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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第一章【生まれ出ずるは英雄の芽】
14/30

013『赤竜』

本日1話目です。

2話目は本日、18時投稿予定。

「なんっ、なのアイツ!?」


 それから一週間が経過した。

 その間、僕は一匹たりとも竜を狩れていない。


 というのも、森に入って数分もしたところで必ずあの赤竜が邪魔しにやってくるのだ。

 その度にこの家へと逃げてくるのだが、赤竜も赤竜で、ある程度家に近づいた段階で逃げ出していく。

 結果として、何度も何度も何度も何度も、僕はあの竜に邪魔されて修行が上手くいっていなかった。


「ま、その間、弓は上達したんじゃから良いじゃろうに。……竜は狩れていないがな」

「くっ」


 確かに時間はあったからね。

 その間の訓練で、弓は上達してきたさ。

 でも、肝心の戦闘経験が全く積めてない。

 遥か格上の赤竜から命からがら逃げ出す経験なら積めるんだけどね。あんなのは戦闘じゃなくてただの蹂躙だよ。

 僕だって、死期察知能力がなかったら数メートルも逃げられずに殺されてるはずだ。


「おそらく、以前狩った赤竜の身内じゃろう。下手に賢くワシの強さが分かるから、恨みが全部お主に向かってるみたいじゃな」

「ぐぬぬぬ……」


 まぁ、弱いですからね、僕って。

 そりゃ爺さんに怒りをぶつかるよりは、手頃な僕辺りに吐き散らした方がずっと賢い。確かに頭ではわかってる。分かってるんだけど……っ!


「そもそも、なんで毎回やってくるんだよアイツ……!」

「監視されとるんかのぉ……」


 だとしたら暇すぎだろ赤竜!

 毎回毎回、僕が家からある程度離れたタイミングを見計らって襲いやがって! そんなに怒ってるなら正々堂々この家襲撃してこいよ!


「……身内を殺された恨み、ってのは分かるけどさぁ」

「気にするでない。手を出したのは向こうが先じゃ。逆恨みもいいところじゃて」


 まぁ、そうだよな。

 先に炎を吐いてきたのは向こうだし。

 それで僕は両足焼き切られたわけだし。

 悪いのは向こう、こっちは正当防衛。

 それは分かってるんだけど、あぁも恨みたっぷりの瞳を前にすると、なんとも言えない気持ちになる。


「殺す技術を身につけてるんだし、こういうのは、割り切るしかないんだろうなぁ……」


 結果的に誰かを守ることになったとしても。

 この技術は、大前提として『殺す』ものだ。

 この先、僕がどれだけの人を、魔物を殺すのかは分からないけど、殺した相手にだって家族は居るし、繋がりはある。


「……その重みを感じている内は大丈夫じゃ。いずれ耐えきれんくなって、いつしか何も感じなくなったら、それが狩人の引退時期じゃ」


 そんな爺さんは、まだ狩人を続けている。

 彼は、千年以上もこういった重さに耐え続けているのだろうか。だとしたら……僕には真似出来ない強さだな。


「ま、せいぜい凡人なりに頑張るよ」

「じゃな。期待しとるぞ、小僧」

「……フォルスにも言われたな、それ」


 そう苦笑して、ここしばらく会っていないもう一人の師のことを思い出す。

 ……いや、忘れてた訳じゃないんだけどさ。

 そういえばあの人、今頃何やってるんだろう?

