020『推しの生まれた日』
「推し活……?」
「そう、推し活です! 貴方様を想い、その活躍に胸躍らせ、誰より最前列でその道行を見守りたい! いや、見守るのだと今ここに決めました!」
……いや、推し活の意味は知ってるんだよ。
前世でもそういった言葉はあったし。
とあるアイドルグループのファンが、あの子が推しだとかなんとか言ってるのを職場で聞いたことがある。
だからね、意味はどうだっていいんだよ。
「な、何故そのようなことになってるのですがクラリス殿下! 王族の血を引く貴方がそのような発言……! 国王陛下の耳に入れば、おおごとになりますよ!?」
僕の聞きたかったこと、言いたかったことを、侍女さんがそっくりそのまま聞いてくれた。
僕はうんうんと頷いてみるが、王女殿下は曲がる素振りをちっとも見せない。
「その王族の誰かが私の命を狙っていたのでしょう? ならば、もはやそんな場所を心の拠り所にはしておけません! なので、彼を推しにすることにしました!」
「な、何故……」
どうしてそこに話が着地するんだよ……。
思わず頭を抱えていると……遠くの方に見知った気配を二つ感じ取る。
その二人は気配を隠すつもりもないらしい。
僕の全力疾走の数倍とも思える尋常ならざる速度で、真っ直ぐこちらへと向かってきている。
……嘘でしょ、来るの早すぎない?
「む……っ!?」
「あ、すいません。たぶん父上です」
尋常ならざる気配に気づいた騎士たちが警戒し始めるが、正体なんて分かりきってるので先に告げておく。
実際、森の中から姿を現したのは父ストリア・ハートと、フォルスだった。
「す、ストリア殿!?」
「おお、イグリットか。久しいな……と、今はそんな挨拶している場合ではなかったか」
騎士……名をイグリットと言うらしいが、父上は彼と顔見知りの様子だ。
彼の顔を見た途端に笑顔を見せた父上だったが、すぐに表情を険しくして王女殿下の前に膝を着く。
「御尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります、クラリス王女殿下。この度は、私の領内で賊が出たとのこと。誠に申し訳ございません」
「……っ、す、ストリア様! 頭を下げないでください! かの大英雄に謝罪させたともなると、国王陛下に怒られてしまいます!」
殿下は焦った様子でわたわた両手を振っている。
「そ、それに、私とて、貴方に話を通すことなくこの領内を移動していたのです。最初に礼を失したのは私の方。謝罪すべきは私の方です」
「……まぁ、そのあたりの話は、国王陛下にもしっかりとお聞きしたいところではありますが」
頭を下げていた父の背中に、ゴゴゴ……と効果音が垣間見えた。なんか妙だと思ってたら……この姫さん、父上にも内緒で動いてたのか。
言われてみれば……父上が『王族が領内を通りますよ』なんて知っていたら、領内で賊が生き残ってるわけないもんな。
「……実は抜き打ちで、様々な領内を視察して回っていたのです。あらかじめ『視察に向かう』と伝えてしまえば、隠したいことは隠してしまうでしょうから、あくまでも秘密裏の動きではあったのですが……」
「秘密裏に、か。残念ながら、捕らえた賊は『クラリス王女の抹殺』が目的だったみたいだよ」
フォルスが、王族相手に平然と話しかける。
父上や騎士たちがぎょっとしてフォルスを見る中、王女殿下は不思議そうに首を傾げた。
「えっと……シュメル様、彼女は?」
「私の師です。礼儀作法という言葉を知らない人物なので……その辺は諦めてくださると幸いです」
「し、ししシュメル様のお師匠様ですか!?」
王女殿下の目がキラキラ輝き始める。
まずい、また推しとか言い始めるぞこの人。
父とフォルス、そして本人を除いた全員がそう思ったことだろう。現に、護衛騎士のイグリットさんが咳払いをして話題を戻す。
そう、戻したのだが……。
「……して、そのお師匠殿。詳しくお話を伺っても?」
「うん。実は近くの街道で私とシュメルも襲われててね。シュメルをこっちの援護に送ってる間、無力化した賊に色々と聞いてみたんだ」
その答えに、僕は思わず頭を抱えた。
……おい、たったの十数分だぞ?
