24.The Altruism Lord
錬金術師は料理人に似ている。
目指すのは至高の料理。
吟味した材料の質と量、加工のために用意した専用の道具に、これらを活かすために鍛えた腕。
これらに先人たちから継いできた知恵を混ぜ、ようやく完成する一品。──味の至宝。
それが料理人のたどり着く先なら、彼らが見据えているのは頂きの黄金。
下層で転がる鋼鉄を錬成し、輝かしい金を生みだす技術者。
それが錬金術師。
「彼らのいう黄金は、金銀財宝だけじゃない。人の不老不死や文明の黄金期も指す、なんて考えもあるそうだ」
「なんか、凄いことをしようとしてる人ね」
「いや、まあ……。合ってるといえば合っているけれど。興味無さそうだね、キミ」
喧噪に囲まれる中、アンナに錬金術師がどういう人か教えるザックだったが、とうの本人の反応は芳しくない。
向かい合ってはいるも、少女の視線は下のまま。苦笑するザックには目もくれない。
それもそのはず。アンナの意識は、例に挙がっていた料理人による品々。
──少し遅めの昼食に向けられていたのだから。
「ないよ。ザックが言いたそうだから、聞いただけ」
「ハッキリ言うね、キミ」
二人がいるのは、賑わいをみせる大きなパプリックハウス。
壁際の席に腰を置き、雑踏は横目で奏でられる背景音楽。
ザックはまだ季節には早いロングコートを着こんでいるも、ボーラーハットはかぶっておらず、怪しさはいくぶんか弱まっている。
対してアンナは、その容姿から注目が集まっていた。
丁寧に整えられた黒の長髪に白い肌。レトロチックなブラウンのワンピースは、同席する青年と並んで質が良く、意匠も控え目で落ち着き払っている。
良家の出と分かる外見をしていて、端的にいえば場違いだ。
周りを見渡せば男性ばかり。数少ない女性がいても、そのほとんどは店員だ。
しかも室内は電球で照らされているとはいえ、たばこの煙によって空気は霞がかっている。
身なりのいい男女を歓迎する場所ではない。
そう語られる空間にも関わらず、二人がこうして話をできているのは、ひとえに周囲へ関心がないから。
悪意をにじませず、ただの客として大人しくしている限り、奇異な目は向けても赤色が煮えることはない。
「ザック、ザック! これ、こんなに入ってる」
「羊肉か。物流が良くなってるとはいえ、大きめに切られているのは珍しいね」
そんな少し冷えた空気の中、アンナは手元にあるシチューで喜色を辺りに振りまいていた。
申し訳程度の数の羊肉に、くず野菜。そしてメインとばかりに主張をするジャガイモでできた温かなシチュー。
そこから真っ先にスプーンで煮こまれた羊肉をすくった少女は、表情を緩ませながら頬張っていく。
咀嚼でくずれる肉を、もったいないとばかりに舌で転がし。
わずかにとろみがある褐色のスープと一緒に、温かさを喉から胃へ伝える。
その熱量は、アンナの豊かではない感情表現に笑みをもたらした。
「……また、それ食べてる」
「ん、これかい? 手軽だから好きなんだよね」
「ブリジットがいい顔してなかった。いくらなんでも食べすぎって」
その後も硬い黒パンを小さくちぎり、シチューに浸して食したりしているアンナに対し、ザックの皿は質素なものだった。
食べやすいように切りそろえられた、揚げたジャガイモの山。
その麓にいるのは、添えものとばかりに置かれた白身魚のフライ。
どちらも油を豪快にまとっており、青年が食べているのは、はたして芋と魚なのか、油なのか。
それを常温のエールで流しこむザックだったが、アンナの言葉は小さな口で飲んでいた。
「余計なことを。同行させなかった腹いせか? そんなことをしなくとも、充分に傷だらけだって」
食事を楽しむ少女の口から放たれた、カナルミアからの遠回しな忠告。
エールのように苦々しく思いながらも、追加注文の手を止めたザックは、残りだけで済ませることにした。
この場にいなくとも浮かんでくる、怒りにかぶせられた冷めた笑顔。
想像上の彼女の諫言が与えてくるのは、心の痛みだけではない。
手足のところどころにある生傷。住んでいる屋敷にいることが分かった幽霊の黒猫によるものが、罰とばかりに痛みをぶり返していく。
「スタンリー卿も、こんな感じだったんだろな」
「プリムラのこと? わたしやブリジットには何もしないのに、不思議だね」
幽霊の黒猫プリムラの呪いは、書庫の鍵が閉まっていたときと比べると、過激さはなくなっていた。
あっても、せいぜいひっかき傷程度。
問題は機嫌の損ね方が相手によって露骨に変わり、中でもザックは悪い部類に入る。
なので事あるごとに傷を作るザックは、長袖がそれを隠しているような状態になっていた。
「それで。今回はそのれんきんじゅつしっていう人、探すんだ」
「本当に分かってる? ……まあ、いいか。今の僕たちがどういう関係か、そっちを覚えているのなら」
「わたしが妹。覚えてるよ」
「腹違いのね。はあ、男兄弟だったら宿を借りるのとか楽だなって。最初は思ってたんだけれど」
小さな口でシチューと黒パンを食べる合間。
スモールビールを険しい表情で飲むアンナを眺めながら、ザックはため息をつく。
それは焼失した町から彼女を連れ帰る際に思案していた、怪物探しの当初の予定。
中性的な容姿から、少年だと思いこんでいたザックが考えていたのは、男同士の気楽な旅。
しかし現実は、記憶が曖昧な少女を連れた、社会的に危ういものとなってしまった。
なので代案として、腹違いの似ていない兄妹としてアンナを側に置くも、ザック自身が抱える負担は変わらない。
幼さが残るも女性は女性。
ときおり見せる少女の大人びた表情が、ザックにそれを思い出させる。
「じゃあ食べ終わったら、連れてってくれるよね」
「えっ、なに。どこへ……?」
教会で会った黒の怪物のように、危険な存在と出くわす可能性を考慮して、使用人たちは屋敷で待機。
その間に羽を伸ばして活動できると、淡い夢となってしまった案に思いを馳せるザック。
そんな彼に期待をこめた視線を向けるアンナは、口元に小さな弧を描いた。
「この町で行きたい場所、いっぱいあるから。妹の頼み、聞いてくれるでしょ?」
友だちのミアが知りたかったこと、アンナが興味を持ったこと。
これらを教えるという約束もふくめて、今の立場を使った黒の少女のお願い。
頷くまで逃さない。
そう告げる紫の瞳は青年の長い前髪を貫いて、顔そのものを捕らえて離さず。
積み上げていた今後の予定が、微笑む少女によって崩される音を、渋々首を下げながらザックは聞いていた。