 僕関連で、色々と仕事を片付けてるはずなんだが……。


「……はぁ。噂をすれば、じゃな」

「え?」


 ふと、爺さんが疲れたようなため息を漏らす。

 それと同時に、玄関ドアが勢いよく開かれた。

 びっくりして席を立ち上がった僕の視線の先には……確かに噂をすれば何とやら、だな。見覚えのありすぎる白髪の少女が立っている。



「やぁ、久しぶり。様子を見に帰ってきたよ」



 フォルス・トゥ。

 氷のような少女は、あいも変わらず無表情だった。




 ☆☆☆




「……まじか」


 僕の近況をある程度話したところで。

 フォルスは、呆れ混じりにそれだけ言った。

 じろりと、彼女の視線がオルドへ向かう。


「……戦士として育てて、って言ったよね」

「もう少し大きい声で言って貰えんか? ワシぁ最近、耳も遠くてのぉ……」


 あからさまな『嘘』に、思わず苦笑い。

 爺さんのボケは脳の方に回ってるだけ。

 五感、それこそ聴覚なんかは未だに健在。

 数キロ先の僕の叫び声すら聞き届けて、駆けつけてくれるほどの化け物っぷりだ。

 この距離で、フォルスの声が聞こえてないはずがない。

 ピキリ、とフォルスの額に青筋が浮かぶ。


「この爺……」

「おお、恐ろしや……このような老体になんという殺気を送ってくるのじゃ。このままでは体が震えて夜しか眠れん……。とっとと帰ってくれんかのぉ?」

「永遠に眠らせてあげようか? おじいちゃん?」

「お? やれるものならやってみぃ、白いの」


「ちょ、ちょっと待って!」


 バチバチに火花をぶつけ始めた少女と老人。

 焦ってその間に入ると、二人の間にあった剣呑な空気は消えていく。

 ほっ、と息をついたのもつかの間。

 フォルスは、僕へと矛先を変えて口を開いた。


「シュメルもだよ。いいかい、君はその立場上、今後多くの人の前に立たされる。強さを確かめるとか言って戦わされることだって一度や二度じゃない」

「……やっぱり?」


 なんとなーく、そんな気はしてたよ。

 お約束ってやつだね。

 僕の返事にため息を漏らしつつ、彼女は続ける。


「そんな場で短剣やら弓やら使ってごらん? 騎士道精神がどうやらと喚く貴族連中がなんて言うか、想像つくだろう?」

「ぐ……ぬぬ」


 卑怯だ、しっかり戦え、逃げるな、だとか?

 騎士道精神、って単語だけで何となく想像できた。

 とにもかくにも、あれだ。

 面倒くさい事を言われる、ってことだ。


「あいつら馬鹿な上に見る目も無いからね。オルドの技術は世界一だとは認めているけれど、極限まで無駄を省いた究極の一は、えてして無能の目には地味にも映るのさ」


 言わんとすることは分かる。

 けど、あれが地味?

 オルドの技術は、森での一歩から弓を射る動作まで、ひとつ残さず究極の集合体だろ。

 彼は言わば、殺す為だけに生きているような怪物だ。

 どう見ても、軽視できるようなものでは無い。

 そう……思うんだけど。


「間違いなく言われるよ。それは戦士の戦い方では無い、とかなんとか」

「……馬鹿なの、その人たちって」

「言ったろ。馬鹿なんだって」


 馬鹿なのかぁ……。

 なら、この戦い方ではダメってことかな。

 せっかく、弓や短剣に慣れてきたところなのに。

 ガックシと肩を落としていると、今まで黙っていたオルドが僕の頭に手をのせた。


「そこの所は分かった上で教えとるんじゃ。ようは、見る目の腐った馬鹿にも分かるような、わかりやすい強みが一つありゃいいんじゃろ?」

「まぁね。……なにか案でもあるのかい?」


 そちらを見ると、爺さんは僕の頭から手を離し、少し考えるように顎髭を掴んだ。

 だが、考えをまとめていたのは、ほんの数瞬。

 やがて、髭を掴んでいた手は下ろされ、力強く、拳が握られる。


「小僧には、べらぼうな量の魔力と、それなりの魔力操作能力がある。加えて、その土台には天性の肉体じゃ。まだその時では無いが、いずれ、本格的に肉体を鍛えられる年齢に追いつけば……」


 にやりと、老兵の頬が吊り上がる。

 かつても見た、獣の貌。

 獰猛な笑顔の中で、爛々とその目は輝いていた。

 その目を前に、僕は動くことも出来なかった。


「これを告げるのはまだ先と考えていたのじゃがな。小僧、この森に住まう全ての竜に、純粋な膂力勝負で勝ってこい。それをもって、ワシの修行は終了とする」

「はぁ!?」


 膂力……って、腕力とかのことだろ?