どうやって賊から事情を聞き出し、さらには父上の所まで事情を伝えに行き、そしてここまで戻ってくることが出来るんだ。
意味わからん。
何その速度。
銀竜って言われても納得できるよ、僕。
「それでね。雇い主は分からないけれど、王女様がこの近くを通るって話は聞いてたみたい。だから、近隣の街道を何グループかに分けて張ってたみたいだね」
頭を抱えつつ話を聞いていると、ちょっと聞き捨てならない話が耳に入った。
「え、じゃあ他にもいるんじゃないの? 残党が」
この近くの街道っていうと、一つや二つじゃないだろ。
フォルスが潰したのでひとつ。
僕や騎士たちで潰したのがひとつ。
合わせて五十人近くは無力化したけれど……その話が本当なら、まだ他にもいるんじゃないのか?
心配になって聞いてみると、今度は父から説明があった。
「問題ない。男爵家の精鋭騎士に近隣の森を片っ端から捜索してもらっている。まずもって生き残るまい」
「……そりゃ安心だね」
父上に『精鋭』って呼ばれる人達だ。
彼らは個々人が今の僕よりずっと強い。一騎当千とまでは呼べずとも、簡単にその百倍程度の兵力差はひっくり返すことだろう。
「問題は、王女殿下の動きが筒抜けになっていたこと。そして、この度の視察を機に殿下の抹殺に動いたことだ」
「……やはり、兄や姉の仕向けたこと、ですか」
父上の言葉を受け、王女殿下は唇を噛む。
家族に命を狙われる。
それの、どんなに辛く、悲しく、寂しいことか。
その肩にのしかかった絶望を、僕では計り知ることも出来ない。
「あるいは……上位貴族による手引きとも考えられますが、そうなれば、なお問題でしょう。なにせ、王宮に諜報員を放っていることになります」
「……大問題ですな」
イグリットさんが、顔を顰めてそう言った。
王家に対する諜報活動なんて、僕みたいな素人でも分かるような明確な不敬罪だ。
しかも諜報活動が本当だったとしても、その諜報員は王女殿下の秘密裏な動きを把握できるほど、深い場所に潜り込んでいるということ。
……随分とまた、嫌な話だな。
家族の誰かに憎まれている。
王宮に諜報員が紛れている。
考えたくもない二者択一だ。
……ただなぁ。
隣で顔を俯かせ、震えている王女殿下。
この問題は、こんな子供が、真正面から背負って耐えられるようなものではない。
僕は少し悩んだけれど、やっぱり助け舟を出すことにした。
「父上、勘違いだったら申し訳ないのですが……この領内で王女殿下が襲われること。むしろ、そっちが本命だったりしませんか?」
ストリアの息子としてではなく、貴族としての僕の言葉に、王女殿下が驚いた様子で僕を見上げる。
僕はそちらには視線を向けることなく、父上を見据えて言葉を重ねた。
「この領内には【貴族が喉から手が出るほどに欲しいもの】がありますし、父上がそれらの要求を全て跳ね除けていたのも知っています。なら、今回の件は……その延長線上にあるのではないかと」
「……まさか、本人の口からそれを言及されるとはな」
そう言う父上は、本当に苦々しい表情だった。
貴族が喉から手が出るほどに欲しいもの。
つまりは僕だ。シュメル・ハートだ。
霜の再来。
伝説の【反転】魔法。
剛腕、ストリア・ハートの息子。
肩書きなんざいくらでもある。
僕を欲しがってる連中なんざ腐るほど居るだろう。
そしてそいつらにとって、最も邪魔なのがストリア・ハート。ひいてはハート男爵家だ。
「正直、王女殿下を殺したいほど憎んでる奴がいる、って言われるよりも、ハート男爵家を潰すのに王女殿下が利用された、と考える方が納得できます」
なんせ、領内での王女殿下襲撃、殺害だ。
