017『継承』
この大陸には多くの英雄譚が残されている。
中でも最も有名な英雄譚は、千年前に残されたもの。
そう、勇者パーティの魔王討伐冒険譚だ。
魔王討伐の旅に出た勇者ルミエール。
道中で出会った仲間たち。
霜天の魔女ステラカヴァズ。
隻眼のオルド。
神の寵児アルテナ。
魔王討伐という奇跡を成し遂げた、たった四人の英雄たちの物語。
その足跡は、功績は、今でも褪せることなく大陸全土に残されている。
「まぁ、これはアルテナ様ご本人が今もご存命なので、彼女が忘れない限りは残り続けるでしょうな」
「……まだ生きてるんだ」
「ええ。今も聖典教会の本部におられますよ」
セバスの口より新情報。
まさかの、神の寵児アルテナまで存命らしい。
オルドも『勇者は死んでいる』って前に言ってたし、千年間も生き続けてる化け物は彼だけだと思ってたんだけど……さすがは伝説の勇者パーティ。全く常識が通じない。
しかし、そうなると霜天の魔女はどうなんだろう。
千年前の英雄譚では最も苛烈に、最も強烈に描かれていた人物だ。反則の権化とも呼べるかの魔女であれば、千年の時を生きていたとしても……思わず納得してしまいそうだ。
閑話休題。
父に連れられて屋敷の廊下を歩く。
その最中、セバスに改まってそういった話を聞いていたのには理由がある。
「魔王討伐の勇者御一行。地竜王アトラスの腹を食い破り、両断した剣の鬼。たった一個人で数百年間も他国の侵入を防ぎきった単騎城塞。伝説の鍛冶師による神剣を生み出すための旅。それら、大陸全土に伝わる英雄譚の中で最も新しいものこそ、旦那様――ストリア・ハート様の英雄譚なのです」
「まぁ、それも【霜の再来】シュメル・ハートのせいで、最新とは呼べないかもしれませんがね」
「えぇ……」
セバスと母の言葉に、驚きと苦笑いの中間くらいで表情が固まった。
なんとも言えない声を聞き、僕の前を歩く父が頭をかいている。
「英雄譚だなんて呼ばれちゃいるが、単に俺は、契約に従って戦争に参加しただけだ。……ただ、必要以上に戦果を挙げてしまった。その報酬として貴族になったんだが、その過程が色々な着色されて、噂になっちまったんだよ」
「フォルス。ストリアってかなり強いのよ? なんせ、貴方を欲しがってる上級貴族たちですら、【剛腕のストリア】って名前だけで男爵家相手にしり込みするほどなんですから」
母の言葉に、父は気まずそうに咳払いする。
そっか。父上、やっぱり強かったんだな。
僕も強くなってから相手との力量差くらいは分かるようになったけどさ。
それでも測りきれなかったから……少なくとも僕よりはずっと強い。下手したら銀竜よりも上かもしれない、程度には思ってた。
ただ……今の話を聞くと、もっと上か?
しかし……。
無言で、視線を彼の腕へと向ける。
そんな大英雄ですら敵わなかった、山羊頭の悪魔。
それを片手間に倒してしまった、フォルス・トゥ。
……先は長いな。
そう思って、苦笑する。
「もっと強くならないと、父上の顔に泥を塗っちゃいそうだね。一生懸命頑張るよ」
「既に必要以上に頑張っている人間に、今更頑張れとは言い難いんだがな。応援はしているぞ」
「もちろん、男爵家全員、味方ですからね!」
父は微笑み、母はグッと拳を握って力説した。
そんな様子に笑っていると、……ふと、先を歩いていた父が足を止めて振り返った。
「さて。一応は英雄の端の方に記されてしまった俺だが、この俺を『剛腕』と言わしめた象徴があってな。この先には、その武器が眠っている」
改めて周囲を見渡す。
この辺りは、危ないから近寄るなと言われ続けてきたため、一度として来た覚えはなかった。
父の背後には、厳重に警備された扉がひとつ。
両脇には騎士が立ち、扉には漆黒の鎖が幾重にも絡みついている。しかも、それらの鎖には取り外せそうな部分は見当たらず、錠や鍵穴すらも存在しない。
まるで、開けることを想定していないような封印だ。
……それだけ、この先に眠っている武器が危険なのか。
あまりの厳重さに、喉を鳴らす。
しかし、僕の想像とは裏腹に。
父がその黒い鎖へと手を伸ばした瞬間、それらはまるで意志を持ったかのように動き出し、するすると壁の中へと消えていく。
気づけば、扉をがんじがらめに封じていた鎖は消えていたんだけど……ちょっと待って、今の鎖の動きって……。
「今の、黒い鎖って……まさか」
「あぁ。この中に眠るのは、意志を持つ武器。俗に魔導器とよばれるものだ」
「ま、まど……っ!?」
当たり前のように言われた単語に、言葉が詰まる。
母やセバスへと視線を向けるが、いずれも無言で首肯された。
「ま、魔導器って……それこそ、さっき話にあった伝説の鍛冶師が作ったって言う……」
「あぁ。厳密に言えば、彼の弟子も作る技量はあったという話だし、実際、ここに眠るのはその一番弟子が作ったものだな」
