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剣(微)と魔法(微)の世界

インストラクター聖女

作者: コーラルピンクフォレストグリーン

 






 異世界から聖女が召喚された、らしい。



 それにより後継者争いが激化する、とも。




 らしい、とどこか曖昧なのは俺が貴族階級最下層の低位貴族の4男で家を継ぐことも出来ず、なおかつ後継者争いなんてものにかすりもしない身の上だからだろう。お偉方の世界に何が起きているかなんてここまで届くわけがない。正しく届くわけもないが。


 まあ俺は後継者争いに参加する気はない。『後継者争い』なんて言葉を世に倣って使用してはみたが、後継者争いって。笑える。



 ちなみに、兄、姉、兄、兄、姉、姉、俺、弟、弟妹(双子)の構成だ。多い。多いよ父さん母さん。多いよ。

 もちろん貧しい。財産なんてものはないに等しい。貧しさを他の貴族に馬鹿にされているのは知っている。



 そんな境遇ではあるが家族の仲が良いのは救いだ。

 だが最近1番上の姉が家を継ぎたいと家族全員の前で嫡男である兄に直談判をし、ただいま俺の周りは若干慌ただしい事態になっている。



 俺の家族が、というより姉の幼馴染で婚約者でもある同じ低位貴族の3男の彼、がだ。



 俺の家族は1番上の姉の溌剌とした優秀さをよく理解しているし、長男はのんびりおっとりした性格で、社交界に放り込まれたら跳ね飛ばされ踏みつけられぺしゃんこにされるのがおちだろう。現に今は踏みつけられている段階だ。


 周りが呆れるほどの強靭な精神力のおかげで踏みつけられていてもなおにこやかな態度を崩さないが、長年地位を万全に保ってきた高位貴族の当主あたりならすでに気が付いているかもしれない。



 その異質さに。

 高位貴族と関わる機会など年に数回あるかないかだが、それでも勘が鋭い人間は気付くだろう。



 別に何か秘めた才があるわけでもなく抜きん出て優秀でもないのだが、下手に関わると足をすくわれる怖さがあるのだ。

 真なる賢者は危うきには近寄らずとはよく言ったものだ。



 そしてその長男は父にそっくりだ。これだけの大家族を貧しいながらも養えている時点でおそらく見た目通りの人間ではないのだろう。俺には関係ないが。父さんは父さんだ。



 そんな父と、才気に溢れそこそこの美貌を備えている姉と共に社交の世界に放り込まれるだろう、俺にとっても兄貴のような存在の姉の婚約者よ、健闘を祈る。俺は婿入りしてくれると嬉しい。まだ決定事項ではないが必ず決定されるのだ。されてしまうのだ。


 平民になり、のんびり畑を耕し花を育て売るのは来世で楽しめ。それと来世でも姉のお世話をよろしく。本気でよろしくお願いを申し上げる。










 ***





「ちっ、なぜ私がこのような卑しい者共に――」



 今日も今日とてこの、平民も数多く在籍している、王太子の婚約者、いや婚約者()の『人はすべて平等なの平等に機会を』改革のとばっちりをくらった結果である隊の隊長を押し付けられた中位貴族の男はやる気がまったくなさそうだ。あっても困るが。


 この隊が発足してから半年は経っているが、この男は毎日飽きずに俺らを罵る。これもある種の才能であろう。





 俺の在籍する隊は王太子の婚約者、後の王妃予定の高位貴族の提案で無理矢理寄せ集められた。



 この平等改革は数十年経てば実を結ぶのかもしれない。が、現時点ではただの下地、下地にすらなっておらず、靴の泥をふき取る敷物みたいなものだ。つまり俺らはただのお偉方に捧げられた生贄。給金が発生する生贄だ。


 待ってろ、兄ちゃんが美味しいもの食わせてやるからな。可愛さの欠片もない弟達はどうでもいい。俺の妹は史上最高に可愛い。神にさらわれそうなくらいの可愛さだ。近付いてきた神はぶっとばす。



