001『転生』
王道のようで、何かがおかしい。
そんな、誰も見たことの無い物語を綴りましょう。
その日、空から死が落ちてきた。
ああ、死ぬのか。
そう理解して、間もなく僕の意識は途絶えた。
最後に見た光景は、真っ赤に燃えて墜落する飛行機で。
過ぎる走馬灯も何もなく、ただ、半田累は絶命した。
……はず、だったのに。
【あなたは死にました。転生しますか? YES/NO】
前後左右、すべて真っ白な空間で。
当たり前のように空中に浮かぶ黒い文字。
否応なしに、この場所に来る直前の光景が頭に浮かぶ。
死因としては、なんだったのだろう。
ショック死? あるいは普通に出血死、圧死か?
少なくとも、あの墜落事故が原因で死んだのは間違いないだろう。
……大丈夫かな。たぶん、たくさん人乗ってただろうし。
なんだったら住宅街だったし、周囲にもひどい影響があったはず。
死者が僕一人だけ、なんてことはないだろう。
不思議と、ここにきているのは僕一人だけみたいだけど。
「……とりあえず、YES」
両親は死んでいるし、僕は独身だし、兄弟もいない。
死んだといわれたところで、必要以上のショックはなかった。
というより、一度死んでもオタク根性は変わらなかったのだろう。
『楽しそう』
『面白そう』
そんな子供っぽい冒険心がひょっこりと顔を出し。
深く考えることもなく、僕は『YES』に手を伸ばす。
その瞬間、ジリリと白い世界全体へと、ノイズが走る。
されど、それは一瞬。
気が付いた時には、目の前から転生の文字が消え。
新しく、見覚えのない【ガチャ画面】と、続きの文章が浮かんでいた。
【死者数682名。その598名が魂の欠損過多により、意思疎通が不能と判断】
【残存、84名の内、37名が転生を拒否】
【残存、47名の内、15歳未満の12名を精神未発達につき対象より除外】
【残存、35名の内、悪性と判断した18名を除外】
【残存、17名より抽選を開始】
【――おめでとうございます。半田累】
【682名より、あなたが転生対象へと選ばれました】
【682回の抽選権が与えられます】
「……転生対象、……選ばれ、た?」
最後に現れた一文を復唱し。
その前に現れてはすぐに消えていった文章を思い出し。
僕はしばし、思考が止まっていたけれど。
思い出すにつれて、一気に胃液が上ってくる。
「う……っ」
自分が死んだ、その事実にはさほど動揺しなかった。
けれど、自分が気軽に『転生する』を選んだせいで。
僕の選択のせいで……他に転生を選んだ数十名の『道』が潰えた。
そう思うと、重責に思わず吐いてしまいそうになる。
けれど、なんとか胃液を我慢して。
このまま、思考放棄してはいけないと。
必死になって、目の前のガチャ画面へと視線を戻す。
「……落ち着け、そういうのは転生後に考えろ」
後悔はいつでもできる。
でも、転生のチャンスは一度きりだ。
そう自分に問いかけて、無理矢理に心を再起させる。
「……こうして彼らを割り切ったこと。たぶん、転生後に死ぬほど後悔するんだろうなぁ」
そうは思いつつも、大きく深呼吸すれば、吐き気は少し収まった。
682回の抽選権。
その文字を最後に、次の文章は浮かんでこない。
その回数は……事故で死んだ被害者人数と同じだ。
本来であれば、一人につき一度の抽選機会が与えられていたところ、ほかの全員が抽選から外れたことで、すべての権利が僕に集約した……とか、そんなところか。
いや、考えれば考えるほど気持ち悪くなるな。
僕は詳細を考えることを放棄し、とりあえず一度、画面に触れてみる。
すると、するするとガチャ画面は進み。
次には、一つの画面が現れる。
【名前】アレン・ジョルダン
【性別】男
【能力】魔弾[F]
【魔力量】D-
【身体能力】B-
残り回数、681回
「……名前、性別はわかるとして。能力、魔力、身体能力か」
転生後にこの人として生まれますよ、ってことか?
画面には、決定しますか? という文字と、またYES/NOが書かれている。
とりあえずそちらには一切触れず、魔弾という部分を長押ししてみる。
すると案の定、能力に対する説明が出てきた。
【能力】魔弾[F]
自身の魔力を弾丸とし、放つ能力。
殺傷能力は極めて低い。
最低位に位置する能力。
「……F、って隣に書いてあるしな」
やっぱり弱いのか、この能力。
しかも、能力に対して魔力量がかなり低そうだ。
Dランク、それもマイナス、となっている。
これならば、とNOを押すと、次のガチャが回っていた。
【名前】クレタ
【性別】女
【能力】身体強化[D]
【魔力量】C
【身体能力】C
残り回数、680回
「今度は女性……しかも、名前が短い」
ってことは、あれか。
さっきのアレン君は、貴族だったってことか?
