018『王族』
――豪華な馬車が襲われている。
思わずため息を漏らした瞬間より、遡ること少し。
「…………」
家を発ってから半刻ほど。
修行がてら街道を駆けて目的地へと向かう中。
僕の進行方向に、見覚えのありすぎる気配があった。
「おや、奇遇だねシュメル。久しぶり」
「……なにが奇遇だよ」
白髪の少女の『奇遇』とやらに、思わず顔を顰めた。
思わず足を止めて、彼女を睨む。
フォルス・トゥ。
家族になんにも話すことなく、当たり前のように七歳児だった僕を竜の庭へと送り込んだ張本人だ。
セバスが言うには、急な用事があるとかで居なくなったという話だが……。
「父上、けっこうマジギレしてたぞ? 急用が済んだのなら、帰って怒られてきた方がいいんじゃないか?」
「ははは、急用はさっき終わったところでね。たまたま近くに君がいたし、護衛でもしてあげようかな、ってさ」
なるほどね、帰る気は無いと。
そんなに怒られるのが嫌か?
……まぁ、嫌か。
父上、あの図体だし怒ったら怖いもんね。
「……いいけど、ちゃんと帰って、ちゃんと怒られろよ? なぁなぁは許さないからな」
「分かってるよ。流石に七歳児をあんな危険地帯に送っといて、お咎めなしってのはね」
これは減給かなぁ。クビじゃなきゃいいけど。
なんて言いながら、フォルスは僕の隣に並ぶ。
おそらく父上のことだ。フォルスには最初から僕の護衛は頼んでいたはず。……さすがに昨日の逃走は父上も予想外だったようだけどね。
つまり、彼女がここで待ち構えていたのは奇遇でもなんでもない。ただ、僕を待っていたと言うだけの話だ。
……ほんと、父上もフォルスも、過保護だよなぁ。
そうフォルスを見つめていると、彼女はふとなにか気づいた様子で僕の右手首へと視線を落とした。
「おや、それは……もしかして風の噂に聞くアレかい?」
「うん。思った以上に便利なヤツだよ」
僕は右手首を……正確には、右手首に巻かれた細い鎖を彼女へ見せる。
何を隠そう、この鎖こそが『城崩し』である。
「魔導器には特殊能力が備わってるって聞いてたけど、こいつは重量とか形状とかを自由に変えられるらしいんだ」
「いい機能だね。謁見の間とか、武器の持ち込み禁止の場所にも平然と持ち込めるじゃないか」
「……怖いこと言うなよ」
やだぞ、謁見とか王族とか。
こちとら貴族らしからぬ生活しか出来てないんだ。
言葉遣いだとか礼儀作法だとか、その場の何となくでしか出きっこないからな。
「僕はできることなら、王族なんかとは関わらないで生きてたいんだ。男爵家を継いで、結婚して、そのまま平和に修行してたいんだよ」
「無茶苦茶言うねぇ……」
彼女は呆れたようにため息を漏らす。
なんだ、その『そんなの無理に決まってるでしょ』とでも言いたげな目は。
……分かってるよ、さすがにそんなの無理だって分かってる。英雄の息子で霜の再来ともなれば、間違いなくそのうち呼ばれるってのは察してる。
だけどね、それが自分の心を偽る理由にはならないだろ。
謁見したくない。
偉い人に会いたくない。
それが本音だ。
「……そのうち、礼儀作法とかも練習した方がいいのかな」
「そこら辺は私も知らないからねぇ。生まれてこの方、敬語なんて使ったことないし」
「でしょうね」
父上に対してさえ、最初っからタメ口だった彼女だ。
おそらく王族とか公爵クラスを相手にしても、この無表情のまま突っ走っていくんだろう。
そして反感とか買うんだろうけど、それすら実力で黙らせてしまう所まで想像できた。
……嫌な師匠だな。
反面教師にしてやろう。
よし、帰ったら父上に相談してみよう。
僕もしばらくは竜の庭で修行を続けたいし……そうだ。せっかくならセバスにでも竜の庭に来てもらおうかな。
僕と爺さんが居れば護衛は問題ないだろうしさ。
礼儀作法の練習なら竜の庭でもできるだろ。
……問題は、あんな場所に呼ばれたセバスが胃を壊さないかだけれど、そこら辺は要相談だな。
そうこう考えながら歩いていると……ふと、隣のフォルスが足を止めた。
気になって足を止め、彼女を振り返る。
そして間もなく、僕も気づいた。
「……囲まれてる?」
「……嘘でしょ、もう気づいたのかい? 索敵能力なら、もう私と大差ないね、シュメル」
「そりゃ、こっちが本業ですから」
フォルスは、「本業は貴族でしょ」とツッコミながら周囲へと視線を巡らせている。
ここは、気づいてないフリをして油断を誘った方が楽なんだけど……フォルスはそんな『フリ』をするつもりは無いらしい。
僕は諦めにため息を漏らしつつ、堂々と周囲を見渡し、確認してみることにした。
僕らの立つ街路は、左右を森に挟まれている。
その森の中に姿を隠している者が……結構多いな。
十五、六……いや、十七人か?