 王太子の婚約者様の女、いけね、女性は、それはそれは見目麗しく、さらに国の最高峰の魔法学園でも優秀な成績を収めるとにかく素晴らしい女じゃなくて女性らしい。


 この隊のお披露目の際に1度顔を見た事があるが、顔が不自然に光っていて不気味だった。

 確かに皆が褒めそやす美しさなのだろうが、屋内にいてもなお光が当たっているかのような発光現象はただただ不可解で気味が悪かったのを覚えている。



 そんな素晴らしき婚約者様も、()がつきそうな状況らしいが。

 そこそこ裕福な商家の次男であるそこそこ優秀な同じ隊の男が言っていた。俺の周りはそこそこが多い。



 なんでも魔法学園に、数百年ぶりの聖魔法を発現させた大層可憐な平民女性が低位貴族の養子となり通い始めたそうだ。

 そして高位貴族の嫡男達が次々と元平民に近付き仲を深め、とうとう王太子までその輪に加わったと。


 そこからは想像に難くない。

 王太子をはじめとする高位貴族嫡男の突然の行動に、今学園は大荒れに荒れているらしい。



 しかし凄いなこいつ。この環境でどこでそんな情報を仕入れてくるんだ。



 俺らにまで降りてくるという事は余程大々的に噂されているのだろう。

 聖魔法となるとその血はどの貴族でも取り込みたいだろうし、王太子が加わったからには最終的には王太子の側室になるのだろう。


 婚約者の女性達もこれから大変だ。荒れているという事は王太子も高位貴族の嫡男達も現婚約者にきちんと説明をせずに第2夫人、側室確保に乗り出したと考えられるからだ。そんなにすごいのか聖魔法。


 王太子の婚約者様は自分より寵愛される存在を許せる女には見えなかった。

 際限なく上昇志向が強そうなのでこの国の王妃より、自分の得意な精霊術を重んじる隣国の王族に鞍替えするのかもしれない。








 中位貴族隊長の演説と言う名の罵りをこれからの王宮の荒れ具合に思いを馳せながら聞き流していると、何か、強い光のようなものがこちらに近付いてくる気配がした。



「トラウィスカルパンテクトリ隊はここですか」



 中位貴族から視線を逸らさずその気配を探っていると耳に心地よい声が。



 声を発したのは声色から判断して女性なのだろう。だが俺には見えない。

 眩しすぎて何も見えねーよ。俺の目つぶれんじゃねーか。何だよこれ。強い光にも限度があんだろ。



「なんだお前は」



 見えるのは顔をしかめた中位貴族。おっさんの顔だけだ。随分と偉そうなその様子から声をかけてきた相手が中位貴族より身分が下の人間だと察せられる。使用人か?



