8-02 もう一度アカシャの家へ
念のための予習も一区切り付いたので昼頃にアカシャの家に出向きました。
放課後の教練まではだいぶ時間がありますが、あまり遅くてはあちら方も困るでしょう。
ついでに食堂でタダ飯食べれたら最高だなとかそんなもくろみもありまして……ええもちろん実行しました。
ちゃっかりバランスの取れた定食を腹に入れてから、いちいち受付を通すのもめんどくさいので一直線に学園長室を目指します。
「ようこそおいで下さいましたアレクサントくん。さあさあどうぞこちらへお入り下さい」
「……そりゃどうも」
その扉を叩こうとするやいなや、どこから盗み見てるのやらあの学園長イアン・シュパルツァの声が俺を中へと招くのでした。
「お久しぶりです学園長、急に押しかけて済みませんね。では、まずこれを……」
「ふむ、拝見いたしましょう。……ほぅ! ダンプ先生の代理でございましたか! なるほどこれはこれは……なかなかによいですな、フ、フ、フ……」
相変わらずどこか不気味な爺さんです。
血走った目で俺を見つめて、それから気味の悪い声で笑いだしました。
「拒む理由はございません。むしろ喜んでお願い致しましょう、ぜひよろしくお願い致しますよアレクサントくん」
「ええまあ、素人ですし無難な方向でがんばります」
ともかくこれで一安心です。
正式に仕事へとあり付けるのですから。
「ところで近頃はどうですかな。噂では錬金術を用いた工房のようなものを開いたと、そう聞き及んでおりますが……」
「ああそれなんですけど、経営の方は上手くいってたんです。ですが少し……いやまあだいぶ? 研究にお金使い過ぎちゃいまして。そしたらダンプ先生がいきなりここを紹介してくれたんですよ」
するとどこか嬉しそうに学園長が微笑みました。
研究と浪費は美徳であると、彼のような探求者なら思うに違いないです。
「そうでございますか、フ、フ、フ……ご盛況で何よりですな。思えばアレクサントくんが学園を去ってより、ここもずいぶん寂しくなりました。ダンプ先生も触発されて、一線に戻られてしまわれましたからな」
そうそう思い出してきました。
学園長って饒舌で話好きです。
仕事の話題をほおり投げて、これは雑談モードに入ってたと言えるでしょう。
彼とのやりとりは久しぶりなので、楽しめます、わりと会話がはずんじゃいます。
「しかし新しい流れもございます。知っておいでですかな? あれより他学科に移る生徒が増えていったのでございます。その流れを誰が作ったかなど、考えるまでもないでしょう。いやいや、このたびの話が明後日までなのがもったいないくらいでございます」
「持ち上げ過ぎですって。……それにアルフレッドのやつも最初はあちこち移っていましたし」
そう、貴族科のアルフレッド。
アイツ今頃なにしてるんだろう。
まだ月日も経ってないのもあるけれど、全くその噂を聞かない。
「そうですな。ところで錬金術でございましたか、いやいや結構、お噂は耳にしております」
いやどんな噂だろうそれ。
ここ最近アトリエも俺も変に目立ってますし、一応恩師にあたる彼にこう言われるとなんか心苦しい。
だってお嬢とアインスさんを従業員として働かせてる時点で、アレクサントくんにはロリコン疑惑もかけられているのですから。
「そうそう、ロドニーくんと共に心卑しい強盗を捕まえたそうですな」
「ああはい、そっちの噂か良かった……。でもあれは俺が薬を作っただけで、ほぼロドニーさんたちの手腕ですよ」
「フフフご謙遜を……。そして何にもましてあのエーテル、あれがまた素晴らしい。いやはや鼻が高いですな、ヒ、ヒヒ……これは失礼、つい興奮して笑いが……ヒヒヒッ!!」
うん、相変わらずみたいです。
学園長成分も補給できたことですし、話を進めちゃいましょう。
「ところで学園長、俺って卒業間もないですけど本当にいいんですか?」
その前にそのことが気になってました。
いくらダンプ先生が忙しいからっていいんでしょうか。他にいくらでも適任者がいそうな気がします。
「もちろんでございます。ご安心下さい、今の冒険科はあらゆる担当職員が出払ってしまい……人手が全くといって足りていないのでございますよ」
「そうですか、なら気楽にやらせてもらいます」
じゃいいや。
しかし聞く限りじゃこれ、もしかして国の外じゃ大変なことになってるんだろうか。
「ヒッヒッヒッ……貴方様ならさらに新しい風を吹き込んでくれると、期待しておりますよ」
そういえば朝のお客さんもやたら多かったなぁ……。
ん、急になんか足音……?