 あんなに巨大な竜相手に、人の身で力勝負?

 何言ってんだこの人。

 そう思ってフォルスを見るが、彼女は妙に納得した様子で頷いていた。


「人の身で竜をも超える膂力。なるほど、馬鹿でもわかるシンプルな強さだね」

「風の噂に聞く剛腕のストリア・ハートであれば、その膂力に相応しい武器の一つや二つは保管しておるじゃろ。修行を完遂した暁には、それの一つでもくれてやればよい」

「それは、話すまでもないと思うけどね」

「ちょ、ちょっと! なんで話進んでるわけ!?」


 竜との力比べだぞ!?

 緑竜なら……まだ、数年あれば押し勝てるかもしれないけどさ! さすがに赤竜は無理でしょ! いや緑竜に勝てるって思えてる時点で僕もだいぶやばい気がするけど。


「安心せい。先も言ったが、お主はまだ歳若い。体を本格的に鍛えるのは、技術を全て伝えきった後じゃ」


 爺さんは、ガンギマった目で僕を見ていた。

 これは……言っても無駄なやつか。

 この頑固ジジイが。

 心の中で吐き捨てて、歯を食いしばる。


「ぐぬぬ……。で、でも、今の修行すら赤竜のせいで上手く出来てないんだけど……?」


 そして、長い遠回りをしながらも、今日の最初の話題へと立ち返る。

 赤竜、とても邪魔。

 全然修行できない。

 シンプルだけど致命的な問題だ。

 アイツをどうにかしないと、膂力以前に技術の習得すらままならないだろ。


「ん? よく分からないけど、私が殺してこようか?」


 フォルスが挙手して物騒なことを言った。

 それに対して、爺さんがため息を漏らす。


「はぁ。それでは小僧の練習相手が減るじゃろう」


 そう言うと思った。

 赤竜がここまで明確な邪魔になってるのに、爺さんは今までその赤竜を狩ろうとはしてこなかった。

 今の言葉で確信したが……彼はそのうち、僕にあの竜を倒させるつもりだ。一体何年かかるのか……今から気が遠くなるね。


「赤竜って……今のシュメルじゃ練習相手にもならないと思うけど」

「全面的に同意だよ」


 フォルスの言葉に首を何度も縦に振る。

 しかし、頑固ジジイは揺るがない。

 彼女もそこら辺は察したのか、オルドから僕へと視線を向ける。


「ちなみに、赤竜のせいで修行出来ないってどういうこと?」

「……前に赤竜倒しただろ? あの竜の血縁らしくてさ。僕が森に出るたび襲いかかってくるんだよ」


 そう言って、ここ一週間の出来事を彼女に語る。

 何度も何度も邪魔されていること。

 おそらく監視されているということ。

 このままじゃ戦闘経験が何も積めないということ。

 僕の思いも含めて、熱く、あの赤竜に対しての不満も吐き出したところ――はたと、フォルスはなにか思いついた様子で顎に指を当てた。


「もしかしてだけど、それの対応策なら分かっちゃったかもしれない」

「えっ!」

「たぶんだけどね。これで、赤竜の目は誤魔化せると思うよ」


 いとも簡単にフォルスは言う。

 それには僕も驚いたけれど、後ろに立っていた爺さんもまた驚いた声を漏らしている。


「赤竜を殺さず、無視できる方法なぞあったかの?」

「……魔法を使わない君からは、出てこない発想だとは思うけどね」


 そう言って、フォルスはピンと指を立てる。

 そして、邪魔な赤竜を無視する作戦を、僕へと伝えるのだった。



「シュメル。とりあえず身体強化をやめようか」


「……へっ?」



 頼みの綱の身体強化。

 それが、フォルスの一声で禁じられることとなった。



次回【次のステップへ】


修行は続く。

新たな英雄は既に芽吹き。

人知れず牙を研ぎ、その日に備えている。

能ある鷹は、爪は隠せど牙は隠さず。

迷いなく、強者の域へと足を踏み入れる。

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