「トラウィ……隊はここですか」



 中位貴族の態度にも臆さず先程の問いを繰り返す女。



 この女、今ごまかしたな。長い隊名を言えずごまかしたな。最初気合いを入れて覚えてきたんだろうがさっそく忘れてるぞこの女。


 俺らもこんなクソみてえな名前はご免だ。だがしかし王太子の婚約者様が命名したんだ。素晴らしいの言葉しか許されてないんだ。



「おい、お前」



 中位貴族が、賭けに負けて今日は先頭にいた俺を見ている。俺か? 俺なんだろうな。



「その女をつまみだせ」


「はっ」



 すまないな、強い光の女。俺らにはその言葉しか許されてないんだ。許されない事ばかりだ。心の中は自由だが。な、クソ中位。



 だがしかし、強い光過ぎて俺には女の正確な位置がつかめない。目を光に焼かれそうになりながらもクソ中位の視線の方向に足を向ける。



「体調が悪いんですか?」



 すぐそばから女の声が聞こえた。うお、思ったより近かった。



「私でしょうか」



 俺はまばたきが生まれつきゆっくりな人間、という設定にしてなんとか目を守る。目を閉じている時間が長くても不自然ではないはずだ。

 目が見えなくなったら隊は追い出される、のはまあいいが至高の可愛さを持つ妹を観賞できない。目を潰されてたまるか。



「目がかゆいんですか?」


「いえ」



 んなわけねえだろ。なんだこの女。



「本日は少々日差しが強いようでして。こちらに」



 さっさとクソ任務を終わらせようとするも女にがしりと腕を掴まれたようだった。



「もしかして私、眩しい?」



 言い当てられた事によりつい体が反応してしまった。俺の腕を掴んでいる女にも伝わっただろう。

 それにしても自ら眩しいかなんて聞くかね。どれだけ自信たっぷりなんだよ。



「ちょっと待って。これならどう?」



 手をさりげなく振り払おうとしていると、目を刺すような光がだんだんと薄れていき――



「うお」



 目の前にとんでもない美女がいた。

 つややかな黒髪、潤んだような黒い瞳、それと対比するかのような白く透き通った肌。



「すっげえ美人」



 言葉にしてしまってから失態に気が付いた。



「申し訳ございません」


「いえ、女優ライトが明るすぎたみたいですね」



 ……女優ライト? なんだそれは。



「それではこちらに」



 しかし先程の失態があるので俺はどうとでもとれる笑顔を見せ、この場から美女を連れ出す事を優先させるがクソ中位に呼び止められる。



「お、おい待て!」



 なんだよクソ。



「お前使用人か? 所属はどこだ」



 吐き気をもよおす下卑た表情を浮かべるクソ。

 このクソ、この美女に目をつけたらしい。しかし何故急に。



「所属? この場合は教会……? ねえ教会?」



 クソにどんな感情を寄せられているのかわかっているはずなのに俺に質問してくる美女。俺に聞くなよ。それと手を離せ。悪い気はしないが。



「まあよい。お前――」



 汚い手で美女に触れようとするクソに体調不良の振りで吐きながら倒れ込み下敷きにしてやろうと吐く準備を整えていると、がちゃがちゃと騎士が立てる音が聞こえてきた。



「聖女様! 勝手にいなくなられては困ります!」


「ごめんなさい、どうしても気になっちゃって」



 すぐそばの美女の口から言葉が。





 聖女。



 聖なる女。



 召喚。



 後継者争い。





