7-01 お嬢の事情とこれからの日常
前章のあらすじ
アレクサントは鍛冶師ダリルと杖を合作することになる。
そこで彼女がミスリルを精錬している間に、ある宝石店におもむきオーブを見繕う。
店員の勧めは二つ。
安定性に優れた[森星の宝玉]と、出力のピーキーな[妖魔の瞳]
妖魔の瞳はその不気味さと極端なスペックのせいで売れ残っている。
そこで交渉の末、アレクサントは[妖魔の瞳]を原価で買い取るのだった。
その後、アトリエに戻るとダリルもミスリルの精錬を終えて待っていた。
彼女が作ったミスリルインゴッドを、錬金術の強化合成技術でパワーアップさせる。
その仕上がりにダリルは興奮。鍛冶工房に持ち帰り、杖を完成させて再び戻ってくる。
握るだけでわかるただならぬその性能。
そこで試し撃ちのクエスト求めてギルドへ出かけようとすると……。
元商人科のリィンベル嬢が故郷よりアトリエに来訪する。
彼女は勝手に店を始めたことに腹を立て、職人街の空に怒号を轟かせるのだった。
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続々・連鎖劇 強襲のリィンベル
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リィンベルお嬢様はエルフでございます。
人とは比べものにならないほどの寿命を持ち、賢く、魔法などの素養にも優れた珍しい種族です。
彼らの国は北方、魔物の領域を越えた先にございまして、その遙か遠方からポロン公国へと交易にやって来る者が、当時主人の知り得るエルフというものでした。
さて、お嬢様の実家はカーネリアン商会でございます。
その大手交易商会の娘さんが、再びポロン公国を訪れました。
ひとえに彼へと会いたいがために、かなりの無理を押して来たと聞き及んでおります。
卒業より三月の月日が流れておりました。
もう乙女の恋心は我慢の限界、全てを振り払ってでもリィンベルお嬢様は主人の下へと帰って来なくてはならなかったのです。
それが騒動の始まりでもございましたが……。
しかしそれも、あの愛らしい容姿に免じて許されるべきでしょう。
それでは皆様、連鎖劇の三幕目のはじまり、はじまりにございます。
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7-01 お嬢の事情とこれからの日常
いやぁ……世の中なにが起こるかわからないものですね。
まさかあのタイミングでお嬢が来るとは思いませんでした。
杖の試し撃ちをしたかったんですけど、なにせあの日はもう遅い時間でしたからすぐ受けれられるクエストも無く、だから結局出直すはめになりました。
それから一度も杖の試し撃ちは出来ていません。
なんでって、そりゃもちろんお嬢です。
ダリルと別れて戻るなり、しばらく暴風雨のようにプリプリと怒っていました。
三人一緒にアインスさんの晩ご飯をいただくと、やっとこさ落ち着いてくれたんですが……。
「あたし……宿とってないから……っ」
「ああそうなんだ」
「うん……。バタバタしててそんな余裕なかったから……」
そしたら急に黙り込んで、食器の消えたテーブルをうつむき見つめて、恐る恐るの上目づかいでこちらを見上げてきました。
「それなら紹介しようか? 卒業してしばらく厄介になったところがあって」
「ッッ……違うっ!」
「うわっ、なにっ、違うってなにっ?!」
かと思ったらなにが不満だったんでしょ。
イスから荒々しく立ち上がって、バンッとちっちゃい手でテーブルを叩きました。
「そ、それは……。ぅ……ぁぅ……」
わかんないです。
怒ってたはずなんだけど、何か言い出しづらいのか目をそらして、耳までそのエルフフェイスをピンク色に染めました。
「その……あたし……会いに来たの……アレクに……っ」
「うん、また会えて嬉しいよ。思えばお嬢がいないと張り合いがなくて物足りない日々が続いてたし」
「ほ、本当……?」
「うん、学生時代が懐かしい。まだそんなに経ってないけどね。それで本題は?」
だらだらやるのは趣味じゃないし、ザックバランに本題を要求しました。
今のやり取りで急に自信が戻ってきたのか、お嬢は眉をへの字につり上げます。
「アレクはエルフ好きだよね……?」
「うん大好き、大好物、四六時中眺めていたいくらい好き、エルフ最高、芸術と言っても過言じゃない」
「そ。それを聞いて安心したわ。じゃあ……」
ニヤリと不適にロリエルフが笑います。
ああなんだろ、お嬢っていえばモジモジキャラだけど、こっちのお嬢はお嬢で好きだ。
だてに大商会の娘さんしてない頼もしさがある。
「あたしここに住むから」
「ああそうなんだ住むんだ」
「うん、アレクの家に住むから。大好きなエルフと一緒に暮らせるんだもの、光栄に思いなさいよね!」
え、住む? アレクの家に住む?
