10-08 1/2 豊胸剤を作ろう!
マナ先生とお別れするなんて悲しかったです。
でもこの後仕事があるそうなので残念、ここでお別れです。
本当に助かりましたありがとう先生、俺は今日という日を忘れない。
人って視線だけであそこまで辱められるものだったんですね。
それでアトリエに真っ直ぐ帰宅して錬金釜を残りの三人で囲みました。
アインスさんもそわそわ気にかかっているようですが、店舗のお客が引くまでこっちには来れそうもないです。
仲間外れにするようで申し訳ないですが、アクアトゥスさんとお嬢の盛り上がりは茶を飲むいとまもくれませんでした。
「兄様、何かお考えはございますか……」
「そうね、まずはアレクの話を聞こうじゃない」
まず一番出来映えの良い中和剤と井戸水で釜を満たしました。
すると二人が調合のプランを問いかけてきます。
「うーん……そうだなぁ……」
昨日のアクアトゥスさんの話を思い返しましょう。
あれを要約すると、だいたいこんな感じになります。
――――
ソースは彼女が持っていた古い資料。
それによると、ネムラズの蜜のように薬効成分を増幅させるだけでは育毛剤も豊胸剤も生み出せない。
なので成分増幅ではなく、ポーションのように材料素材を越えた魔法の力をもって生み出すのが正解。
さらに資料によると肉体成長効果のあるレアアイテム、生命の林檎を材料にすることで最も高い効果が出たとある。
しかしコストに対して効果が不十分で過去の研究者はそこで断念した。……以上要約。
――――
そうして現在、俺たちはかつての錬金術師と同じく生命の林檎の調達に成功している。
ここで同じ失敗を繰り返しては意味がない。
資料をわざわざ残してくれたというのに、それじゃこの錬金術師も浮かばれない。
「どうなのよ、黙ってないでなんか言いなさいよ」
「兄様、中途半端な仕事をしたら、いくら兄様でも今回ばかりは許せませんよ」
怖い怖い、そんなにプレッシャーかけないで下さいアクアトゥスさん。
「じゃあ聞くけど、この生命の林檎……ねえこれって厳密に言うと何だと思う?」
世にも貴重な青林檎を手に取り、彼女らにかかげて問いかける。
それは爽やかな甘い芳香を放っていて、そこに存在するだけで空気が清められているような清浄さがあります。
「一般流通しない高額アイテム。その価値から、お金で手に入れようとしたって簡単に手に入るようなものじゃないわ。需要は無限にあると言っても過言じゃない」
問いかけにお嬢は商売人の顔をしてくれました。
甲高い少女の声でどれだけこれが希少で高価なのか、失敗すれば取り返しが付かないことを再証明したのでした。
「はい……食べた者の肉体に作用し増強する……奇跡の果実です兄様……。別の文献によると……足腰立たぬ老父に食べさせたところ……すぐさま失われた筋肉を取り戻し……朝晩活発に歩き回るようになったとあります……」
「ああそう、なんて都合の良いレアアイテムもあったもんだね。……錬金術師の俺が言うのもなんだけど」
錬金術の素材として見れば素晴らしい。
それだけの効果を持つ素材をどうしてハゲと乳のために使わなきゃならないのか。
……とは言わないでおこう。
「なら次の質問、なぜこの林檎が必要なんだろうか。これが育毛剤にも豊胸剤にも、どうもその他もろもろにすらなるらしいじゃないか」
そんな都合の良い素材なんてあるんでしょうか。
乳とハゲ頭じゃ同じ体の一部位だけど別物です。
最悪、乳から毛が生えてハゲが乳になる可能性だってないわけじゃないです。
「頭皮にいくらポーション塗っても死んだ毛根は復活しないらしいのにさ。……教頭は諦め切れず頻繁に塗ってるらしいけど」
てか、もしかしてそれがあのニス塗ったみたいな光沢の原因だったりしてね。
「あの教頭がそんなこと……。うぁ、なんか想像しちゃったじゃないっ。ああっ切ない……涙ぐましい……」
「ですが他人事とは……思えません……。実は私も……いえ……何でもありません……」
え、塗ってたの?
ねえ塗ってたのアクアトゥスさん……? 胸に? ねえ胸に?
