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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第二章【その芽は未だ青くとも】
30/30

029『学科試験』

筆が進んだので、ちょっと早いですけど更新です。

 そんなこんなで。 

 殿下が来てしまったのならどうしようもなく。

 僕とオルドは馬車へと乗り込み、目的地へと出発した。


 その道中、色々と殿下からはお話があったけれど。

 話の中にはこれから向かう学院のことも含まれていた。


 魔術古書館付属学院。

 この国で一番規模の大きな学校であり。

 同時に、学院内にダンジョンを保有する大陸で唯一の学び舎でもある。


 当然ながら、大陸中から入学希望者は集まるわけで。

 その倍率は、ちょっと考えたくもないほど。

 非常に狭き門であることは間違いない。

 そんな中で、学院が公表する合格基準はふんわりとしているらしい。


【学科試験、実技試験の片方、あるいは両方の結果をもってして、学院に『欲しい』と思わせれば合格とする】


 ……以上である。

 合格点などの記載は一切なく。

 ただ『欲しい人材だと思わせろ』と。

 それだけが学院の公表する合格基準、とのこと。


「なので、たとえ学科試験の結果がゼロ点だったとしても、実技試験の方で満点を取り、学院が『欲しい』と思った時点で試験は合格なのです」

「なるほど。お詳しいですね、殿下」

「はい! シュメル様にご説明して差し上げたくて、色々と調べてきました!」

「ありがとうございます。入学希望とか言っておきながら……あまり調べられてなかったので。助かりました」


 学科試験も受かるつもりで勉強はしてきたんだけど、それも修行する合間を縫っての付け焼き刃だ。他の受験者と比べれば大した受験勉強でも無い。

 不安ではあったんだけど、彼女の話を聞いて少し肩の荷が降りた気分だ。


「ようは、実技試験とやらで満点を叩き出せば良いのじゃろう? 良かったな小僧、簡単そうじゃぞ?」


 同じことを思わなかった訳では無い。

 訳では無いが……素直に頷ける意見でもない。


「それは慢心しすぎだって爺さん。僕より強い奴なんてまだまだいる訳だし」


 フォルスにオルド、父上に、銀竜とか。

 他にも、護衛騎士のイグリットさんや男爵家の精鋭騎士は今の僕と同等以上だと思う。

 そういった『格上』を知ってるからな。

 『同年代なら僕が一番強い』なんて、気軽には言えないよ。


「『子供』という枠組みの中で躓く実力ではないのじゃかな。()()()()()()負けることはないじゃろ」

「今の僕は『戦士』だよ。だから、負けることもあるだろ、って話さ」


 というか、学生相手に本気なんて出せないよ。

 清く正しく正々堂々、戦士として戦う以上、使えない手段は山ほどある。

 爺さんの下で身に着けた技術は一つ残さず封印してるし。

 なにより、殺さないよう手加減しなきゃいけない。

 そりゃ、真剣ではあっても、本気だなんて言えないだろう。


「出し惜しむ理由があるというのも、面倒くさいのぅ」

「ちゃんと戦えば、もう十分強いのにね。おじいちゃんも途中から嘆いてたし」

「嘆いてたのではない。あれは心底呆れていたのだ」


 爺さんは深いため息を漏らし、僕は思わず苦笑い。

 というのも、狩人としての僕はとっくに彼の手を離れている。

 その理由はシンプルで――()()()()()()()()()()()、そうだ。

 ただ、それがあまりにも早すぎたため、爺さんは驚き呆れ果てていた。

 『まじかこいつ』

 と言わんばかりの視線は、今でもよく覚えている。


「お主、ちょっと強くなりすぎなんじゃよ」

「だね。今更学校になんて通う必要あるの?」


 二人の言葉に、思わず「うぐっ」と言葉に詰まる。

 だが、こっちにも曲げられない理由がある。


「い、いいだろ! 一回くらい学園編やったって! 減るもんじゃないじゃん!」

「え、なに学園編って」

「細かいことはいいの! テンプレなんだよ、テンプレ!」


 せっかくの異世界転生だぞ?

 なのに、森にこもって爺さんと修行だけ……とか、何それどこが楽しいの?

 学園編! 青春! 無双!

 かつて夢見た異世界転生テンプレに心躍らせて何が悪い!

