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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第一章【生まれ出ずるは英雄の芽】
8/30

007『治癒士シュメル』

総合100ポイント達成してました!

まだ8話目ですが、ありがとうございます!

『 改めて。次は傷を治せるようになってもらうよ』

『……』


 目が覚めて。

 開口一番にそんなことを言われた。

 ほんとにぶん殴ってやろうかこの人。

 いや、色々と恩はあるし、一応憧れの人だし……いやでも一発くらいなら許されるんじゃないかな。だって僕も子供なわけだし。四歳児ですし。

 そんなことを考えている間も、フォルスは今回の修行について語っていた。


『というより、魔法の修行はこの段階を終えれば一区切りと言ったところだね。この後は、引き続き魔法の練度を高めつつ、君の肉体強化へと走るつもりだよ』

『……一応、傷は治ったはずだけど?』

『もちろん。だけど、一回使ったらぶっ倒れるなんて、そんなの実践では使えないでしょ?』


 だからね、と。

 そう言われてから、三十分後。

 フォルスに連れられてやってきたるは、治療院。

 次から次へと負傷した冒険者が運ばれてくる。

 軽傷者から、今にも死にそうな重傷者まで。

 治療院の中は、血と汗と、消毒液の嫌な匂いが充満している。


「こっち! ありったけ解毒薬持ってきて!」

「人手足りません! また大怪我の冒険者が……」

「内臓に損傷あり! 回復魔法使い、こっちに――」

「痛ぇ、痛えよぉ……!」

「はい、腐ってきてるから右脚切るよー。舌噛まないように布でも噛んでおいてねー」


 飛び交う怒号と絶叫。

 まるでそこは戦場だった。

 ……そりゃ、こうもなるかぁ。

 目の前の光景に、驚きつつも納得する。

 僕の魔法が露見してから、領地はいつになく賑わっていると聞いていた。当然、商人やそれを護衛する冒険者も訪れるし、冒険者が増えれば増えるほど、こうした怪我人も増える。

 対して、この街には治療院はひとつだけ。

 増えに増え続ける怪我人が全員ここに集まってくるとなると……考えるだけで頭が痛くなってくるな。


「君の次の目標は、丸一日、この治療院で患者に反転を行ったとして、魔力切れを起こさないこと」

「……どんな無茶言ってるか、理解してます?」

「言ったでしょ? これを完遂できたなら、魔法使いとしての修行は一区切りつく、って」

「……でしょうね」


 言い換えれば、その時点でもう一人前ってことだ。

 フォルスは無言で、魔力回復薬を手渡してくる。

 僕は大きく息を吐いて、受け取った薬を一気に飲み干す。


「ちなみに、フォルスの見立てだと何年くらい?」

「十年は見ていたんだけどね。君なら、五年くらいでなんとかなるかい、霜の再来?」


 五年……五年か。

 今が四歳。終わるのが九歳から十歳ってところ。

 そう考えると……やっぱり『遅い』と感じてしまう。


「三年だね。それ以上はかけたくないよ」


 そう言って、僕は治癒士たちの元へと走り出す。

 彼らは、忙しいところを邪魔をしに来た小僧を見かねて、額に青筋を浮かれていたけれど。


「僕、回復魔法使えます! 手伝わせてください!」


 そう聞くや否や、ギラリと眼光を輝かせ、僕の腕をガシッと掴むのだった。




 ☆☆☆




 そして、僕の戦場通いが始まった。

 朝早く起きて、屋敷を飛び出し。

 そのまま、治療院という名の戦場へ。

 僕がたどり着いた時には、もう怒声が響いていた。


「早く治さんか! 次が詰まっておるんだぞ!」


 院長が治癒魔法を使いながら、周囲へ怒鳴る。

 その腕前は見事の一言。

 僕の反転よりも早く、正確に、確実に。

 それでいて魔力消費を極限まで抑えた治療。

 あっという間に重傷を治してしまった彼を見て、改めて思う。

 

