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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第一章【生まれ出ずるは英雄の芽】
9/30

008『竜の庭』

「終わったあぁぁぁぁぁ!!」


 治療院に通い始めて、2年と半年。

 ちょうどこの間、7歳の誕生日を迎えたある日。

 僕は、ついに反転治癒の修行を完遂。

 一度も魔力を切らすことなく、丸一日、怒涛の魔法行使をやりきったのである!


「えぇ、なに、もしかして明日から来なくなるとか言わないよね? 今更困るよ、坊ちゃんに抜けられると」

「そこはそれ、父がもうすぐ新しい治療院を立てて、追加人員を連れてくるって言ってたので!」

「……頼むよ坊ちゃん? くれぐれもストリア様に言っといておくれよ?」


 そんな微妙な惜しまれ方をしながらも、僕はその日をもって、見習い魔法使いから、ギリ一人前の魔法使いへと駆け上がったのだった。

 ……はず、なんだけどね。


 翌日。

 僕は、馬車に揺られていた。


「え、なに、どこ行きの馬車なのこれ?」

「ん? 森かな」


 対面に座るのはフォルス・トゥ。

 彼女に出会ってから既に四年と経つが、彼女は出会った頃と一切変わらず『少女』のままだ。

 髪の長さは多少なりとも変わってはいるが、身長や容姿は一切変わってない。

 ……父上にも平然とタメ口だし、さすがの僕も、フォルスが見た目通りの年齢では無いことを察し始めてる。


「なんだい、その疑いの眼差しは」

「うん、フォルスってもしかして見た目より年齢イッってるタイプなのかなって。若作りってやつ?」

「……素直はいいことだよ。でも、本音を隠すべき時もある。覚えておくように」

「分かったよ。で、何年くらい生きてるの? 100年くらい?」

「黙れって言ったの伝わらなかったかな」


 いい笑顔で額に青筋をうかべるフォルス。

 おっと、これ以上はまずい。

 僕は話をそらすべく、最初の疑問に立ち返る。


「ところで、フォルス。なんで森なんか目指してるんだ? もしかしなくても新しい修行ってやつ?」

「……はぁ。そうだよ。前々から言ってたけど、今日からは君の身体強化を図る修行だ」

「おお!」


 諦めたような、呆れたような、疲れたような。

 色んな感情の入り交じったため息をして、フォルスは窓の外へと視線を向ける。


「今から行く森はね、ちょっとばかし強めの魔物がそれなりに棲んでるところでね。その森に、一人の男が住んでるはずなんだ。次の修行は、その男が君の師匠だよ」

「フォルスが教えてくれる訳じゃないんだね」

「私は魔法使いだからね。荒事は苦手なのさ」


 苦手なのは荒事じゃなくて力仕事だろうに。

 父上より強いヤツが何を言ってるんだか。

 瞼の裏に焼き付いている昔日の『憧れ』を思い出し、そんなことを思う。


「その人、どんな人なの?」


 もしかして、フォルスより強いんだろうか?

