022『王女とフォルス』
もうすこし先のことですが。
第一章+幕間二つを更新後、週一回更新になりそうです。
今のところ、毎週日曜日の予定です。
宜しくお願いいたします。
☆☆☆
前半はフォルス視点です。
クラリス殿下襲撃事件より、数日。
馬を潰す勢いで駆け抜けた馬車は、超特急でこの国の王都へと到着していた。
――王都グラシド。
この国において最も栄える巨大都市。
ハート男爵領での街と比べると、天と地、という言葉が良く似合うほど、大きな街だ。
「いつ来ても、広い場所だねぇ」
「そっか。フォルスは出場手続きとかで来てるもんな」
フォルスの呟きに、シュメルが反応する。
彼女は肯定も否定もせず曖昧に頷くと、二人が降りた馬車から王女殿下が駆け下りてきた。
(……危ないなぁ)
そのすぐ後ろには侍女も続くし、周囲には護衛騎士もいる。とはいえ、だ。襲撃直後に街中で姿を見せるのは……少し考えが足りてない。
フォルスは冷静にそう思いつつも、同時にさほど問題視はしなかった。
なにせ、この場には自分がいる。
なら、何も問題は無い。
「シュメル、お姫様がお呼びだよ」
「ん? 」
想像通り、要件はシュメルに対する別れの挨拶だった。
彼女は王城へ向かい。
対するシュメルは、武闘会の準備へ向かう。
護衛もここで終了だ。
お姫様と、男爵家の長男。
奇妙な凸凹コンビの別れを隣で眺めつつ、会話の内容は(興味もないので)聞き流し、彼女は他の部分へと意識を向ける。
ここから先、彼女の護衛はストリア・ハートが引き受けるだろう。
フォルスが気配を探ると、彼はすぐ王都の近くまで来ていることが分かった。
(ほんと、デタラメな速さに、強さしてるよ。この時代だと最強格だったんじゃないのかな、彼)
そう、フォルスは考えた。
惜しむらくは、悪魔に片腕を落とされたこと。
そして、息子へ受け継がれた『城崩し』を除き、彼の全力に応えられる武器が手元に無いこと、だろうか。
片腕を失い、武器を託し。
既に、戦士としての力は全盛期には程遠い。
……それでも、あれだけの強さだ。
本人は謙遜していたが、大英雄と呼ばれるに足る能力だ。誇ったっていい。
(これはありえない仮定だけれど。八年前、ストリアが家族を守ろうと動かなければ、あるいは……勝てていたのかもしれないね)
八年前、彼が腕を失った日のことを思い。
少し考えたけれど、すぐに無駄な思考だと割り切り、思考を止める。
だって、彼が勝てたかどうかは重要じゃない。
彼は、守り通した。
シュメル・ハートという『次』へと繋げた。
それで十分だ。
いずれにせよ、彼女は『ストリア・ハート』という大英雄を評価していた。
ましてや王女殿下の護衛ともなれば、これ以上ないほどの適任だろう、と。
「あ、あの、フォルス様!」
「……ん?」
ふと、名前を呼ばれて意識を戻す。
目の前には、緊張した様子のクラリス殿下。
シュメルは……と探してみると、すでに別れの挨拶は済んだのだろう。少し離れた場所で周囲をキョロキョロと見渡していた。
見た目だけなら、初めて来た王都に心を踊らせている年相応の少年……に見えるのだろうが、それをシュメル・ハートがやっている時点で『演技だろう』と彼女は考える。
(距離を取っているのは……もしかして、クラリス殿下に対する配慮なのかな)
目の前の少女へと視線を戻す。
その目に灯った炎は強く、別れの挨拶が目的では無いのだとフォルスでも察せた。
「なんだい、クラリス殿下」
敬語を使うつもりは、最初から無い。
フォルス・トゥはこの国に属しているわけでもなければ、まして、王家に忠誠を誓っている訳でもない。
そもそも自分より弱い人間に、敬意なんて欠けらも無い。
……否、そもそも興味すらないのか。
見下ろす視線は絶対零度。
