977.頑張った後に、予想外の御褒美が転がり込んできました。それと罪に問われたのは私が悪い訳ではないですよ。たぶん。
今回はちょっと長めのお話。
増築工事に伴って行った本邸部分の改装工事が終わった。
改装工事と言っても私が使う部屋と執務室くらいなので、それほど大袈裟ではなかったため、比較的早く工事が終了した。
只、いくつか部屋を潰して広さを確保したため、私の私室と研究室のある三階は、私の家族のみが使う階となり、同じく三階を使っていたルチアとポーニャは二階の元客室へお引っ越し。
もっともポーニャは結婚式が済めば、また引っ越しする事になる。
なら、態々引っ越さなくても良いのでは? と尋ねてみた所。
『家臣としてのケジメは大切です。
本邸の三階はユゥーリィさんの本当の家族だけが住む、安らげる場所にしたいですから』
だそうだ。
確かに余所様の家だと、直系の血族者だけが住まう階や区画がある事が多いからね。
流石は伯爵家の御令嬢ともなると、貧乏男爵家出身の私とはその辺りの考え方が違うと思う。
まぁ皆が話し合って決めた事だから仕方が無い。
私は黙って皆の心遣いを受け取るのみ。
ちなみに増築部分を含め、内装工事で私関連の部屋以外で一番手間と費用が掛かっているのは、実はポーニャとルイ様のお部屋。
新婚だから色々と内装には悩んだだろうし、細かな注文も多いとも聞いているので、そこは二人の生まれを考えれば仕方がない。
他にも費用が掛かっている理由としては、ポーニャに結婚祝いに何が良いか尋ねた所……。
『生活を快適にする魔導具が良いです。
特に小さくても部屋で湯浴みが出来るなんて最高です』
まぁ……ナニとは言わないけれど、新婚夫婦には在った方が良いですからね。
アドル達の部屋も結婚を機に改装した時に、小さいながらもシャワー室を作ったのを、羨ましいと口にしていた記憶がある。
新婚でなくても女性は……、その……、身を清める必要が多いですから。
と言う訳で、ポーニャの新居は元王族のルイ様を婿に迎えて新たに家を興す事もあって、他の部屋よりも生活魔導具に溢れた部屋となる予定。
既に大型の魔導具の設置は終えているので、後は専門の職人が見た目良く仕上げてくれるのを待つだけ。
只、一度ルイ様に部屋割りの確認のためもあって内覧して貰った所。
『……こんなにも魔導具が。
これって、下手な屋敷を建てるよりも高くなっていませんか?』
なんて青い顔で聞いてきたのよ、そんな訳がないのにね。
私がポーニャのために作ったのですから、材料費しか掛かっていませんし、外には出さない魔導具もあるから、それらなんて値段が付かない。
と言うか、その材料も大半が私が魔物の領域から獲ってきた物なので、その分は更にお金が掛かっていないとなると、寧ろ部屋の家具を含む内装代の方が何倍どころか、何十倍や何百倍もお金が掛かっているくらい。
一流の職人の人件費って高いんですよ。
だから私からのポーニャへの結婚祝いは、そういった諸々を含めた二人のための部屋だったりする。
因みに結婚式の費用は、ポーニャが自分で出すと言い張って聞かないのよ。
『自分の結婚式なんですから、それくらい出させて下さい!
