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10-03 1/2 魔窟に入らずんば毛と乳を得ず

 教頭をあしらって修練場の戸締まりをしました。

 真っ暗闇の回廊を杖だけ背負い、寮の賑やかな明かりを目指してブラブラと散歩気分で進んでいきます。


 そうして華やかな女子寮までたどり着くと、顔見知りの生徒に手だけ振りつつ、俺は小さな林の方角に抜けていきました。

 その先にポツンとある庭付きの小屋がアクアトゥスさんの仮住まい。平たく言えば魔女の家です。


「あっっ兄様っっ!!」


 玄関を叩くと家主の魔女が現れて、大歓迎の満面の笑みで中へと招いてくれました。

 この小屋に来るとどこかホッとします。

 アクアトゥスさんの匂いがいっぱ……いやなんでもないです。


「今日ウルカさんはいないんだね」

「はいそうなんです兄様、ウルカはいま所用で出かけているのです」


 それはちょっと残念なようなホッとするような。

 二人っきりの方が錬金術の話は進めやすいし、ここはラッキーだと思いましょう。


「夜間の外出許可なんて簡単には下りないですから、ここに泊まっていることになっているんですよ」

「ふーん……」


 つまりウルカは今、アリバイを偽装した上で夜の公都にいらっしゃるわけです。

 そう考えるとあの身のこなしですから、どこで何の所用をされてるやら怪しいものです。


「というわけで兄様……ウルカの代わりに……泊まってはいかれませんか……。今夜なら少しくらい声が上がったところで不審に思うものもいませんよ……?」


 そのアリバイ工作は結果的にアクアトゥスさんにもまた都合が良く展開して、ふしだらな妹さんが鈴の音のように誘惑の言葉をつむぐのでした。


「兄様のお好きなだけ……あの頃のように……っ、欲望のままに性癖の追求にお突っ走り下さい……っ♪ ああっ思えば昨日のことのようですっ、若さゆえの過ちか、兄様ってば寝ている私を靴下一足すら残さず裸にして……ああ、小さなつま先から頭のてっぺんまでっっ、息もかかるほど変質的にアトゥの恥ずかしい肢体を至近距離から……っっ」


 もうアクアトゥスさんったらー、今夜はいつも以上にエンジン暖まってるみたいですね。

 内股でモジモジふとももをすり寄せ、妄想の世界にトリップしてるかと思えば情熱的な瞳で兄を凝視されるのでした。


「うん、それはおいといて。……お願いがあるんだけどいいかなアクアトゥスさん」

「もう、兄様ってば……恥ずかしがらなくてもいいのに……当時の幼きアトゥは感激に胸を高鳴らせ……」


 今日も人の話聞かないです。

 話を無理矢理レールに戻すのが俺の役回りなんでしょうか。


「育毛剤と豊胸剤作りたいんだけど何か知ってるかな」


 話を本筋に戻すと、アクアトゥスさんの妄想酔いが一気に覚めました。


「豊胸剤!! 兄様っ、お作りになられるのですかっっ!!」


 そんで叫びます。


 妄想からこそ引きはがせましたがその興奮はさらなるボルテージ、リミットブレイク寸前です。

 まあ確かに彼女も……さほど大きいとは言えないですね、チラチラ……。


「あっ、脱ぎましょうか兄様っ♪」

「いえノーセンキュー、俺ごときが見れば目が潰れてしまうことでしょう。てか一応念押しするけど育毛剤もね、育毛剤」


 教頭の人脈は期待出来ます。

 あの人は貴族科OBを中心としたコネパワーだけはすごいので、貸しを作っておいて損はありません。


「で、作り方わかる?」

「ん……そうですね……」


 本題を問いかけるとアクアトゥスさんは神妙に黙り込みました。

 それはもう真剣に記憶を探り、抜け落ちなど絶対にないようにと緻密に記憶を探っているようです。

 続いてイスを引き、そこに手のひらをかざして俺を誘導して、ながら作業で冷たいお茶と氷を入れてくれました。


 今日は夜になっても暖かいです。

 今さら喉も渇いていることに気づいて、冷たいお茶を一気飲みしていました。


 するとそろそろアクアトゥスさんの考えもまとまってきたらしいです。

 こちらに真面目な顔を向けて重々しく口を開きました。


「豊胸剤……それからあくまでついでに、育毛剤。それらは錬金術の世界でも一つの探求目標として、日々研究されてきたそうです兄様」

「あ、そんな歴史深いことなんだコレ。わかるようなわからないような……うんやっぱわからん」


 もっと有意義なことに技術を使ったらどうかとか、言いたくなったけど世間から見ればお前が言うなですねー。


「結論から申します。実物はおそらくこの世に存在しません。錬金術とは複数の素材を掛け合わせ、全く別の物品を生み出す例外的な力……。直接人体に作用をもたらすものではありません」


