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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第一章【生まれ出ずるは英雄の芽】
17/30

016『父との約束』

 武闘会は、三ヶ月後。

 準備期間としては、十分すぎるくらいだった。


 フォルスが登録やら諸々手続きを進めてくれている間、僕は死にものぐるいで肉体強化に走った。

 反転による治癒を前提とした、狂気の鍛錬。


 それを続けること、二ヶ月と少し。

 僕はついに、竜の庭から外に出ることとなった。


 ちなみに、竜の森を抜けることは容易だった。

 というのも、爺さんと過ごした数年間で、足音や気配を殺し、魔力を止めて生活することはことは既に日常となっている。

 今更、森の中を意識して歩く必要も無い。

 それなりのペースで駆け抜けたが、一度として襲撃は受けなかったよ。魔力を止めている以上、いつもの邪魔くさい赤竜が来ることもなかったしね。


 というわけで。

 竜の庭を出てから、徒歩四日。

 僕は、数年ぶりにハート男爵家へと帰ってきていた。


「お久しぶりです、父上、母上」

「……本当にな。こうして会うのも何年ぶりだ」


 ハート男爵家の執務室。

 目の前には僕の両親――ストリア・ハート、カグラ・ハートに加えて、執事長のセバスチャンまで揃っている。

 いずれも、数年ぶりの再会だ。

 前世の記憶が蘇ったといえど、僕がシュメル・ハートであることには変わりないし、僕がこの人たちに囲まれて、愛されて育ってきたことも事実だ。

 母上とセバスは感極まったように泣いているし、その姿を見ると、僕も少し来るものがある。


「すまなかったな。修行とはいえ、山奥に送り、何年も閉じ込めてしまった。加えて、一度として会いに行けていないのだから……親としては失格だ」

「……いえ。私が憂いなく修行に打ち込めるよう、父上が、母上が、ハート男爵家が後押ししてくれたことは知っております。感謝することはあれど、恨むようなことはありません」


 思い返せば、ほんと好き勝手してたからなぁ、僕。

 男爵家の長男として、あれだけのわがままを通せたのは、ひとえに家族の優しさあってのもの。

 どれだけ迷惑をかけたか考えてしまうと、今すぐ土下座したくなってくるほどだ。

 ……ただ、過去のことを言ってもしょうがないし。

 きっと、両親だってそんなことを今更謝られたってどうしようもないだろう。

 僕は、謝罪の言葉を飲み込んだ。

 そして、代わりに笑顔を浮かべた。


 貴族としての会話は、ここまでだ。


 僕は堅っ苦しい貴族としての仮面を外し。

 笑顔で、家族に向き直った。



「ただいま。今戻ったよ」



 そう言うのと、母上が抱きついてくるのはほとんど同時だった。




 ☆☆☆




 貴族としての挨拶も程々に。

 息子として両親やセバスと言葉を交わした僕は、改めて執務室のソファに腰を下ろしていた。

 対面には両親が座り、その後方にはセバスが控える。


 話題としては、僕の近状についてが多い。

 てっきりフォルスから色々と聞いているのだと思っていたが、そういう訳でもないらしい。

 何でも『シュメルのことは、責任をもって強く育てるよ。だから、君たちは心配してないで貴族たちの相手をお願いね』だそうだ。

 ……相変わらず何を考えているのか分からない人だ。


 というか彼女自身、男爵家にもほとんど不在だったらしいし。

 竜の庭にもいない、男爵家にもいない。

 ならあいつ、この数年間……どこほっつき歩いていたんだろう?