 

「じゃが、森で修行してた方が手っ取り早く強くなれるぞ?」


 爺さんから飛んできた正論を前に、堂々と耳をふさぐ。

 それに関しては反論できないので、聞かなかったことにさせてください。


 深いため息を漏らすフォルスと爺さんだが、僕も僕で曲がるつもりはない。


「とにかく、ダンジョンにも用はあるし、なにより、そういうのを確かめるための入学試験だよ」


 入学試験。

 つまるところ、僕の同世代が一堂に会する絶好のタイミングだ。

 学園が僕ら受験者を見定めるように……僕も、この機会に見極めておきたい。

 本当に、学園に通って【益】はあるのか。

 彼らと肩を並べて歩いた先に、僕の【成長】はあるのかどうか。


 ぱちりと、電源を入れるように。

 意識を変えて、現実を見据える。


 ……ああ、そうだな。

 たしかに学園編には憧れる。

 テンプレは一度くらいは味わってみたい。


 ――だが。


 僕はフォルスへと一瞥向ける。

 不思議そうに首をかしげる彼女を想い。

 僕は、『やりたいこと』と『やるべきこと』を天秤にかける。



「……仮に、誰一人として『戦士』の僕にすら勝てないのなら」



 入学試験を思い、窓の外へと視線を向ける。

 せっかくなら苦戦したいし、学びたいし、もっと強くなって帰ってきたい。

 だから僕は『戦士』として、全力を尽くして合格を掴みに行くつもりだ。


 だが、その過程で。


 ただの『戦士』一人に、誰も敵わないというのなら。

 手加減してなお、それでも見るものが何もなかったとしたら。


 そう考えて、僕は深いため息を漏らす。



「たしかに、そこで学ぶ意味はないのかもしれないね」



 そして意味がないのなら、学園編はそこで終了だ。

 通いたい気持ちは強いが――通うべきではない、と冷静な判断が勝る。


 五年前のオルドの教えを忘れたことは無い。

 一番を取れない場所へと突っ走れ。

 その教えがあったから、僕は『勇者パーティが攻略できなかった』とされるダンジョンを目指したし。

 その学校でもより強くより高く、成長して行けたらいいなと思った。


 だから、願わくば。

 今回の入学試験。

 僕を負かせるくらい強い同級生が、現れて欲しい。


 たとえ望み薄だとしても、そう願わずにはいられない。



「だから最初から言ってるじゃん」


「うむ。その通りじゃて」



 三人から同時に否定を喰らいつつ。

 僕は苦笑混じりに、遠くの街へと意識を向ける。


 窓の向こうには、すでにその街が見えていた。



【魔術学院都市】



 僕たちが目指す、巨大都市の名前だ。




 ☆☆☆




 学院都市へと到着した殿下一行。

 到着したのは日が暮れた頃だった。

 しかも入学試験、前日の夕方だ。

 ……不本意とはいえ、試験前だと言うのに殿下にはかなり無茶なスケジュールを敷いてしまったな、と反省しつつ。

 同時に、クローズ王国内の学院がその国の王族を落とすわけもないか、と少し考え直す。


 というわけで、翌日。

 僕と殿下はイグリットさんの護衛の元、魔術古書館へとやってきていた。


「噂に聞くより……大きいですね」

「はい! 敷地面積は王都の半分程度だと聞きました!」


 見上げる先は、天を衝くような巨大な時計塔。

 おそらく……前世で言うところの日本一の建築物を優に超える高さがあるだろう。

 その時計塔こそが件の古書館にして、大陸で最大規模の建築物でもあるらしい。

 あの内部には億単位の本が眠っていて、その時計塔を中心として……殿下の言った『王都の半分程度』にも及ぶ広大な敷地が広がっているらしい。

 僕が目指す学院や、ダンジョン、魔法使いたちの研究施設もその敷地の中にあるわけだ。


 視線を移動させると、これまた大きな校舎が見えた。

 多くの子供たちが校舎の中へと入っていくが……あれほど大きな時計塔を見たあとだ。全然ではまず見ないほど大きな校舎ではあるのだが、少し小さく見えてしまうな。


「では、私はこの辺りで失礼いたします。入学試験終了後は、この辺りでお待ちしております」

「はい、ありがとうございます、イグリット」


 イグリットさんも校舎前でお別れとなり。

 僕と殿下は並んで校舎玄関の受付へと向かう。

 周囲には、僕らと同じような年齢の少年少女たち。

