021『王都への旅路』
今回、僕が参加予定の武闘会。
開催地は、この国の王都。
名を、王都グラシド。
この国において最も栄えた町であり。
国王陛下のお膝元。
多くの貴族達が謀略巡らせる魔境でもある。
そんな王都へと向かう道中。
僕は馬車の中で、ニコニコ満面の笑みを浮かべたクラリス王女殿下の対面に座っていた。
なぜこうなってしまったのか。
僕は少しだけ、過去を振り返る。
『それじゃ、馬車は直しましたので』
王女殿下の護衛として、王都まで一緒に行くことになった僕とフォルス。
僕は早速壊してしまった馬車を直すと、護衛の騎士たちと同じく馬車の外に並んだ。
騎士たちは、半分が乗馬し、残り半分が徒歩での移動となるらしい。……というのも、先程の襲撃で、乗っていた馬の半数が犠牲になってしまったのだとか。
……そんな状態で死者がいないというのが、王族護衛騎士と呼ばれる所以だろう。強者でなければ務まらないお仕事だ。
閑話休題。
とまぁ、そんなこんなで。
僕とフォルスは、そちらの徒歩移動組……馬の移動に走って食いつかなければならない、歯ごたえのある方を選んだ訳だが。
『し、しししシュメル様を歩かせて、この私が馬車で移動などできません! 逆でしょう普通は!』
『これが普通です殿下! お気を確かに!』
などと、お姫様が暴れ始め。
結局、侍女の方では止められなかったらしく、申し訳ないと言って馬車に乗るようお願いされたわけだ。
あの時、横っ面に刺さったイグリットさんの同情の視線が忘れられない。
かくして、王族と侍女と、僕と、フォルス。
この四人が馬車の中に乗っているわけだ。
え、フォルスはなんで乗ってるのかって?
お姫様が、お師匠様もぜひ、って話だよ。
フォルス、敬語使えないから遠慮させて欲しかったんだけどね。フォルスには『遠慮する』って選択肢はなかったみたいだ。
「へぇ、神聖魔法ですか」
しかし、思いのほか馬車の中は平和だった。
フォルスの態度は大丈夫だろうか……と最初は心配していたが、蓋を開けてみれば彼女は相槌を打つ程度で基本は無言だった。
加えて、クラリス殿下は本当に楽しそうに次から次へとお話を振ってくるため、気まずくなるタイミングもない。
「たしか、神の寵児アルテナと同じ魔法ですよね? 僕が言うのもなんですけど、かなり珍しい魔法なんじゃないですか?」
「はい! アルテナ様が仰るには、アルテナ様を含めて四人目だそうです!」
「歴史上、たった四人ですか……凄まじいですね」
アルテナといえば、オルドや霜天の魔女、勇者と共に魔王討伐を成し遂げた大英雄だ。
実力的には、おそらくはあの父をも超える怪物だろう。
そんな人物と同じ能力を持って生まれた少女。
……もしかしたら、本当に彼女目当てで襲撃があったのかもな。そんなことを今更思いはしたが、よくよく考えたら僕のは『歴史上二人目』である。
やっぱり目的としては僕の方が妥当か、と思考を打ち切った。
「そ、そんなことよりも! シュメル様の実力にも感動しましたが、まさか【反転】をあそこまで使いこなしているだなんて……! さすがシュメル様です!」
「そうですね、噂は所詮、噂でしかなかったようで……」
「……え? 噂ですか?」
姫様と侍女さんの声が聞こえて、ふと意識を戻す。
噂といえば、イグリットさんからも聞いた単語だな。さっきは聞きそびれちゃったんだけど……。
姫様を見るも、彼女も噂は知らない様子。
侍女の人は、しまった、と言いたげな表情で固まっていたので、自ずと残るもう一人へと意識が向かった。
どーせ知ってるんだろ?