 閑話休題。


 そういうわけで、僕は改めてどんな場所でどんな人に、どんな修行をつけられていたのかを説明しようと、したわけなんだが。


「り、りりり、竜の庭だと!?」


 初っ端で既に躓いていた。

 父は驚きのあまり立ち上がり、大きく目を見開いている。

 それは母上も、セバスも同じこと。

 ……早速だが、嫌な予感がしてきたなぁ。


「……うん。フォルスからなんにも聞いてない?」

「聞いていたらその時点で止めているに決まってるだろうが! 当時七歳の子供をあんな魔境に送るなど……おい! フォルスはどこにいる!?」

「……フォルス殿でしたら、急用ができたとのお話で、今朝お出かけになられました」


 逃げたな。

 セバスの返答を聞き、その場の全員がそう思った。

 父上は呆れと諦めの混じった深いため息を吐き、ソファに座り直す。


「……よ、よく、生きてこれたな。俺より強いご老人の住まう山奥に送る、という話は聞いていたのだが」

「見ての通り五体満足で生きてるよ。……まぁ、反転の魔法がなかったら何回か死んでたと思うけど」

「……フォルスには、怒ればいいのか感謝すればいいのか分からんな」


 怒ればいいと思うよ。

 ちゃんと言わなかったフォルスが悪い。

 ふと脳内に、フォルスが涼し気な無表情が浮かぶ。

 どうせ彼女なら、怒られたところで『言ってたら止めたでしょ』とでも言うのだろう。

 全くもってその通りだよ。

 父の話を聞いて、心の底からそう思った。


「ごめんなさいね、シュメル。魔法には人の記憶を読むものや、人に自白を促す危険なものもあるの。それを思えば、私たちがシュメルの居場所を知っているのは危険すぎる。そう思って、詮索しないように徹底していたのだけれど……」

「それは正解だよ。……まぁ今にして思えば、知られたところで場所が場所だし、安全だったかもしれないけどさ」


 そう答えると、父が難しそうな顔をした。


「……地竜王アトラス亡き今、森を進むだけならば可能な人間は多いだろう。だが、あの広大な森から一人の子供を見つけ出せる索敵能力。俺より強いというそのご老人を振り切れるだけの移動速度。子供を竜から守りつつ森からの脱出を狙える護衛能力。それら全てを満たせる人材となると、本当に有数だろうな」


 父の話を聞いて、なるほどと思う。

 そんな僕の様子を見て、父は問う。


「父としても、貴族としても聞きたい話だが、シュメル。どれほど強くなった?」


 どれほど。

 そう聞かれ、少し悩む。

 沈黙し数秒。頭の中で言葉をまとめて父に伝える。


「……戦士としてなら、赤竜には勝てるよ」


 正確には『赤竜には純粋な力比べじゃまだ勝てないけど、それが殺し合いなら勝ち目は十分』と言ったところ。

 父を含め、三人は大きく目を見開く。

 ……まぁ、僕でも竜殺しがどれだけ凄いことかってのは何となくわかってる。それを、十一歳やそこらの子供がやってるんだから、偉業も偉業だ。


 ただ、父は驚きを収め、僕の隣に置いてある荷物へと視線を向ける。


「……戦士として、と言ったな」


 父の視線の先には、弓が立てかけてある。

 僕は肯定し、改めて今の実力を彼に伝えた。


「うん。()()()()()()()()()()()()()、ほかの竜にも負けることは無いと思う」


 ただ、その場合は戦いではなく、狩りになる。

 それは騎士道精神なんてものとは無縁の蹂躙だ。

 加えて、相手を確実に殺す戦い方でもある。

 確実に殺す以上、あんまり気分がいいものでもないし、面白くない。

 当然ながら、貴族方からの評判はよろしくないものになるだろう。


「まぁ、負けはしないってだけで、まだ勝てそうにない相手も居ることはいるんだけどさ」


 僕の言葉に母とセバスは完全に固まっていたが、それに対し、父は顎に手を当て呻いている。


「フォルスの口ぶりから、例のご老人は狩人ではないかと薄々考えてはいたが……やはり、その方向で力をつけたか」

「もちろん、騎士道精神とやらに則った戦い方も覚えたよ。まぁ、純粋な腕力によるゴリ押しだけどね」

「……フォルスも、最低限の知恵は与えていたようだな」


 そうと言って、父は少し沈黙していた。

 ただ、その沈黙は考えを、言葉をまとめるためのもの。

 数秒もせず、父は僕へと視線を戻し、告げた。



()()()()()()



「……え?」

「お前も知っての通り、貴族というのは実に面倒くさい。言葉、行動、戦い方ひとつとっても、それが隙だと思えば執拗に言及してくる。……そしておそらく、お前の戦い方は、貴族共にとっては恰好の『隙』だ」