 ……どっかに、強そうな奴はいないかなぁ。

 そう思って周囲を見渡してみるも、こんな倍率の高い学院に入学しようだなんてのは、ほとんどが貴族だ。


「……少なくとも、鍛えてそうな受験者は見当たりませんね。魔法使い志望なら、やっぱり魔法の方が優れてるんでしょうか」

「そうですね。より良い血筋と交わり続けてきたのが貴族です。平民と比べれば、より強い魔法を『引く』可能性は高いと思いますよ」


 ……それもそうか、貴族だもんな。

 何でもかんでも恋愛結婚では無いって話か。

 周囲に貴族の方が多く見えるのは、単純に金銭面や境遇、学習環境の問題だけでは無いのだろう。

 そうこう考えていると、ふと、殿下の嬉しそうな笑顔が視界に入った。


「しかし当然、それもシュメル様よりは劣るのです!」


 殿下の元気いっぱいな発言。

 瞬間、見下されたと感じた周囲の少年少女がじろりとこちらを睨みつけた。

 僕は黙って視線を逸らした。

 王族の顔くらい知っとけよ貴族、とは思いつつ。

 同時に、クラリス殿下が例の暗殺未遂以降、あまり公の場に出なくなったのでそれも仕方がないかと同情が過ぎる。


 結論、かかわり合いになりたくないなぁ。


「目指すはシュメル様首席、私は次席ですね! 一緒に頑張りましょう!」

「殿下……普通は逆なんですよ。王族、でしょう、貴女」


 知らせるように『王族』という言葉を強調。

 すると、さっきまで睨みつけていた少年少女たちは目をガン開き、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 その光景にホッと胸を撫で下ろす僕。

 対して、首を傾げて周囲を見渡したクラリス殿下。


「あら? ……まだ、こちらを睨んでいた方々、全員顔を覚えられていなかったのですが……」


 彼女の言葉を聞いて、思わず苦笑する。

 どれだけ可愛らしくても、彼女は継承権第四位。

 この国で最先端の教育を受け、王族としての誇りを胸の奥に秘めているお方だ。

 最近はどうやら様子がおかしいが、自分へと向けられた不躾な視線に気づかないわけが無――。


()()()()()()あんなにも睨むだなんて……どこの家の者かしっかり調べあげて差し上げたかったのですが」


 ……大丈夫かな、この殿下。

 僕は本格的に、彼女の目が腐っているのではないかと心配を始めた。


「……睨まれてたの殿下ですよ」

「えっ! そ、そうだったのですか!?」


 そうこう話している内にも、受付へと辿り着く。

 偶然にも周囲の受験者たちが散ったおかげかな。受付には列も出来てなくてスムーズなものだ。

 受付の職員さんは僕ら二人の近くに誰も寄ってこないことに首を傾げつつも、挨拶してくれた。


「おはようございます。それでは受験者名、受験者番号を教えてください」


 僕はカバンの中から受験票を取りだし、確認する。


「受験番号1025番、シュメル・ハートです」

「並びに受験番号0031番、クラリス・クローズと申します」


 名乗った瞬間、職員さんは僅かに目を見開く。

 だが、驚きは小さなものだった。

 やはりそうか、とでも言いたげな納得を見せたあたり、流石に王族の顔くらいは知っていたのだろう。ここらの受験者とは大違いだな。


「ありがとうございます。それでは、クラリス殿下は第一教室へ。シュメル卿は第六教室へ向かい、学科試験までお待ちください」


 職員の後ろを見れば、第一から第五教室は右側。

 第六から以降は左側となっている。

 どうやら、殿下とはここでお別れのようだ。


「それでは殿下。ご健闘を」

「はい! 次席目指して頑張ります!」


 そう言って、彼女は元気いっぱいに教室へと向かう。

 その背を少し見送って、僕もまた受験教室へと歩き出す。


「なんだったら……殿下が僕を負かしてくれたって構わないんだけどな」


 ……ま、それは本人が断固拒否するだろうけど。

 クラリス殿下は、ああ見えて頑固だから。

 僕と戦い、僕に勝て、なんてお願い。

『聞けぬ願いですね!』

 と返ってくるのがオチだ。

 推しの願いだろうがなんだろうが関係ない。

 クラリス殿下は、たぶん未来永劫僕の敵にはならないだろう。


 そう、敵ではない。


 だが、たまに思うのだ。

 戦士として、彼女と戦い。

 果たして僕は、勝てるだろうか?


