13-01 レウラ、釜に入れられてゆでられる
前章のあらすじ
ある祝日の平穏な一日。
店番アレクサントの前に珍品を求める商人アルゴルド氏が現れる。
そこで錬金術の失敗品を紹介してみると、彼は大喜びで全てを買い取ってくれるのだった。
それから時刻が流れて夕方過ぎ。
アトリエにエルフの幼い少女が来訪する。
聞けばグリムニールと名乗る彼女は錬金術士だという。
グリムニールはアレクサントに進化の秘石を授け、親切にもホムンクルスの成長方法を教えてくれた。
連日腐っていたアレクサントがやっとやる気を取り戻し、いつかグリムニールを飛竜に乗せてみせると誓うのだった。
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調査官アレクサントの事件簿 アダルブレヒト家当主殺害事件
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こう言ってはなんですが、主人は知る人からすればことのほか便利な存在でもありました。
マジシャンとしての腕も十二分に立ち、錬金術師としても不可能を可能にしてしまう万能感があり、何を頼んでも小器用にこなしてしまうのでございます。
ただし難があるとすればそのガメつさですが……。
それもまた、代価さえ出せればかえって扱いやすい性質とも言えましょう。
まあそんなお人でございます。
ですから彼の元にやってくる頼みごとというものは、必ずしも冒険や錬金の仕事ばかりではございませんでした。
それでは皆様、このたびは平素とはまた異なる毛色の物語にございます。
さあ、調査官アレクサントの事件簿の、はじまり、はじまりにございます。
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13-01 レウラ、釜に入れられてゆでられる
錬金釜というプールの中で、レウラが顔だけ浮かべてくつろいでいました。
これから自分が俺好みに調理されるとも知らずに、やれやれのんきな竜様もいたものです。
……嫌だと暴れられても困りますけど。
「兄様っ、基礎素材は入れ終わりました! ああっお誘いいただき感謝しています! これから兄様のツチノコが雄々しく成長してこの世に真の姿を爆誕させるんですねっ、楽しみで楽しみでアトゥはもう意識が飛んでしまいそうですっ!」
「はいはい大げさ大げさ、倒れるどころか足下メッチャしっかりしてるし、その場でスクワット始めてくれてもいいよ、片足で」
以前の失敗を反省して今回はアクアトゥスさんを呼びました。
彼女に謎の幼女グリムニールさんから幼体の成長方法と、進化の秘石を貰ったと説明すると柄にもなく驚いていた気もしますが……。
少なくともこの通り、実験にはこの上なく乗り気でした。
「はいっ、兄様がそう言われるならっ! ……うっ、こ、これは……ぅぅぅぅ……。む、無理です、兄様……」
「ホントにしなくていいから。つかパンツ見えたし」
「ハッ?! もう兄様ってば策士ですっ!! アトゥは……アトゥは……見られたくらいじゃ何ともありませんっ大丈夫ですっ! あ……む、むしろその……見……ますか……?」
……はい無視無視。
俺たちのそんなしょうもないやり取りを、レウラは上機嫌で風呂の中から見上げているのでした。
せっかくおとなしくしてくれてるんです、作業を急ぎましょう。
「で、話進めるね。今回はギルドで素材を調達しました。はいコレ、ワイバーン素材。骨に牙、肉、そして竜眼。前回の失敗はリザードマン素材を使い過ぎた点にもある、そういう推測でチョイスしちゃったわけです」
これらの購入額がしめて10万z。
……嘘です、実は細かいの入れると12万zいっちゃいました。
先日の臨時収入が全部飛んだ上に2万の赤字です。
ギルドの受付さんが金づかいにどん引きしてた気もしますが、大丈夫です問題ありません。
「はいっ、これならばどう間違えようとも飛竜の形を取るでしょうっ。さすがアトゥの兄様です、これだけの材料をよく手配されたものだと震えがきます。絶対に失敗は許されません」
「緊張しても何が変わるわけでもないよ。さ、どんどん入れちゃおう」
「ああっ兄様、高額素材をそんな唐揚げ作るみたいに……ああっそんなっ、全部……入ってしまいました……」
アクアトゥスさんと一緒に釜を混ぜます。
混ぜるっていうか、レウラのために湯もみしてるような光景ですけど。
「キュルル……♪」
すぐに希少な竜素材たちがとけ込んで、レウラはこりゃたまらんと機嫌の良い時の鳴き声を上げられるのでした。
「後はこれね、はい即投入」