私、戴いているお手当、使い道が無くて殆ど残っていますし、これから法衣伯爵としての年金も貰えるとなると、貯まりすぎて怖いですから!』
普通、貴族の令嬢の結婚式費用は親が出す物で、ポーニャの場合は私が出すべき物なのだけど……、ポーニャって伯爵家でも四女だったからか、基本的に質素なのよね。
でも貴族に召し抱えられる魔導士って、例外を除けば基本的に高給取りだからね。
ぶっちゃけ、いつも私の側で身体を張っているアドル達よりも、お給金は高かったりする。
おまけに領外の公共工事に付き合わせている分は、追加のお手当も払っているから、こんな何も遊ぶ所のない田舎に住んでいたら、お金は貯まる一方だと言えるので貯まって行くお金が怖いのだろう。
かと言って、私同様に贅沢をする気はあまりないと来ている。
一応は爵位を戴く予定のため、使用人を雇う義務はあるのだけれど、この地が私の私有地である事と様々な機密の関係上、我が家からの貸し出しと言う形になる。
ルイ様の婿入りを名目に新たに来る使用人達は、ポーニャ達が我が家に部屋住みする事を選んだのを理由に、陛下から命令で我が家の使用人として来る事になり、現在、他の新人組と共にリズドの街で研修中。
一応、ケニーがポーニャの専属女中になっているし、ルイ様の従者であるイルヴァーノ様も我が家の使用人になった上で、ルイ様の従者を兼ねた専属執事となる予定なので、問題ないと言えば問題ない。
そうそう、そのケニーとイルヴァーノだけれど、何か良い感じなのよ。
まぁ下手に突っついて、おかしな事になっても可哀想なので基本傍観。
「ジュリさん、今日はどうでしたか?」
「残念ながら、いつも通り事務的な会話でしたわ。
でもだんだんと、お互いの顔を見つめる時間が増えているような気がしますの」
「なら、皆で温かく見守らないと」
だからそこの二人、出歯亀するくらいは構わないけれど、【温かく見守る】と称して他の子達と情報共有するかの如く広めないの!
我が家の女性陣の殆どがケニーに妙に生暖かい視線を送るから、あの子、自分が何か遣らかしたのかと心配になっているのよっ!
ってな感じで我が家は忙しいなりに平和。
港街の秋祭りも問題が無かった訳ではないけれど、ある程度想定していた事でもある許容範囲と言えば許容範囲。
『聞いていなかった仕事が、幾つも増えましたがっ!』
『ユゥーリィ様、本当に突発的に仕事を増やすのは御勘弁くださいませっ!』
『特に舞踏大会の事は、我々の心の臓が止まるかと思いましたぞ、今年もかとっ!』
まぁ一部文句も聞こえたけれど、別に増やしたのって【ゆるキャラ】による港街のイメージ戦略と、催しの際に使われる放送機器による専門部署の発足とガイドラインの製作くらいじゃない。
他にも王都から武闘大会に参加した人達による、魔物の討伐遠征の準備くらいでしょうが。
他にも幾つかと在ったけれど、そこは許容範囲と言う事で。
そもそも仕事というものは突発的に起きる代物。
私なんて見てみなさい。
『今から君の屋敷に皆んなで行こうと思うのだけれど、よろしくね』
某御偉方に定期報告に行ったら、こんな寝言をいきなり言われた事が何度在ると思っているのよ。
大変だと思うけれど、それが行政部のお仕事だから頑張って貰いたい。
そもそも武闘大会の開催を許してあげたんだから、私がちょっと舞踏大会に着ぐるみ着て踊るくらいのお茶目は許して欲しいものだ。
それだって嫁の命令で来年からは前もって伝える事になった上に、昨年の反省が生かされていたのなら問題なかったはず。
いくら着ぐるみ着ていたからと言っても、本番まで気配を消して、透明化の魔法を施した程度なのに、あっさりと警備体制を擦り抜けれてしまった方が問題だと思うわよ。
と言う訳で舞踏大会の警備体制については、昨年からの反省事項が活かせていないだけであり、今や過ぎた事でしかないため苦情は聞きません。
手伝うべき事は手伝いますけど、それとこれとは話が別。
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【アーカイブ公爵家所有の商会本部邸にて】