それって……え、なにこの流れ? あれ……あれれ?
「……待った」
「待たないもんっ! ここ追い出されたら行くとこないもん!」
「いやでも、いきなりだし……って行くとこないの?」
お嬢ってお嬢じゃん。
その気になれば商会の支店に押しかければいいんじゃないか?
「宿に泊まるお金ももう使い切っちゃったもん……アレクが住み込みで雇ってくれなきゃあたし……悪い人に捕まって……酷いことされちゃうよ……?」
「あーはい、あーなるほど、はいはい、分かってきましたよ、うん。お嬢……もしかしてキミ……」
金だって商会に借りればいい。
でもそういうわけにはいかない事情が出来たんだろう。
まるで少ない路銀で公国に帰って来たみたいな言いぶりだし、これは……ほぼ確定です。
「家出したの?」
「な、何でわかるのよっ?!」
「まー消去法でそうなるでしょ」
「っ……。そうよっ、家出したのっ! だから泊めてよ友達でしょっ、会いたくて会いに来たのはホントなんだからっ! 泊めなさいよバカアレクっ!」
最後に暴言が出たけどそこはお嬢だから許せます。
ロリエルフにバカとか言われてもそれご褒美です、わかりましたこっちも腹をくくりましょう。
「いいよ、好きなだけ居なよ」
さらっとOK出すとお嬢は呆気にとられて真顔になりました。
言葉の意味をゆっくり理解して、それからまたなぜか赤面していくようです。
いや、このタイミングで恥じらわれるとさすがに……変な空気なるじゃん……。
「ぁ……ぁぅ……」
「いや、他意はないよ? 困ってるお嬢助けるのは当たり前だし、だからそんな、なんで赤くなりますか……?」
「だ、だってあたし……お、男の人の家に泊まるだなんて初めてだし……ぅぅぅぅ……ドキドキ、して来た……」
困ったもんです。
そんな桃色オーラ出されたら前言撤回したく……なったところで今さら出来ないじゃないですか。
ほっとけないし、確かに困ってるみたいだから助けたいし、実家と上手くいくまでロリエルフの面倒見るだけ。
それだけだと思えば大丈夫です、はい。
「洗い物、終わりました、どうされましたか、お嬢様」
「……。ところでこの子、誰?」
アインスさんもいますから。
お嬢ったらまるで邪魔者を見る目でアインスさんに目を向けます。
どっちも容姿幼いのでまあバランス感があるというか……あれ……?
世間一般的に見るとこの流れ、少女趣味な女の子を二人も養う変態お兄ちゃん……ってことにならないですか?
「ねぇこの服、アレクが選んだの?」
「違いますぅん……」
「なんであんたの店にいるの? どんな関係? なんでご主人様とか呼ばせてるのっっ?! てか奴隷でしょこの子っ!」
あ、はい、ややっこしい流れ入りました。
いやそうでもないかな?
「うん、一言で言うとね。賭に勝ってタダで貰った、今はアトリエの従業員してもらってる」
「あっそう……ふーん……こういうのが好きなんだ……ふーん……意外……」
やっぱこじれました!
絶対勘違いしてるよお嬢、だからアインスさんのゴス服は俺の趣味じゃないですってば!
「違うって、ダリルの趣味だよ……」
「ご主人様は、かわいいと言ってくれます、私も、気に入っています……」
ちょっちょっとアインスさん……?
