13-04 アダルブレヒト子爵殺害事件・調査報告書(挿絵付き
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[アダルブレヒト子爵殺害事件・調査中間報告書]
・はじめに
これは軍および大公家調査官による当事件の共通見解である。
いまだ事件の核心へとたどり着けぬことを謝罪すると共に、一日でも早い解決を急ぐ次第。
・事件の顛末
当主フォン・アダルブレヒトの死因は短剣による刺殺。正面から心臓を一突きされ、即死したものと思われる。
事件現場は屋敷の書斎。
発見者はジルバという若いメイド。
使用人のゼフ氏に命じられ、差し入れの茶を届けに書斎を訪れたところ、異変に気づきフォン子爵の死体を発見した。
凶器は見つかっていない。
普段はガーロゥという子爵家の軍人が護衛についているが、その主人の命を受けて別任務を行っていた。
任地は丘を降りてすぐの街。当時フォン子爵を守る護衛は一人もいなかったことが判明している。
事件発生時刻は昼食を終えての昼過ぎ。
屋敷周囲の警備は万全で、外部からの進入痕跡は確認出来ない。これはしらみつぶしの調査を行った上の事実である。
書斎には鍵がかけられていた。
屋敷の住民によると、主人のフォン子爵は閉じこもって何かの作業をしていた模様。
しかしメイドのジルバが訪れた時点では、書斎の施錠が解かれわずかに開かれていた。
・容疑者について
その日、フォン子爵の親族および容疑者はそろって在宅。
領地の運営方針と相続について、昼食会の場にて議論したすぐ後に事件が起こった。
相続については長男を廃嫡することが決まったと、会議の参加者にあたる次男、長女、長女婿が答えている。
・長男デルムッド氏について
長男への面会は大公の名代をもっても拒否されている。
子爵領での治外法権を持ちだし、再三の要求もむなしく彼らは応じる気が全くといって無いと思われる。
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先任調査官らより報告書を受け取ってあえて自室に引きこもりました。
彼らが内通してる可能性だってありますから、心証悪いですけどそこはしょうがないです。
で、この報告書をここまで読み進めてみたわけです。
ちなみに廃嫡っていうのは、第一継承者から相続権を奪うという意味だったはず。
……言葉って難しいね。
「兄様、早くページをめくって下さい」
「いやあのね……? 暑ぅぃ……」
……なんか妙に暑苦しいのを我慢しながら。
いやね、ベッド脇に座ったんですよ俺。
そしたら隣にアクアトゥスさんが寄り添って来ましたわけです。
こっちが報告書に意識を奪われてる間に、ジリジリと二人の距離が詰めてられて……。
暑い……アクアトゥスさん臭が広がって鼻が甘ったるぅぃ……。
「わかりました、アトゥがフゥフゥしてあげます」
「あっあぁっ?! って変な声出たしっ、どこに息を吹きかけてるしっっ!」
「うふふっ、兄様の耳の穴です♪」
「ははは……ああそう……。本題の方も忘れないでねアクアトゥスさん……」
もう逃げ場はありません。
枕元のすぐそこが壁でしたし、お大臣待遇の調査官は、すし詰め状態で残りの報告書を読む羽目になったのでありました。
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・容疑者について
[長男 デルムッド]
兄弟たちの証言が真実ならば、彼はちょうど廃嫡されるところだった。
動機としては十分。父へと報復をすると同時に、正式な廃嫡手続きが終わる前に継承を行おうとした疑惑がある。
[次男 ヴェラール]
兄をしきりに悪く言う言動が目立つ。
その兄デルムッド氏の失脚を画策したのではないかとの疑惑が立っている。
彼の失脚により第一継承権を得るのは彼ヴェラ―ルだからだ。
鉱山の一つを父フォン氏より任されていたが、それについて父とのいさかいがあったと使用人の一人が証言している。
他兄弟より若く母は連邦国貴族出身とのこと。
[長女 アルデレーテ]
兄弟では最年長者にあたる。
熱心な宗教家であるようで慈善に立った言動が目立つ。
次男同様に父フォン氏の苛烈な鉱山運営に抗議していたと、このアルデレーテ女史本人が証言している。
また自分の夫を世継ぎにすべきと、しきりに父親へ提言していた。
これは屋敷の住民多数が証人となっているので間違いない。
[長女の夫 デルマリウス]
長女の夫としてアダルブレヒト家に婿入りした人間。
まだ若く長女との歳の差は6つ下。
その出自は大公家の傍流で、彼の地位と判断が捜査の妨害になってしまっている。
