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第99話 ヴィーダ勇国

「蛮国? それをセイラの前で言ってないでしょうね?」


 六層への階段に探している最中、そう言ったのはロザミアだった。

 リンが蛮国について知らなかったため、比較的話しかけやすい彼女に訊いたのだ。


「僕は言ってませんが、サーディス様とロックさんが……」


 そう答えると、ロザミアは深くため息をつき、歩きながらそっと身を寄せる。

 そして、俺の耳元で低く囁いた。


「蛮国というのは、ヴィーダ勇国の蔑称よ。あの国では魔物を食べたり、乗り物として利用したり、とにかく金のためならなんでもする……生きるために、恥も誇りも飲み込んでね……だから、ドラグラス王国の一部、特に南部の人たちはそう呼ぶの」


 魔物を食べるのか……?

 それだけは勘弁してほしいな。

 セイラがあれだけ金に執着するのも頷ける。

 俺も魔物を食わなきゃならない環境に身を置いたら、間違いなく彼女のようになっていただろう。

 これだけは、腹いっぱいに食わせてくれたジウムに感謝だな。


「食料を得るために――わざと迷宮から魔物を呼び出してね。迷宮外に出て受肉した瞬間を狙って仕留め、食べる者たちもいるのよ。もちろん副作用はあるわ。でも……何も食べずに飢え死にするよりは、まだマシ。それにね、一部の魔物には、食べることで人体に好影響を及ぼす種もいるの。ただし、そういう魔物に限って強大。何百人という冒険者が犠牲になるの」


 マジか……けれど、食料が尽きる極限の状況を想像すれば、それも責められない。


「だからね、常々ヴィーダ勇国はドラグラス王国に間者を放って、豊かな土地を手に入れようとしているの。生き延びるためにね」


「サーディス様はライゼルさんとフェイルさん、あとシャルロットさんのことを蛮国出身と言っていましたが、彼らもヴィーダ勇国出身ということですか?」


「そうよ。でもこの迷宮を探索するのに聖魔法師と風魔法師は必須。その二人がヴィーダ勇国出身というのが皮肉なのだけれども」


「風魔法師も必須なのですか? 確かに【風詠サーチ】は潜んでいる毒蛇相手には有効ですけど……」


「ええ、それもあるけど……六層に行けば分かるわ」




 六層への階段を発見したのは、それから実に十時間後のことだった。

 皆がしきりにフェイルの魔力を確認する中、彼が頷くと六層へ向かうことに。


 ――そして、息を呑む。


 眼前に広がっていたのは、底の見えぬ奈落だった。

 闇の中でうねる風が不気味に唸り、遥か下から湿った空気が這い上がってくる。

 五メートルほど先に、わずかな足場が浮かぶように存在しているのが見えた。


「……これ、飛び越えろってことか?」


「そう……ここは奈落エリア。だからこそ――風魔法師、つまりフェイルが必要なの。先に進むほど足場の間隔は広がっていく。私たち冒険者なら基礎魔法で飛び越えることもできるけど……魔法師でそれを使える者はほんの一握り。だから、彼が必要なのよ。数少ない、あの魔法――【風絨毯エアリアル】を使える者が」


 なるほど……そういうことか。

 だから六層に降りる前、みんながフェイルの魔力残量を気にしていたのか。

 ここで【風絨毯エアリアル】が鍵になる――そのために。

 俺も使えることを黙っておこうか……そう思った矢先。


「レオ、あれから一年以上経っている。もう【風絨毯エアリアル】を覚えただろう? 手伝ってくれ」


 ……まいったな。

 ここでしらを切るのも変な話だ。


「……はい。何をすればいいですか?」


 俺がそう応じると、セカルズたちが一斉に息をのんだ。


「まさか……レオ、お前まで【風絨毯エアリアル】を!?」

「【風絨毯エアリアル】の迷宮核はかなり前に持ち去られていたはずだが!?」


 驚きの声が上がる中、俺はフェイルの指示を待つ。


「そうだな……まずはセカルズ様のパーティから送ろう。幸い、このフロアには強敵は出ない。せいぜい注意すべきは毒蛇くらいだ」


「分かりました。では、俺もお手伝いします」


 そう言いつつも問題は、誰がどちらの【風絨毯エアリアル】に乗るかだった。

 安心感という点では、やはり経験豊富なフェイルの方が上。


 結局、フェイルの【風絨毯エアリアル】にはセカルズとライゼルが。

 そして俺の方には、残る二人の冒険者が乗ることになった。


 だが、展開された二つの魔法陣を見比べた瞬間、空気が少しざわつく。

 俺の描いた陣――形も線も寸分の狂いがなく、緻密にして美しい。

 フェイルの長年の経験が生み出す安定感とは違うというのは、皆が気づく。


「……どちら魔法陣も見事だが、これは……」


 ライゼルが息をのむ。


「一流どころか、見たこともないほどの精度だ」


 別の冒険者からも、思わずこぼれるような声が上がる。


「これ、レオの【風絨毯エアリアル】の方が安全なんじゃ……?」


 ――あまり、いい流れじゃないが仕方ない。

 俺は【風絨毯エアリアル】で安全なところにまで皆を下ろし、今その日の宿営地を、周囲を奈落に囲まれたフロアの上に設けた。



 ――就寝前。テントの入口に、ふと影が立つ。

 まさか、暗殺者か?