路肩に転がる石ころを見下ろすような目で、王族に対する。
「あ、あの! 少しご相談がありまして……!」
しかし、クラリス殿下は動じない。
それはフォルスが、シュメルの師匠であるためか。
あるいは、直感的に『敵にするべきでは無い』と判断したためか。
いずれにせよ、何かしら言われると考えていたフォルスは、すこし拍子抜けする。そして、ほんの少しだけ、目の前の少女に興味が湧いた。
「……たしか、【神聖魔法】だっけ、君の魔法」
「は、はい! まさにその事でご相談があったのです!」
神聖魔法。
神の寵児、アルテナと同じ魔法だ。
それなりに永くを生きているフォルスにとって、その使い手に会う事は初めてでは無い。
額に指を当て、その知識を掘り起こす。
さて、どんな魔法だったか。
少なくとも……使うのが難しいことは確かだ。
「わ、私は……神聖魔法を得てから、必死になって努力してきたつもりです。ですが、まだ私の神聖魔法では、小さな切り傷を癒せる程度……。本職であるはずなのに、シュメル様が扱う【反転】の足元にも及んでいません」
「だろうね。難しい魔法だって記憶してるよ」
魔法、というのは強力なほど使用難易度が高い。
シュメルの【反転】がそうであったように。
神の奇跡と称される【神聖魔法】ともなれば、子供の『努力』程度で使い物になる代物では無い。
「わ、私……このままじゃダメなんです! 難しいから、は言い訳にはなりません! 私より難しい魔法を、同い年であれだけ使いこなしている、シュメル様がおられるのですから!」
「……まぁ、あの子はね」
チラリと、弟子の方へと視線を向ける。
普通なら聞こえない距離だが、シュメル・ハートの五感であれば、この程度の会話は難なく聞き取れるだろう。
なので、聞こえている前提で、あまり今までは言ってこなかった事実を口にする。
「本人に言ったことは無いけど、彼は天才だよ。ただ一つ恵まれなかっただけで、ほか全てに恵まれた神の子だ」
「か、神の……」
「そういう他ないだろう? 幼少期より大人と変わらぬ知性を持ち、才能の上に血反吐を吐くほどの努力を重ねられる人間だ」
当初は、神の目がないことに少なからず失望した。
だが、そんな失望は彼が育つにつれて消えていった。
「常々思うけど、アレを子供とは呼べないよ。間違っても同い年だからと比べない方がいい。君とは別次元の何かだと諦めた方が、ずっと楽だ」
今のフォルスは確信している。
いずれ彼は、フォルス・トゥを超えるだろうと。
そう思わせるだけの何かが、彼にはあって。
同時にソレを、目の前の少女からは感じない。
だから言った。
比べない方がいい。
諦めた方がいい。
子供らしい『努力』の範囲内で。
一歩一歩、進んで行けたらそれでいいじゃないか。
そう諭すフォルスを、クラリス殿下は見上げている。
その目を見て、フォルスは大きなため息を漏らした。
「……言っても聞かない目だね」
よく知った目だ。
何を言っても話を聞かず。
全力で突っ走っていこうとする、恐れ知らずの目。
こういう目をする人間は、もう、何を言ったところで曲がらない。そう、フォルス・トゥは知っている。
「シュメル様は強いお方です。きっと、神様に愛されて生まれてきたお方なのでしょう。……でも、だからこそ」
クラリス殿下は、一歩も引かず。
正面から、フォルスの目を見据え続ける。
「『私たちとは違うから』と独りにしてしまうのは、あまりに寂しいでは無いですか」
「……っ」
寂しい。
その言葉が、深く胸を抉る。
フォルスは大きく目を見開いた。
そんな彼女の反応を前に。
クラリス殿下は、自分の胸へと手を当てる。
その表情は柔らかで。
いつか昔に死んでしまった、友を思い出す。