 そんな思いもあって聞いた僕に、彼女は珍しい表情を見せた。その表情は『苦々しい』とでも呼ぶべきか。少なくとも、僕は初めて見た表情だ。


「簡単に言うと【死神からも嫌われた男】かな」

「……なに、その中二病真っ盛りみたいな」

「まぁ、会えばわかるさ」


 彼女はそう言って、遠い目をした。

 ……もしかして、本当にフォルスより強い人だったりするのだろうか。思わず喉を鳴らして、僕は窓の外へと視線を向ける。


 遠くには、深く広い森が見え始めていた。

 秘境とも魔境とも呼ばれる、人類非生存区域。

 通称『竜の庭』。

 子供でも知ってる、入っちゃいけない場所だ。


 まさか、とフォルスへと視線を向ける。

 彼女は笑顔で、あの森を指さした。


「次のステップだ。あそこで生き延びてきなさい」


 ぶん殴ろうかなこのババア。

 その時ばかりは、心の底からそう思った。




 ☆☆☆




 竜種。

 この世界の生態系における、不動の頂点。

 強靭な肉体、堅牢な鱗、鋭い牙と爪。

 攻撃力、防御力、耐久力、敏捷性……極めつけに、賢さまで人類を大幅に上回る規格外。

 それこそが、竜種。


 そんな竜種しか住んでないとされるのが、ここ、竜の庭。当然ながら人類が生きていけるような環境ではなく、足を踏み入れて帰ってきた人間は、ほぼ皆無。

 運良く生き延びた人間や、使い魔を通じて森の危険性は把握出来たものの、それ以外は一切が謎に包まれた大樹海。


「賑やかな場所だね」


 そんな樹海で、フォルスは平然とそういった。

 僕は思わず正気を疑った。

 ただし、彼女のローブにみっともなくしがみつきながら、ではあるけれど。


「な、なんっ、な、なに……言っ」


 森に足を踏み入れて、数分。

 目の前で、巨大な瞳がぎょろりと煌めく。

 森の中から姿を現したのは、緑色の巨体。

 ……緑竜、だったかな。

 竜種の中では比較的弱い個体。

 だが、亜竜でも幼竜でもない。

 れっきとした、竜種が一角。

 普通に騎士団とかを動員しなきゃ行けないレベルの脅威、だったと、思うんだけど……。


 ……嘘だよね。

 こっちを見てる目の数、一つだけじゃないよね。

 なんか、森の中から五体くらい、こっち見てるよね。


 僕の怯え方を見てか、緑竜たちの瞳に喜色が浮かぶ。

 餌だ、餌だ。嬲りがいのある餌だ。

 まるでそう言わんばかりに短く鳴きながら、じりじりと距離を詰めてくる。


 どうする、フォルスなら、もしかしたら二体、いや三体くらいは同時に相手できるか。

 なら、残り二体は僕が……やるしか、ないよな。

 ただ、僕には攻撃手段が何も無い。

 僕の力が、生を反転して即死させられる魔法だとは知っている。けれど、治療はできるようになったものの、その逆は未だ一度として成功したことがない。

 幾度となく安物の器などを対象に試してきたが、壊す、という方向性にはどうやっても魔法は発動しなかった。

 なら、殺すも同じこと。

 多少耐えることが出来たとしても、決定打が何も無い。

 このままじゃ、フォルス諸共ここで終わってしまう。

 クソ……どうしたらいい。

 どうしたら、ここから逃れられ――


「……分不相応。とても不愉快な視線だね」


 思考が加速する中。

 唐突に、僕の視界が真っ白に染まる。


「……えっ」


 思わず隣を見る。

 はぁ、と吐いた息が白く色づいた。

 僕の隣には、額に青筋を浮かべたフォルス。

 視線を戻す。

 ……あれほど恐ろしかった五体の竜は、周辺の森諸共氷漬けにされ、絶命していた。


「シュメルを食おうとしたね。それは分不相応というものだ。次があったら、私の弟子にちょっかいをかけないよう、身の丈にあった生き方を選びなさい」


 一瞬にして雪景色へと変わり果てた最強種。

 寒さにも、そしてあまりにも隔絶した強さを前にも身震いしてしまう。


「ふ、フォルス……そんなに強かったの?」

「まぁね。君の師匠は最強だとも」


 彼女は気負いなくそう言って、魔の森を歩き出す。

 ……最強と、彼女は言った。

 その言葉に、初めて足が震えた。

 今までは、とにかく強くなろう、って気持ちが先行していたけれど、今、改めてその境地がどれほど遠いのかを理解させられた気がした。

 その上、フォルスのソレは自称最強だ。

 彼女より強い生命体が、この世界のどこを探しても存在しない、なんてことはないと思う。

 だから、少なくとも彼女を越えねば、その頂きには辿り着けないんだ。


