23-7 巨人と白き竜、それと妄執に焼かれた錬金術師(挿絵あり
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…………。
「あのおっそろしい巨竜を、倒すなんてよぉ……。おらぁおめぇ様方に度肝抜かれたよぉ」
……。何者かの声が終わったはずの意識を覚醒させた。
バカでかくて鈍く低い声、それが独り言のように勝手に喋っている。
「クルル……」
いいや少し違うようだ。
何者かはよりにもよってレウラに向かって話しかけていた。
「こいつぁ……驚いたべ。おらでさえアイツのせいで狭苦しい思いしてたってのによぉ……とんでもねぇ竜様だぁ……」
いいや、それは違うな。
俺の手柄だ、レウラは大したことはしていない。
褒める相手が違うぞ。あの火竜に致命傷を与えたのは、俺だ。
「おめぇ様の主人もがんばったみてぇだがよぉ、先に力尽きちまったみてぇだなぁ……。ソレ、生きてんだか、死んでんだか、俺にもわかんねぇべさ」
先に、力尽きた……? あれ、そういえば、そうだっけ……。
どうも頭の回転が鈍っているらしい。
言葉をきっかけにやっと俺は今の状況を理解し始めた。
体が動かない。視界も薄暗くめまいのようにもやがかかって不明瞭だった。
死んではいない、こうして意識がある以上は生きている。
生きてはいるが、しかしあれだけあった痛みはどこにもないのが気にかかる。妙に息苦しいのはきっと呼吸すらままならないせいだろう。
「キェェ……キュ、キュゥゥン……」
「薬、飲ませたんだべ? 上等なやつに見えたけんどよぉ、ピクリともこら動かねぇ……。このままだと、おめぇのご主人、すぐに死んじまうよ」
ヤバいのはわかってる、よけいなお世話だ。
というよりこの声はそもそも誰なんだ?
喋るだけでアンプに繋いだドラムみたいに響く。まさかこれが、巨人……?
うわもったいねぇ……。ここまで来たのに俺、死にかけなのかよ……。
「キュゥゥ……」
「おめぇのご主人、どうしてこんなに無理しちまったんだろなぁ……。薬も効かなくなるまで戦い続けるなんてよぉ……執着が普通じゃねぇべ。狂ってんのかコイツ?」
それはレウラの怒りに触れたようだ。
普段ならおかしなことだがヤツは抗議してくれた。
……しかし狂っているというこの評価は、もしかしたら間違っていないのかもしれない。
事実今は、自分が自分かすらもわからなかった。俺は誰なんだろうとふと自問自答してしまう。
「わりかったよぉ、違うんだぁそうじゃねぇ……。おらぁなぁ……嬉しかったんだよぉ……。おらの血肉が目当てだってのはわかるけどよぉ、ここまで会いに来てくれるヤツがいるだなんてよぉ……。嬉しいべ、感動したべ、コイツすげぇヤツだぁ」
巨人は意外と寂しがり屋なようだ。
この田舎者めいた口調といい、どうにもイメージと違う。もっとたくましい威厳あるおっさんの印象だったのに。
「おめぇ様のご主人は……バカだけんど立派な英雄だよぉ。おらみてぇな臆病者と違ってよぉ……死んじまったおらの仲間たちみてぇに……。勝てもしねぇ相手に平然と立ち向かう、勇敢な戦士だよぉ……」
臆病者の巨人、少しこの人柄に興味がわいた。
だが残念、俺は喋ることも見ることも出来そうもない。
代わりにレウラが忙しげに鳴いて督促してくれた。
「おらの血か。おらの血は……世界を混乱させるんだとよ。だけんど切り札にもなるそうだとよぉ。時間に取り残されちまったおらにはわかんねぇけんど、理由も知らねぇけんどよ、それだけ欲しかったんだろうなぁ……ご主人はよぉ……」
どこから情報を得たのか、自分の害についてもコイツは理解していた。
正直マイナス要因だ。とてもレウラに説得が出来るとは思えない。
「キュルルッ、キュルッ、ピキュルルッ!」
「へぇ……レウラってぇゆうのかお前様。白くてぇ、美しくてぇ、お日様みたいにキラキラしてておらぁ……お前様が好きだぁ……」
ん、んん? いやちょっと待て巨人。
お前もしかして目とか悪い?
レウラのどこが美しくて太陽みたいにキラキラなんだ? そりゃまぁ白いとこだけは合ってるが。
ま、巨人からしたらレウラなんてチョウチョみたいなもんか……。
それより巨人だ、俺の目の前に伝説の巨人がいる。
巨人の細胞、それさえ持ち帰ればアインスも救われる。
ならのんきにくたばってる場合じゃない、俺は拳を握りしめて再び立ち上がる!