なぜこのタイミングで、普段されない自己主張されますか……?
大事そうにあの少女趣味極まりない布切れを抱き、あ、なんか得意げ……?
「じゃああたしも従業員だからこれと同じの買って」
「ああ、はい、ちょっと聞こえませんでした。耳詰まってるのかも、ああなにも聞こえない、聞こえないよー」
対抗心を抱いているのはわかりました。
でもその選択は間違いですよ間違い、こんなあざとい格好の女の子もう一人増えたら……おそろしや、げにおそろしや……。
そんな趣味丸出しのメイドカフェみたいな店じゃなくて、うちは錬金術のアトリエであって、そんな……やめちくりぃー!
「ぷっ……ぷぷぷっ、あはははっ! アレクがホントに困ってる! あははははっ、ずる賢くて生意気で変に達観しきったあのアレクが……ふふふっ。いいわ、仲良くしようねアインス、呼び捨てでもいいでしょ? ……ぶふぅぅ~っ♪」
あら明るい。
さらにこじれるかと思ったら意外や意外、お嬢ってばいきなり笑いだしました。
エルフ耳の女の子が口を押さえて、涙も出んばかりに腹を抱えてテーブルまで叩きだしました。
いやこれ笑いすぎ、そんなに面白くないしー、お嬢ってば笑いのセンスズレてるなぁ。
「はぁっはぁっ……つ、ツボに入ったじゃないっ、あははははっ、あのアレクがっアレクがっ、ふふっ、きゃははははっ♪ お腹っ、お腹痛いっ、あーーっ、おっかしぃぃ~♪」
いやぁ……そうですかねぇぇ……?
ああもしかしたら、久しぶりの再会にテンション上がってるのかな。
お嬢からしたら住み込みOK出てホッとしてるだろうし、それでかなぁ……。
「よろしく、お願いします、リィンベルお嬢様。仲良くして、下さい」
少なくともアインスさんは彼女を歓迎しているようでした。
基本的に無表情なその口元を、ほのかにだけ微笑ませてジッとお嬢だけを見つめていました。
もう丸く収まるならそれでいいと思います。
後はこれからどうしていくか、です。
「ねえアレク」
それはお嬢からしたって同じだったようです。
呼び声に目を向ければ満面の笑顔。
新しい生活に胸高鳴らせて、金髪ロリエルフはうきうきと無防備にその心境をさらけ出していました。
「絶対役に立つから手伝わせて。アレクのやりたいこと一緒に出来るなら……あたし、いくらでもがんばれるから……」
またまたお嬢ってば。
……メチャメチャ良い子じゃないですか。
そんなふうに言われたら、俺だってより好意的に歓迎しないわけがないです。
元商業科のお嬢とともにこのアトリエをさらに発展させてゆく。
そういう楽しみ方があってもいいと思います。いいえ、最高に楽しい展開です。
「詳しい事情は聞かないけど、お嬢が手伝ってくれるなら百人力だよ。ありがとうお嬢」
「ううんっ、こちらこそ! 絶対絶対、アレクの役に立つから見捨てないでっ! この店、あたしだって思い入れあるんだから!」
思い返せば昨日のことのようです。
このアトリエの前身、あの薬屋のお爺さんと出会えたのもお嬢との縁でした。
「そういえばそうだったね。懐かしいよ」
それにそうでした、お嬢もずいぶんこの建物を気に入っていたはずです。
あー……それと一緒にあの赤い糸の指輪のことも思い出しちゃいましたけど……。
うん……忘れよう、忘れよう……何もなかった……何も……。
あの指輪、捨てるに捨てられずまだ地下倉庫にしまってあります……。
「がんばろっアレク! がんばろっ!」
ともかく取り急ぎベッドをもう一つ追加しなきゃです。
つまり今夜はソファで寝ることになるってことです。
それでもこのワクワクを味わえるなら甘んじて受け入れましょう。
楽しくなりそうです。
お帰りお嬢。帰って来てくれてありがとう。