 そこまで言って、父はふぅと息を吐く。


「だが、狩人としてのお前と、戦士としてのお前には、おそらく隔絶した実力差があるのだろう?」

「……まぁ、そうだね」

「だから言ったのだ。この先、三度までは狩人として戦うことを許す」


 たったの三度。

 その言葉に頬が引き攣った。

 されど、僕の反応を見て父は表情を緩める。


「といっても、その条件は『公衆の面前で』という但し書きがつくがな。その程度であれば、こちらの方で言及を捻り潰せるだろう」


 ニヤリと笑った父の言葉に、ほっと一息。

 よかった……あれだけ頑張った技術、これから先三度しか使えないのかと思ってびっくりしたよ。


「それ以外、人目につかない部分であれば、いくら技術を使おうと構わない。……悪用はするなよ?」

「……うん。利用はするだろうけど、悪用はしないよ。そんなことしたら教えてくれた爺さんに殺されるしね」


 あの人にとっては、僕も赤子も等しく『獲物』だ。

 抵抗なんて、きっと出来ない。

 なんにも分からず殺されるだろう。

 そう分かっているから、悪用なんてしたくても出来ない。……まぁ、最初っからするつもりないけどさ。


「安心しろ。もしもお前が悪に走ったのなら、そのご老人より先に俺が引導を渡してやる」

「そっか。じゃ、安心だね」


 僕は保護者に恵まれている。

 なんてったって、道を違えた時は『殺してやる』とちゃんと言ってくれる人たちがそばに居るんだから。

 しかも、総じて僕より強いと来た。

 この先どれだけ挫折したって、辛いことがあったって、悪に走った時点で殺されると、僕は知っている。

 ならきっと、僕はこれからもずっと真っ直ぐ生きていける。そう思う。


「……兎にも角にも、だ。貴族としての顔に泥を塗ってでも勝ちたいと、そう強く願ったときのみ『技』を使うことを許そう」

「うん。本当に死にそうな時はこの約束破ると思うけど、何とか三回以内で収めてみるよ」

「……俺としては、『狩人』に頼る必要が無いほど、『戦士』として成長してもらいたいんだがな」


 まぁ……言っちゃあれだけど、僕って狩人としての戦い方の方がしょうに合ってるからなぁ。

 戦士としても頑張るけど、どこまで行けるかは、今後のお楽しみってことにしておこう。


「いずれにせよ、期待してるぞ、フォルス」


 父はそう言って立ち上がる。

 そろそろ話も終わりかな。

 そんなふうに思って父を見上げたところ、彼はじっと僕の目を見下ろしていた。


「……しかし、お前は既に戦士としても一流へと足を踏み入れている。そろそろマトモな武器の一つや二つ、持っていても構わないだろう」

「……あ、たしかに。戦士としての武器なんてなんにも用意してなかったんだ」


 僕の荷物は、弓と矢筒、矢が数本と、短剣だけだ。

 戦士として戦うなら……それこそ、騎士らしい長剣とか、両手剣とか? そういったものも必要になると思う。


「そこら辺の鍛冶屋でも行って、なんか買ってきてもいいかな?」


 武闘会に間に合わせないといけないし……。

 とりあえず、今回は有り合わせのもので行くしかないか。

 そう考えての発言に、父は首を横に振った。


「いや、前々より、フォルスに継がせようと思っていた『とっておき』が、この家には眠っていてな」

「……っ!? だ、旦那様……それは、まさか!」


 父の言葉に、ここに来て初めてセバスが驚きの声を上げる。

 見れば母も驚いた様子だったが、僕だけはあまり驚きの意味が理解できず、首を傾げる。

 そんな僕を見下ろして、父はいい笑顔でこういった。




「これより家宝を継承する。ついてこい、フォルス」




そして、シュメルは邂逅する。

古き時代の竜殺し。

伝説の鍛冶師、その一番弟子が打った最高傑作。

彼の父を、英雄たらしめた救国の象徴と。



次回【継承】

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