11-01 飛竜復活の日、放課後の図書館にて(挿絵あり
前章のあらすじ
リィンベル嬢たっての願いで豊胸剤を作ることになる。
生ける怪談もといピカール教頭より育毛剤も督促される。
そこで毎度のことながらアクアトゥスの小屋を訪れ、相談を持ちかける。
彼女によると育毛剤と豊胸剤は、錬金術の世界では一つの探求目標であり、おそらく実物はこの世に存在しないという。
だが兄ならばきっと生み出せると、資料にて過去の錬金術師の試みを紹介してくれる。
それによると生命の林檎と呼ばれるレアアイテムを使った実験で最大の効果が出たという。
するとちょうどそこにマナ先生が来訪する。
彼女は生命の林檎の所在を知っていると答え、あれよあれよと水着着用による封印区画行きが決まっていった。
そうして翌日になると彼らは超難易度迷宮・封印区画をマナ先生のサポートを受けながら進んだ。
そこにあるのはひとえに欲望、その欲望が彼らに動機と力を与える。
6層目に陣取る植物系ボス、エルダートレントを撃破し、彼らは生命の林檎を手に入れるのだった。
その後アトリエに帰宅。
すぐに豊胸剤作りに着手する。
まず生命の林檎をベースにした超強力な増強剤を作り、それをアクアトゥス製の――涙が出るほど効果微弱な豊胸剤に混ぜることで、ついに彼女らの夢が実現する。
アクアトゥス、アインス、リィンベルはこの日ようやく念願の巨乳を手に入れ、我が世の春を謳歌するのだった。
ところがその翌日、Hカップの胸とフサフサのブロンドを揺らすピカール教頭の姿があった。
うっかり釜を洗い忘れたあまり、教頭に渡した育毛剤に豊胸剤成分が混じったのだ。
結果、アレクサントは怒りの教頭に一日中追い回されるはめになり、人の欲望が生み出したこの結末に恐れおののくのだった。
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幕間劇 飛竜復活の日
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主人は申しておりました。
全ての動機には原因があり、人はその原因を解決するために行動を起こすものなのだと。
皆様が胸や髪を求めたのもこれで、解決困難な問題であればあるほど執着や苦悩が深まるそうです。
何とまあ小賢しい解釈でございましょうか。
そうやって悲観達観したがるのが、我が主人アレクサントの悪いところにございます。
動機には原因がある。
はい、まあそれで結構でございます。
ならば私はこう主人に問いかけましょう。
……面と向かって口にする勇気はありませんので、あくまで心の中だけで密やかにですが。
我が主アレクサントよ。
貴方はどうしてわたくしを生み出したのでしょうか。
どうしてそこまでホムンクルスに執着されるのですか。
全ての動機に原因があるのなら、わたくしはわたくしたちが生み出された理由が知りたい。
彼のホムンクルスへの執着は好奇心の域を越えております。
何かが彼を突き動かしているのではないかと思うのです。
……いえ、失礼いたしました。
それでは皆様、これより竜復活の物語でございます。
我らの飛竜のはじまり、はじまりにございます。
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11-01 飛竜復活の日、放課後の図書館にて
本がカビては困りますから、アカシャの家の図書館は建物そのものが湿気を逃がす構造になっています。
風通しを意識した高い天井と広い床、そこに立ち並ぶ放射状の本棚たちがここの面白い特色です。
もっと詳しく説明すると中央が閲覧席となっていまして、そこから外にかけて階段上に床がせり上がっているのです。
つまり図書の閲覧者は本棚というヒエログリフに囲まれて、知識という秘跡をここで紐解くわけです。
本のどこからどこまでが真実で、どれだけが著者の思い込みで書かれたのかは、どうしても個人とか常識の判断に頼る他にありませんが。
でもそれでも別世界の本がよりどりみどり、ここはなんて素晴らしい場所なんでしょうか。
「せーんせっ、こんなところでなにしてんの?」
まあそうやって余計なこと考えつつ、ワクワクと文字を追っていたら知り合いに見つかりました。
ウルカさんです。この子も図書館なんて来るんですね、なんか意外。
「そりゃ……読書」
「見ればわかるよ。そうじゃなくてさー、んー……てかなに読んでたの? せんせーらしくもない必死な顔だし、なんか気になっちゃったじゃん」
ウルカさんに目を向けて、今はヤンデレオーラを放っていないことを確認します。
気分屋な人ですから機嫌の良し悪しを把握することが、この子との付き合い方なのだと最近学習しました。
大丈夫そうです、むしろ上機嫌に見えます。
「面白い本を手に入れたんだ。ほらこれだよ」
本を近くに移動させ、挿し絵のあるページをウルカに見せました。
「んーー? あ、これって……」
「うん、錬金術の本だよ」
「へぇぇぇ……ここってこんな本まであったんだー」
彼女はテーブルに片手を突いて、身を乗り出して興味津々と文字を追い始めます。
「まあただのよた話を集めたオカルト本だと、ここの人らには勘違いされてたみたいだけど」
「ふぅーん……よくこんなの見つけたねー」
「ここの司書さんだよ。わざわざ奥の資料室から出してきてくれたんだ」
挿し絵も文法もあまりわかりやすい種類ではありません。
