39.The Magic piper(4)
波打つアッシュブロンドのロングヘアに、海を思わせる青い瞳。
その二つに合わせた青と灰のカクテルドレスは、少女のある要素を強めていた。
何者にも染まらない、固い意思を。
「失礼、私はヴィクトリア・ヒース。本パーティを主催する、ミッドデイボーン男爵の娘です。どうぞ、お見知り置きを」
彼女の足と同じく、奏でる音も止まらない。
名乗る言葉は粛々と。しかし、これで礼儀は通したとばかりに、声音へ棘が戻っていく。
「飼い猫さんは知らないようだから、教えてあげる。あの王子の本性をね」
アンナを囲んでいた男女の輪を貫き、ひしめき合っていた彼らの小声なんて聞こえない。
正々堂々。恥も外聞もなく、黒い少女の前に立ったヴィクトリアは、冷えていく空気へコツコツと靴の音と響かせる。
隠さない思いは、雑多の中に消えた王子ことアイザックへ。
彼によからぬ感情を持つとひけらかし、その青年と歩みを並べていたアンナにも、挑発に近い視線を向ける。
「アイツ、かなり性格が悪いわ。いつも上から目線で、横柄で。しかも怪物探しなんてオカルトにはまってる。そんな人間だから、早く離れた方が身のためよ」
「ハッキリ言ってるだけだよ、アイザックは」
「どうだか。お気に入りの貴女には、甘いだけじゃないの?」
囲んでいた男女の視線は、自然と二手に分かれた。
王族を相手に嫌いと豪語し、あまつさえその人物が認めている人物にも、挑発を繰り返す灰の少女。
そして初めから注目の的だったが、さらに注視されるようになった黒い少女。
高々と物を言うヴィクトリアが一歩、また一歩とアンナに近づき。
握手を交わせるだけの距離を残して、彼女は立ち止まった。
「……悔しいほど綺麗ね、貴女」
アンナからすれば目線は上へ。
ちょうど友だちのミアより少し高い背丈のヴィクトリアは、自身とアンナの瞳を重ねていく。
そこから足先まで行き、もう一度顔へ。
相手の全身を品定めした彼女だったが、小首を傾げるアンナを見て、今までの敵意が嘘のようなつぶやきをこぼす。
「えっ、待って。なにその髪、砕いた宝石でもまぶしてるの? うわっ、よく見たら肌のハリも艶も美術品。ドレスはまあ、アイツのところにいるのなら当然ね。ていうか、小さくて可愛いわね。本当に子猫じゃない」
「なに言ってるの」
ヴィクトリアのつぶやきは、小声の域に収まらなかった。
耳をすませば聞き取れる内容。
それはアンナの容姿に対する褒め言葉の羅列で、聞いてしまった男女たちは、次第に王子との関係性だけではなく、黒い少女自体にも向いていく。
カチューシャ編みがされた黒い長髪は、黒玉の色味そのもの。
半目で感情の読みにくい紫の瞳も、色の深さと相まって手の届かない一品を思わせる。
そして少女の体を着飾っている、黒のカクテルドレス。
アンナの小さく細い体格から、幼さに混じる大人の気品を引き立てていた。
真っ当に成長していれば、誰もが振り向く美女に。
そんな想像ができるアンナへ、ヴィクトリアは感想をあふれさせていく。
「勿体ないわね、あんな奴に」
口元に指を当て、少し細めた目は値踏みのそれ。
ふさぐことなく漏れだすヴィクトリアの思いは、棘こそ生えてはいるが、真っ直ぐに伸びた茨の茎。
彼女にとって、アンナの履くパンプスすら評価の的だった。
不慣れを主張する低いヒール。
全体が垢抜けた印象を持たせるコーディーネートなのにも関わらず、ふと見た足元がまだ少女でことを思いださせる流れは、感嘆すら覚える。
さすがは王族のお気に入り。
ヴィクトリアの心はそんな言葉が浮かび上がるも、表面に姿を見せたのは別の言葉。
アイザックの目利きが良いという事実は、灰の少女にとって腹が立つだけなので払い除けられた。
「えっと……」
「ンンッ。この称賛は貴女の物よ。けっして、あの怪しい王子にではないわ」
「別にいらない。だって──」
あくまでも認めたのはアンナ自身。
美術品に匹敵する容姿だと、ヴィクトリアは黒い少女を褒め称えるも、対する相手は送られた言葉を素通りする。
霧のようにすり抜けて、ふと気がつくと目と鼻の先に。
深夜の空がにじんだ紫の瞳に捕まって、視線がさらに下へと落とされたヴィクトリアに、アンナは静かに音を上げていく。
「アイザックのこと、悪く言う人は嫌だから」
「本当に勿体ないわね。いいわ、黒い子猫さん。貴女のお名前は?」
アンナの瞳にヴィクトリアが連想するのは、名前を口にしたくない王子の瞳。
宿る色彩が違うだけで、覗きこむと夜空の冷たさが同じように心を撫でていく。
長く、深く。この瞳を見つめてはいけない。
そう直感が告げているのにも関わらず、宝石の神秘に似たものを感じた灰の少女は、笑みを浮かべながら名を訪ねる。
「アンナ」
ともすれば見えなくなってしまう、薄雲のかかる月明かり。
そんな静かな声でヴィクトリアに応えるアンナは、普段は無色に近い表情へ、淡い赤を描いていた。