「ガガガガガガッ、学園長ォォォォーッ!! 一大事ですゾォォォォー!!」
絶叫と共に学園長室の扉が開かれました。
「うわぁビックリしたぁぁーっ?!」
その勢いったらとんでもないです……。
あれ、てかなんかデジャヴ、あ、教頭だ懐かしーい。
「きっ、きさっ、貴様っ、現れたな貴様ッ、この呪われた疫病神めがっ!!」
そうそうこのノリこのノリ、わー懐かしい。ははは、変な笑いがこみ上げてくるなぁ。
「お久しぶりですピカールハゲ教頭」
あれでも名前なんだっけ……?
自動的に教頭の登頂部に目が持ってかれるので、ソーリー、リトル間違えたかもしんない。
「アアアレクスァァントゥゥゥゥゥーォォォッッ!! 貴様ァァァッッ!!!」
再会の興奮のあまり奇声と血圧を上げてしまわれたようです。
すさまじい勢いでこちらに詰めより、脂ぎったハゲを急接近させられました。
「貴様など私は認めないっっ、貴様を代役に立てるなどっあの筋肉バカは何を考えているのだっっ!! よりにもよって貴様っ貴様っ、貴様アレクサントォォッッ、貴様どこまで本校の誇りを汚す気どぅわッッ!! ……うっ、うぐっ?! くっ……ぜぇっぜぇっぜぇっ……ぅ、ぅぅぅ……」
雷が何度も校舎にとどろき、でもそんなに大声でまくし立てたら当たり前です。
最後はよろよろと倒れかけて、膝をついて、よせば良かったのに苦しそうに頭を抱えていました。
「大丈夫っすか」
「うるすぁぃっ! ぜぇぜぇ……」
せわしない人だなぁ……でも逆になんかホッとしてきます。
教頭先生はこうじゃないとしまらないです。
こういう嫌われ者キャラがいるから学校って成り立つのです。
……と、卒業してから思ったのですが、臨時教師をするとなると気も変わります。
でもまあハゲに免じて許しましょう。
やりとりが落ち着くと、学園長もやれやれと書斎机に深く腰掛け直すのでした。
「あ、そうそう教頭先生」
「うるさい……話しかけるな……学園長、私は反対ですからね……ぅ、ぅぅ……」
息の方はやっと落ち着いてきたみたいです。
でもたまらず教頭は来客用ソファに座り込んでしまいました。
あ、座ってくれてるならちょうどいいかも。
「俺、今は錬金術師をしてるんですが……」
シゲシゲとその絶望的な頭部に目を向けます。
なるほど理想的な荒野です。根絶という言葉が最も似合います。
「育毛剤に興味はありますか?」
教頭は言葉にハッと顔を上げこちらを見ました。
その目は驚きに見開かれていましたが、やがて乙女のような期待とときめきがその瞳をキラキラと潤ませていきました。
そうして長い沈黙の果てにおっしゃられたのです。
「……レクッ……アレクッ……アレクサン……ッッ! アレクサントォォォォーッッ!!」
……となんとか。
教頭ってば芸がないですね、わりといつものリアクションと変わりませんでした。
たぶん意訳すると詳しく話を聴かせろとか、そんな感じのお言葉となるに違いないです。




