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13-02 アダルブレヒト家当主殺害事件

 お嬢は今出払っています。

 最近叔父のカーネリアン商会に大仕事が入ったそうなので、それに狩り出されることになったそうです。


 要するにアストラコンさんとの仲直りが進んでいるってことでしょう。

 うちのアトリエの営業ばかりさせるのも商才のムダづかいですし、だからかえって安心する話です。


 またアクアトゥスさんの連れのウルカですが、これも忙しいらしく授業が終わるとすぐに姿を消してしまうとか。

 あのウルカですから、なにがどう忙しいのかは詮索するなんてやぶ蛇でしょう。

 アクアトゥスさんは賢い人なので、その辺りはあえて聞いていないそうでした。


 はい。そんな唐突極まりない近況報告と前置きでした。

 それより肝心の、ロドニーさんの話に耳を傾けることにいたしましょう。



 ・



 ロドニーさんが茶をすすり、湯気に曇った眼鏡で俺を見つめます。

 もう暖かいんですけど意地でもホットを選ぶその精神が、まごうことなくロドニーさんを本人たらしめています。


 そうして眼鏡の曇りが晴れ、静かな瞳がその先に現れると、俺たちは彼の話に没頭することになりました。


「せっかくだ、良ければアクアトゥスくんも協力してほしい。実は困った事件が起きてね、遠回しだがまずはその話をさせてほしい」


 ロドニーさんを正面に、俺たちは彼と向かい合うようにテーブルについていました。

 茶はその客人に合わせてこちらもホットを選び、つまりまだ一口も手を付けていないです。


「とある貴族邸宅で当主が殺害された」


 その重々しい一言で、被害者のおおよその地位が予想できました。

 通常の案件ならばわざわざ俺の元に来るわけがなく、ロドニーさんの気がかりそうな顔もそうだったのです。


「その貴族は我らが主君、大公家の代理として北西部鉱山のいくつかを管理する――まあいわば大貴族だ。5本の指とまでは言わないが、両方の指で数えきれるほどの有力者と説明しよう」


 ロドニーさんに向けてうなづきます。

 不謹慎で悪いけど少し面白くなってきました。

 つまり国の大物が誰かに殺害されたのです、そりゃマジな顔にもなるというものです。


「その有力者が他殺。しかもその世継ぎにあたる長男デルムッド氏が、容疑者として身内の拘束を受けている」

「世継ぎが……容疑者ですか……」


 チラリとアクアトゥスさんがこちらを見ました。

 うん、そうだね。寝転がっていても継承権が転がってくるのに、長男が親を殺すとかおかしいね。


 ……いや、彼女の様子はそういう意味じゃないみたいでした。

 なんだか申し訳なさそう……。ま、この事件には関係のないことですし微笑んで流しちゃいましょう。


「これは公国貴族社会の秩序によろしくない。いや非常にまずい部類だ、軍上層部と大公閣下は事態を憂慮されている。……最悪お家騒動が始まり、その領内で紛争が起きかねない状況だ」