よくわからない専門用語も混じるので、錬金術師の俺から見てもときどき怪文書です。
「いやこれが面白いんだよ。日記形式でね、だからレシピそのままが載ってるわけじゃないんだけど……これはこれで時代背景もうかがえるし良い資料なんだ」
「ふーん……」
当然彼女も意味不明な文字列に眉をひそめ、すぐにこれは自分には無理だと悟ったのか折った腰を戻しました。
「ああそうだ、アトゥの胸おっきくしてくれてありがとっ! ボクの女神様がさらにあんな神々しくなって……ぁぁ……もうあんなの……。っ……たまらないよ……っ」
「ウルカさん、一応ここ図書館だからね?」
少女は自らの肩を抱いて人様の忠告を無視されます。
「この感謝の思いは言葉なんかじゃ語り尽くせない。いっそせんせーにベロチュ~してあげたくなっちゃうくらい……ああっ、こんなにっ感謝してるんだよ僕……っ」
それどころか不道徳に唇を俺に近付けて、挑発的にその瞳を細める始末です。
知ってます。これが彼女の嫌がらせってことくらい。
図書室にある数少ない人影が、チラチラと俺たち二人の様子をうかがっていました……。
「シャレにならないんで止めて下さい」
「ひどいなぁ……僕はただにせんせ~に感謝してるだけなのに、クスクス……逃げちゃダメだよ……逃げられると追いつめたくなる……」
隣の席に逃げるとウルカさんもそれにならいます。
逃げても逃げても彼女が隣席に陣取り、こっちの当惑を上機嫌で楽しまれるのでした。
「ここ図書館、俺臨時教師、首になるどころじゃ済まないから。……今度こそ教頭に刺されるだろうね」
「あーー。やっぱりアレってせんせ~のしわざだったんだ?」
ホント気分屋です。
興味の矛先が変わると迷惑な急接近が止まり、今度は頬杖ついて人の顔をのぞいてきました。
まあ助かったってことです。
「うん、しょうがないから酒に酔わせて、女装の素晴らしさとその多彩な文化を紹介しつつ、口先三寸で教頭の美しさを終始誉めたたえ続けることで解決したんだ。……まさかあんなにハマるとは俺も思わなかったけど」
教頭は格式高い絹のドレスがお好みのようです。
毒々しい紫基調のそれは胸元が強調され、Hカップの乳房で男女問わず目線を強奪されます。
さらに艶やかで美しいプラチナブロンドが肩から胸にかかり、細身によるくびれがまたスンゲーです。
ああなんということでしょう。
実はソレ、首から下は反則レベルのグラビアアイドルでした。
だけど顔は教頭です。初老の中年男です。
自意識過剰なウィングが学内を飛び回り、道行く人はことごとくダイナマイトバディに目を奪われ、それから首から上という現実に深くやましく絶望するのでした。
あれは歩く審美眼破壊兵器です。
あの肉体にドキッとしてしまう自分に、何度自己嫌悪したことでしょうか……。
「せんせーって……ボクが言うのもなんだけどさ……」
あれれ、ところが好奇心の瞳がなんかあきれ顔に変わってました。
「そう、生ける悪魔だよ……」
「違う違う、不幸な事故だし。むしろ俺って被害者?」
錬金術の発展には犠牲が付き物だし。
まさかあんなことになるとは思ってなかったもん。
「は、なに言ってんの? 少なくとも学園中の生徒がアレに迷惑してるから。だってあんなの存在が罰ゲームじゃん、こっちがちょっとでも吹いたら教頭ブチギレんだよ? この状況の犯人が悪魔じゃなかったらなんなのさ、悪魔じゃん。……てか授業はいいの? これからでしょ? つかもう始まってない?」
またまた、言いたい放題まくし立ててくれるものです。
でも俺って社会人だし無理に言い返したりはしません。
ごめんね、事故です、俺悪くない、あれは人の欲望が生み出した罪そのものなのです。
「ああ始まってるね、そういえばそうだったね。うーん、さすがにそろそろ行かなきゃまずいかな……」
「聞くまでもなくない? ほらその本、ボクが司書さんに返しておいてあげるよ。だからせんせーはお仕事行く行くっ、首になっても知らないよ~?」
「あっちょっひどっ」
ウルカさんに本を没収されてしまいました。
オモチャを取り上げられた幼児の心境ってこれです。
そんで仕事行けとか言うんだからひどいヤツですねー。仕事に行きたくないでござる。
「……。じゃあ頼んだ」
「クスス……任せてせ~んせ。でもちょ~っと読んでから返そうかなー」
ところでふと気づきました。
よく考えたら、仕事行けばこのいじめっ子から逃げれるわけじゃないですか。
ただ……なんだろ、なんかたくらんでる気もします。
つか、まさかだけど、こいつこの本パクる気じゃないですよね……?
「盗むなよ?」
「盗まないよ。ちょっとメモってアトゥとのお話に使うだけだし~、人聞き悪いこと言わないでほしいなぁ~」
なんか言葉尻が軽薄です。
余計に怪しいです。本当に盗みそう。
「仮にこんな本一本消えたところでだれも困らないと思うけどね。あ、ばいばーいせんせっ」
何が狙いかわかりませんが、俺を遠ざけようとしてることだけはわかります。
小悪魔は上機嫌で奪った本を開き、背中を向けて机に座りなおしてしまいました。
「いや司書さんが困るってば……。じゃああっちに伝えておくから、後で絶対返してくれよ……?」
「いいから早く行きなよバイバイ、早く仕事行け」
不安が残って落ち着かないけど、司書に伝えておけば返却の義務が発生します。盗めやしないでしょう。
教頭に遅刻が知れたら色っぽいお小言確実なので、俺は図書室を抜けるなり駆け足で修練場を目指したのでした。




