59.intermedio - light and shade(12)
アンナを背負うクリスティー、そしてヴィクトリア。
彼らを囲む男女が手にしているのは、最新の回転式拳銃。
銃口はしっかりと頭部を捉えてはいるも、ハンマーは上げられ、トリガーには指が添えられているだけ。
警告として向けている。
構えだけの男女たちだったが、実際に銃口を向けられている少年少女には伝わらない。
「まずったな。まんまと誘導されたってことか」
「いえ待ちなさい、クリスティー。この方、どこかで見た覚えが」
特に危機感を覚えたのは、クリスティーだった。
取り囲む男女の数は四人。その銃口は一見すると二人に向いているも、明確に敵意が刺さるのは彼のみ。
「ヴィクトリア様、どうぞこちらへ。できましたら、その子を連れて来ていただけると幸いでございます」
「追いこんで、脅して、次はなんだ。人質か? 何が目的の連中か知らねえが、はいそうですと言うと思ってんのか」
「誘拐を企てたにしては随分な認識ね。そうね、二人を外へ連れ出したという点には感謝しています。していますが、それとこれとは話が違うでしょう」
クリスティーが女性と会話をしている間にも、彼を囲む輪は少しずつ狭まっていく。
言葉を交わしている女性をはじめとして、銃を構える男女もカジュアルな装いをしている。
品がありつつ、しかし普段着として気安さを感じさせる都会な格好。
首都近郊であれば容易に町へ溶けこめる彼らの姿に、クリスティーは思わず隣へ視線を向けた。
今はあり合わせだが、ヴィクトリアも普段ならこういった服を着ているのだろう。
そんな場違いな想像を頭の片隅に置きながら、銃口を下げさせようとクリスティーは口を動かしていく。
「まるで二人の味方みたいな口ぶりだな。お前ら、俺の家に乗りこんできた連中の仲間だろ? 空気が似てる。いきなり物騒なことしたりとかな」
「貴方がたの行いを思えば、当然の措置でしょう。むしろ、こうして話しているだけでも温情というものです」
「ホントは撃ちたいってか。撃てねえよな、こいつがいるから」
視線が女性と銃に散らされるクリスティーに対し、女性はそれを冷めた目で全体を捉えていく。
状況は最悪。指示に従うことは簡単だが、一つでも身を守れる言質を取ろうと抵抗するも、クリスティーの言葉は軽々と女性に弾かれていた。
「何をしてるの、クリスティー。アンナちゃんを人質にするとか、殴るわよ」
「いって……! 蹴るな、足蹴るなこの暴力女。お前、どっちの味方だよ」
「だから、待ちなさいって言ってるでしょう。家に来た方々はともかく、この女性はアイザック殿下のところで見た……はずです」
「最後まで自信持って言え。マジでどっちだよ」
「王族に仕えているとはいえ、使用人全員を覚えている訳ないでしょう」
射線が集まる中心。そこからわずかに横へそれた場所にいたヴィクトリアを、クリスティーの発言が彼女の頭をカチンと叩いていく。
保身に走る態度、煽りにも聞こえる言い回し、自分の言葉に耳を傾けない。
これら全てに腹を立てるヴィクトリアは、心に冷や水をかけた銃口の先へと飛びこんでいった。
つま先で刻むように、何度も蹴りをいれる灰の少女。
対して攻撃を受けながらも、抱えたアンナを放そうとはしないクリスティー。
そんな二人のやり取りを間近で目にした男女たちは、銃を構える姿勢は崩さずも、険しい表情に白色が溶かされて薄まっていく。
対面していた女性も同様で、張り詰めていた声音を出していた口からは、小さなため息が漏れていた。
「──ブリジット、うしろ」
どうするかと四人の男女が振り返り、女性とアイコンタクトを取ろうとした瞬間。
クリスティーの背中で目を覚ましたアンナの小さな声が、女性の肩をかすめていく。
銃を手にした男女の瞳に映ったのは、明るく照らされた地下ではあり得ない、空間を飲みこむ黒い霧。
膨れ上がるように突然生まれたそれからは、瞬く間に玉虫色の塊を吐きだし、それは直線を描いた。
口笛にも似た、軽快な音色に連れられて。
「その人は、だめ」
アンナが続けて口ずさむも、ステンドグラスで作られた虹の橋は落とされない。
笛の旋律が貫くのは女性の首元。
ローズタンドルの髪には目もくれず、胸の内にも叩きつけず。
不快な指揮者だ、タクトを折ってやる。
そう告げる金属音を数度にわたって鳴らし、哄笑とともに奇怪な虹が女性の首に迫る。
「おい、これどうなってんだ」
「そんなの私が知りたいわ。あの怪人、どうして動かなくなったのかしら」
黒い霧から現れたのは、今朝から姿を見せていなかった怪人。
銃を持った男女がその銃口を向ける間もなく、女性の目前にまで迫った彼だったが、あからさまな敵意は霧散していた。
それどころか、首の肌へ触れかけていた怪人の手は、震える金属の音色を奏でている。
「なるほど。近衛兵も就いていた警備をかいくぐれたのは、これがいたからね」
女性の攻撃的な緑の瞳。
それと目があった途端に、怪人の動きが石となったように固まった。
そうとしかいえない事態は、他の全員にも硬直が伝播していく。
ヴィクトリアとクリスティーも、そして銃を持った男女たちも。
理解が追いつかず、緩みかけていた口は牙をさらして開かれていた。
「いいわ。機会を与えてあげる。この正体不明の何かについて、話す機会をね」
四つの銃が作っていた輪は、既に下へたるんでいて。
自分たちも同じ気持ちだと、男女は困惑の色をクリスティーとヴィクトリアに見せていく。
緊張の糸が背後で切れた音がしても、怪人を見続ける女性の顔色は、直面する彼にしか分からず。
視界が晴れ、口は開き、ようやく意識がハッキリと浮かび上がってきたアンナにも、彼女の背中からは何も感じられない。
伸ばされた片手を首から離し、一歩二歩と後ずさった怪人は、そのまま体を黒い霧に分解しながら消えていった。