……が、実際に動いたのはかすかに指先だけだった。
「今……いのいたぞ。はぁぁ~諦めの悪いご主人だぁなぁ、そんなにおらの力が欲しいのかぁ……? ああそうかい、そうかい……。どんな手を使ってでも、おめぇ様は巨人の力が欲しかったみてぇだぁなぁ……」
知るか、当たり前だ。
それでアインスが救われる。
かわいそうなあの子がもう俺たちに罪悪感をいだくことも無くなる。死なずに済むのだ。やっと平和に暮らせるのだ。これで辛気くさい話が一つ消えるというのだ。
古なる者とかいう古神のたくらみも、知ったこっちゃないがアインスに限れば潰えるのだ!
巨人よ! 貴様の力が必要だ!
与え渋るというなら力ずくでも奪うのみだ! それが迷宮のルール!
「お、おめぇ……おい、何して……もう止めろよぉ」
ああ不思議なんだなこれが。
何でか力がにじみ出てきて、死ぬほど苦労したけど俺は杖を頼りに立ち上がっていた。
何かが俺の隣にいる。支えてくれているらしい。これはきっと巨人ではない。
「ぁぁ……目もまともにみえてねぇ……。おらはそっちじゃねぇよ……おめぇ様から見て右側だどよ。いや喋るなよ、休んでろ、死ぬぞおめぇ……死ぬぞぉ?」
そりゃ間抜けな話だ。
こちとら向きを変えるだけで苦行だってのに、しかし説得のためだ、見えないが苦心して右に振り向く。で、言った。
「お前の血をよこせ。目など見えなくとも魔法は使える、拒むなら力ずくでも奪う」
「そうかい……。俺ぁあの火竜に怯えるくれぇ根性無しだけんどよ、今のおめぇ様なんてこれっぽっちも怖くねぇよ。もう無理だべ、休めよぉ」
どうも俺は傷を負い過ぎて短絡的になっていたようだ。
言われてみればおかしなことをしている。
戦う力が残されていないなら口で交渉するしかない。焦って強硬に出てもそもそも逆効果だった。
「ならば交渉のテーブルに乗れ……。お前の血を俺にくれ……代価は何だって支払う……。一生分の稼ぎを、くれてやったっていいぞ……」
「なにに使うべさ。ここの支配者に教えてもらったべ、おらの血は災いを呼ぶってなぁ……。ならこんな生き恥さらしてる俺を、こんなところに閉じ込めるアイツはぁ……何だってんだって話だけんどよぉ……」
ここの支配者……?
なんだそれ、クソゲーマスターか? いやどうでもいい。
つか立ってるだけでキツいんだから余計な脱線すんなよ。
「ああ、わりぃ……。なら教えてくれよ、お前様。おらの血をなんに使う?」
それは考えるまでもないことだった。
同情を誘いやすい話だ、聞かせない道理はない。
「……呪われた女を救う」
「へぇ……」
興味を引けたようだ。
「あれはまだ15だ……場合によってはもう、16にはなれないかもしれない……。最初は、ただの慢心だった……自分ならあんな呪い、治せると思い上がっていた……。だが俺の力では無理だったのだ。だから人を頼り、お前たち巨人の力が必要だと教わった! お前の血をよこせ……それがあればアインスは救われる!!」
おかしいな、珍しく感情が高ぶる。
アインスさんのためにそこまでするのか俺、そりゃ助けたいけど……おかしいな。
「そのアインスってぇのはぁ……おめぇの女か?」
「……違う」
結婚はしたがあくまで偽装だ。
巨人の質問は俺という人間の矛盾点を的確に貫いていた。どうしてここまで命をかける必要があったのだと。
「ならなんでそこまですんだぁ? おらぁ、バカだけんどなぁ……おめぇおかしいと思うだ。なんで今にも死にそうになるほど傷ついてるのに、おめぇ様はぁ、何で、たかが小娘を救おうと思ったんだぁ?」
そうだ、確かにおかしい。
おかしい、おかしい、コイツの言葉は間違っていない。
俺はおかしい、自分でもやり過ぎだと思う。あまりに矛盾が大きく広がり過ぎる。
だが。だが今は巨人を説得するべきだ、やっとエリクシルが効いてきたのか、呼吸に余裕が出てきていた。
嘘でもいい、アインスを救うために巨人の心を動かすのだ。俺は自分の二枚舌と衝動を信じた。
「それはアインスが俺の家族だからだ。俺は天涯孤独なんだ。お前にだけ特別に明かすが、俺はここではない別の世界から来て、流浪の民の子として生まれた。だが父も死に、その父も本当の親であったかももうわからない」