 咄嗟に聖なる女から距離をとろうとするも女は俺の腕を離さない。なんだこの力は。



「逃がさない」



 にたりと口をゆがめて笑う聖なる女。どこまでもその美しさは損なわれる事なく、傾国という言葉が頭に浮かぶ。



 そして続々と集まって来る騎士達。

 その中で不機嫌な表情を隠していない騎士の1人は、聖なる女に近寄るも驚き足を止める。



「……聖女様?」


「神の加護を緩めました。不本意ですがこっちが本来の姿らしいです」


「神の加護……!?」



 神の加護ねえ。



「もう対抗できる程の力を身につけましたし、報告はご自由に。それと何でも好きなものを望んでいいんですよね? 私この隊をもらいます。トラ……」

「トラウィスカルパンテクトリ」



 無意識に聖なる女に助け舟を出していた。

 これだけの美女だ、俺の理性もこんなものか。まあ男は誰しも美人に弱いものだ。



「そう、このトラ隊をもらいます。それでは報告お願いします」



 勝手に略すなよ。なんだトラ隊って。



「お、お待ちください!」


「待ちません」



 不機嫌な顔から悲壮な顔になった騎士の男を無視し、聖なる女は俺を引きずる様に隊の仲間の所へ。

 力が強いなおい。



 まだ何が起きているか理解できていないクソの前に立ち、聖なる女は言い放った。



「先程の聖女に対する態度を上に報告され親類共々処罰されるか、それとも隊長の座を聖女に譲るか、どちらを選びますか?」



 この聖なる女なかなかえぐい事を言う。



「は、え、何を」


「あと10、9、8、7、」


「せ、聖女様に譲ります……!!」



 今にも失神しそうなクソは震えながら走り去った。さらばクソ。



「よし」



 よし、じゃねーよ。拳を握るな。この聖なる女は何を考えてるんだ。



「改めましてこの隊の隊長位を拝命致しましたハナサキアオと申します。初めまして」



 拝命じゃなく脅し取ったの間違いだろ。



「はっ、私はイツト・ナナワツィンと申します」


「「「よろしくお願いします!!」」」



 重なる仲間達の声。そして美女だ美女だのそわそわした浮かれた声。

 気持ちはわかるが微動だにせず真顔で浮かれた声を出すのはやめろ。



「皆さん、確かに私は美女ですが、これは異世界聖女特典なので本来はもっとすっとした顔です」



 すっとした顔ってなんだよ。ほんとになんだよこの聖なる女。



「そして隊長となったからには皆さんを鍛え上げ私の専属騎士団としての人生を歩んでもらいます」


「――は?」



 まずい、心の声が。



「女優ライトがわかるあなたは面白そうなので私の護衛騎士兼相談役に」



 この聖なる女は頭がおかしいんだな。よくわかった。

 そしてこの女はよろしく、と言いながら俺のケツを引っ叩いた。はあ!?



「おっと失礼。ただの愛情表現ですので訴えないで」


「はっ」



 この聖なる女は俺の常識では測れない領域にいるのだろう。気にしたら負けだ。



「さて。皆さん本格的な訓練の前に準備運動を行います。両手を広げて周りの人と距離をとって――」



 早速俺達を鍛え始めるらしい。ちんたらしていないのは良い。



「はい、それじゃあ私が見本を見せますから皆さん見よう見まねでやってっみようっ!」



 なんだ? 急に聖なる女の様子がおかしい。いや、おかしいのは元々だが。



 すると、どこからともなく馴染みのない音が聞こえてきた。聖なる女の魔法か……?



