22.act-tune - The Queen's Homeland(3)
アイザックたちの姉、レイラは浮世離れした女性だった。
陽光を多分にふくんだプラチナブロンドのハーフアップ、ザックたちと似た赤い瞳は代えがたいレッドスピネル。
窓枠格子柄のスカート姿は容姿に落ち着きを与え、より雲の上の存在感を高めている。
大人な印象を超え、選ばれた者しか謁見できない至高の芸術品。
そんな彼女はザックに似た笑みを浮かべながら、アンナを自身の傍らに座らせていた。
「どうですか、アンナさん。お味の方は」
「美味しい。レイラは食べないの?」
「ええ。ご用意したキャロットケーキは好みではありますが、今は節制しておりまして。どうぞ、私に構わずお食べください」
沈んだ黒と、まばゆい白。
並んだ二人の前に置かれるのは、上部に白いクリームチーズのアイシングがされた焼き菓子──キャロットケーキ。
外はしっかりと焼き目がつけられ、三角に切り分けられた断面は、明るい色がふわふわと。
それをフォークでさらに小さく分けたものを、小さな口ではむりとアンナは迎えていく。
口内に広がる人参の自然な甘さ。続くアーモンドとレモンの風味は、よりクリームチーズの旨味を際立たせている。
こくりと咀嚼したものを喉に通すと、感情表現が苦手なアンナも、つられて頬を緩ませた。
だからこそ隣に座るレイラへ少女は勧めるも、彼女が手にしたのはティーカップだけ。
注がれているのは、ハチミツを少量溶いた、ローズマリーのハーブティー。
「貴方もたまには如何ですか? アイザック」
「甘味は好かん」
「ですから、たまにはです。一口くらいは頂いてもよろしいでしょう。この子を見つけた自分へのご褒美として」
甘くもサッパリとした口当たりのケーキに、たっぷりの砂糖をいれたロイヤルミルクティー。
ときおりアイザックとレイラに声をかけるも、アンナの意識は卓上へと捕まっていた。
そんな少女を見守りながら、二人は同じお茶を口にしながら言葉を交わしていく。
「ようやく見つけた、貴方と同じ説明のできない力を持った人間。しかも、こんなにもかわいい子猫。これ以上にない収穫です」
ハチミツを抜いたハーブティーを口にするアイザックだが、レイラの話を聞いた上で歩み寄る気配はない。
それでも気にしないと手作業を始める彼女は、アンナに寄せて置かれたホールケーキから一ピースだけ。
形を崩さずにキャロットケーキを小皿に取り分けると、フォークで小さな欠片を作り出した。
「ほら、アイザック。一口だけ」
そしてさも当然のように、アイザックへ向けられるケーキの欠片。
本来は品の欠ける行為。
だが彼に向けるレイラの微笑みは慈愛に満ちていて、母が幼子に食べさせているようにも見える。
小さくなったケーキにこめられる、称賛と期待。
それが色味となったキャロットケーキだったが、塗られたアイシングのように、アイザックの反応は白いものだった。
「二度も言わせるな。戯れなら婚約者を相手にしろ」
「していますよ。ですが、どうしてか皆さま遠慮なさるのです」
どうしてでしょう?
そう苦笑するレイラは、アイザックの強い拒絶によってフォークを宙に惑わせる。
先の男性もふくめ、いつもこうなのだと全身で表す彼女だが、諦めて自身の口元に運ぶ様子もなく。
持て余したキャロットケーキをどうするか、一旦小皿へと戻そうとしたところで、レイラの瞳が光を差した紫の目を捉える。
それはアイザックとレイラがやり取りをしている間、ケーキの行方をジッと追っていたアンナの眼差し。
少女の皿はとうに空となっていて、その目にこもるのは、レイラが弟に向けた期待を超える切望。
わずかに開いた口元に、抑えてはいるがレイラ側に寄った体。
ケーキと顔を行ったり来たりする視線は、幼さが顕著となっていた。
「……くすっ。代わりに頂きますか? アンナ」
「うん」
「良い子ですね。貴女みたいな素直な妹、欲しいと思っていたんです」
レイラの手にしていたフォークがたどり着いたのは、真に求めていた者の口の中へ。
表情こそ硬いが喜色の空気をまくアンナに、レイラは片手を頬に当てながら和やかな視線を送っていた。
「どうでしょう。いっそのこと、アンナを貴方の婚約者にするというのは」
「愚問だな。あいつの考えは知らんが、私にとってはただの部下。駒にすぎない」
「それがポーンであるのなら、楽しみですね」
「浅慮な手だ。腕が落ちたのではないか、姉上」
自分の話題だというのに、黙々と振る舞われているケーキを食すアンナ。
それを横目に、レイラはにこやかな顔でティーカップを傾け、アイザックは冷めた声をふいともらす。
青年の視線は目の前の女性二人から外れ、整った卓上を誇る執務机へ。
穏やかな雰囲気で満ちたお茶会とは打って変わり、そこに向けるのは助長が存在しない真剣そのもの。
余興はもう充分だろう。
そう暗に告げるアイザックに、レイラはそっとまぶたを閉じて応える。
「それはどうでしょう。──ともあれ、貴方にとってもこの子は価値があると分かったのは、吉報ですね」
安心したと頷き、再び目に光をいれるレイラ。
彼女がアンナに向ける優しい色は、工芸品のようなやわい手に伝わっていく。
静かに少女の黒髪を撫でる白磁の手。
一切の力が加わっていない動作に、遅れて気がついたアンナは、首を傾げながら意識を向けた。
「なに、レイラ」
「いえ。弟の屋敷には、ブリジットをはじめとした女性の使用人が多くいますが、衣装の準備に苦心してるのではないかと。いくつかお渡ししますので、ご試着もしてみませんか?」
「別に。着替えるの大変だからいい」
「ふふふ。そう仰ると思いました。……ですが残念。私が見たいのです。おそらく屋敷の方々もそう思ってらっしゃいますよ」
それほど愛らしいのです、貴女は。
そんなことを告げながら立ち上がったレイラは、アンナの了承を得ずに、部屋に備えた電話へ足を向ける。
回されるダイヤル、手短に伝えられる要件。
何が起きているのか。熟考の末に気がついたアンナだったが、止めようと思い至ったときには、既に受話器が置かれた後だった。
「担当がすぐに来るそうです。お似合いの衣装がございましたら、是非お披露目を」
両手の指先をやんわりと合わせ、心待ちにしていると告げる細めた目。
あまりの手際の良さに、口を半開きにして時が止まってしまったアンナは、喜色の花をまくレイラのなすがままだった。