そう言いたげな視線をフォルスへ向けると、彼女は肩を竦めて語り出す。
「あまり本人の前でしたくない話だけどね。君がひたすら修行に没頭してたこの八年間、やったことといえば、読書、治療院のお手伝い、そして森籠もりだ」
「まぁ、そうだな?」
「その間、どこぞの貴族は君の行動をずっと監視していたんだろうさ。そして、そいつは君を『読書家で慈善家だが、魔法も大して使えず戦えない小僧』だと認識し、そのまま噂を広めた。ようは、ハート男爵家は君の教育を上手く出来ていない、って噂だね」
うわぁ、悪意あるぅ。
そして、それを王族の前で堂々と言っちゃうところも痺れるね。よっ、反面教師。ちょっとはオブラートに包なさいよ。
「って、魔法は使えてただろ。治療院でどれだけ働いたと思ってんだ」
「治療院に通い始めてすぐのうちは、大して魔法も使えなかっただろ? だから、その報告に目を通した段階で『その程度だ』と認識してしまったのかもしれないね」
「……そのあとの成長は?」
「貴族ってのね。たいてい、一度『その程度』と思い込んだのなら、認識を改めることは無いんだよ。他人を見下したい連中ばかりだからね」
ひくり、と侍女さんの頬が引き攣る。
僕は必死に気付かないふりをした。
「補足するとね、その辺からストリアはだいぶ頭にキテたみたいでね。今回『喧嘩を売られた』と君の口から聞かされて、完全にスイッチ入っちゃったんだろう。たぶん、王族相手でも平然と追い詰めるよ、彼」
その王族を目の前に、フォルスは淡々と告げる。
チラリと見れば、姫様は顔を真っ赤にして怒り心頭といった様子。思わずギョッとして固まる僕を置いて、王女殿下は一人突っ走り始めた。
「ゆ、許すまじその貴族! おおかた、今回の黒幕と同一人物か、似たような立場の者でしょう! 必ずや見つけ出し、その罪を贖わせてやりましょう!」
「……ま、まぁ、確かに罪は重いですもんね」
仮に同一人物だとしたら、王女殿下への殺人未遂だ。
僕からしても極刑以外は考えられない。
どころか、お家取り潰しになっても納得出来る。
そう考えて、頷き返す僕に向かって。
クラリス殿下は、力強く拳を握って熱弁した。
「私への襲撃はまだしも、シュメル様に対する悪意ある噂の流布に加え、この度、シュメル様に喧嘩まで売ったのですから! これはもう極刑待ったなしなのです!」
「……王女殿下?」
襲撃はまだしも、って言ったかこの子。
大丈夫か、この子?
思わず侍女の方へと視線を向けると、彼女は額に手を当て、深いため息を漏らしていた。
……ご愁傷さまです。
思わず同情の目を向けていると、それに気づいた彼女は佇まいを正す。
「申し訳ありません、シュメル殿。先程は気遣いが足りず、噂の話などしてしまって……」
「いえ、気になってはいたので、早めに知れて良かったです。……それに、思ったほど悪い話でもなさそうですし」
僕がそう言うと、フォルスと殿下がピクリと反応。
しかし、その反応はまるで正反対。
興味ありげに視線を向けてくるフォルスに対し。
勢いよく僕の両肩を掴み、責め寄ってきたのは殿下だ。
「な、何を仰るのです!? いくらシュメル様とはいえ、私の推し……もとい、シュメル様ご自身を軽視するのは断固として許せません!」
「け、軽視はしてないですよ……。ただ、その噂、色々と利用できるかな、って思っただけです」
あまりの至近距離にクラリス殿下のご尊顔。
思わず顔を背けてそう言うと、ちょうど隣に座っているフォルスと目が合った。
その奥に灯る炎は、どこか楽しそうに揺れている。
「……なるほどね」
見透かしたように呟く彼女から視線を逸らし。
クラリス殿下へと、真っ直ぐに視線を戻す。
「ひゃう……」
僕の目を見た瞬間、彼女は悲鳴と共に顔を赤くする。
おずおずと僕の肩から手を離す彼女を見送って、僕はコホンと咳払い。色々と見なくて聞かなかったことにして、話を続ける。
