと眉を下げた。
「顔色もずいぶん良くなったから、平気だとは思うけど――無理はするんじゃないよ? レオン、あんたも一緒について行ってあげな。万が一ってこともあるからね」
「え、あ、はい。もちろん」
ちょうどいい機会だ。リンスがどれだけ強いのか見ておこう。
もしも強ければ、盗賊団の退治に協力してもらうのだ。
リンスは外套のフードを被り、街の西門へと向かう。
俺はその背を追い、言葉もなく並んだ。
が、そこは盗賊団討伐のための集合地点。
既に騎士団員や冒険者たちが集結しており、緊張が空気を張り詰めさせていた。
そんな中、フードを深く被ったまま、リンスが周囲を見渡す。
「ん? なんだ? 何かの余興か?」
「……盗賊団の討伐に向かうんです。リンスさんの体調が良ければ、声をかけようと思っていて……」
「なんと……! それは、冒険者でなくても参加できるのか!?」
「分かりません。騎士団長のゼルトさんに訊いてみないことには」
という俺も、魔法師登録を断られてしまっている。
冒険者で登録するというのも考えたが、結局はやらなかった。
魔法師しか受けられないクエストがあると言われたので、もう少し考えてみることにしたのだ。
冒険者で登録すると魔法師になりづらいとかあったら嫌だしね。
と、ここでタイミングよく騎士団長のゼルトが現れる。
「レオン、よく来てくれた。活躍を期待しているぞ?」
「あ、ゼルトさん。魔力不足のため、魔法師として登録できませんでした。冒険者登録も保留にしているのですが……それでも、戦いに参加しても構いませんか?」
一瞬、ゼルトの眉が曇る。
「魔力不足……? でも、レオンは位階魔法を使えるんじゃないのか?」
「はい。使えます。ただ、生来、魔力量が少なくて……」
ゼルトはしばし黙し、深く考え込んだのち、静かに頷いた。
「……なるほど。だが、位階魔法を使える者は貴重な戦力だ。来てくれ。それに、そちらの方は?」
ゼルトの視線が、隣のリンスへと移る。
リンスは一歩前に出て、フードを静かに取った。
「私の名はリンス。剣には少々、自信がある。レオン共々、よろしく頼む」
堂々とした態度とは裏腹に、その声は澄んでいて、鈴を転がしたような響きがあった。
ざわつく騎士や冒険者たちの視線が一斉にリンスへと向かう。
「え、あ……はい! 俺はグレスト騎士団、団長のゼルトです! 未婚! 恋人もおらず、常に募集中です!」
顔を真っ赤にしながら、ゼルトが勢いよく名乗る。
どうやら完全に一目惚れのようだ。
だがリンスは特にリアクションを取るわけでもなく、ゼルトの熱い視線をさらりと躱し、フードを目深に被った。
しばし沈黙があったのち、ゼルトが咳払いを一つをしてから皆に号令をかける。
「ご、ごほん……集まってくれて感謝する! 今回の標的は、西の丘に拠点を構える《尖鼠団》だ! できるだけ生け捕りにするように! 一人につき大銀貨一枚、頭目であれば金貨一枚の報酬だ!」
冒険者たちが、どっと湧いた。
士気は高く、空気は一気に熱を帯びる。
リンスも小さな拳をぐっと握る。
――が、俺だけは冷めていた。
え? 本気で命を張って、大銀貨一枚?
……魔法書描いてた方が、よっぽど割が良いんじゃないか?
そんな皮算用をしている間にも話は進んでいく。
「位階魔法を使える者は、こちらに来てくれ!」
ゼルトの呼びかけに応じたのは、俺を含めてたった六人。
少なっ……。
思わず内心でツッコむほどだった。
しかも、そのうち二人は騎士団所属。
残りの三人はどこか高圧的な雰囲気を醸し出していた。
一人は腰に短刀を提げ、目つき鋭く周囲を睨んでいる。
一人は顔の下半分を布で覆い、感情の読めない無機質な雰囲気を纏っていた。
そしてもう一人は、魔法師とは思えぬ筋骨隆々な巨漢。腕まわりなど、鍛冶屋と見紛うほどの太さだ。
それを見たゼルトは実に頼もしげな笑みを浮かべていた。
「五人以上の魔法師がいるなら……十分だ! 今から作戦を伝える!」
六人で多い扱いなのか……。
「まず、騎士団が前線で陣形を組む! 丘の上からの石の投擲が予想されるが、盾で守りながら前進! 魔法の射程に入ったら、魔法師たちは一斉に攻撃! その混乱の隙に、冒険者諸君には突撃してもらう!」
……投石か。
確かに、当たりどころが悪ければ危ないけど、運が良ければかすり傷ですむか――
「レオン」
不意に、リンスが俺に声をかけてくる。
「騎士団の背後ではなく、私の後ろに来い」
「……どうしてですか?」
「高所からの投石は脅威となる。おそらく【剛力】で自らを強化し、投げてくる。人によっては鉄をも砕く威力になるからだ」
言われてから気づいた。
だったら、かなり警戒しないといけないな。
「でも、そしたら……リンスさんの方が危ないじゃ――」
「私を心配してくれているのか? 大丈夫だ。石などすべて斬り伏せる」
……よほどの自信があるのだろう。
確かに強そうには見える。だが俺は、リンスの戦う姿をまだ見ていない。
だからこそ、こちらも万が一に備え、己の状態を正確に把握しておかねばならない。
今、俺が【ストック】していない位階魔法は――
第一位階:【闇霧】
第三位階:【魔力増強】
第四位階:【洗濯】
……うん、ほぼ【ストック】済み。
できれば、戦闘前に【魔力増強】は仕込んでおきたかったが……この作戦、どう考えてもスピード勝負だ。
のんびり構えてる暇はない。
辺りを見れば、他の者たちも既に臨戦態勢。
ゼルトの視線が全員をぐるりと見回し……一瞬、リンスにだけ視線が止まりかけたが、すぐに喉を鳴らして叫んだ。
「よし! 行くぞ! 目指すは西の丘の頂! ――《尖鼠団》、殲滅するぞッ!」
俺の初陣! 勝利で飾って見せる!
カクヨムにて本日、一章最終話を公開しております。好評をいただいているので、できれば一章最後までお付き合いください~