そ、そうだなよな。
今は亡き伝説の鍛冶師プロクス。
彼の作品は現存する全てが魔導器だ。
過去には神剣も存在していたとされるが、まぁ、そこら辺は現存していないので置いておくとして。
父の言った通り、彼の弟子たちも幾つか魔導器を残してはいるようだが、プロクス作とそれ以外とでは、かなりの性能差があるという。
現にプロクスの作品は国宝にされていたり、公爵家の家宝になっていたり、超一流冒険者の相棒として活躍していたり。そんな程度しか話を聞かない。
先程見た鎖が、国宝クラスの魔導器ではなかったことに少しほっとした……のもつかの間。
「って、一番弟子……っ!?」
先程の言葉を思い出し、また驚く。
そんな僕の姿を見て父は笑っていた。
「そうだ。彼の一番弟子が作り上げた作品は、プロクス以上に少ない。だが、それらの性能は国宝級に迫るとされている。実際、ここに眠っているのも【国宝級】だからな」
僕は、以前に読んだ本の内容を思い出す。
……そうだ。ある意味、プロクス作のものよりプレミアだとされるのが、彼の一番弟子が作った作品なんだ。
なんてったって、そのいずれもが【不壊】属性を帯びている。
「剛腕のストリア。かつての戦争、その一振で城壁を食い破り、たった一人で終戦まで導くに至った大英雄。その彼の全力をもってして、唯一壊れなかった武器」
「我が国にとっては力の象徴であり、同時に、他国から見れば不吉や悪夢の象徴とされるものですな」
母とセバスの言葉を受け、父が扉を開け放つ。
扉の先には、こじんまりとした小さな部屋がひとつ。
その部屋の真ん中で。
美しい『黒色』が、僕を待っていた。
「――名を【城崩し】」
それは、斧のようであり。
あるいは、槌のようでもあり。
また、槍のようでもあった。
言葉を探すと、ハルバード、という単語が浮かんだ。
ただし、斧の反対側についた巨大な槌が、それとは似て非なるものだと告げている。
「シュメルが成人し、この家を継いだ時に預けようと考えていたんだがな。俺の想像以上に、お前が強くなるのが早すぎた。……それに片腕では、かつてのように思う存分こいつを振り回してやれんからな」
嬉しそうに、でも少し寂しそうに父は言う。
けれど、その目は真っ直ぐに僕を見つめていた。
「ここからは俺に代わって、お前が自分の力を示していく番だ。故に、貴族共に『ストリア・ハートの息子』だからと臆させるのは今日までにしろ」
僕は、父へと向き直る。
「今度はシュメル・ハートとして、黙らせてこい」
「――拝命しました、父上」
城崩し。
国内においての力の象徴。
周辺諸国における悪夢の具現。
それを預けるに足る存在だと、父は僕を認めたんだ。
なら、僕はその期待に応えたい。
まだ、父上には及ばないかもしれないけれど。
もう、ハート男爵家に守られるだけの僕じゃない。
視線を、城崩しへと戻す。
一歩踏み出せば、尋常ならざる圧が体を襲う。
……意志を持つ武器、か。
その圧に頬を緩めて、さらに踏み出す。
「もっと強い圧を、僕はもう知っている」
だって、転生して間もなく、それを受けたからね。
あの時初めて恐怖を知った。絶望を知った。
今でもたまに、あの悪魔を夢に見る。
そして同時に、アレより強い人を、僕は知ってる。
どれだけ足掻いて目指しても。
まだまだ届かない高みを、僕は知っている。
なら、今からビビってる余裕なんてないんだよ。
僕は城崩しへと手を伸ばす。
圧が増すが、気にする程でもない。
僕は迷うことなく、その黒い柄を握った。
【■■■■・■■■■■】
手に取った瞬間、圧が止む。
それは認められたから……ではない。
城崩しに触れた瞬間。
強烈な意思が、願いが、脳へと走る。
それは『使わせてやる条件』とでも言うべきか。
思わず、頬が引き攣る。
ついでに城崩しをぶん投げてやろうかと気が急く。
ふざけんな、と。
しかし、続いて流れてきた意志を受け、動きが止まる。
それは、まるで信じ難いことではあったけれど。
残念ながら、それを否定できる材料もなくて。
最終的に、僕は大きく息を吐き、肩を落とした。
「……何か言われたか? 俺の時も『使わせてやる代わりに、ドンパチ煩いこの戦争を止めてこい』と、無理難題を突きつけられた」
「……あぁ、うん。なかなか強烈なお願い事だよ」
柄を握り、持ち上げる。
今の僕でも、片手だとそれなりに扱いが厳しい重さだ。両手持ちにすれば扱えるだろうが……『使いこなす』のであれば、まだまだ修行不足といったところ。
加えて、先程の条件。
「【ストリアの腕を落とした悪魔を殺せ】だって」
「……あの悪魔なら、フォルスが倒したはずだが」
「うん。実は生きてた、なんてことは無いと思う。だから、あの個体の他にも同種の悪魔が存在するんだと思……」
