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霧中のアンネーム  作者: 薪原カナユキ
第二幕 無音を奏でる笛と鐘
39/84

39.The Magic piper(4)

 波打つアッシュブロンドのロングヘアに、海を思わせる青い瞳。

 その二つに合わせた青と灰のカクテルドレスは、少女のある要素を強めていた。


 何者にも染まらない、固い意思を。


「失礼、私はヴィクトリア・ヒース。本パーティを主催する、ミッドデイボーン男爵の娘です。どうぞ、お見知り置きを」


 彼女の足と同じく、奏でる音も止まらない。

 名乗る言葉は粛々と。しかし、これで礼儀は通したとばかりに、声音へ棘が戻っていく。


「飼い猫さんは知らないようだから、教えてあげる。あの王子の本性をね」


 アンナを囲んでいた男女の輪を貫き、ひしめき合っていた彼らの小声なんて聞こえない。

 正々堂々。恥も外聞もなく、黒い少女の前に立ったヴィクトリアは、冷えていく空気へコツコツと靴の音と響かせる。


 隠さない思いは、雑多の中に消えた王子ことアイザックへ。

 彼によからぬ感情を持つとひけらかし、その青年と歩みを並べていたアンナにも、挑発に近い視線を向ける。


「アイツ、かなり性格が悪いわ。いつも上から目線で、横柄で。しかも怪物探しなんてオカルトにはまってる。そんな人間だから、早く離れた方が身のためよ」

「ハッキリ言ってるだけだよ、アイザックは」

「どうだか。お気に入りの貴女には、甘いだけじゃないの?」


 囲んでいた男女の視線は、自然と二手に分かれた。


 王族を相手に嫌いと豪語し、あまつさえその人物が認めている人物にも、挑発を繰り返す灰の少女。

 そして初めから注目の的だったが、さらに注視されるようになった黒い少女。


 高々と物を言うヴィクトリアが一歩、また一歩とアンナに近づき。

 握手を交わせるだけの距離を残して、彼女は立ち止まった。


「……悔しいほど綺麗ね、貴女」


 アンナからすれば目線は上へ。

 ちょうど友だちのミアより少し高い背丈のヴィクトリアは、自身とアンナの瞳を重ねていく。


 そこから足先まで行き、もう一度顔へ。

 相手の全身を品定めした彼女だったが、小首を傾げるアンナを見て、今までの敵意が嘘のようなつぶやきをこぼす。


「えっ、待って。なにその髪、砕いた宝石でもまぶしてるの? うわっ、よく見たら肌のハリも(つや)も美術品。ドレスはまあ、アイツのところにいるのなら当然ね。ていうか、小さくて可愛いわね。本当に子猫じゃない」

「なに言ってるの」


 ヴィクトリアのつぶやきは、小声の域に収まらなかった。


 耳をすませば聞き取れる内容。

 それはアンナの容姿に対する()め言葉の羅列で、聞いてしまった男女たちは、次第に王子との関係性だけではなく、黒い少女自体にも向いていく。


 カチューシャ編みがされた黒い長髪は、黒玉(ジェット)の色味そのもの。

 半目で感情の読みにくい紫の瞳も、色の深さと相まって手の届かない一品を思わせる。


 そして少女の体を着飾っている、黒のカクテルドレス。

 アンナの小さく細い体格から、幼さに混じる大人の気品を引き立てていた。


 真っ当に成長していれば、誰もが振り向く美女に。

 そんな想像ができるアンナへ、ヴィクトリアは感想をあふれさせていく。


「勿体ないわね、あんな奴に」


 口元に指を当て、少し細めた目は値踏みのそれ。

 ふさぐことなく漏れだすヴィクトリアの思いは、棘こそ生えてはいるが、真っ直ぐに伸びた茨の茎。


 彼女にとって、アンナの履くパンプスすら評価の的だった。


 不慣れを主張する低いヒール。

 全体が垢抜けた印象を持たせるコーディーネートなのにも関わらず、ふと見た足元がまだ少女でことを思いださせる流れは、感嘆すら覚える。


 さすがは王族のお気に入り。

 ヴィクトリアの心はそんな言葉が浮かび上がるも、表面に姿を見せたのは別の言葉。


 アイザックの目利きが良いという事実は、灰の少女にとって腹が立つだけなので払い除けられた。


「えっと……」

「ンンッ。この称賛は貴女の物よ。けっして、あの怪しい王子にではないわ」

「別にいらない。だって──」


 あくまでも認めたのはアンナ自身。

 美術品に匹敵する容姿だと、ヴィクトリアは黒い少女を()め称えるも、対する相手は送られた言葉を素通りする。


 霧のようにすり抜けて、ふと気がつくと目と鼻の先に。

 深夜の空がにじんだ紫の瞳に捕まって、視線がさらに下へと落とされたヴィクトリアに、アンナは静かに音を上げていく。


「アイザックのこと、悪く言う人は嫌だから」

「本当に勿体ないわね。いいわ、黒い子猫さん。貴女のお名前は?」


 アンナの瞳にヴィクトリアが連想するのは、名前を口にしたくない王子の瞳。

 宿る色彩が違うだけで、覗きこむと夜空の冷たさが同じように心を撫でていく。


 長く、深く。この瞳を見つめてはいけない。

 そう直感が告げているのにも関わらず、宝石の神秘に似たものを感じた灰の少女は、笑みを浮かべながら名を訪ねる。


「アンナ」


 ともすれば見えなくなってしまう、薄雲のかかる月明かり。

 そんな静かな声でヴィクトリアに応えるアンナは、普段は無色に近い表情へ、淡い赤を描いていた。

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