『フォルスを超える』


 曖昧だった強さへの渇望が、ここに来て浮き彫りとなって明確な形になる。

 昔日の憧れを、超える。

 それこそが、僕の目指すべき場所。

 最終目標、とまでは言わないけれど、絶対にたどり着かなきないけない『通過点』だ。

 ……我ながら、随分と遠い通り道だとは思うけどね。


「震えてるね。もしかして臆したかい?」


 この森が怖いだろうと、見透かしたように言うフォルスに、僕は無理やり口端を吊り上げる。


「……武者震いだよ。ちょうど燃えてきたところだ」


 最強を目指す。

 そんな曖昧な夢に、明確な目標を定めよう。

【フォルス・トゥより強くなること】

 拳を握り、心中でしかと芯に据える。

 何を始めるより、まずはそこから。

 最強に近づくための第一歩として、僕は師匠を超えていく。


 ……まぁ、その第一歩は、だいぶ未来の話になってしまうかもしれないけれど。

 とにもかくにも、目指すべき先は分かった。

 なら、突き進むだけだ。

 たとえ進む先が、死地だったとしても。


「そうかい。期待してるよ、シュメル・ハート」

「期待しといてよ。すぐに度肝を抜いてやる」


 怖さも不安も踏み潰し、一歩を踏み出す。

 魔の森のなかへと、死地へと踏み込む。


 しかしその後、竜の襲撃は一度もなかった。


 恐らくだけど、さっき溢れ出したフォルスの魔力に怯えて、近寄ってこなかったんだろう。

 竜は人間以上に賢い。ゆえに彼我の実力差には敏感で、無謀な戦いになど絶対に臨まないとも聞いたことがある。

 そういう意味では、フォルスはこの森の竜種全てから『戦いたくない相手』と認められたことになる。

 ……つくづく規格外だな、この師匠。

 そんなふうに苦笑しながら歩いて、数時間。


「あれって――」

「うん、目的地に到着だよ」


 森の中に、ぽっかりと木々のない大きな広場が目の前にはあった。

 そして、広場の中心には小さな家がひとつ。

 それだけでも異質な光景だ。

 加えて、その家は年季が入ったものであれど、襲撃などによる外傷は一切見当たらない。

 それはつまり、家が建てられて以降一度の襲撃も受けていないという証明。フォルス同様『戦いたくない相手』として竜種全てに認められている証拠。


 その家へと向かいつつ、馬車の中でフォルスから聞いた言葉を思い出す。

 彼女いわく、その男は――。


「さぁ、紹介しようかシュメル」


 フォルスは、扉を開けて僕を振り返る。

 家の中は、至って普通の民家の様相。

 暖炉はパチパチと音を立てて火を焚き上げ。

 その前に、一人の男が座っていた。


 その人物を見て、僕は思わず目を丸くする。



「【死神に嫌われた男】、名をオルド」



 オルド、と呼ばれて、その男性は振り返る。

 後退した前髪に、長い顎髭。

 それらは褪せて、今では真っ白。

 肌も病的なまでに白く。

 片方の目を漆黒の眼帯が隠している。


 ……失礼を承知で言わせてもらうが。

 その姿に、一切の風格など残っておらず。


「元一流の、狩人さ」


 そう紹介するフォルスに、思わず叫んだ。


「こっ、腰の曲がった爺さんじゃねぇか!!」


『元』一流、と紹介された爺さんは。

 顎髭をさすり、不思議そうに首を傾げた。



「お主ら……誰じゃったかのぉ?」



 フォルスの知人、だとは思うけど。

 さすがは、年齢不詳のロリババア。

 一体何年前の知り合いだ、と心の底から怒鳴りつけてやりたくなった。


【豆知識】

〇竜の庭

世界に名だたる秘境、魔境。

その一つに数えられる『人類非生存区域』。

かつて、特級指定された竜種アトラスが住んでいた広大な森。

かの竜が生存していた頃は、今とは比べ物にならないほどの危険度を誇っていた――とされるが、それはずっと昔の話。アトラスは一人の剣士によって討伐され、以降、この森は古き時代ほどの危険度は誇っていない。

といっても、それは五十歩百歩。

地竜王アトラスが、それを単身討伐してしまった剣士が異常だっただけで、相変わらずこの森は人類が生活していけるような環境ではない。


また、この剣士は最強の竜を一撃で屠っておきながら、なぜか『伝説の鍛冶師の一番弟子』としても名を馳せることとなる。

そんな竜殺しが打った『最高傑作』とシュメルが出逢うのは、まだ少し先の話。




次回【死神に嫌われた男】



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