8-03 臨時教師アレクサント
育毛剤のことはさておき、その後たっぷり時間が空きました。
なのでアカシャの家の図書館におもむき、学生時代に読み切れなかったもろもろに手を付けることにしました。
まだ午後の授業中ですしここの学生は多忙です。
なので司書さんと軽く言葉を交わした後は、放課後の鐘が鳴り響くまで、無心に静寂と活字の世界に浸り込めました。
そういえば5分前行動なんて言葉ありましたね。
まあ過ぎちゃったものはしょうがないです、行きましょう。
今日授業を受け持つのは第一魔法教練室、そこで一年生マジシャンの面倒を見てやって欲しいそうです。
せっかくなので数分の軽い講義をして欲しいとか、あのイアン学園長に頼まれてしまいまして。ちょっとおっくうです。
世話になった人だけあって断れませんし、多少は期待にも応えたいです。
四年間のタダ飯タダ宿は何にも代え難い至福でしたから。
ちなみにですが、何を講義するかだなんてな~んにも考えてませんよー。
そうですね、社会に出た学生視点から、さっと冒険者としての活動を語れば生徒も満足することでしょう。
背伸びしたって俺からためになる話なんて出てきませんから、これでいいんじゃないでしょうか。
それで教練室に入るともう生徒らが集まっていました。
一年生ともなるとさすがに背丈が一回り二回り小さく、魔法職志望なこともあって女の子が7割といったところでした。
うん、まだまだ経験の浅い子たちです。
やりました、きっとこれならごまかし通せそうです。
「あっ、新しい先生来たよっ!」
「わーっ、思ったより若いねっ」
予定より人数が多いです。
数は20前後でしょうか、なるほど教師が足りていません。普通はこの半分くらいで授業をしますから。
「きゃっカッコイイ……」
「えーそう~? なんか思ったより迫力なくな~い?」
「そう言われるとそうかも。でも全学科制覇して二年生のとき中級迷宮クリアしたんでしょっ、すごいよそれーっ」
生徒の反応は平均すればおおむね良好と言えました。
修練場の教壇に立つとソワソワと彼らの視線が俺に集まります。
「何か話もう伝わってるみたいだけど、ダンプ先生の代理で来たアレクサントです。明後日まで教練を受け持つことになりましたので、しばらくどうぞよろしくお願いします」
無難な挨拶を選びました。
無気力過ぎても冒険科一年生には不評でしょう。
彼らはエリート、やる気と向上心に満ちているのですから。
「意外と真面目なんだ……」
「え~、でも私とんでもない女ったらしって先輩に聞いたよ?」
「マジで?! やだあたし狙われてるかも~!」
……訂正、今は好奇心の方が勝ってるようです。
狙わないし考えすぎだしホントは真面目じゃないし、てか女ったらしってどこ情報ですかねそれ……。
「せんせー! 学園にいたとき上級迷宮もクリアしちゃったって本当ですかー?!」
「……あーうん、成り行きで? その時のメンバーの一人ではありましたよ」
ああ来ました、わかってました、この手の質問展開。
この学園で俺みたいなのは歩く娯楽、楽しい外部世界の刺激って言ったところでしょう。
「じゃあ、ヒッポグリフ倒したって本当? あと軍に混ざってオーガロードまで片付けたって話も、本当ですか先生?!」
「なにそれすげぇ! マジなんですか先生っ!?」
あ、帰りたい。居心地悪い。持ち上げられるのヤダ。
つかその話どっから仕入れて来ましたか生徒さん……。
俺そんな立派な人間じゃないのに、まんまと噂ごときに流されてますねー。
「あー、まあ事実ではありますけど……冒険者は一人で戦うものではないです。俺本人の力は中堅と呼べたら良いくらいなもので実は大したことありません。別にスーパーな立ち回りで大活躍したわけでもないですし、ただただ無難に手堅く魔法を撃ち続けただけです」
どうも彼らには大げさに伝わってるみたいです。
ここは自主的に下げておきましょう。
ついでに講義っぽい話の流れに誘導しましょう。
「ですから現場での経験から講義させてもらいますと、冒険者の戦いは地味です。出来るだけ消耗を控え、より確実に漂着財宝を集め、下層へ下層へと目指す地道なお仕事です」
どうやら成功です。
彼らは勤勉な志望者ですから、この手の冒険話となると目の色を変えて耳を傾けてくれました。
……うん、こういうのはちょっと嬉しい気分、優越感とかじゃなくて新しい妹とか弟を持った気分になりますよ。
「一局面で自分が活躍したところで、その自分が継続的に戦い続けられなければ、パーティ全体の戦力はマイナスになります。また仮にいくら自分が他メンバーより強かろうとも、普段はあまり張り切り過ぎないことも大切です。ここぞという時に力を発揮してくれる、小器用な魔法使いが特に好まれます」
ただしマナ先生と潜った封印区画みたいな、超高難易度の迷宮だとこのセオリーから外れるのかも。
ああいうのは個人が力を出し尽くさないと崩れそう。
「パーティプレイを大切にしろとは言いません。迷宮の種類によっては例外もあります。ただそんな戦い方もある程度に覚えておいて下さい。……以上、では修練を始めて下さい」
話を締めました。
うーん、これでいいんだろうか……俺、教師の才能ないかも。
もうちょっときっぱり断言した方が良かっただろうか。
……いいや、笑ってごまかそう。
ニコニコしておけばきっとごまかせる。
・
「ふぅ……。しかし慣れないなぁこれ……」
禁止されてるわけではありませんが、修練中はあまり私語のたぐいが発生しません。
