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霧中のアンネーム  作者: 薪原カナユキ
第三幕 ???

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90/92

90.Dear chaser(8)

 下宿からしばらく歩き、王国首都が誇る大橋へ。

 上も下も一面の星空。そんな川辺まで来たパーシヴァルは独り、紙巻煙草を咥えながら夜風に当たっていた。


 (ふところ)にあるライターを求めて右手を伸ばすが、触れた途端に禁煙中だということを思いだし。

 ため息をつきながら咥えた煙草を捨てようとするも、体が惜しみ手を添えるだけ。


 川の匂いを乗せた風が探偵の顔を撫でると、ありもしない香りが鼻を通り抜けていく。


「ここは変わらない。一人だろうと、君がいようと」


 焼けた葉の香り。それを感じるパーシヴァルが瞳に重ねるのは、今と過去。


 通り過ぎる蒸気自動車がまれになり、自然の声以外は探偵のものだけが風に捕まる。

 星空に挟まれた大橋の上。そこへ重ねていく彼の思い出は、最も身近だった星の残像。


「そのはずだったが、案外味気なさを感じるよ。デューク」


 十代の頃。彼にとって、この橋は他者から解放される貴重な場所だった。

 一人で世界を探求できる、誰の邪魔も入らない探偵にとっての世界の中心。


 二十代になってからは、自分の周りを回る星が二つほど増えた。

 燦々(さんさん)と輝く高熱の星に、静かで居心地は悪くない赤い星。

 片方は鬱陶(うっとう)しいと常々思っていたが、熱量だけは一目を置いていた。


 そして三十代の現在。呆れとともに閉ざした目を開いた今、残っているのは夜空と同じく頼りない光だけ。


「どれだけ切れるカードを増やそうと、心許ないものばかり。……当然か。奴を相手に安心できるカードは、例え女王陛下だろうと持ちえないだろう」


 月明かりにすら劣る星の点。それをどれだけそろえたところで、濃霧の先は照らせない。

 唯一、霧の先へたどりついた閃光は、今はもう消えてしまった。


 姿を消す前まで浮かべていた溌溂(はつらつ)とした表情。

 カメリアの夫──デュークを思い出すパーシヴァルは、彼の放ったまばゆい光の一端を口にする。


「一人でも多く助けるため、強く生きていく。君はそう言っていたが、やはり過信だよ。証拠として、君は奴を相手に何もできなかった。そして私も、見ているしかできなかった」


 言葉を水面に落としていく内に、パーシヴァルの視界には霧がかかっていく。

 自身を親友と呼んでいたデュークが消えた、あの日と同じ光景のように。


「追いこんだのではなく、誘いこまれた。どれだけ考えても、この結論は変わらない」


 デュークがいなくなった日から一年。

 どれだけ霧に隠れた相手のことを考えても、パーシヴァルの脳が出す結論は同じ。


 ──熱心に追っていたデュークを始末するため、わざと尻尾を出して見せた。

 それに気づかず深追いをし、カメリアは夫を、パーシヴァルは信頼を置いた隣人を失った。


「……今回の殺人鬼。奴の罠ということは考えられるか?」


 事件全体の流れを疑い、かつての事件と似ている部分はあるか。

 何度も思考を巡らせてきたが、もう一度不審点を見つけようとするパーシヴァルは、デュークのいなくなった前後と比べていく。


 かつての始まりは、密かに首都で起きていた行方不明事件。

 霧が出た日に人が消える。一見、人さらいの仕業と思えるその事件は、多くの謎があったがために迷宮入りとなっていた。


 被害者は全員、紛れもなく善良といえる王国民。

 姿を消した際の状況は種類豊富だが、被害者と身近な関係の人物からは、疑問の残る証言が出ている。


 ──霧の中を一緒に歩いていて、返事がないとふと振り向いたら、初めからいなかったように消えていた。


「まず殺人鬼は奴ではない」


 被害者の遺体があり、明らかに人間の犯行と分かる傷がある。

 そのため犯人は、デュークを消した相手ではないとパーシヴァルは判断するも、胸にあるしこりは取れないまま。


 怪事件の続きを思えば、探偵自身も違和感の理由は説明できた。


 罪なき市民が立て続けに消えれば、警察は動かざるおえない。

 例え全体の腰が重くとも、湧きあがる衝動に任せて動く末端は必ずいる。


 デュークはその一人。パーシヴァルに協力を仰ぎ、少なすぎる事件の点をかき集め、何が行方不明にしているのかを突き止めようとした。

 その結果が、追いかけていた彼そのものの消失。


 それまでの被害者と同じく霧に溶け、そして驚くことにデュークが消えたと同時に、霧が出ても人は消えなくなった。


「だが、奴なら今を狙うはずだ」


 デュークが消えてから、警察は奴を追うことを恐れている。

 それを知って活動を止めたとパーシヴァルは判断していたが、殺人鬼の噂が出始めてから探偵の目には、かつての霧が見え隠れしているように思えていた。


 人々の気を引きつける事件に、それを追う探偵。

 デュークのときと同じ。追う者を消す絶好の機会だと、パーシヴァルは考えていく。


「誘われているのなら、それもいいだろう。だが……」


 いるかどうか分からない。ただの狂人による事件かもしれない。

 しかし丁寧(ていねい)に姿をくらまし、意地でも追わせる人物を生みだす手法は、共通点として感じざるおえない。


 だからこそ、霧に隠れた相手がいると仮説を立てるパーシヴァルは、同じ姿が見えない風に言葉を乗せていく。


「同じ手を食う私ではない」


 同じ手法を使うのであれば、姿を世に引きずり出すかっこうの的。

 誘われているフリをして首輪をつける算段は、彼が消えた日からいくつも考えてきた。


「私は強くあれているだろうか、デューク」


 ──力がいる。どれだけ正義を志しても、手を伸ばして引っ張り上げる力がなければ、それはただの口先だけの人間だ。

 だから俺は、俺自身が許せない。思いだけで、手を伸ばしただけで、誰かを救えたと思っている今の俺が。


 なあ、あんた。そこで提案だ。

 俺に引っ張り上げ方を教えてくれないか? あんたなら、馬鹿の一人ぐらい扱い方が分かるだろ?

 強くなりたいんだ。一人でも多く、助けられるぐらい。


 そうでなきゃ俺は生きていられない。目の前の人すら救えないのなら、俺は警察どころか人でいるのが苦しいんだ。


「それを答えられない君は、やはり間違っている」


 霧に隠れた奴を前にすれば、他全てが弱者となる。

 その結果を受けいれられているかと、橋の下の水面に言葉を落としていくパーシヴァルは、波紋を見ることなく紙巻煙草を握りつぶした。

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