「エルヴィス様のお力添えもあって、どのお店も滑り出しは順調との事、厚くお礼を申し上げます」
「いやいや、礼を言いたいのは私の方だ。
あのような商売方法があると教えられ、貴重な経験させて貰ったのだしな。
なにより君の魔法のおかげで、子供の頃からの夢だった世界中を見て回れたのだ。
それなのに頭を下げられては、私は受けた恩をどう返していって良いのか判らなくなって困る事になる」
多店舗展開型平民向け服飾店【森の紬屋さん】の開店に漕ぎ着けれたのは、エルヴィス様が各国との交渉をして戴いたおかげで、無事に現地の商会と工場を建て、女性を中心とした従業員を確保出来た事が大きい。
それもエルヴィス様曰く、私がポーションの魔導具の制作者である事や現地で不人気な生地を加工方法を改良したり、組み合わせて新たな生地を生み出したりした事や、金や手間を惜しまずに従業員寮や制服を導入した事もあって、現地の協力が得られたのが主な要因であり、自分の手柄ではないと言っていたけれど、そんな訳がない。
そういう風に現地の方達と話を持っていったのは、間違いなくエルヴィス様の手腕があっての事。
まぁ……、エルヴィス様もしっかりと自分の所の商売をしていたので、お互い様と言えばお互い様と言える部分もある。
移動時間とその費用を考えたら、ほぼ一瞬の移動で済みますから、そこに道中の危険を回避出来た事を加えれば、その対価はエルヴィス様にとってはとても大きいと言う考えも判るのよ。
何だかんだと運送を頼まれた事さえあったし。
でも、それはそれ、これはこれ。
「今まで程頻繁ではないが、これからも私が世界を見て回るのに協力を頼みたい。
なにその代わり、自由に他国の地を踏む訳には行かない君の希望にも、出来るだけ応えよう」
私、これでも国の重要人物扱いで、国から監視の目もなく他国に行く事を固く禁じられていますからね。
宰相閣下であるジル様の御子息でもあるエルヴィス様は、その監視役として選ばれている人間。
ジル様曰く……。
『信頼出来る人間なのは勿論、お主の無茶振りに堪えられる人間で、尚且つお主を言い聞かせれる人間ともなると限られる』
じゃじゃ馬娘な自覚はありますけれど、そこまで酷くは無いつもりですよ。
ちゃんとお約束は守っています。
お約束はですけど。
と言う訳で数日後、予定を変更して早速、他国へ訪問。
前々からやってみたかったんですよね。
他国の魔物の領域での狩りを♪
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【とある近衛騎士】視点:
「何故、私がこの様な屈辱的な場所で、屈辱的な取調べを受けねばならんのだっ!」
私の名前は……まぁどうでも良い、近衛騎士師団で班を預かる程度の人間だ。
もっとも近衛騎士と言っても、その存在を秘匿されている暗部所属ではあるので、世間で言う花形職とは遠い場所だと言えよう。
だが職務の特性上、実際に国を守っている実感を得る事も出来る任務も多い事もあり、それなりに充実した日々に満足している。
故に陽の当たる職場でない事その物には、何ら不満も問題もない。
手当も普通の団員より多いのも、その理由の一つではある。
敢えて不満を挙げるとしたら、先程から地下取調室内で喚いている目の前の人物だ。
宮廷魔導師団長、イグナーツ・アウグスト。
伯爵家の三男として生を受けてはいるが、宮廷魔導士に抜擢されて魔法使いの称号を貰った時点で実家から完全に独立。
実家はかなり前に彼の兄の息子が後を継いでいるため、今回の件とは無関係と思われる。
なにせ宮廷魔導士団長は、伯爵相当待遇だからな。
この男の傲慢な性格を鑑みるに、大方、実家を越えたとでも思っているであろうな。
そういった傲慢な言動に関しての証言が、これでもかと言うほど出てきているし、実家にいる頃から、優秀な自分が後継者に選ばれないのはおかしいと、家族と頻繁に揉め事を起こしていたとの事。
その実家が存ったからこそ守られ、その地位に就けたと言うのに、実家の方も恩を恩とも思わない人間とは関わりたくはあるまい。
ましてや代が二つも替わっているのだ、尚更だな。