 なるほどなるほど確かにまずい。

 アカシャの家入学時にみっちり歴史を勉強しました。

 それをこの状況に重ね合わせれば、地方の騒動が国を巻き込んだ内戦に拡大するパターンとも言えなくもありません。


 だってほら、当主が殺害された上に長男が容疑者になってるわけですから。

 残りの親族も第二継承者による陰謀だと深読みするでしょう。俺から見ても臭いくらいです。


 逆に第二継承権を持つ者からすれば、この状況を自らをおとしめる策略と考えるでしょう。

 そこに真相と証拠が提示されない限り、親族同士が疑心暗鬼をいつまでも続けていきます。


 するとここで子爵家の持つ軍事力が裏目に出てしまうのです。

 跡継ぎになるためにその軍事力を味方につけようと画策したり、不利となった方は外部勢力と結ぶことになります。

 その外部勢力が傭兵団など後腐れのない連中なら良いのですが、どこぞの別貴族が参戦したりすれば、こりゃどんどん話がこじれていくわけです。


 世継ぎというちっぽけな座のために、両陣営がさらなる援軍を呼び合って、そうして雪だるま式に対立構図が肥大化してしまう。

 それはやがて国中を巻き込んだ内戦と化すことでしょう。


 あくまで最悪にこじれた場合の話ですが。


「そこで大公家と軍が調査官を派遣したのだが、どちらの調査もかんばしくない。このままでは犯人を見つけ出す前に、最悪兄弟同士が戦争に近いことを始めてしまうだろう。そうなれば鉱山よりの産出は途絶え、公国経済が混乱し、その混乱が国外経済にまで波及して外交問題となる。ここは東西流通の要であると同時に大国の緩衝地帯でもある、状況は速やかに我が国の力だけで解決しなければならない」


 あ、ざっくり言いますと、どうも解決困難。

 でも解決しないとお家騒動、長引けば東西の大国がじれて軍事介入してるかもー。

 って感じです。


「だから状況を打開するためにもキミの力を借りたい。今回は錬金術師アレクサントとしてではなく、アレクサント調査官代理の……その悪魔的な頭脳を頼りたいんだ」


 で、これを俺に解決しろと。

 ……メチャクチャ専門外じゃないですかロドニーさん。

 俺をなんでも屋か何かと勘違いしてないです?


「……以上だ。何か質問はあるかい?」


 あるに決まってます。

 やっと朗らかに戻った青年将校に質問を投げかけます。

 しょうがないからまだ熱い茶をすすってから。


「そういうのは大公家と軍の……もちょっと強引な感じの力で何とかならないんですかね」

「そうだね……。不敬になってしまうが、実のところ大公家にその力はない。君主が強引にお家騒動に介入したとあっては、大商人らは納得するだろうが貴族諸侯の強い反発を招く。少なくとも軍が介入するだけの証拠が必要だよ」


 そうなんだろうなとは思ってました。

 本職からその話を聞けただけでも状況認識は成功です。


 ここポロン公国は貴族と大商人、大公による君主共和制。

 そうなると完全な法治主義というわけでもなく、大貴族の領にはそこの法律があったりして騒動が起こるとめんどくさいのです。


「ロドニー様……ならば……なぜ兄に依頼するのでしょうか……。私が言うのも……まことに残念な話ですが……。兄に貴人の相手をさせるのは不安でしかありません」

「え、そこ? 俺ってそういうイメージだった? 大丈夫! 猫かぶりは得意だよ」

「ふむ……」


 いやいやロドニーさん、そんな一理あるみたいに思慮しないでよ。

 口車が通用するなら大貴族だろうがドラゴンだろうが、上手いことやってみせます。

 あたた……っ! こらレウラっ、うっとーしぃからアインスさんところ戻ってっ、肩に乗るなよ重いってっっ!


「モテるねアレックスくん。竜をもたらし(・・・)込む魔性の錬金術師といったところか」

「はい……兄様は本当に見境無しですから……」

「チミら人を変態みたいに言わないでくれますかねー。ほらレウラ~、お前は店を手伝ってこい。……アインスさんも喜ぶから」


 大事な話なのにこうやってすぐ脱線するのが俺たちの悪いところです。

 レウラはちゃんと言葉がわかるやつですから、俺のオーダーを快諾してくれて店の方に飛んでいってくれるのでした。


 よし、押し付け成功。


「で。……なんでしたっけロドニーさん」

「うん、つまり強引な方法では無理だって話だよ。調査官たちは犯人の糸口もつかめていない。これを放置すれば諸侯の足並みが乱れ、それが最悪予測もつかない結果を呼ぶ可能性がある。僕らが考える以上に重大な案件だと思ってくれ」


「ああそうそう、そんな話でした。つまり国が対処できないとわかれば、各地の貴族領で同じような簒奪さんだつが起きてしまうってことですね」


 事情はわかりました。

 その苦境を打開するのが俺なんですね。

 わかりません、事情はわかりましたけどその判断がわかりません。


「ほら、通常の人材で対処出来ないのだから、常識はずれ(イレギュラー)を地で行くアレックスくんに任せてみるのも方策だとは思わないかい?」

「いえ、ロドニーさんには悪いですけど全然思いません。人選絶対間違ってますよ」


 そりゃ興味が無いのかと問われれば、そりゃ……面白そうです。

 錬金、冒険、たまの教師活動、実験のループでしたから。

 新しいこのパターンに新鮮味こそ覚えます。


「どうしましょうか兄様……」

「キミが受けてくれないと解決しないんだ。混乱が経済の停滞を呼び、素材価格を上げて、さらなる面倒ごとを増やすよ。その対処をまたキミに依頼することになるだろうね僕は」