彼らからするとこれも日常の一つですから、スイッチ切り替えたみたいにパッと修練に入ってくれました。
ここから先は個別指導です。
教壇から彼ら一人一人を真面目なふりして見物します。
あくまでふりです。この仕事楽でいいかもとか思い始めてたりします。
ちなみに彼ら一人一人の行動はてんでバラバラなのです。
魔法は成長に個人差があるので、この学年では一定のマニュアルを一項目ずつクリアさせていきます。
まあいわゆる進級式です。
進んでる子は進んでるし、昔の俺みたいに魔力が全然まとまらないヤツだっているのです。
「ふぁ……わふ……。おっと……」
ついついあくびが漏れてしまいました。
やっぱこの仕事楽です、このまま指導にはノータッチでいけないものでしょうか。
……いやダメですね、よく考えたらここで首になったらお金稼げないです。
しょうがないからポーズだけでもがんばることにしましょう。
もう少しだけ熱心なふりしてサボってから。
だってほら、お嬢が素材を買い入れて来てくれるはずですから、今夜はポーションの製造もします。
楽にして温存しておかないと。
「先生」
「……あ。……ああなに、どうしたの?」
しばらくしたら声が上がりました。
ダンプ先生たちもこんな感じで授業してくれてたなーと、トコトコとその女子生徒の隣まで向かいます。
「詠唱速度がうまく上がりません。先生はどう訓練していましたか?」
「そうだねー……。確か、何度も撃って撃って撃ちまくって身体に覚えさせたかな。うん、それと魔力のロスがまだまだあるみたいだね、それを解消するとそれだけ発動だって速くなるよ」
「なるほど……なら増幅から復習してみます。ありがとうございますアレクサント先生」
「いえいえ。そう簡単に上手く行くわけないし気長にね」
……と言っておけばこの授業中は大丈夫、バッチリ俺の手が空いてお互い幸せです。
いいですね、他の生徒もこの方針で行きましょう。自主性って良い言葉です。
「アレクサント先生、ボルト魔法の弾道がどうしてもズレます。教えて下さい」
今度は眼鏡の男子生徒でした。
生真面目なタイプですけど、教師ポジションに立つとそれがひっくり返ってかわいげを感じさせてくれます。
「……うん、確かに少しズレてるね。これじゃ遠距離射撃は無理だし最悪の場合前衛に当たる」
「はい、どうすればいいでしょうか。……ここだけの話、ダンプ先生は結構大ざっぱな教え方をされるので、貴方の意見を聞きたいんです」
あー、ダンプ先生はあれで答えを教えてくれないタイプの人です。
おまけに豪快だから、この手の真面目ちゃんとは相性が悪いんでしょう。
「あーうん、それも良くわかる。じゃあ……その眼鏡ちょっと借りるよ」
「眼鏡ですか? いいですけど……どうぞ」
FPSゲームって知ってますか?
ざっくり言うと、動く相手を銃とかでやっつけるゲームです。
その手のゲームの銃器は命中精度や、反動による銃身のブレが設定されていまして、ただガムシャラに撃つだけじゃ目標に当たりません。
「あ、ペンとか持ってたりする?」
「ええまあありますけど……」
「それも貸して」
だからこうするんです。
ゲームなら画面そのものに、照準のための印を付ければいいのです。
そうすればどんなガバガバ精度の銃もそれなりに命中させやすくなります。
「よしこれでOK、がんばって」
真面目男子生徒さんの眼鏡をかけて、左右のレンズに点を加えて返しました。
「な、なんですかこれ……」
「うん、照準。この照準通りに飛ばなかったら、その分だけボルトの発動角度を調整すればいい。原因が視点のブレか、コントロールそのもののブレか、またあるいは姿勢の問題か、これなら把握しやすいでしょ」
ま、眼鏡を照準機にした都合で常に真正面を向いて詠唱しなきゃいけなくなるけど。
「先生……。先生、貴方凄いかもしれない! こんな奥の手があっただなんて……!」
「や、すごいとか言わないで。落ち着かないから」
よし、これで仕事したことになったでしょう。
あとは予定通りゆっくり体力を温存して今夜のポーション作りに傾けましょうか。
作成に市販素材を使うので利益率と効果は落ちるでしょうけど、それでも十分お金になります。
……ん? んん?
なんだあの生徒、さっきから魔力のロスがあんまりじゃないか。
あれじゃすぐにバテちゃってちっとも教練が進まないんじゃ……。
あ。あっちの生徒はまだ魔力維持を修得し切っていないな。
この子もどうにかしてやらないと、ここでドン詰まったまま落ちこぼれちゃうんじゃ……。
「…………」
しまった気になる、ああ気になる、しょうがない、彼らに一通りレクチャーしてからサボろうそうしよう。
あれ、あっちの子は……いや、違うよ、そうじゃないでしょ、よくやるミスだけどそれ全然違うから!
さすが一年生、どいつもこいつも荒削り過ぎで、あーっ、なんか見てられなくてモゾモゾしてきたしっ!
落ち着かない。こうなったら一人ずつ教えるしかない。大丈夫その後でも十分にサボれる。
よしちょっとだけがんばってみよう。
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で、気づいたら教練終了の鐘が鳴ってました。
そんなバカな……こんなに良い仕事したら次はもっと頼られちゃうじゃんダメじゃん、バカじゃん俺。
あれれれ、生徒たちあんまり帰らないな……。まさか、まさか居残り勉強する気じゃ……うわ、先生帰りたいんですけどー!