「十八人だね。一人、魔法で気配を上手く消してる奴がいる」
「……左様ですか」
より注意して観察すると、たしかにそれっぽい気配が薄らとだけ感じられた。
……なにが索敵能力は大差ないね、だよ。
確かに索敵範囲は似たようなものかもしれないが、その質はまだまだフォルスには届かないみたいだ。
「フォルス、後でその探知のやり方教えてね」
「それは構わないけれど……この状態で随分と余裕だね」
「そりゃ、まぁ……」
僕は、足元に転がっている石を拾う。
そしてそのまま、森の中へと投げ飛ばした。
それは、寸分違わず木の上に隠れていた魔法使いの頭へと直撃し、悲鳴と同時にどさりと鈍い音がする。
「油断はしないけど、余裕だとは思ってるよ」
「……先制攻撃して良かったの? 私たちを囲んでるの、誰とも知らない相手だけど」
「少なくとも殺しはやってる。それで十分でしょ」
鼻をついた、血の匂い。
それも、出血して間もないものでは無い。
既に乾いた血の匂い。
それも、一つや二つでは無い。
もっと多くの死の気配が、森の中から漂っていた。
そう告げると同時に、ぞろぞろと森の中から男たちが姿を見せる。
彼らは血に汚れた軽鎧を身につけていて、その眼光は飢えた狼のように鋭く輝いていた。
「……返り血かぁ。動物の血だったりしないのかな」
「森の中で血の匂いを漂わせたら危ないって、子供でも知ってる一般常識だろ。それを知らない人間を、狩人とは認めがたいね」
「それもそっか」
「なにくっちゃべってやがる! よくも俺様に攻撃してくれやがったな、てめぇら!!」
フォルスとこそこそ話していると、男の一人が額に青筋を浮かべて叫び出す。
あいつがリーダーかな。
フォルスの言ってた、気配隠蔽の魔法使い。
そして、僕が投げた石に当たったやつだ。
僕は一歩、前に出る。
さて、情報収集だ。
コイツらはどこの誰で。
何が狙いで。
どうしてこの場所に待ち構えていたのか。
そして――誰に頼まれたのか。
リーダーなら、きっと雇い主のこと知ってるだろう。
そんなふうに考えた、矢先のこと。
「……フォルス」
「大丈夫、殺してないよ」
たったの一度、瞬きをした。
そして瞼を開いた。
もう、全部終わってた。
今の出来事を語るなら、そんな感じ。
周囲をぐるりと見渡してみる。
ぞろぞろと出てきた十八名。
それら全員の膝から下が凍りつき、動きを止めていた。
「男爵領での賊だからね。間違っても逃がす訳にはいかないでしょ?」
「それもそっか。ありがとう、フォルス」
彼女の言うとおり、領内に盗賊がいると言うだけで父上の評判は悪くなる。領民は不安になるし、商人は近寄ってこなくなるしで、ましてや賊に領民を襲われたともなれば目も当てられない。
当然、男爵家としては有無を言わさず潰しておきたい。
……あ、殺すって意味じゃないよ?