 そう考えて、笑みを深める。



「おかげで、寂しくなんてないですよ、殿下」



 かつて聞いた『誓い』を思い出し。

 つくづく、頭が上がらないなと感謝を抱く。




 ☆☆☆




 第六教室について一時間後。

 ついに、学科試験が開始となった。


 学科試験の内容としては。

 ひとつ、この大陸の歴史問題。

 ひとつ、計算などの数学問題。

 ひとつ、魔法の基礎知識問題。

 最後に、内容不明の記述問題。


 とされている。


 一つ目の歴史の問題。

 僕は一時期の読書漬け生活のおかげで、歴史の知識だけは必要以上に覚えてる。

 ただ、覚えている内容はほとんどがフォルスから借り受けた本によるもの。

 そこら辺に偏りがなければいいんだが……。


 そんな思いで試験に望んだわけだが。

 結果から言うと、僕の悩みは杞憂だったらしい。

 拍子抜けするほど問題が簡単だったので、たぶん満点だろう。

 ただ、周囲の受験者からは苦悩の声が上がっていたため、それなりに難しい問題ではあったようだ。



 次に、数学の問題。

 これは語るまでもないね。

 転生者ですからね。余裕でした。



 そして、魔法の基礎知識の問題。

 ……これが、僕にとって一番の難関だ。

 なんせ、僕が学んできたのは【反転(アンリアル)】の使い方。

 それをひたすら実技訓練を繰り返すことで身につけてきたのであって、基礎と呼べるようなモノはフォルスからは何も教わっていない。

 だから、僕の受験勉強の殆どはこの分野に集中していた。


 そのおかげもあってか、酷い点数ではないと思われる。

 だが、歴史や数学とは違って明らかに分からない単語や問題があったため、『赤点ではないだろう』って程度の結果だ。



 最後に、内容不明の記述問題。

 内容としては、一つの質問に記述で答えるだけ。

 ただ、これは毎年内容が変わる問題らしい。


 去年は『自分が平民だとして、領主の不正の証拠を掴んでしまった。あなたはどうする?』というもの。


 一昨年は『あなたは戦争へと参加することとなった。自分の能力を考えた上で、本隊、遊撃隊、後方部隊のいずれに参加するべきか答えよ』というもの。


 そのさらに前の年は『この学院へと入学したとして、あなたは自身の魔法をどのように成長させ、高めていきたいかを答えよ』……だったかな。


 いずれにしても、簡単に答えられるような問題では無い。

 毎年毎年、良くもまぁそんなに意地の悪い問題を出せるものだと感心するが、受ける立場となると途端に頭が痛くなる話だ。


 というわけで。

 僕は喉を鳴らしてその記述問題へと目を通した。




『一人殺せば悪人で、百万人殺せば英雄とされます。では、この悪人と英雄の最も大きな差異はなにか、ひとつ答えよ』




 ……これは、また難しい問題だな。


 周囲から苦悩の声が漏れる中。

 僕もまた、筆を置いて顔を顰めた。


 結果として、なんとか答えを捻り出したものの。


 回答を終えたのは、試験が終わる数分前のことだった。




英雄という存在が。

正確には、英雄に至るための『殺し』が身近なこの世界。

学生相手に提示する記述問題としては、意地の悪い問題。

ちなみに、それぞれの回答ですが、以下の通りです。



【シュメル・ハート】

悪人も視点が変われば英雄に映り。

英雄も、視点が変われば悪人に見える。

そのため、人を殺した時点でどちらも似たようなものだと考える。

ただ、それでも何か差異があるのだとしたら。

『自分のために殺したのか』

『誰かのために殺したのか』

それだけだと思う。



【クラリス・クローズ】

悪人は自己の利益や欲望のために他者を害し。

英雄は社会のため、正義のために他者を助ける。

その過程でどれだけの人を殺したかは問題ではなく。

その果てにどれだけの人を救ったか。

それが、悪人と英雄の最も大きな差異と考えます。




☆☆☆




次回『実技試験』


待ち望んだ、見定めの時。

戦士としての自分にすら勝てないようでは。

きっと、同世代に見るものは何もない。


そう考え、何かあれよと強く願い。

されど、現実は残酷だ。


「君たちには、この森で狩りをしてもらいます」


こと、その分野において。

シュメル・ハートが同世代に負けることなど、万に一つもありえない。





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