現アダルブレヒト家は、自治権と大公家傍流の権威をもって長男デルムッド氏との面会を拒んでいるのだ。
[使用人 ゼフ老]
長く家に尽くす使用人、当主フォン氏とは幼少からの付き合いとのこと。
事情に詳しいはずだが堅物で難儀している。
[メイド ジルバ]
第一発見者にあたる。
ゼフ老の孫娘で、代々この家に尽くす家系。
彼女についても調査したが当主フォン氏を恨んでいるわけでもなく、誰かから暗殺を請け負ったとおぼしき証拠も発見出来ない。
[子爵家大佐 ガーロゥ]
アダルブレヒト家の私兵を束ねる男。
数年前に代替わりして宮仕えとなった。
相手によって態度を変える男で、それを当主にも疎まれ今の地位からの降格が決まっていた。
フォン氏を裏切るだけの要素こそあるが、どう関与したのかも証拠が無い。
だが彼の外出でフォン氏が殺害されたのはまぎれもない事実。
・以上調査報告書のまとめ、要点
書斎の鍵さえあれば誰であっても犯行が可能である。
書斎の机は入り口に向けて設置されており、正面から鍵を開けて入れば当然当主が気づく。
やすやすと刺されるはずもなく、顔見知りによる犯行であることの証拠である。
この鍵さえあれば当主を殺害した後に、なに食わぬ顔で生活に戻ることが出来る。
スペアキーの管理は使用人ゼフ老の仕事だが、鍵を持ち歩いているので複製でもしない限り開錠は困難である。
以上から我々調査官二名は、身内の犯行であることをここに報告する。
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最後に調査官らの連名と印が押されて報告書は終わっていました。
いろいろ言いたいことがいっぱい浮かんできますけど、これだけじゃ何とも言えません。
「どうされますか兄様」
「うーん……どうするもこうするもね……どうしようか」
思ったよりもややっこしいことになってます。
これじゃ推理で即解決とはとてもいきません。
まあ解決しないからこそ自分たちがここに送られ、こんな答えの出ない調査報告書が仕上がったのですが。
「アトゥがお手伝いしますから何でもおっしゃって下さい。どうすればいいですか」
「じゃ、この容疑者7名――もとい長男のぞく6名から直接事情を聞いてみようか。目的は……うん、人物像の把握と、揺さぶりだね」
ロドニーさんがなぜ俺を選んだのか本格的に判ってきました。
こりゃ無理ですね、事実関係をこうやって書類に整えたところで闇が浮き彫りになるばかり。
彼が言うようにイレギュラーな考え方でいかなければ、とてもじゃないけど真実にたどり着けやしないでしょう。
「わかりました兄様。なら先ほどのゼフさんを呼びましょう」
「あ、うん、お願い」
そういえばそうでした、アクアトゥスさんって元々は貴族科にいたんですよね。
慣れたようにベルを手に取り、チリンチリンと騒がしくならない絶妙の音量でそれを鳴らしてくれます。
「兄様……そんなに見つめられると面はゆいです……」
「正直ありがたいよ、こういう貴族の世界って重苦しいね。でもアクアトゥスさんがいるおかげでいつもの平常心が保てるみたいだ」
思えばすっかり彼女とも馴染みすぎて忘れてました。
……アクアトゥスさんって何者なんでしょうか。
西の連合国の一つから来たとか聞いた気もしますけど……。まあいいや。
知ったところで何が変わるわけでもないです。
下手な質問をして今のバランスを壊すのもいただけません。
あれ……なんだかそのアクアトゥスさんの様子がだんだん悲しげになっていくような……。
「兄様……記憶はまだ戻られませんか……。兄様だって昔は……それなりの家の……嫡男、だったんですよ……」
「へーー……あれ今、嫡男って言った?」
さらっととんでもないことを聞いてしまったような。
そりゃアクアトゥスさんの兄なのならば、それより高い継承権を持っていてもおかしくないのですけど。
いやいやいや、聞き違いだしきっと。
「…………いえ、嘘です、忘れて下さい兄様。兄様が兄様の力で思い出さなければ……意味がないですから……」
それっきりアクアトゥスさんは後ろを向いてしまいました。
ゼフ老が部屋を訪れるまでずっと。
それまでの間、俺の悪魔的と名指しされる性質は、してはいけないある推測に至ってしまいました。
妹を自称する彼女は、俺に対して何か気負いしている部分があります。
それはこの屋敷の状況と重ねて見てしまうものらしく、だからときどき卑屈な目でこの兄を見るのでした。
昔何かがあったんでしょう。
家の継承に関する何かが起こり、その結果俺は記憶を消され、あの父の息子として再出発することになった。
……あ、これ推測じゃなくて妄想って呼んだ方が近いや。
でもこういうのって妄想に留めておくのが一番平和だよね。