『なんで、あんな輩が団長に選ばれたのだ』
と言う声も多いが、宮廷魔導師団は表向きは実力が全てであり、貴族平民関係ないとはされてはいるものの、実際には宮廷魔導師団の上層部は全て貴族家出身の者達で固められている。
組織の運営上、どうしても高度な教育を受けた者が必要となり、そうならざるを得ないと言う事もあるし、何だかんだと貴族の子弟を実戦の場に送り込みたくないと言う、各方面からの圧力があるのも事実だからだ。
目の前の人物もその典型で、魔法使いとして目立った功績は然程なく、実際に魔法使いとして実戦の場に立ったのは十七回と、平民出身の魔法使い達の二十分の一以下。
魔物討伐騎士団なら半年から一年で熟す回数を、十五年以上掛けてだ。
まぁ幾ら貴族で後押しがあったとは言え、その魔物討伐騎士団での功績を買われて宮廷魔導士になったのだから、まったく実戦を知らない訳ではないのだろうが、先程からの言葉を聞いている限り見る影もないと言わざるをえん。
こうなると、味方を巻き込みかねない魔法を何度も放っていたため、危なくて使えない、という話も信憑性が増すが、まぁそんな事は今となってはどうでもいい話だ。
「ではもう一度最初から聞きますが。
何故、国王陛下が中止命令を出した飛行の魔導具の開発を進めていたのですかね?」
「知らんっ! そんな事実は無いっ!」
指示を受けた魔導具師達の証言もあれば、関連部材の発注書もあり、一部ではあるがその受領書もある。
では下部組織である……いや先日、組織体系が変わり宮廷魔導具師団になったんだったな。
とにかく魔導具師達に予算関連を関わらせないために、必要な部材の発注は上位組織であった宮廷魔導師団が行っていた。
何故かと言うと、魔導具師を魔導士のなり損ないだと考える勢力があり、その勢力の筆頭である宮廷魔導士の上層部は、魔導具師達に実権を何一つ渡したくないと言う病的な考えと、単純に割り増し請求をする事で師団の必要予算を増やすための口実ととしていたためだ。
当然ながら割り増しした分の金額は、その一部の魔法使い達の懐の中。
目の前の人物もその一人だ。
まだ本人には話してはいないが、御丁寧に出入口が隠蔽され自宅の地下室、そこで製作中の代物まで見つかっていると言うのに、堂々と言い切るあたり、神経の図太さだけは確かに団長級だな。
個人で研究を続けたのなら然程問題にならなかったかもしれないが、国の予算と人手を使ってともなれば話は別になる。
その辺りは後でじっくりと追い詰めてやるとして、アウグストが宮廷魔導師団長となってから、何時、どの請求で、幾ら懐に収めたかを纏めた書類を読み上げるも、忌々しげに此方を見る限りで、此方の質問には一切答える気はないようだ。
自白しなければ何とでもなるとでも、未だに子供じみた事を考えているのであろう。
沈黙は肯定と見なす、という言葉を知らぬ訳ではあるまいに。
まぁいい、まだたった十六巡目だ。
十七巡目は地下の研究室の事を予定しているから、十九巡目に裏帳簿の写しでも目の前に置いてやるとしよう。
「では、冒険者ギルドに幾つかの魔物の素材を発注しているが、これは何のためかね?」
「だからっ! そのような事実は無いと言っているっ!
だいたいそこまで言うのであれば、依頼書の写しぐらいは抑えてあるのであろうなっ!」
こちらも既に王都の冒険者ギルド長が証言しているのだがね。
いきなり呼びつけられて、無茶な依頼を受けたとな。
特に風龍の新鮮な鱗など、受ける人間などいる訳がないと説明しても、それを何とかするのが、ギルド長の仕事だろうと宮廷魔導師団長の立場を使って脅されたとまで。
当然、そんな脅しなどには屈しなかったギルド長に、その場で依頼を断られている。
風龍が移動中に偶然に抜け落ちた鱗なら運が良ければ手に入る事もあるが、新鮮な風龍の鱗など、龍種を怒らせかねない依頼は受けられないと。
ギルドが依頼を受けていない以上、依頼書など有るはずもない。
少々早まったが、御丁寧に態々向こうからネタを振ってきたのだ、その辺りを説明してやる。
「その様なものは嘘の証言に決まっているっ!
儂を陥れるための謀だっ!