確定ではないけれど、そんな気がする。
にしても……貴族生活かぁ。
あんまり想像できないな。
あと、性転換は望みません。
とりあえず、僕は名前はスルーすることにして。
性別、能力、魔力量、身体能力。
それらをざっと眺めて、次に進んだ。
【能力】魔弾[F]
【魔力量】S
【身体能力】B
残り回数、679回
魔力量、なんとSランク。
もしかしたら最高ランクなのかも。
そう思ったが、能力が魔弾である。
これは宝の持ち腐れ、とみて次に行く。
【能力】回復魔法[B]
【魔力量】B
【身体能力】F
残り回数、678回
回復魔法。魔力もそこそこ。
だが身体能力がひどい。
なので次。
【能力】魔弾[F]
【魔力量】F
【身体能力】F
残り回数、677回
……いうことは無かったので、次。
その後も何度か繰り返し。
けれど、なんだかパッとしたものもなく。
繰り返すこと、数十回。
ついに、その時がやってくる。
【能力】剣帝[SS]
【魔力量】F
【身体能力】S
残り回数、597回
「おおっ!?」
思わず鳥肌が立ち、腕をさする。
震える指先で、その能力名を長押し。
目の前に現れた説明文を見て、喉が鳴った。
【能力】剣帝[SS]
剣術を扱う能力の最上位に位置する能力。
そのひと太刀は山を断ち、海を裂く。
習熟こそ難しいが、極めれば個で軍をも超える力量を手にするだろう。
「つ、強すぎる……っ」
まじかよ、大当たりなんじゃないのか、これ。
震える手が、おのずと【決定】のほうへと進んでしまう。
だが、だが。
本当に大丈夫かと。
改めて、その転生先を確認して。
【名前】アイサ・クローズ
【性別】女
僕は断腸の思いで、【NO】を押した。
「くっ、ぎ……っ、こ、この……ぉ!」
押してから、とても大きな後悔の波に飲み込まれる。
ああ、最高だったさ。
能力はSSランク、身体能力はSランク。
文句なしだ。
これ以上他人の命でガチャ引くなんて真似もしなくていいし……。
もう、これで決めてしまいたかった。
けど、性別だけは、どうしても無視できなかった。
なにせ貴族の、しかも女性だ。
政略結婚とかで、嫁ぐことだってあるだろう。
そうなりゃ、相手は男性だ。
そう考えた時点で、貴族の女性に生まれ変わる、って選択肢は除外してしまいたい。
「……生まれを選べるのなら妥協はしたくないし」
そう考えて、僕は後悔しそうになる思考を放棄した。
そして再び、延々と続くガチャ地獄。
楽しい?
面白い?
そんな感情はなかったよ。
ただ、他人の命でガチャを引く。
引くたびに、残り回数を見るたびに。
嫌な思考が、じわりじわりと背筋を這い上がってくる。
しかし、回せど回せど。
【能力】魔弾[F]
残り471回
【能力】魔弾[F]
残り423回
【能力】魔弾[F]
残り312回
【能力】魔弾[F]
残り247回
【能力】魔弾[F]
【能力】魔弾[F]
【能力】魔弾[F]
【能力】魔弾[F]
【能力】魔弾[F]
【能力】魔弾[F]
【能力】魔弾[F]
――残り97回。
「は、はは、ははは……」
爆死も爆死、とんでもねぇ大爆死だ。
気がつけば、僕は壊れたみたいに笑ってた。
なんだよこれ、現実か?
幾度、そう考えて頬をつねったか分からない。
最初のほうに出た大当たりなんて夢だったんじゃないかと、何度も自分の正気と記憶を疑った。
だが、現実は残酷で。
あれも現実だし、これも現実だ。
「…………もう、無理なのかな」
これ以上は、望めないのかな。
ぽつり、ぽつりと諦めの感情が浮かんでは、また消えて。
それでも指先では、引き続きガチャ画面を回し続ける。
きっと今回も魔弾だろ。
……もう、次から魔弾でも、魔力と身体能力がそれなりで、あと性別だけあってればいいや。
そんなことを思い始めた。
――そんな時だった。
「………………はっ?」
【名前】シュメル・ハート
【性別】男
【能力】反転[SSS]
【魔力量】F
【身体能力】F
残り回数、37回
「はっ、はっ、は……っ、こ、これ……っ」
指先に、かつてないほどの震えを感じる。
貴族……だけど、男性で。
魔力量、身体能力ともに最弱。
だが、この……能力【反転】、SSSランク。
600回以上回してきて、一度としてみたことのないランクだ。
震える手で、その能力名を長押しする。
【能力】反転[SSS]
歴史上、ただ一人、過去の英雄だけが保有していたとされる伝説の能力。
その力は、万象すべてを反転させ、現実と虚構を支配する。
「こ、これだ……これ、しかない!」
予感があった。
残り、37回。
これを逃せば……もう、魔弾しか引ける気がしない、と。
しかし、魔力と身体能力が最底辺。
最強の能力に対して、あまりにも足を引っ張るその二点。
思わず、思わず決定の前で指先が止まる。
けれど。
「魔弾よりはずっといい……魔弾よりかは、ずっといい!」
魔弾。
あの最低保証地獄のような光景を思い出し。
僕は、迷いを振り切って決定ボタンを指でタップする。
その瞬間、世界が明滅したのがはっきり分かった。
【転生先が決定されました】
【シュメル・ハート】
【異界の徒に、祝福を】
【《反転》を授けます】
【37もの未使用リソースの確認】
【身体能力、魔力量にリソースを割り振ります】
【魔力量F→魔力量B+】
【身体能力F→身体能力S】
【――さようなら、半田累】
【とても使いこなせない難しい能力だが】
【まあ、君が選んだのであれば、拒みはしないさ】
その瞬間、いくつか文字が浮かんだ気がして。
その文章を理解するより早く――ぶつりと、意識が途絶えた。
☆☆☆
そして、僕はすぐに知ることになる。
せっかくの異世界転生。
間違いなく世界最強の能力。
史上最高の潜在能力。
それを秘めておきながら――僕の転生は、ちょっとだけ、必要なものが足りなかったのだと。
次回『はじまり』