 ーー目指すなら、あの人だ。


「むむ、来たか坊ちゃん! 来たならさっさと治療に入れ! 気絶したなら魔力回復薬ぶち込んでやるから、思う存分気絶していいぞ!」

「はい!」


 そう言って、僕は持ち場へと走る。

 僕の持ち場には、既に大量の魔力回復薬が常備されている。こんなに貰っていいのか……とも思ったが、院長曰く、『今は出費より人手が欲しい』とのこと。

 よくよく考えたら、こんなにも大量のお客様が訪れてくれるわけだ。金より休みをくれ、と叫べる程度には儲けているんだろう。

 ……と、あんまり考えてる余裕もないんだった。

 持ち場に着くや否や、患者が運ばれてくる。


「駆け出し冒険者の男性で、ゴブリンから足に矢を受けています。矢を受けてすぐ無理矢理に抜いたせいで、出血が止まらないとのことです」

「了解です」


 男性を運んできた看護師から説明を受け、患者へと向き直る。

 だいぶ出血しているんだろう。血は応急処置で止めているようだが、完全には止まっていない。

 重ねて言うと、失った血液というのは回復魔法では復活しない。

 というわけで、僕の出番というわけだ。

 痛々しい傷口へと視線を落とす。

 毎度毎度、あまりにグロくて吐きそうにもなるが、生憎と吐くことには耐性がある。なんとか我慢して観察すること十秒ほど。

 僕は無傷の状態を頭に描き、魔法を放つ。


「【反転】」


 発動と同時に、尋常ではない量の魔力が動く。

 動いた時点で、魔法は確実に発動するのだ。

 だから、問題はこっから先。

 動き始めてから、魔法が結果として現れるまで。

 この数秒間に、どれだけ魔力消費を押さえられるか。

 歯を食いしばりながら、全神経を魔力の流れへと向け、集中する。


 最初は蛇口をひねるように、大元を絞ってみた。

 大元を痺れば、自ずと消耗する魔力も減るのでは、と。

 しかし、それは無理筋だとすぐに理解する。

 そもそも魔力とは体内を絶えず循環するもの。

 仮にそれを止めようとしたならば、止める労力にも魔力を消費する。なら、その方向性は間違っている。


 ならば、と。

 次は水の流れをイメージする。

 思い描くは、水道管の中を流れる水だ。

 あれこそが僕の目指す完璧な魔力操作だとするならば、現状、僕の扱う魔力は、水はけのいい地面を流れる小さな川だ。

 水道管と比べて一度に運べる量は多いだろう。だが、水は運べば運ぶほど大地に染み渡り、運搬先へとたどり着いた頃には半分程度にまで減っている。


 うん、イメージとしてはこれで合ってるはずだ。

 だから僕がすべきことは、水が、魔力が他所へと流れて消えていかないよう、しっかりと魔力回路に意識を向けること。

 ……なん、だけど。


「ぐ……ぬぬ」


 その日最初の反転治癒。

 だっていうのに、既に背中は汗びっしょり。

 額から伝う汗を拭う暇もなく、僕は歯を食いしばって魔力制御に注力する。


 やっぱりこの修行は、今までとは別格だ。

 まるで難易度が違う。

 耐えればいいだけの、あくまでも前提を整える訓練から。生身で神の目に匹敵しようという、無理難題を叶えるための訓練へと足を踏み入れたんだ。

 そう、否が応でも理解させられるほど、肉体の反転というものは難易度が高い。


「はぁ、はぁ……っ、お、終わりました……」

「お疲れ様です。次の患者さんを連れてまいりました」


 なんとか、必死な思いで治療を終わらせる。

 と同時に、待ち構えていた無慈悲な看護師さんによって次の患者が運び込まれる。


 僕は大きく深呼吸して、魔力回復薬をグビっと飲み干す。


「……次、お願いします」


 げっそりとした顔で、僕は次の患者を迎え入れる。

 ……これは、思った以上にハードな修行になりそうだ。




 ☆☆☆




「で、順調かい? フォルスの修行は」


 シュメルが治療院でヒィヒィ言っている頃。