下賤な者の言う事など、信頼するに証拠に値しないっ!」
下賤もなにも彼は侯爵家の四男の上に元金級の冒険者と、確固たる実績のあるギルド長ですから、実家の事を抜いても貴方と同じ伯爵家相当の身分をお持ちだと知らぬ訳でもあるまいに。
あと今回は口にしなかったが、ギルド長を呼び出すための手紙は証拠として預かっている。
まぁそれも回数を重ねて行く上で出す予定ではあるが……、狭くてジメジメし、日の当たらない地下牢に入れられて数日、そうとうに苛立っているのか、獣のように俺を睨んでくる様子に少しずつ冷静さを失いつつある事を観察し、目の前の人物の状態を見極めながらも質問を続ける。
「自分達で獲りに行こうとは思わなかったのですか?」
「だから知らんと言っていよう!
何度も何度も同じ質問をしおってからに!
だいたいな、もしもそうだとして─────」
おっ、また違う反応があったな。
冷静さがボロボロと剥がれ落ちて行く姿に、幾ら何でも早過ぎるだろと心の内で苦笑が浮かぶ。
もっとも内容は聞いていて腹が立つ事ではあるが、それを顔に出すような真似はしない。
もしも自分達が陛下の指示を無視して開発を続けていたとしたら、騎士団を動かす事になるから発覚する事になるため、そのような愚かな行動をする訳がない。
自分達魔法使いを馬鹿にするなと。
そこへ騎士団を動かさずに魔法使い達だけで行けば良いのではないか、と聞いてみたところ。
自分達を守るための肉の盾が必要な事も判らないのか、と小馬鹿にされる。
これだから貴族出身の魔法使いは使えない奴が多いんだよな、と心の中であざ笑いながら、質問も十六順目な事もあって新たな質問を増やす事にする。
「なるほどなるほど、確かに我々騎士は魔導士を守るのも仕事の内。
確かに貴方様の言うように、そのような事になれば陛下に知れてしまう事になりましょうな。
愚かな質問をした事を謝罪いたしましょう。
それで魔導具師であるシンフェリア卿に素材を融通するように、国発行の命令書を出した訳ですか」
「っ!」
目を見開いて驚くなど、認めているような物だと言うのに。
それだけ冷静さを失っているのか、魔導士であるシンフェリア卿が、魔導士の頂点である自分を裏切るような真似などする訳がないとでも思っているのか、何方にしろ愚かな判断である事には変わりない。
目の前の人物が、シンフェリア卿に宛てて書いた命令書の写しを見せながら。
この手紙が何時、誰経由で、リズドの街にあるシンフェリア卿の別邸に配達されたのか、本物の命令書の筆跡鑑定の調査結果を読み上げ、更に続いて。
「国発行の命令書があろうと王印がない限り、辺境伯閣下であるシンフェリア卿に対しては、例え宮廷魔導師団長である貴方様でも、何かを命令する事は出来ません。
寧ろ有事の際には辺境伯閣下であるシンフェリア卿の指揮下に置かれる事をお忘れですか?
そして、貴方様の署名のみの国の命令書など国の命令書にはならず、魔導士師団からの手紙でしかありません。
しかしながらこの手紙は命令書の書式で書かれ、国からの命令とした内容とされている以上、これは公文書偽造に当たります」
「私はあんな小娘が伯爵など、ましてや辺境伯などとは認めてはおらんっ!