「……あー、うん、脱線しかけてるね。えーとだからさ、話はなんでコレ、生命の林檎が材料なのかってところだよ」
物の材料なんて予想外のものも多いですけど、この生命の林檎は効果が極端でハッキリしています。
これだけわかりやすいと、まさか強力な肉体増強作用以外の別成分を用いるなんてことはまず無いでしょう。
「……むぅ。あたしにわかるわけないじゃない」
お嬢の目がアクアトゥスさんに移ります。
「…………。そうですね……」
彼女も首を傾げて難しく考え込んでいました。
やがてやっと結論が出たのかその唇が開かれます。
「生命の林檎の持つ肉体成長、復活作用を……胸や頭皮にだけ限定的に発動させた……といったところでしょうか……」
「さすがアクアトゥスさん、たぶんそれが近い気がする。そうなれば錬金術で単純に成分を増強しただけじゃ、効果倍増の生命の林檎薬になるだけなんだ。なにを混ぜようとも……これ単体の効果があまりに強過ぎるんだと思う。だからその効果を特定の何かに絞ってやる必要がある」
アクアトゥスさんの言葉にひらめきが生まれました。
なるほどそれでこの林檎が材料に選ばれたのかと、ようやく納得がいった気分です。
「ならどうやって絞るのよ」
お嬢の問いかけに俺は不敵に笑みます。
するとギョッとしたような、呆れるような目がこちらを見返して来たのでした。
「これを丸ごと一つの増強剤に変えてしまおう」
「増強剤にですか……?」
「ああ、コンセプトは素材や薬品の効果を飛躍的に高める、スーパー増幅剤だ」
何も林檎の生命力をハゲと乳にそのまま使う必要はありません。
課程をへて乳とハゲに効力が発揮されればそれでいいのです。
「ん、悪くないです……。この林檎を材料にすれば……さぞや強烈な増幅作用を持つことでしょう……。ええ……その用途は無限大です、兄様……」
「ふぅん……あたしにもやっとわかってきたわ。つまり後は、それを並みの豊胸剤に混ぜればいいのね」
二人ともすぐに理解してくれて助かります。
その無難で確実に思われるプランに、平たい胸を持つ淑女方は華やかに期待の笑顔を浮かべられるのでした。
「そういうこと。仮にこれなら失敗しても別の用途に使い回せる。俺本人にもちゃんと美味しくて、次の研究の足しになるというわけだ」
「うわ、腹黒……」
せっかくかわいかったのにエルフ様がジト目に変わって俺をいぶかしみます。
「さすが兄様……まさにダークネスストマックエンジェルです……」
うん、直訳すると暗闇胃袋天使。
カッコ悪いからその二つ名は止めてねアクアトゥスさん。
「じゃ、さっと作っちゃおうか。三分錬金で」
「丁寧にやりなさいよっ丁寧にっ!」
そうは言うけどやることは増強剤作りです。
半分寝ながらやっても無意識完成しちゃうくらい難易度低いです。
突っ込む素材で難易度もまあ変わるでしょうけど。
「お手伝いいたします兄様……一介の錬金術師として……このたびの調合には……並々ならぬ興味がありますので……」
「うん、頼りにしてるよ」
そうとなれば、まずは生命の林檎を用いた増強剤作りです。
中和剤にアレな虫とかアレな爬虫類とか、あとゴブリンの爪やら魔獣の骨やらソレっぽい増強剤素材を贅沢投入します。
アクアトゥスさんが木杖を押し込み、かき回してくれるのでテキパキ楽々です。
全てが溶けきるのを待って俺は青く香しき果実、生命の林檎をひっつかみました。
「ちょっとっ、もうちょっと慎重に扱いなさいよっ! 芋ゆでるんじゃないんだから大切に――」
そこに生命の林檎をやさしく……ドボンッ!
「って、こらぁーっ!」
「芋も林檎も似たようなものだよ。おっと……なんだ、なんかすごいな……」
林檎が入ると赤い水溶液は薄紫色に染まりました。
釜が泡を立てて林檎を溶かしてゆき、それに合わせてまぶしい発光が始まります。
「ふぁっまっまぶしっ、な……なによこの光っ?!」
「兄様……目がチカチカの……ギンギラで……釜を見ていられません……」
わーお、なんということでしょう。
世界がピンク色です。スチームも上がってます。
これはきっとお隣にもご迷惑がかかっていることでしょう。
調合部屋兼・居間がさながら怪しいストリップ場と化しておりました。
「はい混ぜて混ぜてー、こりゃ近所迷惑さっと終わらせよう」
「お任せ下さい兄様……。ススス……」
俺も旧ダリルの杖を突っ込みました。
するとアクアトゥスさんが便乗して間を詰めてきた気がしますが、いやもうまぶしいピンク色過ぎてそれどころじゃありません。
「うぁぁっ、ちょっと二人ともっ、光これ強くなってないっ?!」
「はい……何も見えません……何も……。フフフ……♪」
なんてこった、これ混ぜれば混ぜるほどまぶしいです。
前が見えないっ、でも手応えはあるよっ、暑苦しいアクアトゥスさんの密着もいちいちセットでっ。
「アクアトゥスさん、じゃ仕上げといこう」
「はい兄様、兄妹パワーで愛を育みますねっ」
ぽんっ! 意外に仕上がりは大人しい反応でした。
かわいらしいほどに軽い空気音と、緩やかな発光の終息ののちに、釜の底を見れば真っピンクの水飴みたいなものがたまっています。
いろいろ加えた影響もあるのか量もわりと多いです。
それを皆で小瓶に詰めてみれば20個ちょい。
やりました、これだけあればたらふく遊べるじゃないですか。




