10-02 それはまことしやかに語られる一つの伝説
臨時教師として放課後の教練を終わらせました。
さあアクアトゥスさんの小屋に向かいましょう。
全く二年生ときたら迷宮での実習が始まった頃ですから、教練への貪欲さがこれまた凄まじいです。
彼らに付き合っていたら、もうすっかり日も落ちて暗くなってしまっていました。
夜中の修練場って物悲しさがあって嫌いじゃないですけど、こうやって急に人気が無くなると薄気味悪い。
見ればランプの油も残り少ないようで弱々しく、おまけに月の一つが新月とくれば外は真っ暗闇です。
星すら遠く感じられるほどに、今日という夜は暗闇が全てを支配していました。
「ん……?」
そんな折りにどこからか足音が聞こえてきました。
今は夕飯時、こんな時間にここへと来る者など限られています。
ウルカやアクアトゥスさんではなさそうです。
音の大きさと間隔からして女性のものとは思えませんでした。
それは確かにこちらへと近づいてくるようで、だから俺は修練場の建物から外の様子をのぞいてみました。
「…………。うん、なるほど……」
なんということでしょう、光る人魂が見えます。
それは建物の中にゆらゆらと入り込んで、玄関を経由し、階段を上り、石造りの二階廊下からこちらへと近づいてくるではありませんか。
カツカツカツカツ……。
カツカツカツカツカツ……。
うん、アカシャの家にこんな怪談があったっけな。
亡霊なんてバカらしいとは思ってたけど、ここってファンタジー世界なんですよね。
となれば全否定するのもバカらしいし往生際が悪いです。
かといって肯定も何か違う気がしますけど。
「はっはっはっ……ビビってないよー、ビビってなんかないし俺ー」
確かその怪談ってこんな話だったはずです。
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これは約10年前、本当に起こった話……。
今日のように月のない晩に、偽りの赤い月すら輝きを潜めていた暗闇の日のこと……。
そんな夜、ある生徒が真夜中の修練場で居残り練習を続けていたそうです。
暗いものですからさすがにかの生徒も不気味がり、ランプの明かりを強くしようと油を注ぎ足しました。
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……うん、あそこに予備の油壷があるじゃないか。
なら俺もそうしよう、明日使う人だって困らないし。
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そうしたらおかしいんですね……。
油を足しても足しても……炎は勢いを増すどころか不安定にくすぶる始末です……。
追加の油が黒煙を生み、室内は調子の悪いランプにチカチカと怪しい点滅を続けました。
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っておかしいな?
ホントにこれ、ランプの調子が悪くなってきたよー?
なにこれ粗悪品? うちの油を使おうよ、明るいし生徒も喜ぶでしょ今度営業だー。
あーそれで、えーと、この続きはなんだったかな……。ああそうそう……。
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そうすると突然足音が響いてきました……。
カツカツカツ……カツカツカツカツ……。
余裕の無い苛立った急ぎ足が、焦燥と共になんとこちらへ近づいてくるではありませんか。
たかがランプの明かりがくすぶり、誰かがこちらに近付いて来るだけ。
たまたま今日が暗い新月の夜だっただけ。
しかし粘つくように湿った気配がただよい……生徒はついに怯え建物の外に目を向けてました。
するとなんということでしょう……。
暗闇に人魂が浮かび、それがやがて建物の正面玄関に吸い込まれました……。
そうして……カツカツカツ……。
まるで生徒の居場所を知ってると言わんばかりに、階段を上り一直線に人魂の足音が進んで来るではありませんか。
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カツカツカツ……。
カツカツカツカツカツ……。
「ははは……」
あれこれって噂の怪談とジャストフィットじゃん。
あ、来るよ、来ちゃってるよーっ?
廊下に出てみたらこれ、わっ、マジで人魂ってやつ見えちゃってるしっ!
うわっうわわっ、ソイツがめっちゃこっちに近づいて来るんだけどっ?!
ドンドンドンドンドンドンッッ!!
うわっうわっうわなんか怖っ!
なになんなのこの荒ぶり方はさっ?! ものすっごい勢いで突っ込んで来ますよぉーっ?!
えーとえーと、そうだ確かこの話の続きは……。
うん、そうそうそうだった。
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怒れるその魂に生徒の心臓は凍り付き、翌朝死体となって発見されたのでした。
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なるほどビックリし過ぎてショック死かなぁ。
つかそこで生徒に死なれると、この怪談話そのものが語り継がれることなく闇に消えるよねー。
あ、そうこうしてるうちに来ちゃいました、霊魂さん、目の前に。
そうしてその怒れる魂はあるものを上げるのでした。
「ア……アアアア……アアアアアアアーッッ!!」
言うなれば断末魔ってやつを。
光る霊魂が実体を持って俺へと詰めより、叫び声を上げて両肩を揺すり動かします。
凶暴で理性無き動きが、野獣にも等しく言葉にならぬ言葉を吐き出しました。
「イクッ……モッォォォ……イクッモッヲォォォォ……ッッ、アアアアアアレクサントォォォォーーッッ!! イクモッ育モッ育毛剤ィィィハァァァーッ、まあドゥァグァァァァァーッッ!!」
「まだっス」
幽霊の正体なんとやら。
光輝く頭頂部はそのまま生ける怪談話、つまりさまよえる怒りの人魂となり……。
そうして教頭先生が育毛剤を憎きアレクサントに督促されるのでした。
「つかすみません、きれいさっぱり、完璧に、忘れてましたー」
「貴ィィィザムァァァァァーッッ!! 人がっ人がっ人がどれだけ楽しみにっ、一日千秋の思いで日々の晩酌と夢の中でっっ、フサフサ……フサフサを想い描いていたと思っているのダァァァァーッッ!! 今すぐ作れェェッ、今すぐっ、今すぐ作らんと私はもう何をしでかすかっっ、自分でももうわからんゾォォォォーッッ!!」
ああ、耳痛い……キンキンするぅ……。
霊魂のがまだマシだったしこれ……うわ、自然発光するのかなこの頭……。
「では明日よりついでに着手ということで、ぜひ完成の暁には実験台となって下さいね、教頭先生」
「期待ッッしているッッ!! 私も一人の男だっ、上手く行ったその時には、学内だけとは言わず好きなだけお前に便宜をはかってやるっっ!! ゆけっ、必ずや私の毛根を黄泉帰らせるのだアレクサントォォォーッッ!!」
……ということらしいです。
ハゲの祟りが怖いので、平行して育毛剤作りもがんばって行きましょう。
ええどうということはありません。
……ハゲも貧乳も似たようなものですから。