だいぶ古い話を引っ張ってくるのだな、俺は。
こんな場所に閉じ込められた伝説の巨人。そいつに俺は共感を覚えてしまったのかもしれない。余計な話を入れてしまっていた。
俺もコイツも別の世界から来た流浪者だ。
「後から妹を名乗る女も現れたが、それも本当かどうかわからない、どうやら俺は知りたいとは思わないらしい。だがアインスは現実に存在している。俺の家族でいてくれているんだ。……それを、救おうとして何が悪い」
「ぁぁ、家族のためかぁ……それならおらにもわかるよぉ。それならぁ納得出来るかも、しれねぇよぉ……家族のためならぁ、仕方ねぇよなぁぁぁ……」
どんな顔してるんだろうコイツ。
何度まばたきしてみてもダメだ、よく見えない。
きっと間抜けな顔した田舎者だな、でなけりゃ心動かされんなよこんな言葉で。嘘かもしれないのに。
「わかった、おめぇさんに血をやるよ」
「ほ、本当かっ?! うっ……」
つい興奮してよろけてしまった。
何か不思議なものが俺を支え包んでくれたような……しかし悪い、触覚もほとんど鈍って無い。
「だけんどおめぇも飲め、このままじゃやっぱ死んじまうよ。地上にたどり着くなんて無理だぁ、その前におめぇ様が死んじまうよぉ」
「そうか……そりゃすげぇ、不味そうだな……」
「クルルルルッ……」
ああ、レウラそこにいたのか。
……やっぱ見えんわ。ヤツの声を追って振り向いたら、目の前全部真っ白になったし。
「おめぇ様みてぇな家族思いの英雄様をよぉ……死なせるなんてぇおらぁ寝覚めわりぃよぉ。おらぁ暇だからなぁ……余計なことばっか考えちまう」
やっぱり何かが俺を包んでいる。
願いが叶うと全身を脱力が襲い、それに堪え切れず膝を突いたのだが何かが支えてくれた。
「約束してくれよ。悪さすんなよ、悪用しちゃなんねぇ。……けんどよ、おらの仲間さ滅ぼしたアイツら倒してくれんなら……いくらでもやんよ。ありがてぇよ」
「ああ、約束する……機会があったら滅ぼしてやるよ。嘘つきだけどな俺」
滅ぼされた古種族の無念、それを俺に背負えとヤツは言う。
どっちにしろ呪いを克服してもアインスは狙われ続けるのだ、巨人と俺たちの利害は一致している。
「さ、飲め、英雄。おらの力さおめぇにやる。おらの力継いで代わりに暴れてくんろ。おらぁ身体でけぇからなぁ……火竜いなくなっても、ここからはでれねぇや、へへへ……」
巨人がどのくらいバカでかいのか、それすらも今の俺にはわからなかった。
いきなり薄暗くなったかと思うと滝みたいに鉄臭いぬるま湯が降り注ぐ。
それが巨人の血であることをぼんやり理解すると、俺はおぼれるほどにその血を飲み込んでやった。
すると、どうしたことか。これは……。
「おんやぁ……? な、なんだぁこりゃぁ……おい英雄よぉ……こりゃぁおめぇ……おめぇどういうことだぁよぉ……?」
巨人が交渉に応じた。
ならばもう立ち上がる必要もない。
不快にベタ付く血の臭い、それにまみれながらも俺は甘い甘い眠りへと落ちていった。
苦痛はもうどこにもない。呼吸は安らかで肺を動かす喜びで満ちている。
「むつかしいなぁ……おらの血、これで瓶に入ったかぁ? おめぇさんよ、もう少しご主人やすませたら、おめぇが地上に運んでやんな」
「クルルッ♪」
「本当におめぇ……ピカピカ綺麗な鱗してんなぁ……。そこの泥人形も主人想いでよぉ……おらぁ……おめぇさん方に会えて、良かったよぉ……」
なに言ってんだこの巨人、子竜フェチか? ド変態じゃん。
悪い、でもそこから先の記憶は無いんだわ。
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原因は恐らく巨人の血と、エリクシルと、限界を超えた致命傷だ。
それから俺は変わった。
姿も、人格すらも。
呪いを超越する伝説の力が、嘘と逃避で形作られたアレクサントという人間を、元通りへと修復してしまったのだ。
俺はアレクサンドロス、偽りの人格アレクサントはもういらない。ついに巨人の血を手に入れたのだから。
――迷宮と巨人と竜の章 終わり




