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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
98/976

98.朝からずっと行っていないので、かなり危険な状況です。





 かさっ。


 時折、紙が擦れる音とが響き渡るも、基本的に静かな時間が過ぎ去って行く。

 

 からんっ。


 そんな音と誰かの話声が極偶に、意識の遥か外から聞こえて来るも、そんな事など関係なしにペンは奔り進んでゆくけど、それは脳裏の中に浮かんだ情景を描き溜めるだけの作業ではあるものの、それなりに書くべき言葉は選んで行くので集中力がいる。

 少しでも戸惑えば、脳裏の情景は此方の都合など関係なしに先に進んでしまうため、その情景の想いを伝えきれなくなってしまう。


「……ちゃん」

「ゆ……ゃん」


 そう、ペンの先にその情景を少しでも多く。

 人物が語る想いと言葉を、伝えるために。

 今は只管目の前の事に……。


「ゆうちゃんっ!」

「ふぇっ!?」


 いきなり揺すられた肩と、耳元で聞こえた声に、思わず頓狂な声を上げてしまう。

 突然の事に一瞬固まってしまった思考が揺り戻され、声の下方向と言うより視界の端を大きく占めたライラさんの心配げな顔に、此方がどうしたのかと思ってしまう、……のだけど、うん?


「はぁ……戻ってきたみたいね」

「ん? どうしたんです?」

「……どうしたんですって、……はぁ。

 もう夕方よ。朝からずーーーーーっと、机に向かいっぱなしで流石に心配もするわよ」


 ライラさんの言葉に、思わずきょとんと放心してしまう。

 何度か目を瞬きした後、外の方に目を向ければ、すでに赤い夕差しが横合いから部屋の中を灯しているのが分かる。


「……ぁっ、すみません」

「別に謝る事じゃないけど」


 いえ、話し中に申し訳ないと言う意味です。

 身体が何をしたかったのか思い出したようなので、緊急事態です。

 ええ、少しお待ちください。

 話している余裕が本気で無いので、急いで移動です。


「ふぅ~………」


 なにはともあれ爽快感。

 緊張した物がじっくりと解れて行く感じが、心と身体に染み渡ってゆく。

 はい、間に合いました。ギリギリです。セーフです。

 不名誉な伝説を作らずに済みました。


「お待たせしました。何か用でしたか?」

「……ふぅ…、ゆうちゃんこそ、どうしたの?」

「どうしたって、その、もよおしを」

「そっちじゃないからね。

 ねぇ、ゆうちゃん、また何か溜め込んでたりしてない?」

「何かって、何をです?」


 別に借金を溜め込んでなどいないし、仕事も特に順調と言うか、仕事その物があまりないので溜め込みようがない。

 コッフェルさんの魔導具のお手伝いも、とりあえず今は一段落付いているし、唯一溜めていると言ったら、溜め込んだ小説の印刷ぐらいだけど、もともとあれは期限なんてないようなもの。

 でも本気でそろそろ印刷を掛けないといけないのは確かだけど、流石に今は色々と拙い。

 印刷技術はおそらく書籍ギルドを敵に回す事になりかねないので、ライラさんの目に付く場所では控えたいんですよね。


「………はぁ、まぁいいわ

 食事にしましょう。今日は私が作る番だけど、横で見ていてくれると助かるかな」

「はい、お手伝いいたします」

「ちなみに、以前に食べた天婦羅を挑戦してみたいから、助言よろしく」

「そうですね。ライラさんの場合だと私みたいに魔法で誤魔化せないので、サクサク感は難しいですけど、水の代わりにワインで小麦を溶いて香りや風味を増すやり方があるので、其方をやってみましょうか」

「良いわねぇ。聞くからに大人の味って感じで」

「あっ、他にも麦酒で溶く方法もあるみたいですよ」

「……ぐっ、……両方を作るわよ」

「両方は良いですけど、嵩が増えちゃいません?

