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12-03 1/3 白き来訪者

 これはしばらく見なかったことにしましょう。

 莫大な金貨を布袋にジャラジャラと押し込んで、それをカウンターの下に投げ捨てました。


 そうするとやっと理性らしき理性が戻ってきたようです。

 さらに突っ伏して磯臭い干しイカを口にくわえると、やっとこさ落ち着きもジワジワ回復してくるのでした。


 今のお気持ちを一言。

 はい、やっぱりぬるい紅茶とイカは最悪です。


 生臭さが口の中にドヨヨ~ンと広がって、そいつは悪臭なのだと紅茶様が断罪します。

 いやおうなくマヨと醤油と緑茶が恋しくなりますし、おかげでなんか泣けてくるほど……うぇ、まずぅい……。


 あー……さあ気持ちを入れ替えてお仕事再開といきましょうか……。

 といってもする事ないので、ボケーっとするのが今のお仕事みたいなものです。


 在庫の補充とか掃除とかやれることはまあ多いですが、ほら今はこの足元の金貨をどうにかするって懸案がありますから仕方ないのでした。

 いや残念、その気になれば小柄なアインスさんに代わって高いところの掃除をしたんですけどね。


 で。さすがに額が額なので今ちょっとだけ真面目にお金の管理を考え始めました。

 これまでの備蓄もそうですけど、そろそろタンス貯金では物騒になってきているんじゃないでしょうか。


 防犯を考えるとアインスさんに危険が及ぶのはいただけません。

 お金は全部地下倉庫に押し込んでいますけど、この金貨を今からどうにかする気も起きません。

 だって妙な取引でしたし、お嬢とアインスさんが戻るまで手元に保管でいいでしょう。


「…………」


 一応の結論を見つけて思慮より現実に戻りました。

 あれ以降アトリエには客一人現れず、ただ往来の賑わいだけが遠くゆるやかに聞こえてきます。

 そんな元通りの閑散としたひとときが帰ってきてくれたのでした。



 ・



「ちょっとお兄ちゃんっ、これとこれ何が違うの?」

「……あ。ああ、はい、いらっしゃいませ。……それは傷薬とポーションですね」


 そろそろ忙しくなってくる頃かな。

 そう思い浮かべていたら、あらビックリ。もうお客さんがいました。

 カウンターから立ち上がって30代くらいのご婦人に歩み寄ります。


「だからどう違うのぉっ?」

「ええとですね。傷薬には止血成分が含まれています。傷による出血を抑え、乾燥させてかさぶたにすることで傷の治癒を早めます」


「あらそうー、ふ~ん……」


 お祭りの見物客か何かでしょうか。

 目的買いで現れた様子ではなく、何となくうちの店構えを気に入って来てくれた――のだったらそれはそれで嬉しいですね、歓迎しましょう。


「つまりポーションが全体的な戦闘能力と肉体機能の回復。傷薬が受けた傷の緩和、治癒速度の向上と滅菌を目当てに使います」

「ならこのポーションってやつをうちの主人に飲ませたら、仕事から帰った夜も元気モリモリってこと?」


「いえ……これを滋養強壮剤として飲むのは勧めません。しかし万一の負傷時のためにポーションを一本常備しておいても困りませんよ。ちなみに強壮剤ならばあちらの棚に置いてあります」


 この辺りを勘違いする人が多いです。

 ポーションだけ飲んでれば疲れない、死なない、そんなわけありませんよ。


 確かに傷を癒して疲労を取り除いてくれますが、それはあくまで魔法由来の力であって栄養としての成分は期待出来ません。

 あえて加えて言うなら、お値段も張るので冒険者か金持ちでもない限り採算が合わないと思います。 


「じゃあそっちを見つくろってちょうだい」

「かしこまりました」


 ……強壮剤が5本も売れてくれました。

 効能についてはボチボチ、お値段は庶民的ってバランスで提供しています。

 こういった薬は効き過ぎても困りますから、原液をわざわざ10倍に薄めて瓶詰めしたものなのです。


 だからボロ儲けです。サービスでご婦人にも一杯提供すると、彼女は大満足で立ち去っていきました。



 ・



「あら~、いつもの石鹸がないわ~。も~~あの匂いじゃないとアタシもうダメなのよ~、んもぅ~」


 次のお客さんは常連のおばちゃんでした。

 こういうのなんか苦手なタイプです。

 独り言をつぶやいて、チラッチラッこっちに目線を向けて来ています。


「少しお待ちを。まだ在庫があったはずですから裏を見てきます」

「あらそう~、そんな催促したみたいで悪いわぁ~、わざわざありがとねぇ~~もぅ~良い男なんだからぁ~っ♪」


 カウンターを立ってオバちゃんに背を向けます。積極的に。


「それにまだ若いけど、もう二人もお嫁さん(・・・・)かこっちゃって、もぅ~……がんばりなさいねっ、ソッチ方面もぉっ!」

 けどとんでもない勘違いをされているようなので足を止めました。


「いえあれは嫁じゃなくて学友と従業員です」

「照れなくてもいいじゃないっ、オバちゃんちゃぁ~んとわかってるから大丈夫よぉ~、も~っ♪」


「照れてません、わかってません誤解です、店を手伝ってもらってるだけです」


 もちろん客観的に見てみれば、容姿幼き女の子を二人も住み込みで雇ってることになります。

 それって……まあ……残念ながら。

 そういう誤解になってるんでしょうかね、世間では……。恐ろしいことです……。


「若いうちにしておくのが一番よっ」


 何を……? とは怖くて聞けませんでした。


「うちの旦那みたいに真面目過ぎるとまあつまんない! おばちゃん最近男日照りみたいなの~……。困っちゃう、ホント困っちゃう……はぁ……今誰かに慰められたらオバちゃんコロッと道を踏み違えちゃうかも~……」


 ほら言ったでしょ、この人苦手だって……。

 明るく面白い人ですけどテンションの高さが合わないです。

 マナ先生が老けたらこうなるんでしょうか。悪夢です。


「えーと……がんばって下さい」


 ……特に旦那さん。


 オバちゃんに石鹸を手渡すと、ちょっとカサっとした手のひらで包まれてしまいました。

 そこであえて目線を外したままにしたところ、慣れたように軽い握力を加えてから若い店主を解放してくれます。

 そうしてオバちゃんはちょっと残念そうに、若い子釣れなかったわ~とすごすご去っていくのでした。


 これがうちの常連です。


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