「……黒幕。なるほど、そういう願いか」
言葉を濁して伝えたはずなんだけど。
父上は、平然とその本質に辿り着いた。
思わず頬を引き攣らせた僕を見て、父上は『表情も要訓練だな』と笑っている。
「元々考えてはいたのだ。あんなにも強力な化け物が、都合よく洗礼の儀を終えた俺たちの前に現れたなど、あまりにも出来すぎている、とな」
「……」
「加えていえば、フォルスをお前の師に認めたのも、黒幕に対する一手だな。あれほどの強者が周りを彷徨くともなると、さぞや迷惑極まりないだろうと思ったのだが……今の今まで手出しされてこなかったのを見るに、彼女を雇ったのも正解だったようだな」
既に言い訳なんてできそうになくて。
僕は、諦めて伝えられた願いを教えることにした。
「正確には【ストリアの腕を落とした悪魔の残党、そして差し向けた黒幕を殺せ】だってさ」
「……無理難題ではないか? あの悪魔だぞ?」
だと思うよ。
持った瞬間ぶん投げようかと思ったもん。
父上と一緒になって、うんうんと頷き合う。
しかし、そうなると不満を持つのは城崩しだ。
【■■■■・■■■■■!】
「ぐ……っ」
突然、ぎゃんぎゃんと城崩しがわめき始めた。
そんなんなら使わせないぞ、とか。
父の仇を討とうとしないのか、とか。
最終的には、最初の願いを大声で連呼しまくっている。
「わ、分かった! 分かったから喚くな! 悪魔の残党はしっかり探して、悪いことしてるならちゃんと倒す!」
【■■■■・■■■?】
「く、黒幕も……それが本当なら、ちゃんと、するよ」
……考えたくもないけどね。
だって、父より強い悪魔を使役するような相手だ。
きっと、強いなんてレベルじゃない。
敵対することが、死に直結するとみて間違いない。
「……いいのか、シュメル」
「……まぁ、どうせ強くなるって目的は変わらないんだし。それによく考えたら、今の目標はフォルスを超えることだからね。結局道は変わらないよ」
悪魔を倒したフォルスを超える。
その目標を目指す限り、悪魔より強くなる、って過程は絶対に踏まなきゃならない。
拒否したところで歩む道は変わらないなら、厄介ではあるけれど、悪魔を倒すって条件はのんでも構わないだろう。
だが、僕が約束できるのはそこまでだ。
僕は城崩しへと視線を戻す。
「ただし、黒幕がいるとしても、僕は不要な殺しは絶対にやらない。そこだけは譲れない」
【■■■■・■■■?】
「不要なら絶対に殺さない。怒るし、叱るし、法の裁きも受けてもらうけど、殺すかどうかは別の話だ」
少なくとも、今の僕にどうこうできる相手じゃない。
それに、城崩しが言っていることが本当かどうか、しっかりと確かめなきゃいけないしね。
証拠と、実力。
その両方を備えてから相手するべきだ。
喚く城崩しをそう睨むと、やがて声も消えた。
そして、諦めるような意思が届いたあと、早く目的を達せるよう強くなれ、と静かな声が響く。
……なんとか、認めてくれたか。
そう安堵の息を吐くと、父から声がかかった。
「……まぁ、なんだ。こうも難題を出されると、貴族どもを黙らせるのが些事に思えてきたな」
「……だね」
もう二週間後には武闘会だって言うのに。
まぁ、あの悪魔より強いやつは居ないだろうな。
そう考えると、不思議と緊張なんてしなくなっていた。
「とりあえず、黒幕については再度こちらの方で調べておこう。敵対するにしても、まだ当分先のことにはなるだろうが……念の為な」
「…………うん。よろしく、父上」
僕はそう答えて、城崩しを強く握る。
……色々と。
それはもう本当に、色々と思うところはあるが。
それでも、強くなるという目標は揺るぎなく。
結果として、問題なく城崩しも継承できた。
終わりよければすべてよし、ということにしておこう。
「しかし、まぁ、なんというか」
改めて、城崩しを眺めてみる。
一言で表すならば【美しくも凶悪】だろうか。
力や悪夢の象徴とされるのも納得できる。
夜空より暗き漆黒は間違いなく美しいし。
切り裂き壊すためだけの形状は、凶悪に他ならない。
「継承したとはいえ、武闘会までは、これを使うような場面も来ないだろうね」
「うむ。早々そんなことは無いと思うがな」
そう言って、僕は父と二人並んで笑い合った。
☆☆☆
その翌日。
武闘会へと向けて、家を発った僕は。
その道中で、昨日の発言を思い出す。
そして、大きなため息と共に頭を抱えた。
「嘘だろ……いきなり出番かよ、城崩し」
僕の視線の先で。
豪華な馬車が、盗賊たちに襲われていた。
この作品始まって以来、初めての『お約束』。
修行パートが終わった途端、王道らしくなってまいりました。
次回【王族】
もう間もなく、本作のメインヒロイン登場です。
えっ、フォルス? 彼女は別枠ですよ。




