31.The Altruism Lord(8)
かん口令の話を出しても動揺せず、言外に告げた黒い怪物の用途すらザックは汲み取った。
国の王子であることに嘘はなかったと納得するリアムだったが、同時に懐疑心の深みは増すばかり。
今では庶民に近い立場の彼とって、国に根づく王侯貴族の動向は、遠いものとなってしまっている。
そんな中で王族が関わっている奇怪な現象となれば、後ろ暗い画策があるのではと疑惑が生まれてしまう。
「信じられないな。第一、貴方にまつわる噂を考えれば、良い話があるとは思えない」
表立って動くことがあまりない、アイザック王子の風の噂。
──怪物を探している、見つけた者には褒賞を与えん。
ただの噂であれば、実態を掴みきれない王子への、誰かの脚色と鼻で笑えるだろう。
だが黒い怪物を生みだすアンナを連れた、王子本人がリアムの目の前にいる。
なら噂の一部は事実であり、次に考えると探している理由となると、思いつく事柄は片手で足りてしまう。
「同一といっても遜色のない、別物を生みだせる力。そんな都合のいいもの、国が遊ばせるはずがない。俺のところへ来たのも、噂通りなら話は簡単だ」
自身の身に宿っているものの価値を分かっている。
そう告げるリアムに、ザックは返す言葉がなかった。
彼が語る怪物の使い道は、利権者に上昇志向の強い者、保身を第一に考える者などがたどり着く場所。
他人を自分の都合のいい動きをする人形とすげ替える。
それは個人でも集団でも変わりがなく、その色が強い王侯貴族と関わりがあるからこそ、リアムとザックは考えが重なっていく。
「不老不死。古今東西、どこへ行こうとも自らの栄華を欲した者が夢見る、最後の宝。それを得る方法が知りたいんだろう?」
「もしそれが事実なら、我らが女王陛下の耳を喜ばせられる。けれど、僕には一つ疑問が生まれていてね」
一世紀以上も若い姿を保ち続けている。
まさしくリアムのそれは、不老不死に値する能力であり、彼が職としていた錬金術師にも由来を求められる。
錬金術で作るのは黄金だけではない。
自分たち人間すらも、黄金を錬成する理念に当てはめる者もいた。
生物としての黄金期。
その時期に固定する技術が、錬金術としての不老不死だ。
しかしリアムの姿に疑いをよせるザックだったが、彼の足元にいるコーギーとは別の黒が視界に入り、続く言葉をかみ切って青年は走りだす。
「避けてっ!」
──パチンと火花の爆ぜる音がした。
背後に何かがいる。
それにリアムが気がついたのは、奇妙な火花の音と、アンナのかすんだ大声に振り向かされたから。
ザックが突然慌てた理由も一目で分かった。
夕日の赤をさえぎり、視界いっぱいにまで近づいた黒い人型の怪物。
コーギーとは比べ物にならないほど劣悪な造りで、服装以外は無貌の黒い肌。
そんな人型の怪物がリアムへ向けていたのは、振り上げた同色で無骨な長剣。
殺意の一色で塗られたそれは、リアムの体が反応をみせる前に振り落とされた。
「……ッ! 何の真似だ、アイザック王子」
「そんなの、キミの話を聞きたいからに、決まってるじゃないか」
鈍い音とともに、赤いしずくを地面が飲んでいく。
黒い怪物の一撃は、見事に相手へ食らいつき、肩から胸にかけての傷を作りだす。
技術なく、ただ力任せに振り下ろされた長剣は、叩き切ることを目的とした造りも相まって、砕いた骨より先にはいかず。
左胸で止まった得物を、どうしようもなくなった怪物は手放してしまう。
誰もが認める致命傷。
しかしそれを受けたのは、動くことすらままならなかったリアムではなく、駆け寄り両手で跳ね飛ばすことで身代わりとなったザックだった。
「ザック……? うそ、だよね」
疑いをかけていた相手に助けられたリアムも、相応に衝撃を受けていたが。
それ以上に傷を与えられたのは、足がすくんで立てなくなっていたアンナだった。
夕暮れ時、人型の黒い怪物、倒れるザック。
住んでいた教会での出来事から、一ヶ月も経っていないのに、再び似た光景を目にした少女は、瞳から光を消えていった。
延々とめぐる過去の記憶。
記憶と同調しているのか、剣を持っていた一体だけではなく、次々と周辺に黒い霧が生まれては集合していく。
「心配しなくていいよ、アンナ。同じさ。僕が倒れても、彼がいる」
「彼、だと。誰のことを言っている」
体を支える足は力尽き、体にめりこんだ長剣の柄を両手で掴んだまま。
上半身だけでどうにか起きているザックは、途切れ途切れでも言葉をつむいでいく。
そんなザックとリアムを囲むように、黒い霧が生みだしていく怪物は、アンナの記憶によく刻まれているものだった。
初めに現れたものと同じ、個性が薄い人型。
アンナがいた町の人たちよりは少ないが、それでも逃げ道をつぶすには充分な数。
しかし今回の彼らが握る凶器は、殺意の度合いが違う。
農耕器具や日々の暮らしで使う道具ではなく、殺傷のみを考えた剣の類ばかりを握っていた。
まるで明確な敵意を向ける相手がいるかのように。
「じゃあ、あとは……頼んだよ……」
「お、おい。勝手に助けておいて、何ふざけたことを言っている!」
黒の怪物たちは、腰が抜けて動けないアンナには興味を示さず。
意識を失ったザックと冷や汗をかくリアムに、体と同色の剣を向けていく。
円を描くように囲み、一歩ずつ彼我の差を縮めていく怪物たち。
赤い光を灯す亀裂が表情を与え、二つの線が描くのは火の涙。
どうしてと、目の前の男性二人に迫るたび、剣を握る力が強まっていく。
「コノ……ウソツキ、ガ……」
いくども鳴った火花の音は、しわがれた人間の声を模していた。
地の底から恨みを募らせた悪意の声。
それを黒い怪物たちは合唱し、リアムへ浴びせていく。
嘘つき、偽物、詐欺師。
ツラツラと並べられるリアムの蔑称は、より怪物たちの歩みを速める潤滑油に。
黒くおぞましい手を伸ばし、握る剣は振り上げて。
さあ、どうしてくれようかと目前までたどり着いた瞬間、それは冷たい刃で火花の共鳴を切り裂いた。
「──騒々しい。此度の貴様らは喚くばかりの獣か。見るに堪えん」
赤い流体を交えた黒の一閃が、リアムに迫った黒の怪物たちを払い除ける。
それはザックの体に食いこんだはずの、怪物の剣。
しかし現に振るわれた剣は解放の時を迎えていて、違うとしたら柄を握る素肌の色。
青筋が見えるかのような色白は、日に焼けたかのような褐色へ。
剣を握る手とは反対の手で、灰色がかった白の前髪をあげ、夕暮れの下に瞳をさらす。
そこにはアンナが以前見た、左右で異なる色合いの赤はなく。
階調めいた赤の宝石が宿されていた。
「自ら頭を下げたかの者たちは、まだ人であったぞ。怪物ども」
ザックが目を閉じれば、別の誰かの目が開かれる。
そうした理屈で覚醒したアイザックは、肩から胸にかけての傷の痛みを、ものともせずに立ち上がった。
助けられたリアムも、囲む怪物たちも。
傷を負ったはずのザックが、雰囲気を変えた上に人ではありえない行動を始めたことへ、動揺を露にする中。
アンナだけは、混乱して霧で満たされていた思考に、一筋の光を見出していた。