「はい皆さん! この音に合わせてリズムにのっていきまっすよー!」



 そして聖女の背後から幾人もの人間が――違う、これは人の形をしているが人ではない。精霊だ。しかも高位精霊どころじゃないもっと上の存在だ。



 その精霊の内1人がいつの間にか俺の真横にいて俺の顔を覗き込んでいる。男でも女でも人間でもない存在が。



 手が震えている。俺の手が。いや、体全体がこの存在を拒絶している。こんな恐怖が存在するのか。





 《はじめは深呼吸から》



 気絶しそうになったその時、頭の中に声が響いたと思ったら精霊は俺のそばを離れて行った。



「……はぁ」



 座り込みそうになりながらもなんとか踏ん張り深呼吸を。水を浴びてえ。



「はあいっ! 深呼吸の次は右腕上げて脇腹伸ばすよー!」



 目を輝かせている聖なる女の声で先程の恐怖が徐々に薄まって行く。



 そして、恐怖の存在たちは聖なる女と同じように動いている。



「……なんだよそれ」



 あんなに震えていた俺が馬鹿みたいじゃねえか。



 聖なる女、おい、ケツを突き出して屈伸運動ってお前も突き出すのかよ。その服でケツを突き出すなよ。

 やめろ。お前聖なる女だろ。精霊にも同じ動きさせて平気なのか。



「イツト! さぼらない! 次は上段キック! クソ野郎をぶちのめす勢いで!!」


「……はは」



 そうか、聖なる女もクソ野郎って言うんだな。そうか。



「はっ!!」



 俺はこの日、人生で初めて心の底からの返事をした。










「――――最後だあっ! 次手を地面についたらそこから拳を振り上げ『タイガー!』って叫んで終わりっ!」



 タイガーってなんだよ。叫ぶけどな。



「いくぞっ! せーのー『タイガー!!』」


「タイガー!!」

「「「タイガー!!」」」



 こんな大声を出したのいつぶりだろうか。



 隊の仲間達も清々しい顔をしてお互いの健闘を称え合っている。汗にまみれていて少し近付きたくないがここは俺も称え合うべきだろう。汗まみれなのはお互い様だ。



「イツトお疲れ!」



 聖なる女にケツを叩かれそうになったのですいっとかわす。



「しまった。つい癖で」



 そんな癖があってたまるか。



「聖女様! 次は何を」



 仲間達がやる気だ。お前らそんなやる気が今までいったいどこに。



「実は私剣は教えられないんですよね。精霊術や魔法はなんとか感覚で教えられそうなそうでもないような」



 恐ろしいから俺は聖なる女にその辺りは学びたくない。感覚で教えてくる奴が1番性質が悪い。



 ではとりあえず精霊術からなんとなくやってみようよと何も考えてなさそうな聖なる女。その時、きらびやかな集団が目に入った。お偉方だ。



「アオ!」



 聖なる女の名前を呼ぶのはこの国の第2王子。



「呼び捨てすんなよ」



 ぼそっと聖なる女が呟いた。間違いなく舌打ちもしていた。



「これは……」



 第2王子は聖なる女の美貌に言葉を失っている。



「正確には違いますが、本来の姿だと宝物庫の呪具を身につけさせられ危ないだろうと教えてもらったので神の加護で身を守っていました」


「そ、そのような真似はしない!」



 するだろうな。



「でも冷たくあしらうような態度でしたけど? 召喚されわけもわからずあなた達の前に連れて行かれた時。された方は覚えてますし、周りにいた方々も見てますよ」


「それは……」



 周りにいるのは家を継げない高位貴族の坊ちゃん連中か?

 なるほど、聖女召喚で後継者争いが激化のわけはこういう事か。めんどくせーな。



「聖魔法の彼女と比べて明らかに劣った女が聖女でさぞかしがっかりした事でしょうねえ。こちらの方ががっかりですけど。でも表向きご機嫌をとってくれるので助かりました。たくさん学べてあなた達よりも強くなれましたし。この世界の誰よりも、かな?」



 聖なる女は聖とは程遠い表情で笑っている。神はこの女に加護を与えてよかったのか。今からでも取り上げるの遅くはないぞ。協力してもいい。



「別に魔王を倒すわけでも浄化の旅に出るわけでもなく、ただの権力争いに巻き込まれるって。私すごく可哀想じゃない?」



 自分で言うな。



「ね、イツト?」



 巻き込むな。



「ですので、私はこのトラ隊を聖女の専属部隊にして城でももらってそこで目立たぬようひっそり暮らします」



 さりげなくトラ隊が正式名称に。それに城って欲張り過ぎだろ。どこがひっそりだ。



「教会のおじいちゃんにはもう伝えてあるから後はおま、あなたのお父さんかな」



 お前呼びは王族に対してさすがにないだろ。もっと言え。

 それにしてもおじいちゃんって教会の教皇……なわけねえか。いくら聖なる女がおかしい奴だとしても。



「はいじゃあ話は終わり! 権力闘争が、ん、ば」



 うわうぜえ。



「よっし! みんな走り込み、いっくよお!!」



 うぜえ。聖なる女はうざくないと駄目なのか。



「「「はっ!」」」



 しかしすまんな、お偉方。世界最強の聖女様に俺達が逆らえるわけがねえんだ。



「待て!!」



 聖女を呼び止めようとした第2王子は何かにぶつかり吹っ飛んで行った。骨の2、3本折れてねえかな。もっと力込めとけよ聖なる女。










 ***




 それからの俺達は、まあおおよそ聖なる女の思い通りになったわけで。





 聖なる女がぶんどってきた――本人は譲り受けたと言い張る――城は、城は城でもいわくつきの城だった。

 まさかの高貴な身分のお偉方を幽閉、飼い殺し、人知れず始末する為の城だったのだ。



 そんなもんもらってくんなよ聖なる女。夜、隊の連中はびくびくしてながら寝てんだぞ。あの筋肉集団がだぞ。



 それに王城に近いので第2王子とその取り巻き達だけではなく、王太子までしつこく聖なる女のご機嫌取りに来るので非常に鬱陶しい。


 なんでも、聖魔法の元平民は聖魔法が使えなくなったらしい。



 俺は聖なる女が力を吸い取ったと信じている。それくらいの事は平気でしそうだ。聖なる女が言うには魅了魔法なるもので他者を貶め過ぎて“格”を落としたそうだが。


 王太子は王族特有の加護で魅了魔法には対抗できるはず、らしいが、すべて魅了魔法のせいにして混乱の責任逃れをしているらしい。がしかし、常識外れな聖なる女がこの間の夜会で大勢の前でその事実を暴露していたのでこの先どうなるかは不明だ。余程夜会中の『壁ドン』とやらが腹に据えかねたのだろう。