「僕は自分の力を証明するために武闘会に参加するんですから。そんな噂、たぶん一ヶ月後には跡形もなく消えてますよ」
「……むしろ、シュメルの噂を流した人物がいるのなら、その人物は『見る目のない無能』とでも噂されるだろうね。今とは立場が逆転するわけだ」
「そゆこと」
うん、やっぱり問題は無いな。
武闘会で自分の力を示す。
そうすれば、自ずと噂なんて消えていくさ。
「まぁ、そこら辺は『シュメル・ハートが武闘会でいい成績を残せたら』って話ですけど……」
「そ、それは問題ないと思うのです!」
再起動したクラリス殿下が元気よく叫ぶ。
そちらを見ると、目が合った彼女はまた顔を赤くし、慌てた様子で視線を逸らす。逸らされた視線の先は窓の外。そちらを見ると、馬に乗って馬車と併走しているイグリットさんが見えた。
「そ、そうです! イグリットもそう思いますよね!」
「……? も、申し訳ありません、何の話でしょう?」
「シュメル様が、此度の武闘会でいい成績を残すでしょう、というお話です!」
それを聞いたイグリットさんは、さして考えることも無く即答を返す。
「そうですね。それは、間違いないかと」
「ほらシュメル様!」
僕のことなのに、自慢げに胸を張るクラリス殿下。
その姿に嬉しいやら恥ずかしいやらで苦笑していると、窓の外からイグリットさんの声が続く。
「戦士としては戦い慣れていないようですが、彼の根底にはきわめて濃厚な戦闘経験が透けて見えます。加えて、ストリア殿に引けを取らない天賦の肉体。正直、そこらの腕自慢程度に負ける未来は見えませんな」
「ははは……ありがとうございます」
戦士としては、ね。
さすがは護衛騎士、そこら辺まで見抜いてるのか。
思わず乾いた笑みを浮かべる僕へ、隣のフォルスがボソリと言った。
「ま、イレギュラーがいなければ、の話だけどね」
「怖いこと言うなよ……」
イレギュラー。
例えば、父上と同格以上の強者だとか?
……やだよ、そんな化け物出てくるなんて。
勝てない、じゃなくて万に一つも勝ち目がない。
フラグ立てるな、と肘で彼女を突くと、そんな僕をクラリス殿下はキラキラした目で見つめていた。
「わ、私、当日は必ずやシュメル様の勇姿を見に行くのです! たくさん応援しますので!」
さっき襲撃されたばかりの殿下は笑顔だった。
「ちょ、王女殿下!? 襲撃されたばかりで――」
「襲撃……? そのような些事は捨ておきなさい! 推しの活躍は必ずや見届ける! でなくては、私はファンを名乗れなくなってしまいます!」
「名乗らなくて結構です殿下!!」
侍女と殿下の言い合いを、僕は遠い目で見つめていた。
まるで、推しのライブが急遽決まって、そのために学校を休むと我儘を言う娘。そしてそれを叱る母親だな。
「よかったね。将来のお嫁さん候補かな」
「それとはまた……違うだろ」
フォルスが小声で冗談を言って。
僕は冗談にもならない単語に、深いため息を吐いた。
そもそも、王女殿下と男爵家だ。
結婚だなんて、度台無理な話。
推しがどうとかって話も、この旅が終わって、落ち着いて、僕以外の色んな人と出会って、気づけば褪せていくような、一時のものに過ぎないはずだ。
「ま、気にしないのが一番だよ」
なんせ、相手は子供だからね。
そう言う僕に、フォルスは無言で肩を竦めた。
☆☆☆
そんなこんなで。
馬車の中は平和であっても。
王族襲撃、直後の超特急。
馬車は、ほんの数日で王都へと辿り着き。
僕は生まれて二度目。
転生してからは初めての王都へと、足を踏み入れるのだった。
次回『王女とフォルス』
本来ならば、決して出会わなかった女傑二人。
氷のような冷たい魔女と。
燃え滾る情熱を秘めた王女。
二人の出会いは、少年の運命を大きく変えてゆく。