「あっ兄様っ、そういうのはもっともったいぶって……ああっ!」
次に生命の秘薬を投入しました。
たちまちこの前みたいに釜の輝きが強くなって、透明色だったレウラ風呂を赤紫色に変えます。
さらにグリムニールさんから貰った進化の秘石を一つだけ取り出して、ポチャンと釜の中に落としちゃいました。
「もう兄様っ、またそうやってっ……。それにそれって、もしかして例の……」
「うん、進化の秘石。お、来たよ来たよっ、アクアトゥスさん仕上げ!」
「は、はいっ! 兄と妹の愛の結晶を今ここにっ!」
レウラが生まれたときのように、真っ白な光がピカーンとアトリエの中に飽和しました。
暴風と呼べるものはなく、そよ風のように微弱なものが釜より吹き出たかと思えば光が収まっていきました。
「キュル、キュルル……クルルルル……♪」
すると聞こえてきたのは鳥のさえずりみたいなかわいい鳴き声。
それに一抹の不安を覚えましたが、杞憂でした。
「兄様ッッ! すごいです兄様っ! ああっついにっ、ついに兄様の悲願がここにっ!!」
「竜だね……。今度こそどっからどう見ても、ついに竜」
俺たちの目の前に、白き翼を持った飛竜が滞空していました。
ただしそのサイズはまだまだ幼体らしく、中型犬とどっこいどっこいくらいの大きさしかありません。
けれどこれぞワイバーン、ワイバーンの子供らしいミニチュアサイズで大変興奮を誘う外見をしていました。
「キュェェェ……ッ♪」
「……こう言ってはなんですが、かわいくなりましたねっレウラっ」
「ああ、美人になったな。つか雄か雌か謎だけど」
ツチノコ時代と比較すれば歴然の美しさでした。
金色の竜眼と濁り無き白鱗、大きなその翼が風を呼び、けれどその肢体はまだまだひなの特徴を残していました。
つまりちょっと丸いです。
「大成功だ、確かに飛翔している。俺たちを乗せて飛ぶにはどう考えても小さいが……いや、しかし確かに飛竜の子、あとはさらに成長させるだけだな」
「はいっ、兄様は天才です! まさか本当に空飛ぶ竜を生んでしまうだなんて! この調子ならアトゥに我が子を産ませるのも時間の問題ですねっ、ぽっ……♪」
「や、それけっこー無理矢理臭くない……? それ言いたいだけでしょアクアトゥスさん……」
飛翔の要領を得たのか、レウラはパタパタと室内を飛び回りました。
自由の翼がよっぽど気持ち良いらしく、嬉しそうにキュルキュル鳴いて俺たちに飛翔能力を見せつけます。
「キュキュッ……♪」
「ちょっレウッ、うぉぉぉっ?!」
かと思えば感謝の気持ちなのか愛情なのか、主人に滑空式体当たりをぶつけてくるのでした。
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「ご主人様、ロドニー様を、お連れ、しました。あ、それは……」
そのタイミングで来客がありました。
店側からアインスさんがロドニーさんを連れて現れて、目前の光景にビックリと元よりうつろな瞳を広げます。
「…………つくづくキミには驚かされるよ。その小さな竜はアレックスくんの子かい?」
「そうなの、ですか?」
子とかちょっと語弊があるような、でも正しい表現とも言えます。
ロドニーさんは驚きに絶句していました。
ですがレウラに頭部を擦り付けられまくる俺を見つめて、何だか既婚者らしいシャレた皮肉を言うのでした。
「レウラです……錬金術の力で……飛竜の姿へと……進化させました……」
レウラはアインスさんの姿を見つけると、今度はそっちに飛んでいきました。
あの誕生の晩に立ち会ってくれた彼女ですから、レウラからすれば親その2といったところなんでしょう。
ちょっと反応鈍めのアインスさんにも、スリスリと竜の頭を擦り付けるのでした。
「レウラ。大きく、なりましたね。少し、感動です」
それがあの白ツチノコであることがハッキリわかると、アインスさんはレウラの頭を撫でて微笑みます。
うん、なんか良いコンビな気がします。
同じようにドロポンを成長させれば、これも良い留守番になるのかもしれません。
進化の秘石が明らかに足りませんが……。
「フフフ……微笑ましいね」
ロドニーさんも似たような印象を覚えてくれて、やさしげに眼鏡の向こうを微笑ませていました。
「ところでアレックスくん、この状況からすればいきなりで申し訳ないのだけど……僕は本題を思い出したよ。もし手が空いているなら仕事を頼まれてほしい。まずは話だけでも聞いてはもらえないかな?」
そのロドニーさんの微笑が真剣なものに変わっていた。
様子の一変は本題の重大さを演出して、彼がこれより進める話を興味深いものに彩るのだった。