故に私が命じた所で、罪に問われる謂われはないっ!」
遥か年下の、しかも少女のような外見のシンフェリア卿にそのような感情が浮かぶ事は理解出来なくはないが、本当に目の前に人物は組織の長にはとても向いているとは思えない。
まぁ魔導士師団の中での推薦と言う事で長になったようだからな。
長年の慣例で、の貴族出身の中で年功序列か、実家の家の序列で長になっただけなのだろうと溜息を吐く。
それに今は元・宮廷魔導師団長だが、それを態々教えてやる必要は無い。
上は此処数年で師団長が立て続けに不祥事を起こし、短期間で三度も変わった事を受けて、今までの魔導士師団の中にある悪習を排除し、国が精査をして決める事になったため、次は真面な人物が宮廷魔導師団長になる事を祈るのみだ。
「それは国と陛下がお決めになられた事に不満があると?」
「儂が出席していない議会で、勝手に決めた事など認められるものかっ!」
まぁ、議会に出られる方々の中でも、ごく一部の方々で決められた事ではあるらしいが、それでも過半数の賛同を得られていると聞いている。
問題にすべき事はそんな事ではなく……。
「それは国や国王陛下が決められた事よりも、御自分の意見が尊重されるべきだという発言だと捉えさせて戴きますが、宜しいので?」
「なっ! ち、違うっ、勝手な解釈をするなっ!」
「それと、勘違いされておられるようですが、爵位も辺境伯の任を与える事が出来るのは国王陛下のみであり、本来は議会を通さなくても構わない事なのです。
ただ、議会を通した方が多くの者の協力が得られる、と言うだけの通達事項でしかないのですよ。
無論、反対意見があまりにも多い場合は陛下も再考する事もあるでしょうが、それだけでしか過ぎませんし、シンフェリア卿の事が議題に上がった時は過半数が陛下のお考えに同意しております。
陛下は陛下としての義務と権利を行使しただけの事ですので、最初から貴方様の許可の必要どころか、耳に入れる必要すらないのです。
この辺りの条項は爵位所有者、又は爵位相当の地位を預かる者の他、国の上級職に就いている者であれば目を通す事を義務付けられている中にあるため、貴方様も知っていて当然の事なのですが……、まぁその辺りの事は最早どうでも良い事ですので話を進めましょう」
知っていなければならない事なので、知っていた上での発言として記録しておくだけだ。
中止命令を無視しての飛行の魔導具の開発はともかく、宮廷魔導師団長として国家予算の横領に国発行の命令書の偽装、上下関係を無視した辺境伯閣下に対する命令。
そして今の発言から国に対する犯意の疑い。
これだけ揃えば、もはや国家反逆罪の適用に待ったなしだな。
本当……、なんでこんなのが長をしていたのだか。
たった十六巡目だぞ。
貴族出身でそれ相応の教育を受けているのならば、せめて倍の三十巡は保たせろっての。
身体に聞く事すらしていないと言うのに、貴族の気概を見せるどころか、そこらの小悪党にすら劣るとは実に情けない。
両手両足の爪を剥がされても、この程度かと不貞不貞しく笑う姿くらい見せてほしいものだ。
此方はそのつもりで、調書の予定を組んでいたのだぞ。
「それと、もうお気付きかも知れませんが、その新型の魔封じの首輪と手枷はシンフェリア卿が開発され製作された物です。
以前の代物と違い、魔力酔いで苦しむ事のない素晴らしい代物ではありますが、シンフェリア卿曰く、本当に優秀な魔導士には意味のない失敗作だそうです。
どうやら貴方様には随分と有効のようですが」
上の話では、その枷を身に付けた状態であっても一瞬で破壊して見せたとか。
それでも仮にも宮廷魔導士師団の長を務めた魔導士の魔法を封じて見せているのだから、これで失敗作と断じるシンフェリア卿はどれだけの実力があるのかと、逞しくもあり恐ろしくも感じる。
そんな恐ろしい人間を、目の前の人物を含めての長が三代連続して、下らない理由で敵に回すなど、本当に愚かだとしか思えない。
いや、この場合は自尊心と傲慢で凝り固まった人間の愚かさか。
シンフェリア卿のおかげでどれだけの人間が助かっているのかを考えれば、その力と恩恵を認めるべきであろうに、ただ、若い娘だと言うだけで反発するなど、同じ国に仕えし者としては恥ずかしいばかりだ。
ともあれ、これでは国から手が相当入る事になるだろうな。
一度解体して組織を組み直すという噂もある。
はぁ……、既に国家反逆罪が適用されるに必要最低限の自供は聞き出せてしまった以上、後は細々な事を此奴の身体に訴えながら一つ一つ確認を取って行く、実に下らない事務的な作業だ。