 つまり思いの外難しいお薬らしいです。

 そりゃ死滅した毛根だけを蘇らせ、胸だけを大きくさせたいわけです。

 そんな都合の良い薬なんてあるわけないです。


「そもそも兄様が涼しい顔で大量生産されているポーションも、人並みの錬金術からすればそれなりに手間と苦労のかかる秘術の薬なのです。ネムラズの蜜のように、興奮作用の成分を増幅させる調合の方が、実はずっと楽なのです。逆にポーションのように材料成分からすれば驚異的としか言いようのない回復力を持ったアイテム――ましてや兄様のエーテルに至っては、ちょっとした奇跡以外のなにものでもありません」


 饒舌にアクアトゥスさんは前置きを語り、また大げさに俺のことを飾り立てました。


「なるほど、それで?」


 本題はここからです。

 彼女から情報を聞き出すために言葉を投げかけます。


「アクアトゥスさんの知る過去の例からすると、これは実現可能なのかな。あるいはレシピそのものに憶測がついていたりするかな」

「はい、つまり作り方そのものは兄様の得意なポーションやエーテルの分野です。薬としての成分を追求するのではなく、通常法則を凌駕する魔法の力を発揮するアイテムとして作るべきでしょう」


 筋は通ってると思う。

 単純な薬品成分だけで髪を生やし、胸を膨らませるだなんて、それこそ薬屋さんの世界だしどんな副作用があるのやら知れたものじゃありません。


 そんなものをお嬢に飲ませるだなんて、何かあれば叔父のアストラコンに恨まれ見限られてしまいます。


「そしてポーションに回復作用のある薬草を使うように、豊胸剤や育毛剤も胸や頭皮に作用する材料が必要です」

「うーん……ただそう言われてもね……」


 ハゲに作用する素材って言われても……わかめとか?

 胸なら動物の乳とか、女性ホルモン的な……あ、ザクロとかかな……。


 いや、ないな。そんな普通の食品で作れるはずないし、そうなるとこりゃなかなか難しそう。

 実は前に一度だけ育毛剤作りを試したんですよ。でもダメだったから飽きちゃったんですねーこれが。


「確か……」


 何か思い出したのか、アクアトゥスさんが本棚の前に移動しました。

 そこから一冊の本を引き抜き、ぱらぱらとめくってからテーブルに置いてくれました。


「これです兄様、どちらの薬もこの素材をもちいることである程度の成果が上がったと記されています」

「おお、さすがアクアトゥスさん。んーどれどれ……」


 そこには細かい文字の羅列と、図解でリンゴのようなものが載っていました。


「しかしその効果は微々たるもの、我の技術では採算が合わず断念したのだった。……そう書かれていますね」


 アクアトゥスさんが身を乗り出すものだから、あんまりよく見えません。

 風呂上がりの清潔で湿ったな髪の毛をかわして、本を別角度からのぞき込みました。


「ですが兄様なら……きっと私たちの夢を叶えて下さいます。兄様はアトゥ自慢の兄様ですからっ」

「持ち上げない持ち上げない買いかぶりすぎだって」


 しかしうん、あの教頭の頭がフサフサになれば一つの怪談が終息することになるわけだし、これ社会のためにもなるね。

 やーびっくりした、ほんとビックリした、なにアレあの頭……電球?


「生命の林檎ね……なんか超レア素材っぽいねコレ」

「はい、食べると微少ながら肉体の成長を促すそうですよ兄様」


 それ、RPGとかじゃ絶対捨てたり売ったり材料にしちゃいけないやつじゃん……。

 うわ、なんかもったいない……てかそんなのどこで手にはいるんだろ一度も見たことないよ。


 通常販路で手に入れようとするものなら、どれだけぼったくられるか知れたものじゃない。そもそも流通してるんだろうか。


 考え込んでいるとこんな時間に玄関が鳴りました。

 アクアトゥスさんが応対に向かうと……。


「兄様、先生がいらっしゃいました」

「ゲッ……」


 よりにもよってマナ先生を連れて戻って来たのでした。


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