 領主邸の執務室には、数名の人間が集まっていた。

 執務机の前には、隻腕の偉丈夫、ストリア・ハート。

 シュメルの父にして、ハート男爵家の現当主だ。


「そうだね。神の目こそ持って生まれなかったものの、それ以外の才能はピカイチだからね。発想力や想像力も豊かだし、私の予想を遥かに上回る速度で進行中だよ。修行もね」


 返すは、シュメルの師、フォルス・トゥ。

 その隣には、シュメルの母であるカグラ・ハート。執事長であるセバスチャンも同席している。

 二人は途中までは『うんうん』と我がことのように自慢げに話を聞いていたが、最後の一言で表情が変わる。


「……修行『も』ですか」

「今日で百人を超えたよ、私が撃退した暗殺者」


 ひくりと、三人の頬が引き攣る。

 対して、フォルスは呆れた様子で肩を竦めた。


「この家って暗部が育ってないだろう? だから、シュメルの成長速度は他家にも筒抜け。そりゃ、脅威に思った勢力からは『間引こう』って考えも出てくるだろう」

「……まあ、全てが全て『そう』では無いというのが、不幸中の幸い、だろうな」


 ストリアは、そう言って深く息を吐く。

 現に、国王陛下よりシュメルを王宮で一時的に保護しようか、という提案も送られてきている。

 提案、とはいえ男爵家にとっては半ば命令にも近いわけだが、ハート男爵家は先の戦争で王家へと多大な貸しがある。

 加えて、隻腕とはいえストリア・ハートは個で軍に匹敵する規格外の怪物。

 そんな化け物を相手に王家としてもあまり強くは出られないため、ストリアも命令をある程度無視できているのだが……。


「いずれにしても、どこの勢力も動きが早すぎる。……そんなにも【反転(アンリアル)】が怖いものかね」

「怖いでしょ。即死魔法だよ、即死魔法」

「そんなもの、戦場ではザラだったがな」

「……なんでそんな戦場で生身の君が生き残ってるのか、私はびっくりなんだけどね」


 フォルスは、改めて目の前の偉丈夫の力量と、その血を強く継いだシュメルの潜在能力に思いを馳せる。

 だが、そんな思考も一瞬。


「とにかくだ。私はシュメルを誰かに預けようだなんて思っていない。あれほどの逸材を、どこぞの凡骨に育てさせてたまるもんか」

「俺たちは、親として子を心配しているだけなんだが。まぁ、大まかな気持ちとしては同じだよ」


 カグラとセバスチャンも、首肯し同意を示す。

 ハート男爵家としての総意は揺るがない。

 シュメル・ハートは譲らない。

 思う存分、こちらの手で育てさせてもらう。


「暗殺者は、全て私の方で始末しておくよ。シュメルには気づかれないようにね。だから、政治的なアレコレは、ストリア。君に全部任せてしまって構わないかい?」

「……はぁ。俺も時間さえあれば、この手でシュメルを鍛えてやりたかったんだがなぁ」


 言うまでもなく、彼は師として最高の逸材だろう。

 純粋な近接戦闘において言えば、この時代では間違いなく最強格。片腕を失おうと、その実力には一切の翳りが見えない。

 そんな彼に教わることが出来たのなら、きっとシュメルは大きく成長できたことだろう。

 だが、それはきっと叶わない。

 フォルスの言う『政治的なアレコレ』が忙しすぎて、シュメルに稽古を付ける余裕が全く無いのだ。


 ガックリと肩を落とすストリア。

 彼の様子を見て、フォルスはニヤリと笑みを見せた。


「だろうと思ってね。逸材を見つけておいたんだ」

「……む? 俺より強いヤツか?」

「うーん……。戦士としては分からないけどさ」


 腕を組み、悩む素振りを見せるフォルス。

 だが、そのあとの言葉には、一切の迷いはなかった。



「それでも純粋な殺し合いなら、百回やっても百回君に勝つような爺さんだよ」



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