 私、あまり多くは食べれませんよ」

「いいわよ。そんな事は明日考えるわ。

 ええ、そんな現実を見ちゃ駄目よ。

 今が美味しければ、それでいいのっ!」




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 結局、予想どおりと言うか、食べ過ぎてしまったと悔い悩むライラさんを、明日の朝は一緒に頑張りましょうと慰めてから部屋へと向かう。

 その夕食の出来具合と言えば、とりあえずライラさんには、天婦羅よりフリッターの方をお教えた方が良いのかもとだけ。

 いえ、別に美味しくなかった訳ではないですよ。

 ただ、彼女の味付け的には、そちらに寄せた方が良いのかなと思っただけです。

 そうして戻った部屋は、部屋と言っても本当に寝るだけのスペースでしかないけど、それは大人の話で、身体の小さな私には十二分なスペース。

 空中に張った結界内に魔法でお湯を用意し、念のため桶の中に足を入れてから回りに水が飛び散らないように更に結界を張って、お湯を浴びる。

 簡易的なシャワーのような物で、シンフェリアに居た頃から、普段は此れで身体を洗っている。

 でも、やっぱりお風呂の方が気持ち良いし、さっぱりするので時折恋しくなってしまう。

 多分あの場所は未だに見つかってはいないと思うけど、だからってそれをする訳にはいかない。

 シンフェリアを自ら出た私には、許されない事だから。

 幾ら身勝手な人間だと自負をしていても、それでも守るべき一線がある。

 うん……、こんな今更の事を考えてしまうあたり、少し疲れているのかもしれない。

 いつもの日課の後、ずーっと休まずに本を書き続けていたみたいだから。

 

 ばさっ。

 

 嫌な考えと疲れを振り払うように頭を振ると、水を吸った長い髪が結界に当たり音を立てる。

 その音を元に頭を切り替える。

 うん大丈夫。

 だから大丈夫。

 二度ほど口の中で繰り返して、一気に身体を洗い終える。

 ドライヤー魔法で髪を乾かし、就寝前のお手入れ。

 なんやかんやと長年の習慣だから、今更、止めるのもなんだし、やらないのも何か落ち着かない。

 いつもならこの後は軽く読書をしたり、魔法や魔導具の研究をしたりするんだけど、今日は疲れているようだから早々に寝る事にする。

 きっと気がつかない疲れが溜まっているから、変な事を考えたり、ライラさんに心配をかけるような事をしてしまったのだと思うから。


 こんこんこん。


 目を瞑って少しだけ眠気が襲ってきた所に、控えめなドアの音に私は光球の魔法を天井近くに放ち、夜の訪問者に問題ない事を告げると……。


「今日は早いのね」

「ええ、どうやら疲れているみたいなので、早く寝ようかと思って」

「……そう」

「ライラさんは……その、……その手に持っているものは」

「見ての通りよ」


 そう言って体の前に持ち上げて見せるのは、どこからどう見ても枕。

 もしかすると枕型のクッションかもしれないけど、用途としては同じ気がする。

 そして枕を持って他人の寝所を尋ねる意味は、……いかん、本気で疲れているようだ。

 一瞬とはいえ、イケナイ事が脳裏に浮かんでしまった事に、本気で目の前の人物に申し訳ないと思う。

 そもそも今は同性同士だし、そう言う関係でもない、何より彼女には愛すべき恋人がいる。

 どれくらい愛しているかと言うと、とりあえず相手の話が始まると最低でも二十分は止まらない。

 それが相手に対する愚痴であろうが惚気であろうが、いっさいお構いなく続く。

 ええ、幸せになってください。結婚式にはぜひ出席して、祝福します。


「偶にはゆうちゃんと一緒に寝ようと思ってね。だめ?」


 すいませんライラさん、そう言う台詞は、ぜひとも彼氏さんに言ってあげてください。

 幾ら今は同姓とはいえ、前世が男の私にとって、一瞬グラリと来ましたから。

 ええ、ライラさん、前世の私の好みのドストライクですから余計です。

 ついでに何故か、かなりプンスコのエリシィーが脳裏に浮かび、……これまた何故か冷静に戻れたので助かりましたが、本気で危険な台詞ですよ。

 あれ? 同姓同士で考えたら、なんらおかしくないのか。

 普通にお泊まり会みたいなものだもんね。

 うん、やっぱり疲れているんだと思う。






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