それこそ父の言った分かりやすい『隙』だろう。
貴族どもは遠慮なくズカズカと責任追及しまくって、総意によってハート男爵家は潰される。
そして、国の宝とされる『シュメル・ハート』は、いずこかに引き取られ、相応の教育を受け直すに違いない。
「……それでも、王女殿下を軽視する不届き者がいることには変わりありませんし、先程の問題が解決する訳ではありません。ですが」
そう、『ですが』だ。
状況は何も変わらない。
けど、ひとつ明白になったことがある。
必死に固めた貴族の仮面の内側より。
それでも堪えきれなかった、本音が零れる。
「そいつ、僕たちに喧嘩売ってんだぜ、父上」
僕の表情を見て、父が目を剥く。
しかし、驚きは一瞬。
納得したような表情を経て。
その顔は、獣の形相へと歪む。
「なるほど……そうか。喧嘩か」
それは、戦士としての顔。
貴族としてのものではなく。
大英雄、剛腕のストリアとしての笑みだった。
護衛の騎士たちが思わずと一歩後退る中、僕はさらに言葉を重ねる。
「そいつは敵だよ。僕らの獲物だ。喧嘩を売られた以上、逃がすだなんて勿体ないだろ」
「あぁ。いきなり分かりやすい話になったな」
納得してくれたようで、なにより。
細かいことは父上に全部任せるけれど。
これは、見逃していい事件じゃない。
王族すらも巻き込み、利用し。
僕らを蹴落とそうとしている敵がいる。
なら、静観なんてクソ喰らえでしょ?
「し、シュメル様……?」
「王女殿下。この件、悩み事や心配事は絶えないでしょう。誰が敵で誰が味方かも分からず、疑心暗鬼な夜もあるかとは思います」
ですが、と。
彼女の前に膝をつき、目を見て告げる。
「ですが、私たちはあなたの味方です」
色々と気負いすぎなんだよ、子供がさ。
確かに面倒くさい話だし、重い話でもある。
けど、子供は大人に頼るもんだ。
父上も、必ずこの件に介入するだろう。
命がけで守ってくれた騎士たちもいる。
国王陛下だって、娘が言えば協力してくれるだろ。
僕がこうして考えるだけでも、頼れる大人なんてそこら中に居る。
だから、下を向かずに前を向け。
「困ったら言ってください。寂しかったら頼ってください。頼りない思いなんて、絶対にさせません」
確実に、敵は仕留める。
売られた喧嘩は後始末まできっちり終わらせる。
王女殿下が気にすることなんて、何も無い。
「……ま、いざとなれば、『剛腕』が力技でねじ伏せてくれる。それくらい、軽い気持ちでいてください。何も心配はいりません。子供らしく、存分に甘えてください」
まぁ、こちとら転生者ですからね。
こういう、可哀想な子供を見ると大人として見て見ぬふりはできないわけだ。
少なくとも今の僕は子供だけれど……口から出たのは『シュメル・ハート』ではなく『半田塁』としての本音だった。
当然、下心なんてこれっぽっちもなかったさ。
気分的には、年上のおじさんとして。
目の前の小さな子供へ送った、小さな気遣い。
何気なく投げかけてしまった、ただの親切。
――後にして思えば、これがトドメだったのだ。
「はうわ……っ!」
王女殿下は大きく仰け反り、目を開き固まった。
彼女の表情に、先程までの暗い影はない。
……ないのだが、彼女の顔はそれとは別種の朱色に染まっていた。
なんだかとっても、嫌な予感がした。
とりあえず、後のことは父上に全部まとめて丸投げしようと振り返ろうとした、その時。
がっしりと、目の前から両手を掴まれた。
細くて柔らかくて、なのに妙に力強いその手は、間違いなくクラリス王女殿下のものだった。
「え?」
「し、シュメル様、お好きな食べ物はなんですか?」