 リンもすぐに気づき、俺の傍に身を寄せて構えを取った。

 空気が一瞬、凍りつく。


 ……だが、次に響いたのは意外にも穏やかな声だった。


「レオ、起きているか?」


 聞き覚えのある声。警戒の任についていたはずのライゼルだ。


「はい、起きていますけど?」


「少し話がしたい……いいか?」


「ええ、構いません」


 そう答えてテントを出ようとしたところ――


「ライゼル殿、私も同行させてもらう」


 有無を言わせぬ口調でリンが続いた。

 ライゼルは一瞬、怪訝そうに眉をひそめる。

 だが、すぐに大きく息を吐くと、何も言わず夜の闇の奥へと歩き出した。


「レオ、歳はいくつだ?」


「もうそろそろ十四ですが?」


「十四、だと……? その歳であの魔法を使えるとなれば――かなりの名門の出か、それに準ずる血筋と見ていい……実際のところ、どうなんだ?」


 なるほど、探りを入れてきたか。


「両親は僕が幼いころに亡くなりました。それからは下男として働き、今に至ります」


「……下男、だと?」


 ライゼルの眉がわずかに動く。


「魔法は、いつから覚えた?」


「六歳の頃です」


「六歳――!? その歳で魔法書を読めたのか!?」


 驚愕に目を見開くライゼル。


「しかし、貴族の子弟でないにもかかわらず魔法書を読める環境というのは……」


 ライゼルが思考の渦に沈み込む中、俺も以前から気になっていたことを口にした。


「僕からもひとつ、質問をしてもいいですか? ここは闇属性の第五位階魔法の迷宮。にもかかわらず、世継ぎ候補の方々以外には、闇魔法の適性を持つ者がいないように見えます。バックス辺境伯側で、何かしらの制御をしているんですか?」


「ああ、もちろんだ。【闇玉アビス】は、この迷宮にしか存在しないとされている。ゆえに、バックス辺境伯家がその管理を独占している。今代では、わずか二人だけに習得を許す方針らしい」


 少し意外だった。てっきり後継者ひとりに限定するものだと思っていたが――。

 おそらく、どちらかが亡くなったしたときの保険。

 セカルズが覚えてしまえば後継問題は片付く。

 二人目は、ただ安全弁として存在するだけか。


「ということは【闇玉アビス】を習得している者は、ごくわずかということになりますね?」


「ああ。俺の知る限り、現役で使えるのは辺境伯本人と、その弟君だけだ」


 辺境伯の弟が強いと噂される所以は、まさにそれか。


「次はリン、お前に質問がある」


 ライゼルが視線を向けると、リンもその目を真っすぐに受け止めた。


「お前は何者だ? 金証冒険者でありがながら、第四位階魔法を使うとは……それにピンク色の魔法陣など初めて見たぞ?」


「何者……というのには答えられぬが、【誘惑テンプテーション】は第四位階魔法ではないことは伝えておく」


「なっ――!? だが、魔法陣は確かに四重構造だったはず……いや、確かにあの魔法陣の形はおかしかった……特位階魔法か」


 まるで他の特位階魔法を知っているかの物言い。


「そうだ。にしても、ライゼル殿は他の特位階魔法を知っているのか?」


 どうやらリンも気になったらしい。


「まぁな。といっても、実際に目にしたのは【音爆弾サウンドボム】だけだ。あれは魔法陣を展開しない、異質な魔法だった。だが知識としては、他にも存在は知っている」


 【収納ストレージ】以外にも見えない魔法陣というのがあるのか。


「では、最後に。レオ、他に何の魔法が使える? 七層のボスは異常な強さだ。常に全滅の危険を覚悟して挑む必要がある。だからこそ、正確な戦力を把握しておきたい」


 この質問には予め答えを用意していた。


「はい、【水纏衣ウィンディーア】、【石纏衣ノームディア】、【風纏衣シルフィード】です。後は第二位階魔法がいくつかっていったところです」


 これはフェイルの前で使っているからな。

 他にも見られている魔法はあるが、そこは茶を濁す。


「……そうか。では明日の戦いではレオはリンの身体能力を上げてから、セイラの近くを護ってもらう。いざとなればカリーシュがあるから凌げるが、使ってしまったら以後はきつい戦いを強いられることになると思う。気を引き締めろよ」


「僕はセカルズ様たち後継者の方々の近くにいたいのですが」


「だからこそ、セイラの側につけと言っている。セカルズ様たちも、彼女のそばを離れない。聖魔法師の近くにいれば、すぐに回復も受けられる」


 ――なるほど。

 確かに理にかなっている。


「分かりました。そうします……またお時間をください」


 そう告げて、俺は軽く一礼し、リンと共にその場を後にした。

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