「誠実で、安心して背中を預けられるほど強いひと。それがシュメル様の理想像だそうです」
「……それで?」
「だから、このままではいけないのです。私は誠実でも、強くもないのですから」
強くなりたい。
久しく忘れたその感情。
フォルスは、彼女の目にソレを見た。
その火は鬼気迫るような激しさで、轟々と燃えている。
「……本当にお嫁さんにでもなりたいのかい、君?」
冗談半分で、シュメルへと送った言葉。
それが、この覚悟を前にすると、冗談という言葉では片付けられなくなってくる。
フォルスの問いに、されど王女は揺るがない。
「私はシュメル様の幸せを取るだけです。……ただ、私より強く誠実で、相応しい人が現れるまでは」
「私は、隣に居たいと思います」
もう、クラリス・クローズは曲がらない。
追うべきものを見つけてしまったから。
それは、子供だからと侮れるような覚悟ではない。
一人の人間として、大切な人を独りにしないため。
自らもまた修羅の道を行こうとする、一人の女性が示した愛。
その情熱が、フォルス・トゥの心を溶かす。
シュメル・ハートを除き、他者へと興味関心のなかった彼女の冷徹な心が……言い訳もできないほど、強く動いた。
「……面白いね、君」
☆☆☆
「何を話してたのか、聞かなくていいのかい?」
「……聞こえてたよ、全部」
しばらく経って。
クラリス殿下とフォルスの話が終わる。
フォルスは実に楽しそうな顔でこちらへと歩いてきた。
その後ろで、クラリス殿下は勢いよく頭を下げ、そのまま馬車へと戻ってゆく。
その後ろ姿を見送って。
僕は、深々とため息を吐いた。
「おや、失礼だな。乙女の告白を盗み聞きしておいて、ため息だなんて」
「そっちに対するため息じゃない! ……いや、そっちもだいぶ反応に困ってはいるけれど……」
問題は、その後だ。
「どういうつもりだ、王女殿下の師匠になって……!」
無理だろお前!
王宮で教えることになるんだぞ!?
お前! 敬語! 使えないのに! !
「ん? 面白いから引き受けた。それだけだよ」
「そ、それだけって……!」
僕は、勢いよく走り去っていく馬車を見つめる。
ふと、その窓越しに王女殿下と視線が交差した。
その目には、揺るぎない覚悟が燃えていて。
彼女の目が、その鋭さが、鏡越しに見る僕の目とよく似ているのを、今にして気付かされる。
「どっちにしろ、あれは曲がらない人間の目だ」
フォルスはそう言って、僕の視線を追う。
その先を見据え、彼女は笑っていた。
「安心しなさい、君と同じ地獄を見せるだけだよ」
その笑みは、僕には悪魔のソレにしか見えなかった。
……うん、この話は父上に相談しよう。
僕の力じゃ、どうにもできない問題だ。
【豆知識】
〇神聖魔法
回復、防御、攻撃、召喚、ありとあらゆる奇跡の詰まった万能魔法。
転生時に半田塁が見た指標で表すならば、堂々の【SS】ランク。
人類史においてこの魔法を発現したものは若干名存在するが、その中でも魔法を使いこなすに至ったのはアルテナのみ。魔王殺しの大英雄クラスでなければまず扱えないほどの難易度を誇る。
そのため、クラリス・クローズも神聖魔法を扱うには至らない。
――はずだった。
シュメル・ハートとの出会い。
彼への憧れ。
燃えるような情熱と。
その手で溶かし勝ち取った、氷の魔女の確かな『興味』。
様々な要因が重なり、積み上がり。
少女は、神聖魔法の使い手へと成長し始める。
目的は一つ。
彼を、独りにしないために。
☆☆☆
異世界転生。
出会い、憧れ。
躓き、それでも駆けて。
英雄の芽は、ついに花開いた。
今まで22話に渡るはプロローグ。
これよりが本編。
ついに、英雄譚の幕が上がる。
次回【君の物語をはじめよう】
見晒せ世界。
これが、シュメル・ハートだ。