「……竜の厚切りステーキ?」
思いもよらない質問が飛んできて。
思考停止しつつも、素直に好物を告げる。
告げた途端に、新たな質問が次々と飛んでくる。
「で、では、ご趣味は!」
「……修行ですかね」
「普段はどのような場所でお過ごしに!」
「森に、篭ってます」
「こ、この度はどちらへ行かれる予定なのですか!」
「ちょっと、武闘会にでようかな、と……」
「で、では、好きな女性のタイプなど……!」
「ええ……と。誠実で……強いて言うなら、安心して背中を任せられる強い人、だったらいいですね」
「ちょ!? な、何やってるんですか殿下!」
いち早く正気に戻ったのは侍女のお姉さん。
彼女は焦った様子で僕から殿下を引き剥がす。
その際、殿下は暴れに暴れ、「推し活! 推し活の真っ最中なのです! 邪魔したらお父様に言いつけますよ!」と叫んでいた。
「シュメル。その、殿下の言っていた『おしかつ』? とは何なのだ? 好きな食べ物も聞いていたし、もしや料理の一種か?」
「父上……」
とんちんかんなことを言ってるのは父上だ。
母上も苦労してるんだなぁ、と思いつつ。
僕は面倒くさかったので、乗っかることにした。
「僕にも何を仰っていたのかさっぱり。きっと疲れのあまり混乱しているんでしょう。おいたわしや殿下」
「……そういうことにしておきましょうか」
イグリットさんが疲れた顔でそう締める。
よし、推し活とやらに関しては忘れよう!
きっと姫君の、一時の錯乱だ。
僕はそう思うことにした。
「イグリット。これから王都へ向かうのか?」
「はい。ご子息の仰ったとおり、今は誰が敵かも分からぬ状態です。考え無しに『我ら護衛騎士だから問題ない』とも出来ませんし……まずは陛下にご相談します」
「……ふむ。目的地は同じ、か」
父上はそう言って僕を見る。
確かに……武闘会も王都で行われる予定だし。
目的地は同じ、ことは同じなんだけど。
「シュメル、せっかくだから送ってさしあげなさい。俺は、領内に取り逃した賊が居ないか確認した上で後を追う。少なくとも、武闘会には間に合わせるつもりだ」
「……分かりました、父上」
そう返事をした途端、王女殿下の声がピタリと止んだ。
そちらを見ると、今の会話を聞いていた王女殿下はギラギラとした目でこちらを見つめている。
「へぇー。何だか面白いことになってるね」
「他人事だからそんなことが言えるんだよ……」
興味無さそうに興味ありげなセリフを吐くフォルスにそういって、僕はため息を漏らす。
☆☆☆
かくして。
この日、クラリス王女殿下に推しが生まれて。
僕はこの日より死ぬまで。
毎年誕生日に、竜の厚切りステーキを贈られることになるのだった。
【豆知識】
○クラリス・クローズ
本作不動のメインヒロイン。
この子のキャラが強すぎるあまり、本作はハーレム色が薄めになった。
そう言っても過言ではないだろう。
この国の第二王女にして、王位継承権第四位。
とはいえ、もとより本人に王位を継承する意思など欠片もなく、加えて今回の件で完全に嫌気が差してしまった。
王位? なにそれ興味ありませんけど。
そんなものよりシュメル様のご活躍を見なければ。
心の底からそう言い切り、王位よりシュメルを優先する。
崇拝?
いいえ、ただの推し活です。
ただ、そう呼ぶにはあまりに重く、あまりに熱く。
あまりに優秀で、尋常ではなく権威があった。
王位継承権第四位。
神の寵児アルテナの再来。
神聖魔法の使い手にして。
ただ、彼のことを一番に思い続ける女の子。
何があろうと、この先ずっと彼の味方であり続ける。
無条件に信用、信頼できる本作品の良心である。