 同じ男として王太子の気持ちがわからない事もない。いつもすました顔のプライド高い婚約者。しかも数年前、突然王太子に冷たくなったらしい。


 プライドの高さは王妃の資質としては必要なのだろうが、好意を寄せてくる可愛い女――妹のそれには程遠い――それも自分の地位を盤石にしてくれる聖魔法持ちに男心をくすぐられ優しい言葉を掛けられたらそちらに気持ちが移ってしまうものだろう。多数の男の中から結局は自分が選ばれると分かっているならなおさら。


 問題は王太子が両方手に入れられる立場にいた事だ。俺達くらいの低位なら王太子のような言動は失うものが多過ぎてできやしないからな。

 王子2人と騒ぎの渦中にいるお坊ちゃん達は社交界でどう噂されているのか知っているのかもうそろそろ知るのか。それに誰か1人くらい国境沿いの寒村で暮らしている現平民に会いに行ってやれよ。



 婚約者様はもうすぐ()になりそうだ。隣国の第3王子が今こちらの魔法学園に留学しているのでそういう事だろう。婚約者様、判断は素早くな。





 しかし俺は聖なる女が聖魔法を吸い取ったと今でも固く信じている。






「おはー」


「おじいちゃんおはー」



 このとんでもなく手間がかかりそうな服を着ている老人が教皇なはずがないとこれも固く信じている。どうやったって洗濯できねえだろこの服。



「体操中だったか」


「おじいちゃん用の体操もあるけどやってみる?」



 やめろ。



「やるやる」


「お家でもできるように精霊さん指導で1人派遣する?」



 ほんとにやめろ。精霊をそうぽんぽん派遣するな。



「そうそう、アオが目をつけてた剣術の先生今度連れてくるね」


「わっありがとうおじいちゃん」



 俺にはどうしても連れてくるが『攫ってくる』と聞こえてしまう。あの騎士は丁寧に辞退していたはずだ。勘のいい人間なのは間違いない。


 俺は本当に聖なる女の望み通りに相談役という聖なる女のおかしな言動を受け止める任務を強制的に与えられているのでその場にいたのだ。



 聖女が言うには、俺には外見に影響を与えている術が光となって見えるらしいので色々と助かるらしい。そりゃ姿を変えて近付いてくる奴にろくな奴はいないだろう。


 しかしそんな術が使える人間が聖なる女以外にいるとは思えなかったが、『乙女遊戯の登場人物』が今後次々と登場してくるかもしれない、と少し真剣な、聖なる女には似合わない表情で伝えられたのでただ頷いた。



 今思えば王太子の婚約者もその類だったのかもしれない。そう思い聖なる女に尋ねた事があるが、あれは本人の意思ではないとよくわからない返答だった。そして、異分子は私、とどこか吹っ切れた笑顔でケツを引っ叩かれたので王太子の婚約者についてはもうどうでもよくなった。だから男のケツを叩くなと。








「さあおめえらっ、柔軟体操が終わったら今日も燃やすぜえ!」


「「「タイガー!!」」」


「己の筋肉を信じてやるぜえ!」


「「「タイガー!!」」」








 中位のクソに毎日罵られている俺達を気に掛け、助けに来てくれた聖なる女。



 セント・バーナードに似ているから俺は好ましいらしいが、いつかその男よりも好ましく思われてやる。絶対にだ。






 俺はこのおかしな聖女、ハナサキアオがいつまでもおかしなままである事を望み、命を懸けて護り通す。









「女もベッドから出てくてめえらのケツじっくり堪能してんだからなあ! 気合い入れてケツ鍛えてくぞ!!」









 男所帯に馴染み過ぎなのは望んでいない。








ケツ祭り

~完~

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[良い点] ワンちゃん卿に幸あれ。
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