92.Lady Red -2-(2)
黒みの強い茶髪に赤褐色の瞳。
揃いの色合いは一見して血筋だと判別でき、年齢差から誰でも親子だと分かる二人組。
アンナとザックが並んでいる構図よりは、ずっと納得がいく組み合わせであり、出迎えたカメリアも特に不信感を抱かなかった。
「こんにちは。この家の方でしょうか? 僕はラルフ。ラルフ・カーペンター。この子は……娘のシエナです」
父親としてまず名乗った男性──ラルフは、かぶっていた帽子を下ろしてカメリアに見せたのは、とても健康とはいえないやつれた顔だった。
苦労が絶えない。そう語る顔色で彼が浮かべるのは、褒めることのできない下手な笑み。
初めに重ねたザックの印象とは真逆で、弱腰な雰囲気に満ちたラルフは、娘の名前を出すことにすら自信の光が消えている。
そんな頼りない父親に対して、紹介された娘の方は堂々としていた。
「こんにちは、お姉さん。ボクはシエナって言います。今日は、ここにいるって聞いた探偵に用があって来ました」
薄っすらとした霧に咲く真っ赤な花。
ちょっとやそっとでは見失うことのない明るさがある少女は、父親の少し後ろに隠れながらも、その鮮烈な色合いをカメリアに見せていく。
「探偵、いませんか?」
親子ともども派手さが少なく、ラルフの服装は群衆に紛れれば溶けこんでしまうほど地味で、仕事着なのか私服なのか見分けがつかない。
赤いオーバーコートを着ているシエナだって、少女らしいお洒落の一環でしかない。
どこにでもいる正反対な親子。
そのはずなのに、赤みが差したシエナの瞳にカメリアは圧を感じてしまう。
「──あの人でしたら、今は仕事で部屋を開けております。戻るのは夕方以降になるかと」
「そっか。だってよ、ラルフ」
「こらっ、お……お父さんと呼べと何度言ったら……ああ、えっと。すみません、そうでしたか。どうしたものか」
何かの依頼をしに訪ねて来たであろう親子は、目的であるパーシヴァルの不在を知ると、顔を見合わせて悩む素振りを見せる。
急ぎの要件ではないのか、特別焦る様子もなく。
しかし未練があるように出直す選択を切りだせない父親に、シエナは冷めた視線を向けていた。
少女の方は、やはり部屋の中で待っているアンナとよく似ている。
そんな印象を改めて抱くカメリアだったが、玄関先で悩み始める二人に、一歩踏みだすようなことはしなかった。
中で待ってもらうにしても、パーシヴァルたちの帰りは相当先になる。
あまりに長く悩むようなら一度帰るべきだと、はっきりと告げよう。
カメリアがそう心に決めていると、元より悪かった顔色へさらに苦みを足している父親を置いて、シエナは下宿の中へ視線を向けていた。
「なんか、見覚えある子がいる」
シエナの言葉につられてカメリアが後ろを振り向くと、これまで静かだった少女の色が、こっそりと一端を見せていた。
夫人がふさぐ玄関の奥。各部屋と階段につながる廊下へ、黒い影が一つ。
様子だけを見ようと、部屋の扉から目元だけを覗かせるアンナの姿がそこにはあった。
深い紫色の瞳と、赤褐色の瞳。
二人の少女の視線が重なると、シエナの方だけ柔らかな笑みがこぼれていく。
「やっぱり、あのときのお姉さんだ」
「……アンナさんとお知り合いですか?」
「うん。ちょっとだけど話したことある」
アンナを見つけたシエナの関心は、悩む父親よりも会ったことのある少女へ向けられる。
そこで何かを思いついたのか、シエナは父親の片腕を引っ張りつつ案を口にしていく。
「ねえ、ラルフ。あの子と遊びたいんだけど、いいかな?」
「えっ、いやそれは……駄目だろう。ここは一度帰った方が……」
「いいでしょ? 娘のお願い、聞けないの?」
「……分かった。言う通りにするよ」
ラルフの頼りなさは娘に対しても露にしていて、押しの強いシエナに迫られた彼は、最後にこくりと首を落とす。
これで親の許可は取れた。そう満足げにする少女は、次に自分より暗い赤を身に着けた夫人へ目を向ける。
瞳に宿る力は強く、断っても食い下がるのは想像に難くない。
「そういう訳で、探偵を待つ間にこの中で遊んでいいですか?」
シエナの輝く目はカメリアを捉えていると見せて、既にアンナへ焦点が向けられている。
頷いてくれる前提、確認を取っているだけ。それが分かったカメリアは、下手な断りはもめ事の種だと考えて了承していく。
しかし──
「私は構いません。しかし、アンナさんと遊びたいのでしたら、本人の許可を得てからでないと」
「うーん、そっか……それなら」
アンナと出会って日が浅いとはいえ、カメリアでも黒い少女が見慣れない人物を快く思わないことは想像できる。
現に顔を少しだけ覗かせて、ネコのように様子を見ていることから、警戒の色ははっきりとしていた。
だからアンナが頷けば中へ案内しよう。そんな考えでまだ玄関をふさぐカメリアだったが、シエナはそんな意思なんて知らないかのように、するりと夫人の脇を通り抜ける。
霧のように感触なく、数拍の内にアンナの前まで駆け寄っていたシエナは、自分よりの背の高い少女へ声をかけていく。
「また会ったね、お姉さん。ボクのこと覚えてるかな」
身を隠していたアンナに迫り、シエナはにっこりと笑う。
一歩でも引けば同じだけ前進する。そう気迫で示す赤い少女に、アンナは驚きつつもすぐ逃げようとはしなかった。
忘れていない、覚えている。
貧民街まで追いかけた末に、一緒に遺体を見てしまったもう一人の発見者。
ここまで押しが強かったかなと疑問に思いつつも、覚えてるとゆっくり頷いたアンナだったが、ここでふと抜け落ちていることを口にした。
「覚えてるけど、名前なんだっけ」
「──シエナだよ。ボクはシエナ。よろしくね」
姿形は覚えていても、彼女を表す言葉は知らなかった。
それを申し訳ないと薄暗い色を示すアンナだったが、それを打ち払うようにシエナは笑って片手を差しだしていく。
ここから覚えていてくれればいい。
そう言わんばかりの少女の手を見て、アンナは瞳に光を宿しながら彼女の手へ自分のものを重ねようとする。
どこか友だちのミアを思わせる明るさがあり、自然と気持ちがシエナへ向いていく。
もしかしたらあの子と同じような人なのかもと、期待で胸をふくらませたアンナだったが、シエナの手に触れた瞬間、パチンと火花が散る音が聞こえた。
合わせて、弾かれるように体側へ引き返していくアンナの手。
最後で拒絶する形になってしまい、怒らせたかと思ったアンナが怯えながら相対する少女の顔へ目を向けると、予想とは違う色がシエナには広がっていた。
赤い色なんて欠片もない。それよりも驚きをふくんだ黄色に満ちていて、アンナは続けて言おうとしていた謝罪を忘れてしまった。




