13-03 子爵領ノースパーク
我らが公都は国の南部にあります。
なので公都周辺に住む冒険者はあまり北部の迷宮にはおもむきません。
迷宮の入場制限によりヘルパーとして出張することがあるくらいで、北は北の住民に任せる慣習になっています。
これは文化や経済においても同じことで、まあその……ざっくり言ってしまえば都会と田舎の関係です。
その田舎を支配する領主の一つが例のアダルブレヒト子爵家。
あ~なんか微妙に噛みそうなフレーズです。
日本の比率で言えば新潟くらいの地方都市に、俺とアクアトゥスさんは初めての出張をすることになりました。
その出発は出来る限り急いでほしいとの要望でした。
なのでその日のうちに準備を整え、ちょっとアインスさんが心配なのでご近所のダリルにお泊まりをお願いしました。
そうして夕方には軍からの手配も整いましたので、豪華で快適な馬車に揺られ公都を出立したわけです。
いやぁ……これが思ったより悪かない。
権力とか地位とかうんざりしますけど、でもたまになら楽しいですし良い気分です。
護衛の兵隊さんたちは俺のことを様付けで呼びますし、クッションのやわらかさも夕食も馬車旅とは思えないお大臣待遇でした。
「兄様は状況を楽しむのが上手ですね。どこからどう見てもアトゥには全力の旅行気分に見えます」
「うん、だって北には何だかんだ行ったことなかったし、こっちはこっちで緑が多くて面白いよ」
あるのは畑に森、野原に丘。交易商目当ての宿場町や飲食店、直売所。
あと売春宿みたいな目に付く場所もありました。
「はい、兄様と一緒に旅行するのが幼いアトゥの夢でした。今アトゥはその喜びをひしひしと噛み締めていますっ! これはさながらっ、新婚旅行の予行演習でしょうかっ! ああ……ランプの明かりは消して下さい兄様……恥ずかしい……」
「まだ昼前だから鼻の穴の中までバッチリ丸見えだよ。あ、そろそろ着くかな~」
旅の半分は揺られながら寝てました。
アクアトゥスさんとの雑談やカードゲームにも飽きてきましたし、到着が待ち遠しいです。
なので御者の兵隊さんに声をかけて、名物話やらもろもろをフレンドリーに聞き出して残りの暇を潰したのでした。
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さほど多くを聞き出せないうちに、ようやくの長旅が終わりを告げることになりました。
馬車が外門をくぐり、アダルブレヒト子爵家の敷地に入り込みます。
館は緑豊かな高台にポツンと立っており、その豪華絢爛な威風を下々の者に誇示していたのでした。
一方高台から見下ろす町並みは、公都ほど華やかではないですけどずっと広々としています。
そのほぼ全てが木造建築物で、郊外の方角に目を向ければ小麦畑と牧草地が広がってまあ牧歌的なこと。
なんか田舎というか、すごく正統派ファンタジーっぽい印象を覚えました。
「兄様、くれぐれも失礼のないようにして下さい。アトゥはそこだけが気がかりです」
「またまた~、どうして信用ないかなぁ……」
「兄様の性質の問題です。兄様は小器用ですが行動と発想が無とん着過ぎるのです」
「なるほど。あー足下気をつけてね、ちょっとフラフラするから」
馬車を降りて、そんなお節介なアクアトゥスさんの手を引きます。
それから二人してこれよりご厄介になる屋敷を見上げました。
「うん、赤いな」
「はい、兄様が赤といえばアトゥは赤と答えます。ええ普通に赤いですね」
その赤レンガの洋館のでかいことでかいこと。
これ全部庭? 庭師二桁いるんじゃね? てな感想を覚えるほどのダイナミックで優美な世界がそこにありました。
「ようこそおいで下さいました」
ぼけーーーっと眺めていたら、その館の大げさな玄関が開き白髪の老人が現れます。
お辞儀をして、丁重な足取りで俺たちの目の前までやって来ると、またお辞儀をして歓迎の言葉を告げるのでした。
「私はこの屋敷の執事長を任されるゼフと申します。はるばる都よりおいで下さりさぞやお疲れでありましょう。さあこちらにどうぞ……休憩が済まれましたら、当家の次男ヴェラール様がぜひお会いしたいと申しております」
「そりゃ話が早い、休憩は要らないからすぐに案内してくれ」
ゼフ老は心なしか俺たちを歓迎してはいませんでした。
いやでもさすがプロ。それ以上は感情を読みとれません。
その老執事の誘導で赤い館に招かれて、俺たちはまた大げさな書斎へと案内されることになりました。
無骨な書斎机には20代にも満たない若い男が腰掛け、来客を品の良い笑顔で歓迎してくれています。
「ようこそアダルブレヒト家へ。私は次男のヴェラール、今は臨時ながら当家を管理統括している。事件の調査に更なる力を入れてくれるそうで、大公閣下には感謝に堪えないとお伝え下さい」
あ、正直に言っちゃいます。
上辺のやりとりめんどくさ……。
でもアクアトゥスさんに釘を刺されたばっかりだし、真面目に猫をかぶるしかありません。
「大公の名代として調査に参りましたアレクサントです。こちらがその証にあたります。そのお言葉も承りました、必ず大公にお伝えいたしましょう」
調査は楽しそうですけどこういうのやなんですよね。
でも堅物だと思い込ませておいた方が裏をかきやすいです、偽装を続けましょう。
「確かに本物の大公の直筆と紋章印と見受ける。疑うまでもない正式なものです。この書面通り、我々は最大限の調査協力をいたしましょう」
「ありがとうございます、ヴェラール様」
「なに、子爵といえど大公の臣民。当然のことですよ」
次男ヴェラールはキザな作り笑いを見せました。
特に欠点のない容姿にブロンドの髪、若さもあって女性受けしそうな貴公子様です。
ま……こんなのは貴族科じゃそんな珍しいものでもありませんでしたし、この腹の底がどうなってるかは知れたもんじゃないですが。
「まさか父があの兄に殺されるだなんて……今でも信じられません……。私は兄が犯人だとは信じたくないのです……。ぜひ真実を明るみにして下さい、調査官アレクサント殿」
「ええ、もちろんそれはお仕事ですから。……じゃなくて。大公家の名代として最大限のご助力をしてみせましょう」
あっはっはっ、アクアトゥスさんにこづかれちゃった。なんか新鮮な感覚。
うーんやっぱこういうの苦手、上手く猫かぶり続けないとなぁ……。
よしボロが出る前に行動しよう。
「後々ヴェラール様からもお話を聞くとして、まずは先任の調査官から報告を受けたいところです。所在をうかがってもよろしいでしょうか」
「もちろん。ゼフ、彼らを案内しろ」
執事のゼフ老は静かに端っこで待機していました。
次男ヴェラールさんの前までやって来て丁重なお辞儀をして、それからこちらに振り返り同じことを繰り返します。
「……こちらですアレクサント様」
それから書斎の扉を開き、すぐには外に出ず客人を優先してその手を差し出すのでした。
わーーーこれまたいちいちめんどくさい世界です。
「それではまた後ほど。ヴェラール様、後でお時間をいただきます」
「ええまた後ほど。私を含む容疑者は一応屋敷に集めておきましたから、ご存分に調査なされて下さい。事件の進展を祈っております」
そりゃ助かる。
逆に解釈すればその妙な自信とか余裕が胡散臭いけれど。
俺たちはゼフ老に導かれて、三階の豪華客室にて先任調査官との合流を果たすのでした。
さ、ここからが本番です。
楽しい楽しい探偵ごっこといきましょう。




