13.a happiness without a cat(4)
ひとまずの話を終えたアンナとザックは、内容を深く詰めることはせずに、室外へと足を向ける。
もとよりすぐ終わる話だと、ザックは部下に告げていた。
両者が互いの目的に協力する。
その同意が成されたのなら、雑談に花を咲かせるよりも、早く従者のカナルミアのもとへ向かう方が賢明だ。
「そうだ、アンナ。僕が寝ようとしていたことは、カナルミアには黙っていて欲しいな」
「怒られるからでしょ」
「話が早くて助かるよ。できることなら、叱られる回数は減らしたい」
そんなに怒られてるんだ、と前を歩くザックに、淡々とアンナは確認を取っていく。
対して返されたのは、青年の乾いた笑い声だけ。
結果としてカナルミアに告げた通り、少女との話は早くに終わらせることができたが、問題は過程だ。
嘘をついて仮眠を取ろうとしたこと。
それを彼女に知られれば、相応の怒りを買うことは目に見えている。
「窮屈なのは苦手だからって、程々の緩さで行こうと決めたら、これだよ。今や僕の親兄弟がこの屋敷に何人いることか。……まあ、お陰で気楽だけどね」
「ザックって、本当に王子なのか怪しいね」
「血筋だけだよ。王位継承の順位も高くない。というより、僕みたいなのが王子といわれても、みんな困るだけさ」
気品を感じるのは、ザックを飾る衣服だけ。
目元を隠すほど長い前髪も、気を張っていない時の態度も、まとう緩い空気感も。
格を示すにはまるで足りず、部屋にこもる姿の方がらしいとまで思える。
そんな彼が国を率いる血族の末席といわれると、疑問がつきることはない。
だからこそ、実感のわかないアンナは、友人が持つ感性を心配していく。
「ミアには、どういう風に見えてたんだろ」
町が消え、何も分からずザックに手を引かれながら、屋敷に着いて今日で一週間。
落ち着いて彼の姿を観察するも、元気な少女が教会で語っていた感想とかぶる要素を、アンナは未だに見つけられていない。
王子さま、なんて幻想はどこから現れたのか。
あの日、道中で頭でも打ったのかなと、アンナは心中で呆れてしまう。
「いつか見れたりするのかな、王子さまなザック」
記憶にまばゆく刻まれた、ミアの見た夢。
それを見つけるのも、彼女との約束にふくまれるのかも。
そう考えるとアンナの胸は暖かさを持ち、少しばかりだがザックの背中を見る目が変わる。
本人はさておき、格好だけはこの建物との相性は完璧だ。
静寂を表現したシックな様式に、それを照らす機械仕掛けの照明たち。
現代に沿って改められた内装は、古今の融和を見事に果たしている。
建物全体を見ても同様。
石造りの外観はモノトーンで彩られ、飾られたデザインは洗練された教会のもの。
正しく古い時代を感じさせる三階建ての邸宅は、王侯貴族が住むに相応しい成りをしていた。
「さて、立て続けとなってしまうけれど、一つ用事を頼まれてくれないか」
「さっきの書庫のこと? 事情がよく分からないんだけど」
「いまいち説明がしにくくてね。人によっては、かなり興味深いものなんだけど」
ザックのいた執務室から、屋敷のエントランスへ。
そこから一階の奥まった通路へ移動する二人を待っていたのは、重々しいたたずまいをした両開きの扉だった。
大仰な邸宅には似合わない、簡素で堅固な扉。
よほど重要な物がこの先にあるのか、拒絶以外の言葉をこの扉は持ち合わせてはいなかった。