ちゃんと法に則って、社会的に終わらせるって意味。
まあ、法に則ってもこの場で殺したところで罪には問われないんだけどさ、
「……でも、おかしいよね。ストリアは領地経営は上手くやっている。職を失い食べれなくなる領民も少ないだろうし、ましてや、盗賊にまで身を落とす者なんて絶滅危惧種さ」
「同感。だから気になってるんだよ、コイツらがどこからやってきたのか」
少なくとも、領内で発生した賊では無い。
やはり『雇われ』と見るのが妥当だろう。
あるいは、雇われとまではいかずとも、どこかの領地に居座っていた賊が『ハート男爵領に入るよう』意図的に追い出された、とか。
いずれにせよ、面白い話ではないね。
「フォルス。色々と聞き出したら、父上のところに話を持って行ってくれ。こればっかりは、相談無しに進めていい話でもないだろ」
「……わかったよ。ついでに怒られてくるとするさ」
フォルスが半ば諦めた様子でそう言って、間もなく。
ぴくりと、なにか気づいた様子で動きを止めた。
「……まだ、居たみたいだね」
「……っ」
遅れて僕も、森の中の気配に気づく。
後続……とも思えないが、気配は一つ。
まるで警戒もせず、こちらへと近寄ってくる。
しかし、その気配は少し先で足を止めた。
おそらく、賊が全員戦闘不能になっているのを目視したのだろう。
「あ、逃げた」
その気配は、一目散に森の中へと駆け出していく。
それと同時に、僕は動き出していた。
「僕が後を追う! フォルスはそいつらから情報聞き出しておいてくれ!」
「無茶はしないようにね」
彼女の声を背中に受けて。
僕は、森の中へと突っ込んだ。
相手の気配は捉えている。
森の中を歩き慣れていないのか、その逃走は遅々としたもの。このままいけば、戦闘も含めて数分もせずに捕えられるだろう。
だが、その逃走者の歩み……というのだろうか。
妙に、逃げる方向に迷いがなかったのを思い出し、違和感を覚える。
「……もしかして、本拠地でもあるのか?」
だとしたら厄介なんてもんじゃないな。
捕らえるのは簡単だが……少し泳がすか。
このまま本拠地まで逃げてくれたのなら、探す手間が省ける。
「あるいは、さっきの賊を追いかけてきた他領の騎士だったりするのかな」
いずれにせよ、ちゃんと調べるべきだろう。
そう考え、森の中を駆けること、数分。
僕はしばらく先に複数人の気配を感じ、思わず足を止めてしまった。
「……いや、嘘だろ」
先程の逃走者が合流した先。
そこには、三十人以上の気配があった。
思わず足を止めたが、直ぐに再起動し、視認できる場所まで移動する。
そして、時は冒頭へと戻るわけだ。
「いきなり出番かよ、城崩し」
三十人を超える、賊らしき男たち。
彼らが囲むのは、豪華な馬車とそれを護衛する騎士たち。彼ら騎士たちの鎧には、小さいながらもこの国の旗印が彫られいて……それはもう嫌な気分になりました。
「しかも、王族って……」
僕は深い、それはもう深いため息を吐きつつも。
手首の鎖を【城崩し】へと形を戻す。
フォルスが合流するのは、まだ先だろうし。
さすがに王族が襲われてるともなると、見て見ぬふりはできない。
「……よし、行くぞ」
僕は、森の中から正々堂々姿を現す。
気配なんて隠すつもりは無い。
公衆の面前では、僕は【戦士】だからね。
黒塗りのハルバードを方に担いで現れた僕を見て、逃走者が悲鳴をあげた。
「あ、あいつだ! 別働隊を全滅させやがったガキだ!」
「あぁ? なに寝ぼけたこと言ってんだ。ただのガキじゃねぇか!」
このおっかない武器が目に入らないのかな。
あるいは、王族への襲撃中で、他に意識をさいている余裕が無いとか。いずれにしても、こうも侮られるのは面白くない。
「名乗りは要らないよな。王族襲ってんだから」
「あ?」
小手先の技術は要らない。
戦士として鍛え上げた、この肉体を信じるのみ。
城崩しを両手に握り。
踏み込み、一閃。
斧の方を使うと可哀想なので、槌の方を横凪ぎに。
「へぶ」
潰れたような声と共に、先頭の賊が吹き飛んだ。
それはもう、見事なまでの曲線を描いて、馬車の近くまで飛んで行った。
その先にいた賊も数人巻き込めたみたいだな。
吹き飛んだ賊はピクピクと痙攣しているが……死んでは無いみたいだし、手加減も及第点と見ていいだろう。
「なっ!?」
「て、敵襲だ! 後ろから来てるぞ!」
王族を襲撃していた賊共が、一斉にこちらを振り返る。
遠目に、護衛の騎士と目が合った。
彼らは僕の容姿を見て驚き、そして、僕が持っている【城崩し】を見て、それ以上の驚きを見せていた。
「助太刀は必要ですか?」
「……っ! あ、あぁ、申し訳ないが頼みたい!」
さすが、この国の力の象徴、城崩し。
僕の実力や素性を怪しむ素振りすらないとは……以前の戦争でどれだけ暴れたんだろう、父上は。
そう苦笑しつつも、僕は賊へとロックオン。
「さて、本番前の腕試しだな」
相手は王族襲撃犯。
それなりの実力者と見るべきだろう。
……さて、今の僕はどれだけ戦えるかな。
僕が城崩しを構えるのと、ほぼ同時に。
賊共は、怒り満面に僕を睨み、攻勢に移った。
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