 なんですかその俺が協力すること前提の論法は……。

 まあ……彼からの依頼を俺が断れるはずもないんですが。

 ロドニー・グリフの人柄は知ってます。餌付けの恩も。金払いの良さも。ならしょうがない。


「つまりこれって探偵ごっこってやつですね」


 面白そうだしダメだったらごめんなさいってことで、お手伝いしてみることにしましょう。


「はっはっはっ、うん確かにそうなるね。ごっこじゃなくて正真正銘の探偵業務なんだけど……。キミからすれば似たようなものか。それじゃアレックスくん、頼んでもいいかい?」

「ええ、保証は出来ませんけどやれるだけやってみます。ダメだったら現場の調査官に任せちゃいますけどね」

「ならアトゥもお供しますっ! 兄様の……妹助手として!」


「ナニソレ。なんか中途半端だし妹の座はロドニーさんにあげちゃおうか」

「だ、ダメですっ!!」

「ふふふ……なら、アレックス兄さん。とでも呼べばいいのかい?」


 またまたロドニーさん、そういう悪乗りは感心しませんね。

 アクアトゥスさんが本気にしますし、これで根に持ちますよ彼女は。


「兄様は私だけのものですっ!」

「じゃまあ、一応やってみるってことで」


 別の事情に目を向ければ、レウラも続けて進化させるわけにいきません。

 連れて歩くにもしばらくこの新しい身体に慣らす必要があるでしょう。


「ありがとう、それで構わないよ。キミならきっと解決出来る」

「もちろん報酬の方もたっぷりいただけるんですよね」


 そこの確認を怠ってはいけません。

 モチベに一番繋がる部分ですから、ちゃんといい仕事したいじゃないですか。

 レウラの進化でまたがっつりzが飛びそうですし。


「ああ、成功すれば大公閣下は爵位だって授与してくれるよ。期待して良い」

「え、そういうのはいらないや。ロドニーさんが代わりに貰って。もっと出世してくれたら俺も嬉しいし」


 だって爵位とか貰っても研究費に繋がりませんし、なら要らないです。


「ふふふ……わかっているよアレックスくん……。キミは昔からそうやって面倒ごとを遠ざけるのが上手かった。貴族の責任、義務、それはキミからすれば価値がないのだね」

「さすがロドニー様……兄のことを……よくわかっていらっしゃいます……。兄はそういう人間です……目的のためなら興味の無いものを平気で捨てる……。それがこの兄の危うい部分です……」


 付き合い長いのも困ったものです。

 全部とは言えませんけど見破られてます。

 まあいいです。準備が整い次第、その貴族領に向かって探偵ごっこの始まりといきましょう。


 ま、何とかなります。

 探偵小説が山ほどあふれている世界ならまだしも、ここはそうではない冒険と迷宮の不思議の大地。

 トリックがあったところで安っぽいものに決まっています。


「ちなみに……任地の方は……どちらになるのでしょうか……」

「ああすまない、結局ぼかしたままだったね。今回キミたちに目指してもらう場所……それは」


 ぬるくなった茶の残りを飲み干し、ロドニーさんは眼鏡を外してそれを拭いました。

 その素顔が俺たちを交互に見つめて、それから穏やかな微笑みが浮かびます。


「公都北西奥深く、緑豊かな山間の地。アダルブレヒト子爵領だよ」


 うん。眼鏡を外すとフェロモン的な何かが過剰増幅されて……ん~~……なんだろう……。

 そう。この若さで嫁さんと娘持っていることに、あらためて妙な納得がいったのでした。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] コミック版を読んで『貴族』が『帰属』と誤植されていたので小説版を読みにきました。 編集者は校閲はされたのでしょうか?
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